第2章 帰り人は花に迷う

第0話 三年後の今【改稿版2】

 鋭い日差しが水面ガラスの無い窓から直接、執務室にさし込んで来る。私は目を細めながら、それを見上げていた。


 風精霊が乾いた冷たい空気を部屋に運んで、天然クーラーの役割を果たす。だからとっても快適だ。でも快適を許さない人が目の前で、熱をあげて吠えている。

 この部屋の主人がさっきから机の上の報告書を、乱暴に何度も叩きまくっていた。

「もう少し分かりやすく説明しろ!! これではいつまでたっても、誰も魔法を使えない!!」 


 青い瞳ラピスラズリはより青く、

 目付きの悪さもより悪く。

 いつもの冷静沈着な上司は、

 今日も爆発、絶好調!


 私の目と鼻の先に頑張ってまとめた報告書を付き出して、何度もチクチク嫌み攻撃。

「『混合魔法こんごうまほうの種類。よくわかんない』わかる範囲でいいと言ったろう?『発動条件。お願いした時?』それは一体どんな時だ!?『発動効果。色々?』色々何なんだ!……ああ、頭が痛い」

 目頭を押さえてがっくりとうなだれ、椅子に沈むラウールさん。私はそれを見下ろしながら、申し訳ない思いをいだきつつも身振り手振りで対抗する。

「私にもわからないんだよね。 ぐるぐるーって混ぜて、ぎゅーってしたら、どーんと出せば良いだけなのに」

 私が笑顔で言い終えると、その言葉に絶句するラウールさん。


 今の所、唯一の混合魔法の使い手である私でも、その仕組みがわからなかった。

 だからわかる範囲で皆にもやり方を教えているが、いまだに誰も継承出来てない。


 長官の真正面ましょうめんからの怒気を私は軽く無視をすると、ラウールさんはこれ以上無いくらい悪い目付きで私をにらんで報告書を突き返す。

「全てやり直せ。もっと他人にも分かりやすく。……副官が指導に入ってもかまわないが?」

 私の後ろの人に向かって、ラウールさんは目線だけで副官かれにらむ。


 振り返ると、後ろの机で笑いを噛み殺していた副官の背が「イヤです! 」の言葉と共にピンと伸びたのが見えた。

 もちろん、顔面崩壊したままで。


 それを見てから、ラウールさんは私を見据みすえてきっぱりと言い放った。

「お前は混合魔法の継承けいしょうが課題だろう! 少しは真面目に考えろ!」

 そう言って立ち上がると、書類の束をバサッと副官の机上きじょう置いて部屋を後にする。


 私は頬をふくらませて、なにも言い返せずに見送った。

(……いたって真面目なんだけど)

