第24話 橙と紫紺の狭間でもう一度【改稿版2】

「私ねぇ、保母さんになりたかったんだよ」

 銀一色の冬が過ぎて、ポカポカとした日の光が降り注ぐうららかな春の一日だった。


 大聖樹だいせいじゅも枝葉を伸ばして、お日様の光をいっぱいに浴びている。白いリス達が枝の上を自由に駆け回っていて、時々木の実の食べかすをわざと頭の上に落として来た。

 私は頭に降り掛かってきた殻を、厄介そうに払い落とす。

「もう! ちょっと! 何するのよ!!」

 私の言葉に、今は誰も答えることはなかった。

 あれからアマラもイシュルゥナも、彼と一緒に眠り続けている。


 だから私はここに座って、一人でずっと話しかけていた。ご飯を食べたら、毎日ここに直行していて休みの日だってちゃんと来る。


(だって約束したのだから)



 マメな土精霊ノームが喜んで精を出し花や木々達を育てている。おかげで中央庭園は、色鮮やかな洪水と花の香りで満たされていた。


 ユリエが提案した保育所の子供達は、穏やかな陽の下で自由を謳歌おうか

 きゃあきゃあと笑う声が辺りに響いて、驚いた鳥達が羽ばたいていた。

 私は静かに目をつぶるとじっとその子達の声を聞く。

(子供の笑い声って、どこの世界でもホントに可愛い。聞いてるだけで幸せになるよね)

 彼が眠る大聖樹だいせいじゅを見上げると、てのひら大の白い大きな花が、いくつも、いくつも咲いていた。


(比喩じゃなくて、本当に眠っているんだよね。あのときの姿のままでずっと。

 見えないけれど幹の中、イシュルゥナにくるまれて。……まるで胎児あかちゃんみたいよね)

 そう言えば……と、上を見上げたまま私は両手を合わせて笑う。

「佑樹が赤ちゃんの頃にね。トトロの歌を歌ってあげたら、ニコニコ笑って可愛かったんだよねー」

(それがすごく嬉しくて、私がここにいてもいいんだって思えて。私にも出来ることがあるんだって)


 それから歌が大好きになった。

 歌が私に、自信をくれたのね。


 私は思い出したことをそのままに、いつものように話し始めた。

 約束のための歌を歌ったあと、毎日こうやって話すことで少しでも彼らの助けにならないかと思ったからだ。


 木の上に咲く白い花を見ながら、私は独り言を続けた。

「陛下も全然元気だよ。あの人元々バケモノだもん。シェリダンと毎日ボードゲームで楽しく勝負してるみたいね。ラウールさんがいつ目覚めるかでけてさ。ずっとシェリダンの勝ちだけどね」

 2人の口論が目に浮かんで私はフフ、と笑いを漏らす。

「あの二人もお酒がすごく強いから、ラウールさんも混ざったらもう! お酒代スゴくなりそうだね!」

 私が笑って見上げると私の笑いにつられた風精霊シルフィードが、花弁はなびらを空へと舞い上げた。


 子供達はもう、精霊達が見えるみたいだ。

 笑って追いかけ回してて困った風精霊がしっしと手を振り、空へと逃げて行ってしまった。

「そうだ! 目が覚めたら女官長さんに感謝してよね。ビックリしたよ! ラウールさんの前任の長官だったなんて!」

 ぽん! と私は手を打って、明るく話し掛けてみる。

「今は長官代理として、ラウールさんの穴埋めしてくれてるよ!『殿下の居場所はわたくしが守ります』ってさ!」

 でも私の前に生えている大聖樹だいせいじゅは、何も答えてはくれなかった。

 静かなままのその空間に、私は肩を落としてうつ向く。

(……つまんない)


 つまんない。

 つまんない。

 返事がないラウールさんなんて。


 私は大聖樹だいせいじゅを見上げて怒ってみる。

「フツーは逆じゃない!? 大抵たいていのお話は、男性が待ちぼうけ役でしょーっ?」

 今度は返事がもらえるかって思っていた。それでも、誰も答えてはくれない。

(つまんないな。毒舌の無いラウールさんなんて)

