第17話 あなたに 歌を【改稿版2】

 王宮の2階には、魔法庁で使う道具一式をしまう倉庫の部屋がある。

 ここがくせもので、嫌になるほど大変だった。


 倉庫の扉を開けたとたんに、暗い室内からホコリがブワッと寄ってくる。

 私はその部屋に一歩踏み入れたとたんに、物凄く後悔した。

 せまりくるホコリの軍団に、思わず口を押さえて後ずさる。

「何このホコリ! つーか何でこんなに汚ないの!」

 私は激しく咳き込みながらも、顔の前を手であおぐ。

「人の出入でいり、少ないしねぇ」

 私の後ろに立つシェーリーンさんは、私を盾にしながら口を押さえてしかめっ面だ。


 沢山の物品が見える範囲でも山のように積まれている。

 普段の事務で使うものや杖とかローブとかはもちろん、遠征用のテント類とかの生活用品も揃っているらしい。それすらもごちゃごちゃと散らばっていて、見分けがつかない。

 でも一番怖いのは呪いがかかった物なんだと言う。前もって『気をつけて』と班長さんから伝えられていたのだ。

(何でそんなものまであるんだろう? というか、こんなところで良いのかな?)

 私はそう思いつつも恐々こわごわと足を踏み入れて、暗い部屋を見渡していた。


 残念ながら、ここの在庫管理も未開発魔法班デキソコナイのお仕事らしい。手の空いてる副班長シェーリーンさんと一緒に、いた時間を使って見に来た訳だ。

「縁の下の力持ちだね。私達って」

 呆れて腰に手をあてて辺りを見渡して言う私に、シェーリーンさんが分厚い在庫表みたいな物を渡してくる。

って何よ? あんたがバカ力持ぢからもちなのは知ってるけど」

 一刻も早く出たいわっていう顔をして、つま先立ちで入り口まで移動するシェーリーンさん。

 私はそんな彼女を見つつ、ため息をついて肩を落とした。

「私、バカぢから決定なのね……」





 もうすぐ本格的な食欲の秋が来るそうだ。


 この世界でも秋にはみんなお腹がくらしい。そうすると魔物がご飯を求めるために、人を襲い始めるんだと言う。

 毎年魔法庁はその被害を出さないための回避の対応で忙しくなる。だからこそ、ここの在庫チェックをするなら冬になる前の今しかない! ……ということみたいで。

「確かに冬場でこの部屋に居たんじゃ、こごえてシモヤケになっちゃうね」

「でしょ? じゃ、任せたわ! もー耐えらんない!」

 そう言う声が聞こえたかと思って私はパッと振り返ると、一緒に来ていた彼女がいない。

「えっ!?」

 風のように去っていく、

 遠くに彼女の足音が響く。



 に・げ・ら・れ・た!



 慌てて廊下に出たとしても、もう彼女の姿は見えなかった。

(未開班の部屋だって最初はここに負けて無かったのにーっ!)

 血の気が引いた頭を抱えながら私は天井を仰ぎ見て目をつぶると、いさぎよく覚悟を決めた。

「ショーがない! こーいうの新人の役目よね、全く! ……ゲームでも色んな装備があるけれど、実際ホントにあるもんなのね」

 パラパラと軽くページをめくってみても、暗くて字なんかよく見えない。

(立ち止まっていてもしょうがない!)

 私はバタン! と資料を閉じた。

 とりあえず窓を開けようかとドアを離れた時だった。


    ――――ガチャン―――――


 後ろから重たい鍵のまわる音がむなしく部屋に響くのが聞こえた。

「え? ウソ!」

 私は慌ててドアの所へ行き、ガタガタとノブをまわしてみた。

(うそ……びくともしないじゃない)

 さっきよりも思いっきり、頭から血の気が引く音がする。


(開かなーい!)

