第22話 生と死の激戦区【改稿版2】

 それはまさに、世界をべる王の姿。


 地鳴りの様な轟音ごうおん咆哮ほうこうが辺りに響き渡っている。

 それは大地と共鳴し、たちまち足元を沼地に変えて生けるもの全ての自由を奪う。

 両翼りょうよくは骨と皮だけに見えるが、それが装甲におおわれた丈夫な翼だと認識出来るのは精霊達だけだろう。

 風精霊の加護を受けたドラゴンは、羽ばたかずとも空を飛ぶ。


 魔力も存在も、全てが高位の生命体。

 そんな相手に戦闘開始から丸2日。

 討伐隊は、ドラゴンに全滅寸前まで追い詰められていた。




 ラウールはあちこちの傷口から出血していたが、精一杯声を張り上げて後ろの魔法使いに怒鳴っていた。

「これ以上首都に近付けるな!」


 ドラゴンの咆哮ほうこうさえぎられるため散らばる仲間達に風精霊を通して伝えるが、魔力の使いすぎで動けなくなった仲間が多すぎて、その目的も果たせそうもない。

 ラウールは後方に広がるその惨劇さんげきに、奥歯をきつく噛み締めた。


 彼らの前には半透明の薄青いまくみたいなものが広がっていた。だが、それも所々ヒビが入ってもろくなっているのが見てとれる。

(もう、時間は残されていない)

「ラウール長官! もう魔法障壁まほうしょうへきがもちません!」

 遠くにいる魔法庁の同僚が、悲痛な声で叫ぶのが聞こえる。自分自身もその危機感を肌で感じて、さっきから冷や汗が止まらなかった。

(この障壁がなくなれば、ここに立っていることさえ出来ずに炎にあぶられ炭と化すだろうな……)

 その未来がそう遠くないうちに訪れることは想像に容易たやすい。

 魔法庁の職員は全てを焼き尽くす炎のブレスから生身で戦う軍隊を守るだけで、精一杯だったのだ。

 またドラゴンの口から吐かれた炎が障壁をなぞる。

(もう……次はない……!)

 入るヒビの深さに、あまりの力の差に、ラウールは絶望のふちに立たされる。

(ここまでか……。ここまでか!! アダンテを討ち取り、やっと平和の時を迎えられたのに)


 ユリエという、守りたい者を手に入れたのに!



 ラウールは自分の城のいつもの庭を思い出す。

 そこではいつも彼女の歌が聞こえていて、いつもいつも、笑い声が彼女の後を追っていた。


(そんな彼女はいつも一人で突っ走っていたな)

 バタバタしている彼女の仕草を思い出し、場違いな笑いが込み上げてくる。ユリエの姿を思い浮かべるだけで、こんなにも心が穏やかになるとは少し前までは考えたこともなかった。

(彼女が笑う居場所を守るためにも今、決断しなければ)