「3回目の、春ですけど」

 返事がなくて、私はしょんぼりと下を向いた。


 毎日、彼らのために歌を歌う。

 それは全く苦じゃなかったの。

 けれど何にも答えてくれないから。

 それが一番、しんどかった。


 大聖樹だいせいじゅの中心で、傷を癒すため眠る殿下。

 私は幹に耳をあてた。小さくかすかに、水の流れる音がする。

 とくんとくんと、ちゃんと生きてる音がする。

「アマラもイシュルゥナも、ラウールさんにかかりっきりですけど!」


 二人の精霊しまいに守られて。

 私の想い人は眠り姫。


(……もう二年間も、待ちぼうけだわ)

 私はそのまま木の幹に額をつけながら、目をつぶってつぶやいた。

「また、明日ね」

(名残惜しいけど私も頑張ってお仕事しなくちゃ。目が覚めた後で一人前って認めてもらうためにもね)

 だから返事が帰ってくるまで、私はずっと歌い続ける。

 それは明日も変わらない。







 懐かしい、夢を見た。


 ラウールさんの腕の中で、

 確かに手にした愛があった。

 何だっけ?

 私は何の歌を歌っていただろうか?






 私は腕をさすって、震える体を温めた。

「わぁ、寒い!」

 しんと冷えた空気の中にたくさんの花の香りがただよっている。

 私は両手に息を吹きかけ、赤みがかった指先を温める。

「 “ 神様の間違いでも悪戯でもない。

 運命でも偶然でも必然ですらない ” 」

 愛を信じた、みーちゃんが言ってた言葉を私は今でも覚えていた。


 まだきらめく光が残る空。

 紫紺しこんが静かに私を迎える。


「私がここにいるのは私が選んだから。

 悩んで考えて、それでも自分を信じて進んできたから、だよね」

 ラウールさんが眠ってしまったあと姿を消していたみーちゃんは、陛下のいつも座っている大広間のイスで丸まって冷たくなっているのが見つかった。

(みーちゃんがいなければ、私は産まれなかったんだよね。もう一人の『お母さん』)

 相棒の幻獣を失って、悲しむ陛下と一緒になって大聖樹だいせいじゅの隣にお墓を作って、丁寧に亡骸を埋めた。

(彼女が寂しくないように。どんな姿になっていても、いつも陛下の側にいられるように)



 大聖樹だいせいじゅが私に向かって腕を広げて、始まりの合図を送ってくる。

 東の空の朝焼けが、空を塗り替えていく。

 冷えた空気を胸いっぱいに吸い込んで、これから起こることにドキドキする気持ちを押さえつける。

「早く起きてよ。皆も、私もずっとずーーっと待ってるんだから」

 さあ、はじめよう。

 何度でも私は貴方に愛を贈る。

「思い出したよ。私が貴方あなたに送った歌」


   ――あなたの夜が明けるまで

     何度でも歌うから――


 花弁はなびらが 空に舞う

 言葉に込めた 想いは 水に

 メロディに込めた 願いは 大地に

 枝葉の間からは 金の光が

 だいだいの筋が 紫紺しこんの空をつらぬいていく

 いつまでも 歌うから 

 何度でも 逢いたい

 そしたら もう絶対に

 離さないんだから



  ――歌は 世界を繋ぐ愛――

   ユリエの歌に 世界は答える。

   ユリエの愛に 精霊は答える。

   たくさんの歌に囲まれて

   愛する人は

   目覚めの時を 迎える





「長い夢を見ていた」

 心地がいい低音テノールが響く。

「よく寝た気がする」

 深いラピスラズリの瞳が見つめる。

「腹部も傷すら残ってないようだな」

 青みがかった長い黒髪も、目付きの悪い顔もそのまんま。

「ユリエ。……ハナをかんでくれないか?」

 苦笑いの顔も、意地悪な発言も。

 その手の温もりさえ。


「全く。いつまでたってもお前にキスが出来やしない」



     もう絶対に離さない。







   

      

   











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