第15話 過去の話【改稿版2】
陛下の私室は王宮のテッペン、見晴らしのいいところにある。広い窓からは遠くまで、色とりどりの屋根が続いているのが見えていた。
青い空の下で見るその街は、とてもきれいだった。
「偉い人ってどうして高いところに部屋があるの?」
その窓に張り付いたまま、私が首を
「警備の利便性と、遠くを眺めるのが好きだからだ」
陛下が面白そうに笑って答えた。
私はその笑い声に振り向いて、食後のお茶が並べられたテーブルの前で頬杖を付いてこちらを見ている陛下と目が合う。
「何か面白い事でもあったの?」
あんまり幸せそうに笑っているから、不思議に思って聞いてみた。
「そんなことを聞いてくる女はお前が初めてだ」
と言って、面白そうにまた笑いだす。
私は腕を組んでますます、首を斜めにひねって窓の側にたたずむ。
(陛下は幸せそうに笑っているけど、これってバカにされてるよね?……私)
私は情けないような息を吐いて、肩を落として席に戻った。
そこでのお昼ごはんの後のお茶は格別に美味しかったから許したの。
最近陛下に、よくお昼ご飯をご
王様は国民に姿を見せるのも、仕事のひとつだと言っていた。その帰りにちょくちょく未開班の部屋に顔を出して、私をいつも誘ってくれる。
(何で私が?)
いつも私は首を
それにこの国のお魚がスッゴク美味しくて、私はついつい釣られてしまう。
食後のお茶が入っているのは、
自然な
私は幸せな気分に満たされて、甘い香りのお茶を飲んだ。
「ホントに!? 陛下とラウールさんって、伯父さんと甥っ子だったの!」
いきなりのその爆弾発言に、もう少しでそのお茶を吹き出すとこだった。
私は両手でカップを持ち上げ、落ち着くためにもう一度飲む。
色々な場面が頭の中をよぎるが、全く気付くことが出来なかった。
(私って、結構鈍感だったりするのかな?)
そんな考えがぐるぐるめぐった私は、頭を振ってふーっと息を吐く。茶器を戻すとカチャンと鳴った。
そして斜め前に座る陛下の顔を、私は身を乗り出してまじまじと見る。
「うーん。……全然似てないね! ラウールさんは超、意地悪顔だし。でも、目の色は一緒かも? あと
私の容赦ない言葉に陛下は笑ってお茶の代わりに
やっぱり
私はちら、と陛下の左目を
右目は眼帯でおおわれてるからわからないけど、もう見えることは無いんだって。
アダンテに、刺されちゃったから。
(……良いのかな?)
私は手の中にある、お茶の波を静かに見た。
(私の体は、この人を傷つけた人だけど。陛下は平気なんだろうか?)
そんな私の考えを見抜いたのか、陛下はグラスを片手に軽い笑い声をあげた。
「ははは。私も昔はラウールの様な姿をしていたんだがな」
黙ってしまった私の代わりに
(大人の余裕ってこういうことかな。あー言えばこー言うラウールさんとは、なにもかもが大違い!)
おおらかで、小さな事は気にしない。
皆初めは私の事を怖がっていたりしたけれど、陛下は決してそんな冷たい目では見ない。
(余裕があるって、カッコいいな。私もこういう大人になりたい)
私は感心して、陛下の顔を見て笑う。
(まぁ、面と向かっては言わないけどね)
そんな陛下を横目で見つつ、組んだ両手にアゴを乗っけてうーん、と私は考える。
「それがホントならラウールさんもおじちゃんになれば少しは優しくなるのかなぁ?」
その言葉に鋭く反応を
「誰がおじちゃんか」
でも私も本気で怒ってないのを知ってるから、ふふん、と鼻で笑ってかえした。
「陛下」
「はははっ」
その答えに、ホントに楽しそうに笑う陛下。
(いつも独りで、この広い陛下の部屋でご飯を食べてるのかな……)
私は
ポツンと真ん中にあるテーブルには綺麗な花が花瓶いっぱいに
その空白が悲しいかな。
私は少しだけ、胸がチクチクと痛みだす。
サイネル城の食堂や元の世界の食卓を思い出せば、やっぱり皆で楽しく食べるのが一番美味しいと思うから。
私はのんびりと残りのお茶を飲み干すと、うーんと背伸び。
悲しくなってしまった胸の内を振り払った。
陛下は楽しそうにはしているけれど、どことなく寂しさを隠していた。
何人か奥さんはいたらしいけど、子供には恵まれなかったとラウールさんから聞いた事があった。
(……だからだろうなぁ)
私は両手で頬杖をついて、
「……そんなに気になるなら、今度からはラウールさんを誘ってみたらどうですか?」
私は多分、ホントに誘いたかった人の名前をここぞとばかり言ってみる。
「私を誘えば、ラウールさんもついてくると思ったんでしょ?」
図星だったのか、その言葉を聞きグラスを置いた陛下はふと窓の方へ遠い目を向ける。
「あいつはあいつで、立場もある。私からは言えんが引け目もある。直接誘ったところで振られるのは解っているからな」
その言葉に私は何かが引っ掛かり、くるんと目線を上にあげる。
(……ん? ……ということは?)
