第24話 橙と紫紺の狭間でもう一度【改稿版2】
「私ねぇ、保母さんになりたかったんだよ」
銀一色の冬が過ぎて、ポカポカとした日の光が降り注ぐ
私は頭に降り掛かってきた殻を、厄介そうに払い落とす。
「もう! ちょっと! 何するのよ!!」
私の言葉に、今は誰も答えることはなかった。
あれからアマラもイシュルゥナも、彼と一緒に眠り続けている。
だから私はここに座って、一人でずっと話しかけていた。ご飯を食べたら、毎日ここに直行していて休みの日だってちゃんと来る。
(だって約束したのだから)
マメな
ユリエが提案した保育所の子供達は、穏やかな陽の下で自由を
きゃあきゃあと笑う声が辺りに響いて、驚いた鳥達が羽ばたいていた。
私は静かに目を
(子供の笑い声って、どこの世界でもホントに可愛い。聞いてるだけで幸せになるよね)
彼が眠る
(比喩じゃなくて、本当に眠っているんだよね。あのときの姿のままでずっと。
見えないけれど幹の中、
そう言えば……と、上を見上げたまま私は両手を合わせて笑う。
「佑樹が赤ちゃんの頃にね。トトロの歌を歌ってあげたら、ニコニコ笑って可愛かったんだよねー」
(それがすごく嬉しくて、私がここにいてもいいんだって思えて。私にも出来ることがあるんだって)
それから歌が大好きになった。
歌が私に、自信をくれたのね。
私は思い出したことをそのままに、いつものように話し始めた。
約束のための歌を歌ったあと、毎日こうやって話すことで少しでも彼らの助けにならないかと思ったからだ。
木の上に咲く白い花を見ながら、私は独り言を続けた。
「陛下も全然元気だよ。あの人元々バケモノだもん。シェリダンと毎日ボードゲームで楽しく勝負してるみたいね。ラウールさんがいつ目覚めるかで
2人の口論が目に浮かんで私はフフ、と笑いを漏らす。
「あの二人もお酒がすごく強いから、ラウールさんも混ざったらもう! お酒代スゴくなりそうだね!」
私が笑って見上げると私の笑いにつられた
子供達はもう、精霊達が見えるみたいだ。
笑って追いかけ回してて困った風精霊がしっしと手を振り、空へと逃げて行ってしまった。
「そうだ! 目が覚めたら女官長さんに感謝してよね。ビックリしたよ! ラウールさんの前任の長官だったなんて!」
ぽん! と私は手を打って、明るく話し掛けてみる。
「今は長官代理として、ラウールさんの穴埋めしてくれてるよ!『殿下の居場所はわたくしが守ります』ってさ!」
でも私の前に生えている
静かなままのその空間に、私は肩を落としてうつ向く。
(……つまんない)
つまんない。
つまんない。
返事がないラウールさんなんて。
私は
「フツーは逆じゃない!?
今度は返事がもらえるかって思っていた。それでも、誰も答えてはくれない。
(つまんないな。毒舌の無いラウールさんなんて)
「3回目の、春ですけど」
返事がなくて、私はしょんぼりと下を向いた。
毎日、彼らのために歌を歌う。
それは全く苦じゃなかったの。
けれど何にも答えてくれないから。
それが一番、しんどかった。
私は幹に耳をあてた。小さく
とくんとくんと、ちゃんと生きてる音がする。
「アマラもイシュルゥナも、ラウールさんにかかりっきりですけど!」
二人の
私の想い人は眠り姫。
(……もう二年間も、待ちぼうけだわ)
私はそのまま木の幹に額をつけながら、目を
「また、明日ね」
(名残惜しいけど私も頑張ってお仕事しなくちゃ。目が覚めた後で一人前って認めてもらうためにもね)
だから返事が帰ってくるまで、私はずっと歌い続ける。
それは明日も変わらない。
懐かしい、夢を見た。
ラウールさんの腕の中で、
確かに手にした愛があった。
何だっけ?
私は何の歌を歌っていただろうか?
私は腕をさすって、震える体を温めた。
「わぁ、寒い!」
しんと冷えた空気の中にたくさんの花の香りが
私は両手に息を吹きかけ、赤みがかった指先を温める。
「 “ 神様の間違いでも悪戯でもない。
運命でも偶然でも必然ですらない ” 」
愛を信じた、みーちゃんが言ってた言葉を私は今でも覚えていた。
まだ
「私がここにいるのは私が選んだから。
悩んで考えて、それでも自分を信じて進んできたから、だよね」
ラウールさんが眠ってしまったあと姿を消していたみーちゃんは、陛下のいつも座っている大広間のイスで丸まって冷たくなっているのが見つかった。
(みーちゃんがいなければ、私は産まれなかったんだよね。もう一人の『お母さん』)
相棒の幻獣を失って、悲しむ陛下と一緒になって
(彼女が寂しくないように。どんな姿になっていても、いつも陛下の側にいられるように)
東の空の朝焼けが、空を塗り替えていく。
冷えた空気を胸いっぱいに吸い込んで、これから起こることにドキドキする気持ちを押さえつける。
「早く起きてよ。皆も、私もずっとずーーっと待ってるんだから」
さあ、はじめよう。
何度でも私は貴方に愛を贈る。
「思い出したよ。私が
――あなたの夜が明けるまで
何度でも歌うから――
言葉に込めた 想いは 水に
メロディに込めた 願いは 大地に
枝葉の間からは 金の光が
いつまでも 歌うから
何度でも 逢いたい
そしたら もう絶対に
離さないんだから
――歌は 世界を繋ぐ愛――
ユリエの歌に 世界は答える。
ユリエの愛に 精霊は答える。
たくさんの歌に囲まれて
愛する人は
目覚めの時を 迎える
「長い夢を見ていた」
心地がいい
「よく寝た気がする」
深い
「腹部も傷すら残ってないようだな」
青みがかった長い黒髪も、目付きの悪い顔もそのまんま。
「ユリエ。……ハナをかんでくれないか?」
苦笑いの顔も、意地悪な発言も。
その手の温もりさえ。
「全く。いつまでたってもお前にキスが出来やしない」
もう絶対に離さない。
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