第18話 幻獣の中の幻獣【改稿版2】

「被害報告!」

 その知らせは、唐突とうとつに王宮にもたらされたものだった。


 ラウールの執務室に人々があわただしく出入りする。

「フルざんの南の斜面が大規模崩落。峠の谷が半分土砂で埋まっています!」

 ラウールはじめ、主だった魔法庁の人間が机のまわりに集まりだす。

 その大きな机の上に広げられるのはこの国の地図だった。最初の報せを持ってきた紺色のローブの若者が、その地図の上の方にピンの様なモノを次々としていく。

「ここと、ここと……ここです! 我が国のとりでの詰め所が数ヶ所崩落に巻き込まれました。少しずつ首都に近付いてきていますが、の居場所は今現在は、フルざんの山頂で動きを止めたままのようです」

 それを聞いてラウールはすぐに振り返り、近くの職員に指示を飛ばす。

「大聖堂に医者の派遣要請を取り付けろ! モニカ課長、これは間違いないんだな?」

 ラウールは難しい顔をしている生物課の課長の方に向き直って問いただす。


 長官の執務室は緊張の糸が張られながらも、ラウール長官は冷静に流れる様に指示を出していく。



 基本的にこの国の軍部は国同士や人が原因の争い事、魔法庁は精霊や魔物幻獣が原因の災害と、担当役割を振り分けて自国を守る。

 だが『国を守る』という同じ目的のために共同で使用している物も多い。国境を守る砦もそのひとつにあたる物だった。



 長官に問いかけられたモニカ課長は難しい顔をそのままに、への字に曲がった唇を、更にプックリさせながら見上げて答える。

「間違いないね、ドラゴンだよ。しかも以前よりも魔力が桁違けたちがいに強くなってるみたいだし。だとするとは、ほぼ間違いないでしょうね」

 あっさりとした答えを聞き、ラウールは口元に手をあてて考え込む。

 周りの職員達もモニカ課長の言葉に一様にざわつきはじめていた。

(……厳しいな。ドラゴンは “ 幻獣の中の幻獣 ” と呼ばれる存在。たかが魔法使いが集まって抵抗しても、この国共々簡単に滅ぼされてしまうだろう)

「……こちらの人員被害は?」

 ラウールは顔をあげ情報を持ってきた若者に尋ねる。若者も、暗い顔をしながら答えた。

「行方不明者は兵士、魔法使い合わせて15名。土砂に巻き込まれたもようです」

 その言葉にその場にいた全員が口をつぐむ。ラウールは振り返り、出口付近の職員に指示を伝えた。

土班ノームスを救出に向かわせろ。空生班は土班の援護をしつつ、ドラゴンの動きを探る様に伝えること」

 ラウールの指示に従い職員が次々と散っていくが、知能も魔力も人は遠く及ばない事は皆、はなからわかっていた。


 それでもこの長官は、諦めることを良しとしない。

 そこが彼が慕われる所以ゆえんでもあり、人の上に立つ事を受け入れられている所でもあった。


 暗い空気が辺りに流れるが、あえてラウールはそれを気にせずに向かいにいる副官に次の指示を出す。

「副官。わたしを含め10名、高位術者を選抜。ユリエと、指揮系統を残すため、副官抜きでだ」

 副官が厳しい顔でその言葉にうなずき、ラウールは続けて言いつのる。

「もう少ししたら軍部の方から話を振ってくるだろうから、そちらの作戦に合わせて動くことも伝えておくこと」


 ラウールは、ふと彼女の後ろ姿が見えた。

 その姿を目に焼き付けるため、その場で数秒、目を閉じた。

(たとえかなわないとしても、大切なものを守るために戦わなければならない事もある)

 副官はそんな長官の立ち姿を、厳しい目付きで見返している。

「……討伐隊っすよね」


 


 私は顔を上げて廊下の方に首をのばした。

「何の騒ぎ?」

 さっきからずっと廊下の外が騒がしい。

 人がいったり来たりしていて、扉を閉めていても複数の足音が聞こえてくる。


 私は今日も、いつもの職場で書類整理だ。

 魔物の出現予測のための記録を本棚から探している最中さいちゅうだった。


 あれから声もすっかり元通りで、精霊達も今はまた私と心を共有している。

(ねぇ。2人とも一体どうしたの?)

