ラウンド10  先輩

 ? 「わるい、待たせた」


 その男性は額の汗を拭う。


 着ていたTシャツは汗で肌に密着していて、体のゴツゴツとしたラインがくっきりと浮かび上がっていた。


 分厚い大胸筋を見てどきりとする。


 私「こんな時間にありがとうございます…先輩」


 先輩「いいよ、試合前に緊張して眠れないのはよく分かるし」


 そういうと、にこりと笑いながら私の頭にポンポンと手を乗せる。


 胸のあたりがふわりと暖かくなる。


 先輩「まぁ、お前が眠くなるまで一緒にいてやるから」


 私 「…ありがとうございます」


 先輩「てか、夜はポニーテールじゃないんだな」


 私 「ふふ。そりゃそーですよ、一日中ポニーテールな訳ないじゃないですか。それとも変ですか?下げてるの」


 先輩「いや、よく似合ってるよ」


 また、胸のあたりが熱くなる。

 

 …その度、私の中で歯止めが効かなくなっていくのを感じた。


 本当にそういう事をさらっと言うのやめて欲しい…。


 でも、この人は私が欲しいものを欲しい時にくれる。


 だから本当は分かっていたのかもしれない。電話をして、会いたいといえば来てくれること。


 先輩「アオイ?」


 私の名前を呼ぶ。


 そして、背中をポンポンと叩かれた瞬間、歯止めが弾けるように外れた。


 先輩「…汗、びっしょりだぞ?」


 気がついたら、私は先輩の腰に腕を回していた。


 ゴツゴツとした胸に額を押し当てる。


 冷たい感覚と、ドッドっと、先輩の鼓動を聞くたび、何故か私の目頭が熱くなる。


 でも、こうしないと、この試合に出場した意味がなくなってしまう。


 だって…私は…。


 私 「ねぇ、先輩」


 先輩「ん?」


 私は大きく息を吸う。


 そして吐き出すと同時に口を開いた。


 私 「もし、明日の試合、私が勝ったら…私と…付き合ってくれませんか?」


 言った…言えた。


 顔がかーっと熱くなる。


 心臓の鼓動だって、未だかつてなく早い。


 頭の上に温かい感覚を感じる。


 それは二回、ポンポンと頭を叩いた。


 そして、小さく呟く。


 先輩「…分かった」


 私 「…!」


 先輩「でも、お前が勝ったら、だからな?」


 私 「…うん」


 先輩の胸の中でコクンとうなずく。


 ふわりと体が暖かくなって、すごく嬉しかった。


 私はギュッと腕に力を込めたあと、先輩を突き飛ばすように離れる。


 にこりと笑った。


 私「あはは! これで今日は眠れそーです!ありがとうございます!せーんぱい!」


 先輩「おう、そんじゃ」


 手をひらひらと振り、私に背を向ける。


 その背中は少しずつ小さくなっていった。


 ふぅ…。


 私は空を見上げる。


 月が青く光っていて、私は思わず見惚れていた。


 ふふ。


 アオイ「あーぁ。負けられなくなっちゃった」


 気がついたら、私の中にある不安は全て吹き飛んでいたのでした。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る