第19話 愛してる【改稿版2】

「はぁ……。どうしよう」

 投げられるものは、全て投げた。

 まわりにはクシやら靴やらコップやらが、四方八方しほうはっぽう散らばっている。もう既に腕が上がらない程くたくただった。

 息を切らして窓の近くにへたり込んでる私を見て、二人の精霊がふわんと寄り添う。

 ドアも窓も、鍵が掛かっている様子もないのにちっともひらく気配がない。


 窓に張ってる水面も本物のガラスの様に固くなっている。指先で、その固い触感を確かめながらため息をつく。

(私を逃がさないようにと、陛下が魔法をかけてしまった)

 まるでその感情が比例しているようで、魔法の奥深さを目の前に私のやる気が削られている。

「あーもう。行かなくちゃいけないのに」

 私は膝を抱えて縮こまると、心配してくれるアマラとイシュルゥナが交互に私の頭を撫でる。

(もう、うんざりだわ)

 おまけにこの世界に来たときに着けていたブレスレットがまた、私の両手首どころか両足首にまではまっていた。

 私は深く、息を吐ききる。


 蹴っても殴っても、椅子をぶん投げてもガラスひとつ傷が付かない。

(これがバケモノ級の陛下の魔術。窓枠同士の精霊をくっつけちゃうなんて思い付かない。年長者の知識、おそるべしだわ)

 私の少し投げやりな感想に、顔を見合わせて戸惑う精霊たちが私の背中を撫でながらささやいた。

『まあ落ち着いて、ユリエ。焦っていては何も解決しないわよ』

『お姉様と一緒に抜け道を探しているから、もう少しだけ辛抱しんぼうしてちょうだい』

 二人の優しさが、身にしみる。

 私は2人を見上げると精霊たちは笑ってうなずいてくれた。

 嬉しくて思わずぎゅうっと二人を抱き締めた。

「ラウールさんもひどいよね! 何でお城じゃダメなのかなぁ」

 怒った顔で抗議する私に思わず顔を見合わせて二人は口ごもる。

 ついでに私から視線もはずす。

 私はてっきり同意してくれると思っていたから、不思議に思ってキョトンとした顔で2人を見ていた。


『だって、ユリエは……』

『ほら、……じゃじゃ馬だから……』

「……何それ?」








 窓の外を紅い蝶々が舞っていた。

(いいなぁ、自由に空を飛べて)

 私は黙って目で追いながら、つまらなそうにガラスをひっかく。

(座ってる事しか出来ないなんて、何て情けないのかしら)

 私は開かない窓枠にかじりついて、目と鼻の先にある自由をうらやましがる。


 今の私はこうやって歌うことしかできなくて。

 風の歌さえ、聞こえない。


「ドラゴンは、どうなったかなぁ?」

(一度だけでも会ってみたい。

 そしたら少しは何かが変わる気がするのにな)

 そんなことを考えてたからか、窓の外に浮いてる人もただの幻かと思ってた。

 この世界に来てからそんなにビックリすることもなかったんだけど。


 水色の髪に水色の瞳。

 その人は空から溶け出した精霊みたいだ。


 その人は窓の外からコンコンとガラスをノックする。

 私はポカンと、口を開けたまま固まった。

 その人はそこが開かないことに気付くと、窓枠を軽くなぞって外側に引いた。

 涼しい顔してその場に浮きながら、びっくりしている私を見下ろしている。

「呼ばれた気がした。お前はここから出たいのか?」

 ポカンとする私に話しかける。


 ガラスさえ、割れなかったのに。

 軽々と窓を開けたその青年の手を、私は思わずつかんでた。






「きゃーー!!」

 耳のすぐ側で、轟音ごうおんが響いてる

 音が個体になったみたいに、全力で主張をしてくるのだ。私は耳を塞ぎたい気持ちをおさえて必死で彼にしがみついていた。

(単に捕まってるだけだから!

 めちゃくちゃ風が苦しいから!

 恐怖も倍増だから~~っ!)

「騒ぐな。耳が痛い」

 その青年の主張は正しいけれど!