 私は手の平で思いっきり扉をたたいてさけんだ。

「シェーリーンさーん! 誰かーっ!……ダメだ。ドアを吹っ飛ばしちゃおうかなぁ。でもなー、この間ドアを静かに開けるようにって言われたばっかりだしなー」

 扉の前で腕を組んでうんうん唸って色々口に出すけども、外に人の気配はない。

(さて、どうしよう?)

 アタフタとその場を歩き回って迷っているとかすかながらお香みたいな匂いがどこからか、細々ほそぼそと漂ってくるのに気づいた。

「ん? くさ……」

 私は鼻を手でおおって顔をしかめて辺りを見渡す。

 焦げるような、甘ったるい匂い。

(……あれ?)

 だんだんとその匂いが濃くなっていくのと同時に、私の目の前が暗くなって意識も遠くなっていった。


  





 ラウール長官の執務室では、いきなり風がふわ、と吹いた。


 その風に誘われて皆が顔をあげる。

『坊や。ユリエが隠されたわ』

 フッとが部屋の中心に現れた時、副官はイスをうしろに吹っ飛ばしていた。そのまま目を見開いて硬直する。

 自分の目の前の光景が信じられなかったからだった。

(なんと! 高位精霊が人の目の前に姿を現すなんて!)


 緑の巻き髪が美しい。

 意思の強そうな瞳が、心まで見透かしそうな美女。

 豊かな髪を豊かな体に巻き付けて、

 蒼く透き通った艶のあるふくよかな美女。


 二人のユリエの契約精霊が、驚いて立ち尽くしている人間の目の前に現れている。その視線を気にもせず、互いを抱き合う精霊がユリエが一番信頼している相手に切羽詰まったように訴えた。

 二人とも眉根を寄せて、不安そうな面持ちをしている。


『この近くにはいると思うの。姿

 それを聞いたとたん長官の顔色が見たこともない位青ざめて、改めて副官は驚く。


 この人の元で働く様になってからもう200年位は経つ。それでもこんなにも表情が変わる所など、見たこともなかったのだ。

 アダンテに負けそうになっても、陛下が槍に貫かれようとも、顔色ひとつ変えたことない人なのに。


 副官は上司のその動揺に不安で胸が苦しくなった。

(何か危うい事が起きている。ユリエのこと、だけじゃないよな?)

 焦ったラウールの指示を受け副官がユリエの所在確認に走るが。


 ユリエの姿は、倉庫からこつぜんと消えていた。


 




(………あれ?)


 薄暗い、闇の中にいた。

 頭が重くてぼんやりとしている。

(私、何をしてたっけ?)

 薄暗くて土の匂いが鼻をつく。

 全身が水につかかっているような。


 しかし、次の瞬間に私はぱちっと目がさめた。

「!」

(誰かが私に乗っている!)

 胸元が空気に触れているのがわかる。

 そのとたんに無性にはらがたってしまって、思いっきり右手の拳でそいつの顔を殴り付けた。

「ぐうっ!」

 薄暗い中、顔を押さえた誰かが左に飛んでいく。その飛距離にやっぱり私は少しちからバカなのかもしれないと驚いた。

 それよりも。

 その声には聞き覚えがあった。

 その場で座り込んだまま、私は倒れている人物を見る。

(……植物課の課長!?)

「…………」

 私は理由を聞き出そうと痛む右手をさすりながら上半身だけを起こす。

 問いかけようとしたけれど、喉が全く動いてない事に気付く。というか感覚すらなく、触っても何も感じない。


 つまり声が出なかった。

 頭を抱えて久々のパニック!


(歌が歌えない!! これいつまで!? もしかして一生このまんま!? そんなの絶対やだ!)

 パニックにかられて慌てて辺りを見渡す私を、殴られたほほを押さえたままの課長がまた押し倒しにかかって来る。

「大人しくしていろ。アダンテのクセに!」

 その言葉に私の反骨精神が起き上がる。

(私、アダンテじゃない!)