 それなのに、私とつながる精霊たちは私の問いには答えずに、だんまり口をつぐんだままだ。

 代わりに私と一緒に嬉々として資料を読み漁るおかっぱちゃんミャーシェンが、目を離さずに答えてくれた。

「んー。また魔物かなんか出たのかも」

「もうでたの!?」

 その言葉に私は持ってる資料を落としそうになってしまった。


 ミャーシェンちゃんは、魔法庁のなかでは一番の魔物博士だ。

 スラスラと生態についてのうんちくが、うっとりと手を組む彼女から流れてくる。

「オーガとかは女の人を犯した後食べちゃうし、ハーピーも男の人を犯した後食べちゃうんだよ。ほら、人間って栄養高いから」

 つらつらと出てくる知識にビックリして、私は彼女をまじまじと見た。

「だからさ『被害が出る前に』って、この時期はいつも慌ただしいの」

 にっこり笑ったミャーシェンちゃんがあまりに幸せそうに笑うもんだから、私も知らずに拍手していた。

(可愛い顔してわからないもんだわ)

 それでもポカンと口を開けている私を見て、ミャーシェンちゃんが慌て出す。内容にビックリしてると勘違いして別の可愛い系の話題を持ちだす。

「ほら、大聖樹だいせいじゅに住んでる白いリスも。あれも魔物の一種だよ。ただ人に害が無いだけ」

「……うそーん! あのコは幻獣じゃないの!?」

「え?……あー、一応幻獣なのかな? 線引きがとっても難しいんだよね」

 ミャーシェンちゃんも上を向いて考える。

 新たな真実にショック!! を、受けているところに班長が、ふらりと戻ってくるのが見えた。


 顔が真っ青で今にも倒れそうだった。


「どうしたの? 班長。……大丈夫?」

 慌ててかけより、体を支えて彼の席に連れていく。足をもつれさせながらもやっとの事で着席した班長は、ユリエの顔を見て悲痛な面持ちで話しかけてきた。


「ユリエ君。きみには明日づけでサイネル城での待機命令が出ました。後で長官の執務室に行くように」


 いきなりの事に困った顔を浮かべて戸惑う。そんな私の顔を見てから班長は、顔を覆ってうなだれる。

「……前の大戦でアダンテの陣営にいたドラゴンが、首都の北に位置するフルさんに出没したんです。どうやら死者も出ているみたいで……」

 その言葉に、私は目をいっぱいに見開いた。


  『アダンテ』『陣営』『ドラゴン』


 どれも不吉な響きをともなっている。この女性ひとの名前が出ただけでも、いまだにドキドキしてくるのというのに。

 私を襲うその暗い動悸どうきに、いても立ってもいられなくて扉のノブに手をかける。

(私に何か出来ることがあれば……!)

 そうして飛び出しそうになる私の手をすんでのところで、シェーリーンさんがつかんで引き留めた。私の両肩をつかんで正面に向き直すと、厳しい眼差しで顔を覗きこんでくる。

(こんなに真剣な彼女の顔は、今まで見たことない)

 私もまじまじと見つめかえす。

「あんたまたなんか考えてるでしょ。アダンテはね、人も魔物もだますのが上手かった」

「でもそれなら尚更なおさら私、何か役に立ちたいよ!」

 私の突っかかる物言いに「黙りなさい!」と、普段の彼女なら出てこないような、きつい口調が飛び出した。

「ドラゴンは誇り高い幻獣なのよ。騙されて手駒にされたならなお、たちが悪い」

(騙された……)

 そのまま肩を撫で続けて私が落ち着くのを待ってくれたシェーリーンさんは、悲しそうな顔をしてつぶやいた。

「今のあんた、いくら中身は違ってもね。見た目はアダンテそのものなのよ。バカは力だけにしてちょうだい」

 さすが、副班長まで登り詰めた彼女だった。

 私はその言葉に声を詰まらせてうつむくしかなかった。

「長官が出した待機命令の意味を、汲んであげなさい」

 シェーリーンさんは、最後に優しくささやいた。





 夕方近くなり正式に討伐隊が編成されるが、ユリエが選ばれることはなかった。


「ねぇお願い! 私も討伐隊に入れてよ!」

 長官の執務室では入れ替わり立ち替わり人々が、ラウールさんに意見とサインを求めていた。

 机の上の書類を見ながらも秘書達に指示を渡していくラウールさんに、私は真っ正面からぶつかっていく。

(やっぱり私、自分だけが安全な所になんて居られない!)

「私ドラゴンと話してみるよ! 頭いいんでしょ? わかってくれるかも知れないじゃん!」

(アダンテが関係しているならば。どうしても、なにか役に立ちたい! 黙って見ているなだけなんて私にとっては拷問なのよ!)

