第23話 Amazing grace【改稿版2】

 ――――Amazing grace――――


 私が一番好きな歌。

 病気にも負けなかったヒトの歌。

 どんなにつらく悲しい時も、

 いつも一緒にいてくれた歌。


 アダンテ。

 世界アメイジング恩恵グレイスを今、貴女に。




 瓦礫がれきの破片が雨のように降って来ていた。

 風精霊がおこす風でほとんどは吹き飛んでいくけど、それを逃れた細かな破片が襲う。

 私はなんとか、瓦礫がれきから頭をかばいながらもドラゴンの近くへ連れていってもらう。それでも時間がかかってしまえば、陛下達の魔力が切れるのも、きっと時間の問題だろう。

(それでもラウールさん達は私に託してくれたのだから、ここで頑張らなくちゃ!)

あっぶないなぁ、もうっ!」 

 話を聞いて! と、私が必死に呼び掛けてもアダンテは聞くのを嫌がった。


 首を振り、尾を叩き付け、空へと逃れようとする。そのたびに体が傷ついて血を流す。


(かわいそうで見ていられない)

 私はたえきれずに目を反らす。けれども悲鳴のような咆哮ほうこうが、辺りに響いて私の視線を縛り付ける。

(……おかしいね。元は一つだったのに)

「自分だって痛いでしょ! もうやめて!」

 私は何だか悔しくなって、彼女に必死に語りかけた。


 その言葉に反応して身をひるがえして逃げようとする彼女を、枝葉アマラが伸びて押さえつける。

 イシュルゥナが水のヴェールで私を包んで、熱いブレスから守ってくれる。

 ラウールさんの魔法が私の体を風に乗せて、暴れるアダンテのそばへ連れてってくれる。

(みんなが力を貸してくれる……だから……)

 私の精霊達が無理矢理暴れているドラゴンの体を、押さえつけるだけでも装甲ががれ落ちていく。そのたびに悲鳴ににた咆哮ほうこうが辺りに響いた。

 それを聞いて、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。


「……ごめんねアダンテ。苦しいよね」

 私はギリギリまで、ドラゴンに近付いて話しかけた。

つらいよね。ワケわかんないまま傷つけられたら、誰でもびっくりしちゃうよね)

 私の事を、大きな猫のような瞳がにらむ。中心の瞳孔どうこうが目一杯に開かれていた。

 思えばアダンテも突然に別の人(?)の中に入ったことになるのだろうか?

 私は深呼吸をしながらその瞳を受け止める。

(すごく混乱したんだろうなぁ。……今、そこから出してあげるからね)

 

 少しでも、この思いがアダンテに届きます様にと願いを込めて私は歌う。

 ホントはでてあげたかったけど、食べられちゃいそうだったから手を引っ込めた。

(たとえ自我が無くなっても、きっと届くと信じてるから。

 だって私達は一人の人間だったのだから。

 だからこの歌は、あなたの為だけに)


   ――苦しみから解放する

       Amazing grace――



(ホントにごめんね。体はもう返せないの)

 私は両手を彼女の目の前に差し出して願った。


(……違うよね……返したくないんだ。

 私はここで生きていきたい。

 だから、これは私のワガママ。

 お願いします、もう一人の私。

 大好きなこの世界で、

 生きさせて!)




 激しく打ち付けてられていた尾が、いつしか瓦礫がれきを巻き上げながら地面に横たわる。暴れていた翼もいつの間にか伏せられていた。長い首が音をたてて地面に倒れる。その瞳からは徐々じょじょに光が失われていった。


 歌い終わった時には動かなくなったドラゴンの側に、シェリダンがそっと立っていた。

 彼が静かに眠る、自分の体の額に祝福キスをする。

「おやすみ……アダンテ」

 静かになった彼女の側で、私はシェリダンの背中を見た。

 何だかとても寂しそうだった。


 さて次はシェリダンの番と、私は涙をぬぐって再びお腹に力をいれた。

 じっと動かないドラゴンと、その場に立ったシェリダンを見くらべて腕を組んで考える。

「う~ん。 “ ワタシの為だけの歌 ” かぁ」

(……やっぱ、あれかな?)

