第16話 嵐の前の静けさ【改稿版2】

 あの冷たい瞳も苦しみにあらがう態度も、傷つく前に自分を守っていただけなのね。

(好きだった人の姿の私から、二度と裏切られないように? 私は絶対、そんなことはしないのに)

 女官長さんは私の前に回り込んだ。うつむいて考え込む私の手をとり顔をのぞいて優しく告げる。

「ユリエ様がいらしてから、殿下もわたくしも変われることを知りました。苦しみを忘れなくてもいいのだと。共に歩いてもいいのだと。あなたはこの世界に来るべくして来た御方」

 その言葉に私の胸の奥に引っ掛かっていたひとつの針が抜けていく。

「私、ラウールさんの側にいても良いのかな? 苦しい思いを、させるんじゃない?」

(自分の事だけを考えていたのが、恥ずかしい)

 私はぼやけてしまった目で、何度も瞬きをして女官長さんの目を見つめ返した。

 その目には、優しい肯定だけが映る。


 いきなりこの世界に連れてこられて、

 訳もわからず死刑宣告。

 味方なんかいない中で、

 必死で慣れようと頑張ってきた。


「アダンテと貴女は確かに別人です。どうぞこれからもその歌でわたくし共を導いて下さい」

 女官長さんの目も、かすかながら光っていた。

 それを見て、私もいつの間にか泣いていた事に気付く。


 その一言でやっと私はこの世界から、

 受け入れられた気がしたの。




 私は中央庭園であぐらをかいて大聖樹の根本に座って人の波を見ていた。すると、段々とその姿も少なくなってくるのがわかる。

(ちょうど二人ともお昼が終わった頃かな)

 私は空を見上げてそこに浮かぶ風精霊を見る。

 私の近くの風精霊は、声は聞こえないけれどたぶん想いは通じてるはず。

 だって笑ってうなずいているから。

 みんなも興味があるみたいで、さっきから数人の精霊達が空を泳いでいったり来たり。

(この想いがどうか二人に届きますように)

 私は願いを込めて歌を捧げる。

 


 忘れられない言葉を彼女達に託して。





 私は風精霊にお願いして、予定通りラウールさんをここへ呼び出してもらっていた。

 私の前に立つラウールさんには、呼び出した目的はまだナイショにしている。

(だからって、こんなにも睨まなくても良いと思うのに)

「お前は仕事をサボって何をしている」

 そんなことを思われているとは露しらず、ラウールさんは腕を組みその目付きの悪い顔で私をにらむ。

「午後休だもん。申請したもん」

 私はツンと、顔をそらした。

 苦虫を噛み潰したようなそんな姿の彼を見て、私はなぜか弟の事を思い出していた。


「私は、弟が大好きなんだ」

 突然の愛の告白にラウールさんは戸惑って目を泳がせる。

(そりゃそうだよね)

 私はにやける口もとをおさえてから、自分の胸に手をあてた。

「会えなくなった今でもそれは変わらないんだけどさ。昔は大っ嫌いだったの」

 笑って話す私を見て、ラウールさんが小さく息を飲むのがわかった。

(小さくて、会った瞬間から守りたかった。大切な、大切な私の宝物)

「でも生まれてからは両親は、ずっとずーっと弟ばかり。実際に私の誕生日すら忘れてた事もあるんだよ。……その時までは私が一番だって信じてたから、ショックだったなぁ」

 私は当時感じた淋しさを思い出して、体をよじり大聖樹の幹を優しく撫でる。


 背中から伝わる温もりに、

 伝える為の勇気をもらうために。


 私はラウールさんに向き直って、自分の一番伝えたいことを言う。

「だから私、勇気を出して言ったんだ。両親にホントの気持ちをね」

 私はラウールさんの後ろに立つその人を見上げて立ち上がった。パタパタとスカートについた草を払って、前に出る。

 ラウールさんもその人に気付くと、あわててひざまずこうと身をひるがえした。


「はいストーーップ!」


 私が思いっきり、ラウールさんの腕を両手でつかんで止めたから、二人がビックリして固まってる。

(その仕種しぐさがそっくりで、内心笑ったのはナイショだね!)