 私の必死のお願いにもラウールさんはにらむだけで、次々に他の人に指示を出していく。


 フル山は、ここから移動だけでも2日はかかる。実際に魔法使い達が使う装備や食料など手配しなければいけないものが沢山あって、長官だけでなく誰もユリエのわがままに付き合う暇など無かった。


 じれったくて、

 不安で焦って、

 聞いてほしくて、

 思わず名前を呼んでしまう。


「ラウールっっ!」

「黙れ!」


 いつもの冷静沈着な長官が、突然机を叩き声を荒げた。その声に職員達は縮み上がり副官でさえ顔を強張こわばらせる。

 立ち上がったラウールさんから、怒りがにじみ出るのが見てとれた。

 その気配に息が詰まってしまうけど、今更引っ込むなんて出来ない。


 そんな私の状態でも、彼は容赦なく正論で攻め立てる。

「ドラゴンは高等生物で我らよりはるかに高位の存在だ。もしお前の姿をみて逆上でもしたらどうする!? 一体何人もの人間を危険にさらす!?」

 思わず後ずさりをしそうになる足を前にだし、両手を胸の前で合わせて訴えた。

「な……なら着ぐるみは!? ほっかむりでも何でもするから!」


 ……キグルミ? ホッカムリ……?

 その場にいたユリエ以外の全員の頭に “?” が浮かぶ。


 それでもラウールさんの怒りは収まらない。

「お前のその甘い考えでこの国を危険にさらすのか? その事をお前はちゃんと考えたのか!?」

 ものすごい剣幕で鋭い言葉を並べ立てた。

「話せばわかる相手かも知れないって言ってんの!」

 私も負けずに彼に訴える。

(そう。まだ私はドラゴンを知らない)

 だから、話せばわかると思ったの。

「ドラゴンとどうやって話す! お前は何を知っている!!」

 長官の怒気を真正面から受けて立つユリエに、皆が尊敬の眼差しを送る。

 そしてとばっちりを喰らわぬよう、全員が気配を消してその部屋を後にする。


 副官が後ろ手に扉をそうっと閉めて、ポツリとつぶやいた。

「ユリエってドラゴンよりすげー」









「絶対、ついてく」

(こんな所で負けられない)

 にらみあっていただけじゃ、なんにも始まることはない。

 私は両足に力を入れて、彼の鋭い視線を受け止める。

(私だって、役にたつもん!)

全面鎧フルよろいでも、袋詰めでも何でもやる! ほら、長距離なら炊き出しだって必要でしょ? 私役にたてるから!」

 何とか認めてもらおうと、思い付く限りの理由を並べた。そんな無茶苦茶な私を見て、あきれてものも言えないラウールさんが深いため息をつき頭を抱えている。






 ラウールは、伏せた顔の下で力無く笑う。

(一度決めたらまわりの意見など吹き飛ばしても進み続ける。それが、ユリエの本質だからか)

「……お前はドラゴンよりもたちが悪い」

(命令も、懇願こんがんも。

 彼女のことを縛れない。

 その傲慢ごうまんさがうらましい)


 その姿が、愛しいと思うのはもう手遅れだろう。







 私は弱々しいラウールさんのつぶやきを聞いて、彼に自分の思いをぶつける。

 ずっと、ずっと思っていたこと。


 子供の頃から慣れ親しんだ物語でも、

 今時のゲームでも物語でも、

 疑問に思ってた事がある。


「どうして話し合わないうちに倒してしまうの? 物を壊してしまったから? 人間に被害をくわえてしまったから?」


 私は、何も解ってないのかもしれない。


「私が綺麗事言ってるのは充分わかってるよ。でも、話して済めば、これ以上悲しむ人はいなくてすむんだよ?」


 どうしていつも、大切なことをしないで争いたがるんだろうかと。


「なのにすぐに討伐だなんて、相手の都合を考えてないひとりよがりなんじゃない!」


 取り返しがつかないからこそ、

 そうなる前に、止めなくちゃ。







 興奮冷めやらぬ様子でまくし立てるユリエを見て、ラウールは冷ややかな目線を投げかけて思う。

(今は何を言っても無駄だろう。彼女はこの世界の事をよく知らない。自分が優しい側面しか、見せてこなかったからだ。

 現実は、そんなに優しいものではないのだから)

 


 ラウールは伯父に事情を話し、アダンテを討ち取った時以来の共同作業を遂行すいこうする。


 放って置くと本当についてきてしまうだろう、幻獣よりも厄介なユリエをなだだまして、陛下の封印の魔術が掛かった客室の一室への誘導する。


 その日から、ユリエは王宮に軟禁されるのだった。





 

 









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