「ユリエは長官より強しだねぇ」

 ため息混じりの言葉がかけられて、私も肩をすくめて舌を出す。書類の山ラウールさんのイヤミを前にして、ニヤニヤと笑いながら頬杖をついた副官がつぶやいていた。

 その時廊下から苛々いらいらしてる様な足音と共に、シャラシャラとがつけている金の輪っかが鳴り響く音が聞こえた。

 それに私はハッと固まる。

 素早く持っていた書類を副官に押し付けると、脱出をはかるため私は窓枠に足をかけた。


『あっ!』と気づいた副官が座ったまま、私を指差し畳み掛けた。

「ユリエ逃げんなよ。お守りよろしくな! 時々混ざるハディス語が解るの、お前だけなんだから!」

「好きで解ってる訳じゃないもーん!」

 ムッとして、そんな言葉を副官に投げ捨てると私はカッコよく、ヒラリと外へ飛び出した。


 その直後執務室の扉がバタンと開き、よく通る高めの低音テナーがいましがた逃げ出した人物に問いかける。

「ユリエ! 今日は王宮カスル前のテラキア用水路に行……。なんだ。また逃げたのか」

 あっけらかんと言い放ったその人物は、今度は副官に向き直って目で行き先を問いかけてきた。


 背中を自由に跳ね回るきつい巻き毛のダハブの髪は、

 彼の自由奔放さをあらわす。

 蜂蜜アスール色の二重ふたえの瞳は意思の強さを象徴し、

 その上の眉は女性的な曲線で飾られる。

 らくだジャマール色の彼の肌は、

 彼の国では最も高貴で美しい。


 副官はそんなに、にっこりと笑い窓を指差すと彼もニヤリと笑いかえす。軽々と開け放たれていた窓枠を飛び越えていく。

 遠くから響く「いやー! 」と言う絶叫を聴きながら、副官は頬杖を付いたまま、しばし瞑想メイソー

「いいねぇ、……若いって」




 王宮の真正面からのびる大通りは人と精霊が入りじり、毎日がお祭りの様な賑わいだった。

 大型の馬クム・ラムに引かせた露天が出ていて昔ながらのお店がたち並ぶ商店街もある。風精霊が、紙に書かれたお店の情報が書いてあるものを楽しそうに空からばらまいて、土精霊達が興味深そうに団子になってそれをのぞいてから、くしゃっと丸めて土に還す。

 きのいい声があちこちから響いて、沢山の人の洪水でごった返しの場所である。


 ドラゴンによって破壊され、瓦礫がれきで埋め尽くされていた街がこの三年でここまで復興出来た。


 人と、精霊と、幻獣達が助け合い、協力しあってここまで突き進んだ成果だった。


 大きな岩が綺麗に並んで整理された用水路は、その大通りに沿うように流れていた。おのずと兵士達に護衛される私達は、注目のまとである。

「あのねぇ王子様? 私はあんたの御世話係じゃないんですけど! それに見ての通り!  仕事してるし暇じゃないの元悪人ラスボスは無闇に外出できないのっ!」

 そんな人々の視線から隠れるようにうつむいて、クリーム色のケープで顔を隠しつつかがんで用水路を視察する王子の隣に座って訴える。

 でも彼は、私なんかお構い無しだ。

 視線はそのまま、私の訴えは右から左。

「お前の歌は神の声アダー・サヴトだ、心配するな。邪悪な物であるわけない」

 身を乗り出して今にも落っこちそうになりながら、目を輝かせて用水路を見ている。

「……凄いな! サマークがたくさん泳いでいる、あれも魔法生物か!? 何と美しい……」

 川のなかには紫色の鯉くらいの大きさの魚が、群れをなして優雅に泳ぐ。


 水中に藤の花。

 ゆらゆらと水の流れに揺らされて、

 藤棚が見る者の目を

 き付けずにはいられない。


 すごく綺麗な光景に私もつい、夢中になって見てしまう。でも感動は置いといて視線はそのままに質問に答える。

「そう、 “ タムシャ ” と言う魔法水生生物まほうすいせいせいぶつだよ。汚水とか食べ残しとかを食べて水を綺麗にする役目なんだって。最後は綺麗な水が海に流れるようにね」

 その言葉に、王子もこちらを見もせずにうなずき返す。

「成る程。豊かな水に恵まれたレアルータならではのものか」

 表情と言葉に含まれる羨望せんぼう

(そういえば……)

 私は彼の日焼けした横顔を見て思い出していた。

「ジェマイル王子の国は砂漠の中なんだっけ?」

「そのとお……」


 言いかけた時、道の反対側の方からかすかな鋭い叫び声が耳に届いて、私と王子は反射的にパッと後ろを振り向いた。

 振り向いた先の光景に、私は体が動いていた。


 護衛の人を置き去りにして人をかき分けて駆けつけた先で、考えるより先に私は小さな背中におおい被さっていた。


 その子はぶるぶる震えていた。

 まわりには、私のこぶしくらいの大きさの石。

 雑巾よりも粗末な身なり。

 何より悲しくなるほど、細かった。

「なにしてんの! あんた達!!」

 その子の頭を抱えながらまわりの大人たちに顔を向けて、今日二回目の大声を出した。

 私の体の下でおでこから血が出たその子の顔を見たとたん、我を忘れて叫んでいた。

(信じられない!!)