 両手を前に付き出したまま、出来る限りの大声を張り上げて周りの魔法使いに指示をとばす。

「魔力の残量に注意を払いつつ後退! 将軍にも伝令を!」


 たとえ自分が犠牲になったとしても、まだ動ける討伐隊を首都の守りに向かわせるべきだと判断し、風精霊に思いをたくす。

 動ける人間がいまだに息がある仲間をかばい、自分の指示に従って炎が届く範囲から去ってゆくのを目のはしで追う。


 自分よりもはるかに強い陛下が守る首都の王宮ならばまだ勝機はあるかも知れないと、一縷いちるの望みをかけるしか無かった。

 もう二度と、彼女に会えなくなったとしても。


 その隙をつかれて、ラウールに危機が忍びよる。

「ラウール長官!!」

 同僚の鋭い叫びにはっと我にかえると、目の前にはもう熱の塊がせまっていた。

 彼を、炎が包み込んだ。


 はずだった。


 いきなり、ドラゴンは首都へと方向を変え、音もなく飛び立つ。

 まるで何かに誘われるように。


「ラウール、動けるものを連れて王宮へ!」

 呆然としてその後ろ姿を見上げながら目で追う自分の前に立つ将軍が、振り返ってき立てた。

 彼が熱防御性の盾を持って自分をかばってくれたことは明らかだった。

 時々剣の手合わせをしてくれた腕は、ラウールをかばった時に半分炭と化していた。

 その激痛に顔をしかめながら将軍はツバを吐きながら叫ぶ。


 ラウールに全てを託して。

「我等の国王陛下を御守りせよ!」







 少しでもドラゴンの炎がさえぎられるようにと、雨を呼んで準備しておく。


  ――Jupiterはヒトの心に

    希望を灯す―――


「ドラゴンの中にアダンテがいるなら、必ずまた大聖樹だいせいじゅを狙って来るよね?」

 歌い終わった私は、隣に立つ陛下を見上げる。

 さすが王様って感じの黒に金縁きんぶちの立派な鎧? を着けて、佑樹ゆうきの身長くらいの大きな幅広はばひろの剣を自分の前に突き立てて、両手を重ねて空を見る。


 大聖樹だいせいじゅを守るために王宮の屋上で、迎え撃つことを決めたのは陛下。

大樹の精霊アマラがこの国を昔から守って来た大精霊なんて……。その依り代がまた無くなる事で国が弱体化するなら、なんとしてでも守らなきゃ……!)

 だからこそ、アダンテはたとえ狂っていたとしても大聖樹だいせいじゅをまた燃やすために、絶対にここへくるはずだと陛下はドラゴンの動きをよんでいる。


 雨が降る薄明かるい空を私は手をかざして見上げる。

(初めて雨を降らせた日々が懐かしいな)

 王宮周辺の国民は避難してもう誰もいない状態だ。あんなにも人が溢れかえっていたのに今はもう、何の音も生み出さない。

 私と陛下と、護衛しながら戦う人々以外は。


 私は目線を王宮の周りにたつ建物に移す。

 ずっと先まで色々な色の屋根が続いていた。木で出来ていたり、土で出来ていたり。

 この世界で暮らす人々の生活がそこにあった。


 これからここが戦場になる。


 まわりの皆の固い表情から、戦場を体験したことが無い私も体の底から震えが起こる。


(怖い。

 怖い。

 すごく怖い。

 それでも、私は守りたい。

 これまで、私と関わった人たちを。

 これから、私が関わっていく人たちを)


 目をつむって深呼吸をする。

 とびはねる心臓を落ち着かせるためにも、何度も何度も、息を吐いた。

(私だって役に立てる!) 

 私は頬を叩いて気合いを入れる。ブレスレットも、もう一度外してもらって準備万端じゅんびばんたん! また、いつでも歌える用意をしとく。


 それなのに私がシェリダンに連れて来られた所を見てから、陛下はご機嫌斜めで私の問いかけに答えてくれない。

 気まずい中、陛下は私に冷たく言い放つ。

「お前は幻獣王ドラゴンまでもタラシ込んだのか」

 じろりと彼ににらまれて、私はしゅんと小さくなった。

(だってもう一度、約束破ったことになるもんね)

 それでも私は勇気を振り絞り、口をとがらせて精一杯の抗議をする。

「その言い方は、酷くない?」

 私の問いには答えずに、甥っ子に似ている冷たい眼差しを空に移して、ただじっと待っている。


 実は話しかけるのも怖いんだけど、今はそんなことをいってる場合じゃない。実際に風精霊が、ドラゴンの襲来しゅうらいを告げているのだから。

(だからこそ伝えるならきっと今しかない。

 後悔するなら黙っていることより、ぶっちゃけちゃうことを私は選ぶわ)


「陛下、私ラウールさんの奥さんになりたい」

 陛下が黙って、隣に並ぶ私をまた見下ろした。

「陛下とそういうこと、したけれど。私はラウールさんが好きだから」

 私も見上げてちゃんと伝える。

(陛下の事は嫌いじゃない。正直、同じくらい好きなのかもしれない。

 でも、やっぱり一番の “ 大切 ” は、ゆずれないから)

 今の私の気持ちを隣で立つこの人に、ちゃんと伝えたかった。

「この世界で、ラウールさんの隣で生きていきたい! だから、ごめんなさい!」

 頭を下げて、またすぐに陛下の顔を見る。


 ラウールさんと同じ青い瞳ブルーアイ

 嫌いになれないのは、きっと優しく笑うこの瞳のせいだ。

 泣きそうになるくらい、優しいから。

 だから、私はこの人が好きなんだ。

(大人の余裕からなのか……どうしたらそんなにも優しくなれるのかな?)