 そんな二人の顔を交互に見て私は得意げに宣言した。

「今日のあなた達は伯父さんと甥っ子です!」

 私はラウールさんをつかんだ腕をそのまま引っ張って陛下の側ヘと引きずっていく。

 ラウールさんは戸惑って私を睨み付けるし、陛下も何がなんだかわからない顔をしてる。私はそんな二人をまた交互に見て、伝えたかった言葉をかける。

「私って思った事をすぐに口にするでしょ? それで困ってばっかりなんだけど。二人はとことんためるタイプで変な所がそっくりなんだよね。あ、は聞き流して」


 二人が私に注目する。

「……ねぇ。会えなくなってからじゃ、遅いんだよ。ごめんねも、ありがとうも、何も伝えられないんだよ」


 その言葉に二人はハッとして、そっくりな互いの目を見ていた。

(私と家族が上手くいったように、この二人もまた仲良くなれます様に。

 何だかんだで助けてくれたこの二人のためならば、私が手伝える事なら何だってするんだから)

「ちゃんと淋しいとか、大好きって言わないと、伝わらないよ」

 その言葉で、そっくりな青い瞳に色々な思いが飛来する。

 最後の一押しとして私は二人の手を繋げてあげた。


 ずっと二人の間に流れていた緊張。

 お互いの心の中を見透かされることがないように。

 申し訳ない気持ちが伝わらないように。

 淋しく感じる心が伝わらないように。


「……少し、昔話をしたくないかな?」

「……伯父上」

 (どうかこの二人にも家族の絆が甦りますように。失った時間が、どうか埋まりますように)

 そろそろと離れる私に大切な大樹の精霊が大好きを込めて抱き締めてくれた。





 大聖樹の幹の中腹辺りに座り、アマラが楽しそうに私のクリーム色の髪の毛を好きにするのをぼうっと見ていた。


 少しどころか日はすっかり落ちてしまった。私は首が飛んでしまうから、独りで帰ることも出来やしない。

 頬杖をついて、私はむくれてつぶやいた。

「……話、積もりすぎじゃない?」

 ここから陛下の私室がちょこっとだけ見える事に今気付く。さっき明かりが灯ったからまだまだ話し合うみたいね。

(……まぁ、言い出しっぺは私だからしょうがないよね)

 彼女アマラは手先がとっても器用で私の頭は三つ編みだらけだ。それを私はつまみながらも、ちゃんと直してね? とため息をつく。

 その思いが通じたのか、クスクスと笑いながらアマラが優しく語りかけてくれる。

『300年位かしらね? 積もっていたのは』

「そんなにかぁ。でも私の体もその位長生きってことでしょ? ビックリだよ! ラウールさんと同い年かぁ。もうおじーちゃんってからかえないね」

『貴女はもっと長生きするわよ。わらわが決して死なせないもの』


 そんなことを大精霊が言うもんだから、大聖樹だいせいじゅである依り代も葉っぱを揺らしてさらさらと笑っている。

 私より幼い声の彼? だけど私よりもはるかに長生きだと宿るアマラが教えてくれた。

 私はふうとため息を吐いて、暗くなりはじめた空を見た。


(こんなにもゆったりとした時間、いつぶりだろう? 今までは佑樹おとうとが中心だったからのんびりと星すら眺めなかった) 

「……私さー。いきなりこの世界に来て、最初は早く帰りたくて仕方がなかったけど。後少しだけ、ここにいたいな」


 その言葉にアマラが笑って私の頬を撫でる。それと一緒に風も優しく吹き抜けた。その風が私の三つ編みを揺らしてゆく。

「あのふたりの仲直りをきっちり最後まで見届けなきゃね。……それからでもいっかな? 帰るのは」

 私はアマラを見上げて笑う。アマラもそれに気付いたようで深い笑みを私にかえした。

(元々途中で投げ出すのは、私のしょうに合わないのよね。いろんな人がいて沢山の人生がある。そのなかで私が一生懸命生きる事で、まわりを幸せに出来るのなら)


 今の生活も悪くない。

 私自身ユリエを必要とされる人生も、悪くないと思ったの。

「ちゃんと帰してくれるって、あの時陛下も言ってたし。でも帰る前にラウールさんから告白の返事ほしいなぁ! のらりくらりってこう言うことなのかなぁ? どう思う? アマラ」

 足をぶらぶらさせて後に座るアマラに甘える。アマラはユリエの頭を抱き締めて、クスクスと笑っているばかり。



 ユリエの唇から紡がれる音楽は

 人の心に灯りを灯す

 傷を癒す薬の様に

 眠りに誘う夕闇の様に

 世界はユリエの歌を愛して

 ユリエは世界に希望を届ける













   

   

   

   

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