 何で平然としてられるのかわかんない!  地面に生えてる木が、コケみたいにちっちゃく見える。

 首にしっかりしがみついてないと風圧であっという間に風にさらわれてしまう。

(空を飛ぶって、想像よりも過酷でしんどい)

「もっと静かに! 低く飛んでー!!」

 私は必死でもっともなことを叫んでいた。


 魂から出た叫びってどんな状況でも届くみたいで、私の涙目に段々と近付いてくる緑が頼もしく映ったものよ。




 王宮の後方は深い森になっている。

 秋の手前の爽やかな緑。

 草の薫りがかぐわしい。

「ありがとー、シェリダン」

 その青年――シェリダンはふわ、と私を抱えて草の上に降り立つと彼自身はその場に座り込んでしまった。

 そのままがっくりと首を落として、微動だにしなくなる。

 私も慌てて隣に座って、彼の顔をのぞき込んだ。


「大丈夫?」

「……疲れた」


 ポツンとそれだけ言ったかと思うと、ぐったりと首を折って動かなくなった。

(精霊って飛ぶだけでも、こんなに疲れるモノなのかな?)

 私は丸くなっている彼の背中を両手でさする。

(なんだか静かな雰囲気の人だなぁ。

 空気みたいな、石みたいな)

 草の色と相まって、彼の水色の髪が余計に彼の存在感の薄さを強調させる。

 そんな彼をはげまそうと私は元気な声で話しかけた。

「ありがとね! もう3日も缶詰だったから外の空気を吸いたかったんだよー」

「…………」

 頭をずらしてちら、とこちらを見る目はなんだか笑っているみたいだった。

(良かった。顔色もそんなには悪くなさそう)

 私は安心して胸を撫で下ろすとシェリダンの目をのぞき込むように見つめ返す。

「シェリダンって何かの精霊なの? それとも隠れ魔法使いかなんか?」

 その言葉に彼はただクス、と微笑んでる。

 ほっとしたのもつかの間で、シェリダンは私の手を取りほほに軽くキスをする。


「……愛してる」

 

 いきなりの告白に、私はめがてん。

「はい?」

 取られた手はそのままに、体が固まって動かない。

(どこをどうしたら『愛してる』に繋がるんだろう?)

 シェリダンの意図がわからなくていまだに固まっていると、何を勘違いしたのか情熱的に、畳み掛けて繰り返してくる。

「お前の歌に導かれた。ワタシはお前を愛してる」

 笑顔がひきつる経験も出来た。

 私の顔から血の気が引いてく。

(……ヤバい奴、なんじゃない? もしかして私、ついてこない方がよかったのかな?)

 じりじりと笑顔をたたえて近寄ってくる彼は綺麗ではかなげな見た目に反して、あの大柄な陛下よりも、もう一回り体が大きい。


(ラウールさんが月ノ輪グマなら、

 陛下はグリズリーで、

 シェリダンは……ゴジラかな)

 私は思考が現実逃避をするなか、慌てて頭を振って答えた。

「いやいや、私が好きなのはラウールさんだから」

 私は真剣にシェリダンに説明をするけれど、そんなことすら気にせずに両手を捕まえたまま、彼も真剣な表情で語りかけてくる。

「ワタシはお前が嫌がることはしない。その者を愛するならばそうするがいい」

 落ち着いた声で諭すように。

 空色の瞳でまっすぐに見つめる。


「お前は今、何を望む?」


 思わず、息を飲む。

(シェリダンは、まるで子供みたいね。私もちゃんと答えなきゃ……でも)

 私は真剣な彼の視線を受け止めながら、今の自分の置かれた立場を考えた。

(連れていってとお願いすれば、きっと連れて行ってくれる。

 でも何も知らない彼を巻き込んで彼に何かがあってしまえば、私はずっと後悔する)

 私は頭の中で意見がぶつかって騒ぐのを、目をつぶってたえていた。

「と……とりあえず……帰ろっかな……」

 私は意を決して目の前で見上げてくる彼に笑いかけた。

 結局勇気が持てなくて、こんな言葉しか出てこなかった。






 ずっと側にいて一緒に見ていた二人の精霊がユリエが王宮に帰ってきたことに、ホッと胸を撫で下ろすのを感じた。そのまま私に抱きつきながらも、口々に困り果てて訴えかけている。


 帰ってきた窓はきちんと閉めて、証拠隠滅をちゃんとはかる。

 彼はそれを見届けると『いつでも答える』と空へとかえった。

(やっぱり頼めば良かったかな)

