第21話 選択【改稿版2】

 ポツンと明かりがともるなかに座っていたのは、陛下が可愛がっていた一匹の白猫だった。


 私は何度も目をこすって確認する。でも、確かに彼女はそこにいる。

 私は思わず足から力が抜けて、その場に力無くへたりこんだ。

 今や私の体の感覚は、五体満足で稼働していた。

「…………」

 ポカンと口を開けた私の顔をみーちゃんは見上げて、ひげを動かしながら喋っている。

『私は特殊な幻獣でね。全ての世界、全ての次元の同種の存在ねこと繋がることが出来る。ね、凄いでしょ?』

 フフン。と得意気に話す姿さえ可愛い。

 白いふさふさした柔らかい毛並みに、琥珀色アンバーの瞳の奥が知的に輝く。

 私は何も言い返せずに、ただ呆然と見つめ続けた。みーちゃんはそんな私を面白そうに見つめて、笑いを含んだ声で語りかけてきた。

『私は陛下ガイベルグを愛してる。彼が国の為に身を削るなら、私は少しでも力になりたいと願ったんだよ』

 その言葉を聞いていくつもの場面が私の頭の中で花開く。

 私の顔が驚きに染まったのを見て、みーちゃんは目を細めてうなずいた。


『そう。ユリエがここにいるのは、全て私の描いたこと』

(あぁ、そうだった。思い出したわ)

 私はみーちゃんの前に思わず両手をついて項垂うなだれた。



 初めから、側にいた。

 この世界に来た、最初の時から!



 私の衝撃を受けた姿を見ながらも、なおも淡々と彼女は喋り続けた。

『その為には、どうしてもアダンテの亡骸なきがらと魔力を利用しなければならなかった。つまり “ 再利用 ” ね。だからあなたを産んだのよ、ユリエ』

「……ちょっと待って! どゆこと!?」

 信じられない言葉の羅列に、聴力がついていけない。私は両手を付き出して、彼女の言葉をさえぎろうとした。

「私のお母さんは、16年育ててくれた、別の世界のあのおっちょこちょいの女のひと!」

 そんな私の抵抗もむなしく、首を横に降ったみーちゃんは話を続けた。

幾億いくおくもある世界の中から、やっとここと似通にかよった星を見つけたの。そこで新たに純真無垢に育てられれば、素直な子に育つと思ったのよね』

(話のスケールが大きすぎて、頭がおかしくなりそうだわ)

 私は混乱しだしたらしい。髪の毛を両手で引っ張りながら「え? は?」と自分でも情けないくらい変な声を出している。

 そんな私の姿を見てもなお、みーちゃんの話は終わらない。

『死体を動かすのよ? そうそう全くの別人をホイホイと入れたって上手くいく可能性は低いに決まってる』

「そりゃ、そうだけど。でもそんなの、常識はずれだよ……」

『……ならば、本人ならばどう? それなら常識内だと思わない? だって “ 一命を取り留めた ” ってことになるでしょ?』

 ここまで聞いて私も鳥肌が立ちはじめた。おそらく顔色も真っ青だろう。


『そう。あなたもアダンテ。正確に言えば、アダンテの一部だったもの』

「私が、私じゃないと言うこと?」


 みーちゃんは、少しだけ考えるように上を見る。

『そうとも言える。でも、あなたは別の世界で生まれ直した。だから自身とも言えるわね』

 頭が真っ白になってしまい、何にも考えられなくなった。


 髪の毛を引っ張ったまま私はじっと目をつぶり、うつむいて情報過多じょうほうかたになった頭を冷やす。

 そんな私を目の前に座るみーちゃんは、じっと見つめて淡々と事実だけをのべていく。

『こういう未来が避けられないと、私は最初からわかっていたの』

 その言葉に、私は目を開けて彼女を見据みすえる。

『だからこそ、私は命を削ってまでもから引きちぎったのよ』

 そして、あなたという存在を産みなおしたの。



(開いた口がふさがらない。そう、まさに)