 私の剣幕けんまくに驚いて石を持ったまま固まってる人々の一人が、私にすがりつく子供を見てつばを飲み込み、苦虫を噛み潰したような顔で喋りだす。

「城の方、退いてくれ。そいつはうちの商品をったんだよ」

 体の大きな男性が、片手に石を持ってジリジリと近付いてくる。サイネル城うちのコック長と似たような服を着ていた。


 その人は顔を赤くして、なおも言いつのる。

「そいつは手癖の悪い餓鬼ガキだ。痛め付けないとわかんねぇやつなんだよ」

 その男性の周りにも石を持ってこちらを見てくる人がいる。その人たちは、男性の言い分に次々とうなずいていた。


 その人達の輪の中心に私達は今座ってる。

 私は視線で警戒しつつも、ケープの裾を引っ張る感覚につられてそちらを見下ろした。怯えきった悲しい目が、じっとこちらを見ていた。


 この子の顔が大好きな弟と重なった瞬間に、私は背中にかばっていた。

「子供に必要なのは石じゃない!!」


 空に浮かんだ風精霊が私の気持ちに呼応こおうして、声を周りに運んでくれていたらしい。

 いきなり声が聞こえた人々は驚いて辺りを見渡し、だんだんと輪の外側へ静寂を伝える。


「子供は未来の宝だよ! 必要なのは見守る存在! 導く存在! それなのに私達大人が率先していじめて一体何が楽しいの!」


 怒りで声が裏返ったからか、周りで石を持って立っていた何人かはたじろいだ。

 無関係の人が石を投げて楽しんでいた。

 (悲しいけれど、これも現実なんだ)

 でもその時、ひとつの言葉が空気を切り裂く。



「お前、アダンテじゃないか? 」



 静かな空気が支配するなか、後ろの方から恐怖を含んだ声が聞こえた。

 その声は、水の波紋の様に次第に人々に浸透していく。恐怖は伝染力が強い。


 今度は私が石を投げられる番だった。


 たくさんの石が私を目掛けて飛んでくる。

 周りを囲む人々の顔が、憎しみと恐怖に支配されていた。いまだにアダンテの影に怯える人達の姿をじかに見ることとなったのだ。

 私はとっさにその子に覆い被さって、その子もちぢこまってうずくまる。

 大樹の精霊アマラの力で当たる寸前に、石はマシュマロの様に柔らかくなるので助かった。


 そうしている内に、だんだんと包囲している輪が狭くなってくる事に気付いてしまった。私の焦りが伝わらないよう、腕の中で怯える子供を強く抱き締める。

(こんなにもたくさんの人が相手じゃ、この子さえ守れない!)

 恐怖と戸惑いに私はきつく目を閉じる。

(どうしよう! 焦れば焦るほど、考えはまとまらない。でもせめて、この子だけは守りたい!)



「手を引け。代金ならこれでいいだろう?」

 頭の上からジェマイル王子の声が降って来たのは、いっそのことアマラに大きな木でも生やしてもらって逃げようかと考えていた時だった。

 私はビックリして、その声の主を見上げる。


 さわやかな笑顔で呼び掛けた彼。

 ゆったりとした足元までの、黄土色おうどいろの上着に隠れた以外とたくましい彼の腕が私の頭にそっと触れる。私の隣に立った彼は「うちの商品」と言っていた男に金の輪を一つ、放り投げた。


 あわてて両手で受け取っているのがちら、と目のはしに映る。

 まわりにちらほら護衛の人の姿も見えはじめて、私はやっと安堵のため息をついた。


 王子は自分に注目が集まったのを見届けるとそのまま腕を腰にあてて、胸を張って私の前に立ちふさがる。そしてゆっくりと見渡しながら話しかけた。

「お前達は、ドラゴンから街を守った恩人に石を投げるのか。名誉を重んじる我がハディスとは、ずいぶん違う国のようだな?」

 その姿と物言いに、私はポカンと口を開けて無言で彼を見上げていた。

(王子さまの威厳。堂々と立って偉そうで、ものすっごく頼りになりそう!)