 私はみっともないくらいに窓枠にかじり続けていた。

 そこから離れられないでいる私に、アマラは髪の毛を手櫛てぐしですきながら話しかける。

『なんだか薄い膜がかかってるみたいで良くわからないのよ。人か精霊か。不思議だわ。わらわでも解らない存在がいるなんて』

 その言葉に見上げるとアマラが眉根を寄せて、難しい顔を向けていた。

 それを見ていた私の足元にいるイシュルゥナも髪の先で遊びながら、アマラの方を驚いたように見上げている。

『でも、お姉様でも正体がわからないのならお手上げですわね。大地の大精霊であるお姉様の目を曇らせるなんて、許せません』

 怒りながらも2人は私を心配している事が伝わってきた。

 私は2人に謝りながらも、困ったように笑いかける。

「ごめんね、アマラ、イシュルゥナ。シェリダンを巻き込むのも何か悪いかなって思ったんだ」

『ユリエが戻る決意をして、本当に良かったとわらわは思うわよ。いつもあなたは無茶するのだから』

 二人して、ぷんぷん怒る。

 それを後ろに聞きながらも私は頬杖をついてうわのそらでつぶやいた。

「それに……勝手な行動を押し通すのは、聞いたアダンテと同じだもん」


 二人も知らない水色の髪の青年。

 彼は一体誰なんだろう?


「愛してるか……私もストレートにラウールさんに伝えればよかったのかな」

 ポツンと、後悔だけが降る。

だまされた形で、お見送りすらも出来なかった。全ては、私の我がままが招いたことだとわかっているけれど……)

 私は祈らずにはいられなかった。

 仏教徒でも、キリスト教徒でもないけれど。

 両手を組んで窓の外。空に飛んでる鳥に向かって。


(どうか、無事に帰ってきますように)


 ドラゴンと、どうなったのかは直接聞くから。

 ケンカなんかしたって良いことなんかひとつも無いの。

 だから、早く帰ってきて。





「どうやって私の魔術を破ったのかな?」

 ぼぅっと考え事をしていたからか、ホントに心臓が跳ねあがった感じがした。そういう時って胸の中が冷たくなる。


 その人は、いつの間にか扉の前に立っていた。

 私に向かって話しかける陛下の顔はいつも通りに笑っていたけど、気配はそれとは全く真逆。

 腕を組んで扉の木わくに背中を預けて斜めに立っている陛下の視線は、ラウールさんにそっくりだった。

 私は痛む胸を押さえながら半分抜けた腰で振り返った。

「ビックリした! いるならいるって言ってよ」

 その言葉にすら何だか不穏な空気が漂い、あわてて笑いながら手を振った。

「お前の扉の開閉音よりかは心臓に優しい方だがな」

 陛下は足早に窓辺に座る私の側に立つ。

 精霊達も、心なしか警戒心を持ちはじめていた。

(……怒ってる。それも、ものすごく)

「ごめんなさい」

 とっさに私の口をついて出たその言葉で、残された青い瞳に焔が灯る。

 その瞬間、私は『しまった』と思った。


 謝る位なら、最初からやってはいけないの。


 私がしでかした事は陛下の甥との約束大切なものを踏みにじる行為だったのだから。

「重りを付けてしまおうか。それとも鎖に繋がれたいか」

 いきなり私のあごを陛下がつかむ。怒りの力が恐怖に導く。


(動けない。目が離せない)

 陛下から放たれる恐怖と、熱を帯びた眼差しに。心の底から、後悔した。

「……も、もうしないから……」

 痛みに上げた手も、中途半端に固まる。


 私をここに閉じ込める事を、陛下とラウールさんは約束してた。

 でも私は、陛下に約束を破らせた。


 私の自分勝手な正義で、せっかく仲良くなった二人をまた仲違なかたがいさせてしまうとこだった。

 今更ながら、その事実が私を打ちのめす。


「それとも体に分からせた方がいいかな?」

 二人の姉妹せいれいの方をちら、と陛下が見る。

 それに気づいた精霊達が『ユリ……』という言葉を残して跡形もなく、消えてしまった。


 繋がりも突然途切れて、

 いきなり世界に私だけ。

 私はその事実に目を見張って、陛下を見た。

「……何したの!? アマラ達と話が出来ないよ!」

 あごをつかむ力はますます強くなり、痛くて思わず両手ではがしにかかるけど、私の力なんかへでもない。

 もう片方の腕で胴体ごと抱きあげられて、私の足が宙に浮く。

「お前がドラゴンに会うことで、どれだけこの国とお前に危険が及ぶのか。お前は知らなければいけない」

 反論が、陛下に飲み込まれる。

「この国にはユリエが必要なのだよ。だからこそなお前をこちらに縛り付けるよう言っておいたのだが、ラウールはまだ甘い」

 体の反応も、陛下に押さえ込まれる。

「私がお前を抱くのもよい。がこの国の為にもなるのなら」


 あの優しかった眼差しを持っていた人は今、全然知らない男の人だった。

 柔らかなユリエの首すじに唇を押し付けながら、ささやいた。


「ユリエ。私は今からお前を愛そう」











 


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