私はテーブルを思い切り叩くと、
「私は誘われれば、ホイホイついてくるだろうってこと!?」
その音に少しも陛下は怯むことはなく。
「ばれたか」
笑いが漏れそうな口元を手でおおいながら茶目っ気たっぷりに笑い返す陛下の目が、面白そうに私を見ていた。
確信犯の目をしている。
「……っ! 陛下酷い!!」
「許せ許せ……」
私はほほを膨らませて、ぷいっとそっぽを向いて見せた。大笑いする陛下を尻目に、私は怒ってあげることにする。
こんな役回りも、たまにはかって出ても良いかもしれない。
……いつか、2人でご飯を食べられる様になるまでは。
サイネル城に帰ると、自分の部屋で女官長さんに髪をとかしてもらう。そのときに今日の話を聞いてもらうのが、私の日常になっていた。
以前勝手に
それから私がちゃんとおしとやかにしているかどうか女官長チェックが入るのだ。
それに女官長さん自身も髪の毛をいじるのが好きなんだって。娘さんがいたらしい。
朝、綺麗に結い上げた髪を自らが解いて解放していく。私を椅子に座らせて、優しく髪をほどいて
それが今の女官長さんの至福の時間になっているらしい。
「殿下のお母君は、陛下の妹君でございます。お体が弱く、殿下が魔法学校にご入学する頃にお亡くなりになりました」
指を器用に動かしながら、思い出をぽつりぽつりと女官長さんはゆっくりと話す。
私はあまりの気持ちよさに、目を
「二人とも家族を早くに亡くしてるんだね。伯父さんと甥っ子ならもっと仲良くすれば良いのにね」
私は座ったまま後ろで手を動かし続ける女官長さんに話しかけるけど、彼女は黙って髪をすき続けている。
そして、秘密の話を打ち明けてくれた。
「殿下とアダンテは、魔法学校の同級でございました」
今よりも300年近く前の、過去の話だった。
「殿下はそのお立場上、常に人の目がついてまわります。国王陛下に
私はユッタリと話す女官長さんの昔話に、黙って耳を傾ける。
どこかの古い、童話を聞いているようだった。
「ですから常に立派であるよう、幼いながらも必死で世間に立ち向かっておりましたよ。しかし、魔法学校で出会った鬼才のアダンテによって、殿下の全ては突然崩れ去ったのです」
「アダンテってやっぱり天才だったんだ?」
私は疑問に口を挟んだ。
女官長さんの
「ええ。……常に殿下の上をいくアダンテに、殿下がどんなに努力して厳しい修業をしたとしても、最後まで勝つことは出来ませんでした」
――どれだけ頑張っても、
自分を見てはくれない――
幼いラウールさんの置かれていた立場を思うと、私は胸が痛かった。
大好きな人に認めてもらえない
「それから? どうして2人は他人行儀になっちゃったの?」
私は先を
「それは、学校の卒業直後に起こったそうです」
緑
彼女は世界の全てを拒絶して。
つまらないモノを見るのごとく、
平和の時をかなぐり捨てた。
まだ幼さがその面影に残っているラウールは、抑えきれない怒りをそのままに、目の前に立つ彼女にぶつけていた。
「
中央庭園の緑が濃い大聖樹の下でアダンテはラウールの言葉にゆっくりと振り返った。
その顔には笑みもなく、ただ面倒臭そうに腰に手を当て彼を冷たく見下げていた。
「そんなに欲しいなら、あんたにあげる」
そう言うと、腕を組みながらふてぶてしい態度で彼女はラウールを見下す。まるでその質問自体にイライラしている様にも見えた。
思い返せば彼女はいつも、イライラしていて常に何かに怒っていた。
17歳になったばかりのラウールにはその言葉の暴力を流す事も出来ずに真正面から受け止めて、プライドを傷付けられて反抗していた。
「何の為に
彼女に詰め寄る事さえ出来ずに、その場で立ち尽くしながら両手を広げて叫んでいた。
彼女の考えが理解できなくて、ついわかりきったことを言う。
(自分は選ばれなかった。それが全てだ)
だからといって自分からこの国を見捨てることも、勇気がなくて出来なかった。
だからラウールは、選ばれた側のアダンテの行動が全く理解できなかった。
アダンテは口の端をあげて自分の胸に手を当てると、大聖樹の根元に片足をかけてラウールを見下すために口を開く。
「学んだものは全てアタシのモノよ! アタシの為に使って何が悪いの?」
その目は怒りに燃えていた。
ラウールは初めて見たその
「アタシは欲しいものは必ず手に入れるわ。要らないものは死んでも要らない」
彼女はそう言い捨てると前に差し出した手に、邪悪な紫色の炎を
それを見て、一瞬だけラウールは
もしこの時にアダンテを止めることが出来たなら、また違った未来が待っていたかも知れないのに。
彼女の口から、習った事もない呪いの言葉が紡がれる。
次の瞬間には、
(国の守り神でもある精霊の依り代が、燃えている……!)
呆然と立ち尽くすラウールが見たのは、その光で照らされるアダンテの顔だった。
アダンテはショックを受けて固まるラウールを見ると、満足そうに両手を広げて叫び返した。
「アタシが欲しいのはこの国の玉座! ただそれだけなの! アタシは必ず国王を殺す!
彼のその直後からの記憶はないらしい。
大聖樹は、燃えて炭になっていた。
この国を守る精霊も、どこかへ消えた後だった。
アダンテも異変に気付いた人々が、
いつも信じて大切な物ほど、
手のひらから滑り落ちてしまうんだ。
その事実だけが彼の心に刺さっていたそうだ。
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