「信じられない……」

 私は手足の先が冷えてくるのを感じた。

 感覚が遠く、耳鳴りもさっきからうるさく響く。みーちゃんは、自分が産んだ魂を目の前に、母の顔で私に優しく語りかけ続けた。

『全ては彼への愛のため。そのためなら、私は何でも出来るのよ。あなたの電話を鳴らしたのも私。立ち止まったユリエに、空から隕石が確実に当たるようにするための、私の策略さくりゃくだったから』

 そう言って少しうつむいて『まぁ、その隕石自体も作成したのは私だしね』と小さくつぶやく。

 私もあまりの突拍子とっぴょうしの無い内容に、声が出せずに彼女の言葉を黙って待つ。

『そしてあなたを本元アダンテの魂が死んだときにこちらの世界に流れるよう、命をけて使った私の独自の魔法のおかげであなたは故郷に帰って来れたのよ』

「故郷……」

『でも、こちらの世界を選んだのはだけれどね?』

 つらつらと語られるそうだいな物語に、私はビックリして身動きすらはばかられる。

 それでもなお白猫は私の前でただ、と困ったように耳の後ろをかく。


『計算外なのは、地球の医療技術が優れていたことかな? ユリエの体が、死にきれなかったのね』

「え? ……ってことは、私の元の体はまだ生きてるって事?」

 その言葉に前のめりで質問する。

(ホントの百合恵わたしの体が、まだホントに存在する!? まだ、佑樹ゆうきの元に帰れるかもしれない……!)

 短い首で頷くみーちゃんは幻獣だとは気がつかないくらい、相変わらず可愛いらしい。だけども話す言葉はまるで女の人と話しているみたいだ。

(……みたい、じゃないよね。みーちゃんはもう、陛下が大好きな一人の女性ね。そして私の魂を産んだ、お母さん?)

 いまだに混乱する私の心の中を見透かしたように白猫の幻獣は腰を上げて、両手をついた私の腕にするりと身を寄せた。

『……ねぇ、お願いだよ。どうかこの世界に残って。私のねがいを叶えてよ。ガイベルグに愛されたユリエならわかるでしょ?』

 みーちゃんのその言葉に、心臓が跳ね上がる音がする。


『そう遠くない未来……彼は死んでしまう』


 耳を垂らして苦しげにささやくみーちゃんはその場でうなだれてしまった。

 その背中があまりにも悲しくて、泣いてるのかと思って背中を優しく撫でた。



 壊れた水差しは、少しずつ水を漏らしていくように。

 あの右目から、魔力は流れる。

 それがアダンテが残した、呪いだから。



『私は、彼を愛してる。心から』

 だから彼のためなら何でも出来たよと、ポツリと彼女はつぶやいた。

 そして顔を上げて、私に向かって懇願する。


『ユリエ、選択しなさい。あなたしか選ぶことは出来ない。全てを受け入れて。私もあなたももう、後戻りは出来ないの!』

 その言葉に私は黙って目をつむる。

(ごく普通に生きてきた16年。でも、 “ 普通 ” って何かしら?)


 自分がよく知る事柄ことがらが普通と言うのなら、今この世界が私の “ 普通 ” 。


 故郷に帰って来たなんて、そんな感覚ゼロに等しい。はじめはあんなにも帰りたかったのに。

 今はもう、離れたくない人の姿が目に浮かぶ。


(これから積み重ねて行けばいい。大好きな場所で、大切な人達と一緒に)