「それとも、これがこの国の礼儀か?」

 王子がふん、と冷たい目線を金の輪を受け取った男に向けると、赤い顔の男も何か言おうと口を開きかけた。


 その張りつめた空気のなか。

 野太くて威勢の良い高い声が緊張を破る。


「はぁーい! 散って散ってー! 皆生活に戻るぅーっ!」

 その声で、一目散に人が散る。


 背も小さく、体型もころっとしている女性が金の輪を持った男の背中をバシバシ叩いて店の方に追いやっていった。

 いつのまにか抱き合っていた男の子も、どこかへ走って消えてった。


 囲んでいた人々が名残惜しそうに帰っていくなか、その女性がエプロンのお腹辺りに手を入れながら私の姿を上から下までじろじろと見る。

 私もジェマイル王子の隣に立って、実質的に助けてくれた女性にお礼を言おうと口を開きかけた。

「ありが」

「あんたが “未開班みかいはんのユリエ” ?」

 ズバッと名前をあてられて、私は自分を指差してきょとんとして問い返す。

「いや? 私はただのユリエ」

「なるほど! ただのユリエかい! 確かにアダンテじゃあなさそうだ!」

 あっはっはっ! と大口を開けて豪快に笑うこの女性は、ここの自治会長のマーシャさんという女性だった。




「もうね、孤児院が一杯なのさぁ。だから子供が食いぶちにありつく為に、あんなことしちゃうんだよねぇ」

 マーシャの目が光っている内は、ユリエ達に誰にも手出しは怖くて出来ない。

 だからと王宮まで送ってくれるがてら、いろんな事を教えてくれた。

「陛下は賢王だけど一人の人間だからねぇ。完璧とは、いかないさ。こっちも頑張ってはいるんだけどねぇ」

 私はふんふんとうなずきながら、マーシャさんの話に耳をかたむける。

「共に参加した戦争で旦那を亡くしたんだけどさぁ、あんたって違いすぎるんだもん。ユリエがアダンテなんてさ。本物を知っているからこそ、全く信じられないのさ」

 明るく笑うマーシャさんの悲しい過去を少しのぞいて、私は傷んだ胸を押さえた。


(ごめんなさい。

 私は確かに別人ユリエだけど、本人アダンテの一部だったんだよ)

 その考えを言うこともできず堂々巡りをしている間に入り口に着き、マーシャさんの手をきゅっと握る。

「ありがとう、マーシャさん。また近い内に行ってもいい?」

 小首をかしげて聞く私を見て、あっはっはと笑い背伸びしてマーシャも軽く私の肩を叩く。

「ユリエとあたしらの住む世界は違うし、危ない事もたくさんあるよ。それでも覚悟があるならいつでもおいで。歓迎するから」

 そう言って手を振り笑って帰っていく。


 手を振り返しながら見送った私は、隣に並ぶ王子を見上げた。

「ジェマイル王子もありがとう。後であの輪っかの代金持ってくね」

 私の言葉に何か言いかけた口をぎゅっと引き、ジェマイル王子に突然に、あごを捕らえられて仰け反ってしまう形で深いキスを奪われる。

「気に病むな。お前は俺の運命マスィルだからな」

  

(こんな公衆の面前で。

 なんて大胆で、熱い口づけ!

 運命だかなんだか知らないけれど、いきなりこんなキスって無い)

 私は指をピンと伸ばした。


 これは、殴ってもいいってコトよね?

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