 黙ったまま困ったように口の端をあげて笑う陛下は、ラウールさんに少し似ていた。その笑顔に、少しの寂しさが隠れているのがわかり思わず手を伸ばしそうになって、自分で自分の手をおさえた。


 やっぱり嫌いになれなくて。


 ホントに大切なものを守りたいなら、なりふり構っていられない。それを教えてくれたのは陛下だったから。

 人を許すのに理由なんか必要ないこともこの人から教わった。

 それは、憎み続けることよりも、

 もっとずっと難しいこと。


「その前に……こいつをどうにかしなければな」

 陛下は答える代わりに、私達の頭上を見上げた。空に広がる黒い獣は、はばたきもせずにじっと私達を見下ろしていた。


 陽光に反射する空色の装甲。

 天空の覇者は一人の男目掛けて舞い降りた。







 魔法使い達の風精霊の魔術のおかげで、最短距離を翔んで帰ってきた討伐隊。

 彼らが見たのは、王宮を守る雨のカーテンと、精一杯枝をのばす大聖樹だいせいじゅの姿だった。


 親鳥が雛を守るように。

 母親が子供を守るように。

 大切なものを、抱くように。


 枝が空におおいしげり、ブレスで焼かれるたびに新しい枝葉が生えていく。

 その都度つど雨が木々を癒していって、炎のブレスの威力を弱めている。

 ドラゴンがそのたびに忌々しげに、尾を打ち付け、粉々に町を破壊する。

 そのたびに煙りが辺りに立ち込めたけれど、それさえも雨にしずめられる。


 そんな中でも王宮の屋上にいる人間達は一人の男性を先頭に、善戦を続けていた。自ら先頭をきって戦う国王陛下の勇姿は、崩れかけた討伐隊の闘志を蘇らせる。


 ここまで精霊達を使い、人々を連れてきた魔法使い達は戦う陛下に加勢するべく、ラウールも側に舞い降りていく。

「ラウール! 戻ったか!」

 甥の姿に気付いた伯父は魔術を乗せた剣戟けんげきで、炎の呼吸の軌道をずらしてドラゴンを返り討ちにしていた。

 残り少ない魔力を保つため、ラウールも剣を使って降り積もる瓦礫がれきの破片に応戦しながら陛下の側へと近付いていった。

「陛下!」

 直撃すれば、体に穴が開くだろう大きさの破片を剣ではたき落とす。だが自分が側に行こうとするのを止めるように、こちらに向かって鋭く叫んだ。

「ユリエを守れ!」

 陛下は後ろに立つ彼女を守っていた。


 彼女は、もうずっと歌っていた。





   ――忘れじの言の葉は、

     大切な物を守る腕――



「アダンテは、やっぱり狂った、まんまなのかな」


 歌うことが、こんなにも辛くなるなんて。

 膝に手を当て、肩で息をする。

 汗がぱたぱたと落ちていく。


(お陰で喉は絶好調、たなぼたものだけれどね)

 私は汗をぬぐいながら目の前に立つ彼に伝える。私の側まで後退して、破片から守ってくれている背に近付いた。

 おかげでけながら歌わなくていいから、そのぶん集中出来ていい。

 私は深呼吸を繰り返して疲弊したノドを休ませた。

「アダンテが、幻獣王ドラゴンの中にいるんだって。体の持ち主から聞いたんだよ。ねぇ、いった通りでしょ? ちゃんと話できたんだよ」

 飛んでくる破片をぎ払ったラウールさんが振り向き私を見下ろす。

(なんとまぁ)

 思わず口に手をあてて吹き出すのをこらえる。

 いつも完璧に身を固めていたこの人が。

 いつも冷静な態度のこの人が!

 あちこちやぶけて、泥まみれのり傷だらけ。所々、赤くなっているのは染みた血のせいかしら?

「スッゴい、ぼろんぼろんだね!」

 見たことも無いくらいに!

「ふん……お前もな」

 振り返って口の端をあげて笑う。やっぱり陛下にそっくりだわ。


 お互いイッパイイッパイなのに。

 気を抜けば、すぐに死んじゃうのに。

 何でだろうね。

 好きな人がいてくれるだけで、

 泣きたくなるくらい、幸せ。


「ねえ。私をドラゴンの側に飛ばしてくれない?」

 お願いのキス。

 愛してるのキス。

「ついでにもひとつお願い」

 私は最高の笑顔で宣言する。

「無事に帰ってこれたら、結婚しようか!」






   

    































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