ラウンド6 強くなりたい理由

 アオイ 「んー…」


 桜井「どうしたんだよ、らしくないな」


 俺がそういうと、「あ、先輩」と顔を上げた。いつも通りのポニーテールが今日も揺れる。


 アオイ「いやー、それがですね、なんか先輩と練習してるのに全然強くならないなって」


 桜井 「へー、」


 アオイ「へーって、先輩、いいんですか?」

 

 桜井 「何がだよ」


 アオイ「もー! 私がジムでボコボコにされてても、平気でいられんですか?」


 桜井 「んー、まぁお前丈夫だから大丈夫だろ、それにお前ゾンビみたいな体力してるし」


 アオイ「ゾンビ…」


 そう呟くと、はぁーと大きくため息を吐いた。


 どうやら本人は相当悩んでるらしい。


 そして、俺は腕を組みながら口を開いた。


 桜井 「…まぁ、俺にもそう言う時期あったな」


 アオイ「え、先輩もですか?」


 桜井 「あぁ、どんだけ練習してもパンチが当たらないとか、キックがイマイチ効かないとか」


 アオイ「へー、先輩もですか…」


 そして、少し考えるような仕草をすると「じゃあ、なんで…」と呟いた。


 アオイ「なんで、先輩はそんなに強くなったんですか?」


 桜井 「なんでって言われても…なんとなく?」


 アオイ「はぁ…ですよね、さすが完全感覚人間」


 桜井 「完全感覚dreamerみたいに言うな」


 そしてまたアオイは、大きなため息を吐いた。


 そのぼんやりとした視線の先には、アスファルトのヒビから生えた雑草がゆらゆらと揺れていた。


 桜井 「でも、まぁ、そんなに固着しなくていいんじゃない?」

 

 アオイ「え?」

 

 アオイは、少し驚いたような表情で、顔を上げた。


 俺は続ける。


 桜井 「練習してても、それ以上に体格差が出る競技だし、なによりもセンスがある奴がなんだかんだ言って強い。そのために練習して強くなろうとするけど、でもやっぱ1番強いのは、楽しんでる奴だよ」


 そう言ってアオイの頭に手を乗せる。


 ポンポンと軽く叩いた。


 桜井 「だから今の状況をもっと楽しめ! 誰かに勝てないとか、パンチが当たらないとか、全部解決した後に思い返すと意外と面白いから」


 俺はにこりと笑って見せた。


 アオイの目がキラキラと光る。


 数秒の沈黙の後、アオイはクスリと笑い出した。


 アオイ「ふふ…やっぱり先輩は完全感覚人間ですね」


 そう呟き、アオイは立ち上がる。


 お尻をポンポンと叩き埃を落とすと、くるりと振り返る。


 少し遅れてポニーテールが揺れた。


 アオイ「なんか気持ち楽になりました、ありがとうございます。せーんぱい」


 にひひーと笑う。


 やっぱりアオイは、そうして笑っていた方が可愛いなと思った。



 


 でもね、桜井先輩。


 私が強くなりたい本当の理由は、ずっとあなたとこうして、一緒にいたいからなんですよ…。


 絶対に口では言いませんけどね♪

 

 

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