 危機を感じる恐怖よりも、元来がんらい持ち合わせてる負けん気が登場する。私はできる限りのにらみをきかせて、植物課課長を退治しにかかった。


 そこら辺に転がっていた植木鉢みたいな塊を、土ごと手当たり次第に課長めがけて投げつけた。

 課長はひるんでたたらを踏むけど、にらみかえして来るのがわかる。

「お前のせいで、全ての面目丸潰れだ。その賠償ばいしょう位あってもいいだろう!」

 そう言いながらも私が投げるものを必死で避けているのが見えた。


 私は相手がひるんだその隙に走ってその場を後にした。

(ここは何かの倉庫? 一体ここってどこなんだろう……!)

 物が多すぎて出口が全くわからなかった。

(んもう! 整理整頓ってやっぱり大切なんだよ!) 

 今はどうでもいいことなのに、そんなことばかり考えてしまう。

(アマラ達とも繋がらないし。一体これからどうしよう!)

 キョロキョロしている私をせせら笑って、後ろの方から課長がじりじりと近寄ってくる。

 私はとっさに何かをつかんで、課長と対面してかまえた。

 だからか課長のゆがんだ顔がよく見えた。

脚を開けばいい話だ」

 その言葉に、カッと頭に血がのぼる。

(気持ち悪い! アダンテにはあきれちゃうけど! そもそも私はアダンテじゃないし!!)

 冗談じゃないと逃げようとするも捕まって、私は思いっきり首を絞め上げられる。

 目の端に、課長の笑った顔が目に入った。

「……っ」


 悔しい悔しい、悔しい。

 こいつなんかに、負けるなんて。


 唇をこじ開けられて、無理やり舌を吸われてしまう。

 心は拒絶してるのに、体はしなって沿わされて。

 首もとには、きっと花弁はなびらが散っている。

 課長が、合間あいまにつぶやいた。

「お前はまるで麻薬だ。

 その言葉に私は悔しさに涙を滲ませて、植物課の課長を睨み付けた。


(冗談じゃない! アダンテはもうるらしいけども、私はまだ、経験してない。

 それなら私は、ラウールさんがいい)


 だから……、思いっきり股間を蹴りあげた。


    






 ラウールは、王宮の端から端まで走っていた。

「後はどこだ!」

 汗を飛ばし振り返ると未開班のダグラス班長と目が合う。

 青い顔の彼もユリエの行方不明の危険性を理解している様だった。


(もし、王宮からでも外へ出てしまったら……!)


 それを思うと胃の辺りが冷えた塊に支配される。

 その辺りを押さえる長官を目の前にダグラス班長が鋭い声で答えてきた。

「温室内と地下室! それに、植物課の資材置き場です! 王宮の出入り口は全て、軍の方々にお願いして人を配置していただきました!」

 未開班と秘書達総動員で、一時間以上も王宮内をくまなく探しまわった後だった。

 それなのに誰も目撃者がいない。精霊でさえ知らないという。

「時が経てば外に出てしまう可能性も……!」

 その班長の言葉にラウールは厳しい顔でうなずいた。

(ならば、残りの三ヶ所に違いない)

 他の人員を残り二つに向かわせて、焦る気持ちをおさえてからラウールは資材置き場へと急ぐ。

(まさか……王宮内で行方不明になるとは思いもよらなかった。精霊と契約しているからと、油断をしているのも自分の失態しったいだ)


 ユリエはアダンテの肉体に宿っている。

 アダンテを憎む者は数多あまた居た。

 ……一刻も早く見つけなければ!


 





 遠くからかすかな足音が近付いてくる。

 私は顔をあげて耳をすませた。

(……誰か来る!)

 悶絶していて起きあがることも出来ない課長を尻目に、固そうな木目の扉を思いっきり蹴りやぶろうとする。静かになんて言ってられない!