 ふと、思い出すのは一つの歌だった。


 ドラゴンの色は空に溶けるような水色。

 水色の髪に水色の瞳の彼には、歌も水色。

 私の大切な精霊達しまいたちと、同じように。


 私は彼を見上げると、彼は静かにうなずいた。それを見た私はうなずき返して、胸の前で手を組んだ。


 神に祈りを捧げる姿で、

 私は神ではない誰かに祈る。

(どうかシェリダンが無事に、体に帰ってこれますように)


    ――――――――――


    春の空に 流れる風のかわ

    想い告げる あなたの髪の色


    夕闇ゆうやみせまる 群青ぐんじょうの空のした

    私は見る 羽ばたくとりの夢


    愛は水色

    あなたの声の色      


    ―――――――――――


 シェリダンが。

 空気に溶けるように消えて行く。私は完全に消えるその時まで、黙ってじっと見つめていた。

 それと同時に瞳孔に光が戻った目が、ゆっくりとまばたきを繰り返してドラゴンは首を持ち上げる。


 その瞳の輝きが、水色の精霊シェリダンが体に宿った事を示す。


 じっと見つめてくるドラゴンに私は笑って話しかけた。

「お帰り、シェリダン」

 その言葉を合図に木の枝がかさかさと引いていき、シェリダンが起き上がってゆく。

 雰囲気が一気に変わったドラゴンはお日様に照らされて、ホントに綺麗だった。あまりの綺麗さに、ため息さえ戸惑ってしまう。

(すごくきれい。神々しいって言葉が似合うわ)

『……彼女は何処どこかへ去っていった。取り戻してくれた、ユリエに感謝を』

 シェリダンの大きな額を体に擦り付けられて、私は思わず吹き飛ばされまいとその場に両足を踏ん張った。

 両手を大きく広げても、額全部を撫でられない。


 静かな声が、頭に直接話しかけられる感じだった。


(魂が違うとこんなにも印象が違うんだな。

 私もそうやって見られているのかな?

 そうやって、周りから見られていたのだろうか?)

 でももういいや、と目をつぶって私は首を振る。


 だって、 “ 私は私 ” だから。


『お前の歌は世界を動かす。……面白い。私を救ってくれたお前に永遠とわの守護を捧げよう』

 その言葉に『うーん』とあごに手をあてて私は軽く考える。目をくるりと回したあと、シェリダンの大きな瞳に話しかけた。

「別に要らないんだけれど。でも、どうしてもって言うんなら『タラサれてない』って言いふらしてね」



 押し掛け契約をした幻獣王ドラゴンに乗せられて、私は王宮屋上に舞い戻った。でもそこで待っていたのは、お腹から瓦礫がれきの破片を生やしたラウールさんだった。








 さっきから、押さえている手から血がにじみ続ける。強く押さえているのにも関わらず、少しも止まる気配はなかった。

「止まらない! 止まらない……うぅぅっ」


 どんどん命が流れていく。

 だんだん呼吸も浅くなっていく。


「泣くな……」

 ラウールさんは薄目を開けて、荒い呼吸でこっちを見てる。ダランとした腕は持ち上がる気配もなく、力無く体の横に投げ出されていた。

「いっ今、陛下が治せる人を、呼んできてくれるから!」


 こんなにも顔が白いのに、目だけは変わらず強い輝き。

(もっともっと、見ていたいのに!)

 前がにじんで見えなくなる。

「私をお嫁さんにするんでしょ!」

「そうだな。……キスしたいから、ハナをかんでくれ」

 クス、と意地悪な笑みを浮かべるラウールさんが、不意に目を閉じてしまう。

(お願い誰か、この血を止めて)

 私はなおも必死に傷口を押さえ続けていた。私の両手は彼の命でもう真っ赤だった。

「ユリエ。お前に、逢えて良かった」

「そんなクサイセリフ要らない!」


(カミサマ。

 カミサマ。

 誰か助けて)

 私はきつく目を閉じて、歯をくいしばってダレカに祈る。


 私の必死に願う思いに、

 この世界は、“ 愛 ” で答える。


『カミサマはいないけど』

わらわ達がいるわよ、ユリエ』

『あなたがそれを望むなら』

『妾達が、叶えてみせる』

『毎日わたし達に、歌を捧げて』

『それが、世界を繋ぐ愛』

『『あなたと彼を繋ぐ愛』』


  ――Amazing grace,

     how sweet the sound ――


 彼は眠る。

 大聖樹だいせいじゅの中心で。


  ――それでも 私は 歌う――


 世界のことわりなんて、

 私になんかわからない。


  ――I once was lost,

    but now i'm found――


 でも、私は信じてる。

 私を愛してくれる、精霊達を。


  ――何も 怖くは ないから――



 何年かかっても。

 私は必ず歌い続ける。









 



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