 そう決めて目を開けると不安げなみーちゃんが私の顔をのぞき込んでいた。

 私は思わず、この可愛いもう一人の母に笑って話しかける。

「私は私の行きたいところへ行く。後戻りは好きじゃない。突き進むのが、私だからね」

 その言葉に、みーちゃんの目が輝いた。






 ふと気がついた時に飛び込んで来たもの。

 草の香りや森の青々とした匂い。

 更々さらさらと流れる風が運ぶ。

 頭の上で舞うぼやけた光が、こちらの世界に帰ってきた事を知らせてくれる。


 ゆっくりとまばたきしながらも、まだ挨拶あいさつが済んで無かったなぁって、ぼんやりとした頭で思い出した。

(さよなら、私。ごめんね、佑樹。私はこの世界で、自分の信じた道を生きていきたい)




「帰ってきたのか」

 緑一面だった目の前に、にょきっと水色の髪の精霊の顔が映る。

 空色の瞳が心配そうに、真上からのぞき込んでいた。

 焦点がまだあっていないのか、二重に見える。

(……当たり前だよね、シェリダンの雷魔法で心臓止めてもらってたんだもの)

 私は重い腕で目をこすりながらも、そんなことを考えていた。


(よくよく考えれば怖いことをしたもんだわ)

 自分の思い立ったら突き進んでしまう性格に、ついあきれて笑みがこぼれる。


『 “ 死 ” に近付かないと自分をこの世界に連れてきたに会えない』

 シェリダンの言葉を鵜呑みにして、私は彼に頼んで自分の体を預けてしまった。

(私もホント、止まれないわ。でもシェリダンは絶対、悪いことはしなそうだもの。一か八かで、私は賭けに勝ったのよね)

 そういえばみーちゃんが何か話していたっけと、戻る前に交わした会話を思い出す。

 私は彼を見上げて伝えた。

幻獣王陛下ドラゴンって、シェリダンのコトだよね?」

 その言葉に、不思議なものを見るように私を見つめる彼。

 その問いには答えずに、彼に抱き起こされてホッとしている時なのに、シェリダンの胸元に閉じ込められる。

「ともかく、無事に帰ってこれて良かった。それにワタシは今、ドラゴンから追い出されたただの魂だ。それも、もうすぐ消えるだけの存在だ」

 悲しげに「そんなだいそれた存在ではない」と話す声が胸から伝わって聞こえる。

(じゃあ……)

 私はその言葉にきつく目をつぶった。


 彼の魂をドラゴンの体から……どうしても、一人しか思い付かない。


 私はぎゅっと目をつむったあと、パッと開いて彼の顔を見上げた。

「ごめんね。アダンテが、シェリダンの体の中にいるんだね? に追い出されてしまったから?」


 私のあまりの必死な問いに、彼は困ったように笑い私の言葉を訂正する。

のアダンテ。魔力に自我を破壊された、今はもうただの化け物だ。大きすぎるものは、望んではいけないと言うことだ」

 フフ、と笑ったシェリダンが一瞬だけ透けて見えた。それが何だか恐ろしくなって、私はとっさに彼の両腕にしがみついた。

 シェリダンは驚いて少しだけ眉をあげると、ふわりと優しく笑って言った。

「だがそのお陰で彼女の呪縛から解放されたと言ってもよい」

(やっぱり私のせいで追い出されたんだ)

 申し訳なくて、でも何をすればいいかわからずにぎゅうっとシェリダンの体を抱き締める。


 今にも空に溶け込んでしまいそうで、

 捕まえていないと不安になるから。


「ごめんね、ごめんね! どうすればいい? どうすればシェリダンを助けられる!?」


(たった二日前に会ったばかりなのに。シェリダンの、のんびりとした雰囲気が心地いい。しゃべり方も、そのしぐさも、側にいてとっても気持ちがいい)


 友達になるには、時間なんて関係ない。


 私の必死な声に答えて、目を細めた彼は力強く抱き締め返した。

「では歌を。ワタシの為だけの歌を。私の体の前で歌っておくれ。ワタシはそれを道標みちしるべに、またお前の元に戻ってこよう」


 そして改めて誓約しよう。

 愛するお前を、生きている限り守り続ける事を。









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