「ユリエか!」


 緊迫感のある小さな声が扉の向こう側から聞こえてくる。

 その声を聞いたとたんになぜか一気に体が震えた。

『ラウールさん! ここよっ!』

 出ない声で叫んでもう一度蹴りあげようとする前に向こう側から扉が開く。

 私は迷わずラウールさんの腕の中に飛び込んだ。

 「!」

 明るい光りが目に飛び込んできて一瞬だけ、目がくらむ。私は目の上に手をかざしてその光源から顔を反らした。

 ラウールさんの後ろの斜め上には光る羽虫が飛んでいた。日精霊ひせいれいだ。

 その光りに目がなれた頃には私は思わず赤面する。

 逃げているときは必死で気づかなかったけど、明るい所で改めて見ると自分がものすごい格好をしてるのがわかった。


 土だらけの、ぼろんぼろんだ。

 コルセットはないしケープも無い。

 ブラウスのボタンも全部ふっとんでしまっている。

 私はあわてて、前を合わせた。

(もろだしーっ! 今更ながら、膝が震えてきちゃったわ)

 顔をのぞき込むラウールさんに『大丈夫』って言いたいんだけど。私はいまだに赤くなったり、青くなったり、ぱくぱくする事しか出来ない。

 そんな私の態度に気づいて仏頂面ぶっちょうづらを近づけてきた。

「 ……“ 精霊隠し ” の香か。声はすぐに元に戻る」

 私に自分の黒いローブをかけながら首元の匂いを嗅いでラウールさんが言う。

(ホント、この人何でも知ってるなぁ)

 私はポカンと口を開けたまま感心して彼を見ていると、ダグラス班長達がやってくる。

 それを見たラウールさんが後は頼むと一言言い捨て、ひょいっと私を抱っこする。

(……お姫様抱っこ!?)

 まぁ、膝が笑って歩けないから、文句も言える立場じゃないけど。

(……そう言えば、アダンテって体重どのくらいだろう? この世界ってそう言うことは気にしないよね)

 私はじっとしながらもそんな事を考えていた。


 すぐそばの部屋につれていかれると、強制的にイスに座らされた。

(土まみれで絶対に女官長さんに怒られるから……早く着替えたいのにな)

 ラウールさんはそんなことお構いなしに、私のお香の影響を入念にチェックする。私の喉に手をあてて麻痺具合を確かめていた。

「 “ 精霊隠し ” は他国間の争い時に、相手方の魔法使いを精霊から隔離することで撹乱さくらんさせるために作られた物だ。これが作れるのは、我が国だけだからな」

 私はあっと言う顔をして、その言葉に反応する。

(なるほど! だから二人と話が出来なかったのか!)

 声が出ないのでそのままコクンとうなずいてみせる。

 それを見たラウールさんもうなずき返して、苦い顔をして話を続ける。

「声帯を麻痺させるのも呪文を唱えさせないためだから、もうすぐ喋れるようになるし精霊とまた繋がることも出来るだろう」

 いまだに喉元を触るラウールさんの手が、微かに震えてる事に気付く。


 私はビックリしてその手をつかんで顔をのぞこうと体を傾けようとした。

 でも、結局はそれは出来なかった。


「……すまなかった。怖い思いをさせた」 

 うつむいているから私からはどんな顔をしてるのかはわからないけれど、その手が私の首輪を外した。

 そうか、と私は重要なことを思い出す。 

ることが普通になってたから。疑問に思ったことなど無かった。もし外に出ていれば、首が締まって死んでたんだ……!)

 私はゾッとして両腕をしっかりと抱き締めた。その事実に、今更ながら青くなる。

、失うかと ……」

 前に座って私の首もとを押さえたまま深くうなだれていたラウールさんが、かすれた小さな声でうめいた。


 初めて聞いた、

 彼の弱々しい、ことば。


 ビックリしていると彼にきつく抱き締められて、ようやく気づいた事がある。


 鼓動の速さが、一緒だった。

 抱えた不安が、一緒だった。


 思わず私も抱き締め返して不安に震えるこの大きな背中を、ずっとなで続けた。


(……早く声が戻らないかな? そしたらたくさん、満足するまで、あなたのためだけに歌うのに)


 そう願わずには、いられなかった。



 


 
















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