第14話 隠された裏切り【改稿版2】

 何ともほのぼのした空気が流れる今日この頃。まるでお昼過ぎに縁側えんがわでお茶を飲んでる感覚と言えばわかるだろうか。


 私は目を閉じて、その懐かしいような空気を存分に楽しんでいた。

 

 陛下と魔法庁長官のラウールさん、賢者院トールと呼ばれる三人のおじーちゃんズが、いつもの大広間に集まっている。

 私はその人達に呼び出されてここに来たのだ。始めに頭をぶつけられた所で、椅子に座って話を聞いている。

(初めてこの世界に来たときはどうなるかと思ってたっけ。結果的にはこのおじーちゃん達に助けられた形なんだよね)

 そのおじーちゃん達が、もう一度私の為に集まってくれたんだ。

 私の精霊達しまいたちの一件で。


 私は背筋をただして口を開くおじーちゃんを見守った。

「通常では大精霊と契約した時点で、大賢者の称号が与えられてもおかしくないのですねぇ。……ユリエちゃんは水と土、共に究極まで上がりましたから当然その権利を持ってますがな。ですから魔力の才能としては申し分ないのですねぇ」

 と、おじーちゃんのひとりが洋服の端っこをもじもじしながら話している。

 私の隣に座っていたラウールさんが、少しイライラしながらそのおじーちゃんに反論していた。

「ですがトールの方々。ユリエは魔法使いの経験はほぼに等しい。いくら才能があるとしても、賢者の条件すら満たしておりません」

 ふむ、とほほに人差し指をあてて私はラウールさんの反論に納得をする。

(そりゃそうよね。だって私、魔法使いで言えば0歳だもん)

 ラウールさんのその反論に、陛下はじっと私を見ながらも沈黙を貫いていた。


 しかし残りのおじーちゃん達が口を尖らせて反論に、輪をかけたように反論してきた。

「しかしこれ程の奇跡、そうそうありますまい! 国の大精霊が勝手にユリエちゃんに誓約するなんて、聞いたこともないですわい」

「そーじゃのー。特例かのー。ワシらが300年後も、生きとるとも限らんしのー。ちょちょっと記録の改竄かいざんで、何とかならんかの? ラウール?」

「え? おじーちゃんそれは言っちゃダメだよ」

 私はあわてて手を振って止めたけど、他のおじーちゃんズも口をそろえてやんややんや。

 最初はこなきじじいみたいでどこか怖かったんだけど、話すと日本のおじいちゃんみたいで、今の姿もなんか可愛い。

(私にもおじーちゃんがいたら、こんな会話をしたのかしら?)

 私はほほをおさえて、まったりしそうな自分の気持ちを引き締めた。


 そんな中、私の心の中では大切な二人のガールズトークが咲き誇っていた。


『まぁ。お姉様が自ら御誓約なされたのですか? 素敵ですわね』

 2人の会話でわかったんだけど水の精霊イシュルゥナの方がすごく若いんだって。

(やっぱり年功序列とかあるのかな?)

 私は心の中で繰り広げられる二人の会話に、引き続き耳を傾ける。

『ユリエったら一人でわらわの依り代を復活させようとするのだもの。いじらしいじゃない? だからつい手を差し伸べたら、こんなにも心地のよい魂なんですもの』

 アマラがこの間の大聖樹だいせいじゅを復活させた時の事を嬉しそうに話していた。

 結局、大聖樹かれは冬眠している状態で芽吹く時を待っていただけだったのだ。


 きっかけがあれば目覚めることが出来たのだけど、そのきっかけがなかなか訪れなかったらしい。彼を救うついでに大樹の精霊アマラと契約できたのは、ホントに偶然の産物だったようだ。

 アマラが口をとがらせたような口調で、少しおどけて語りかけていた。

『ユリエを逃がしたら次いつ出会えるかわからないじゃない? もうさっさと捕まえなくてはと思ってね』

『わかりますわ、お姉様。ユリエの魂は本当に気持ちが良くて……。どうして今までこのような人間が現れなかったことでしょう? 不思議ですけれど、ユリエだからこの魂を持っているのだと、わたしは思っておりますわ』

 どうやら精霊たちは、魂で人を比べるらしい。

(自分の魂ってどんな感じなんだろう?)

 私は胸の辺りをそっと押さえて、首をかしげて考えた。

(アダンテの魂も、……どんな感じなんだろう?)

 そう考えていると、跳ねたような2人の声が胸の中で踊っていた。

わらわも可愛い妹が出来たし、生きてきたなかで今が一番楽しいわ』

『お姉様……!』

 その言葉を最後に、二人が抱きあった気配を感じる。

(何なんだろうこの二人……)

 私はそう思いながらも皆の話も一区切りした所で、ずっと考えていた事を話す。


「私はラウールさんの意見に賛成です」

 と、軽く手をあげてそっと発言した。

「っっえぇぇ~~!」

 と、おじーちゃんズがそろって私に向かってブーイングをする。ラウールさんも驚いて隣に座る私を見る。

 私もそんなラウールさんを見上げて、笑いながら明るく伝えた。

「だって経験がないのはホントの事だし。ラウールさんや陛下みたいに、この国の事を考えて動いてた訳でもない」

 思ったことを口にして、スッキリした顔で『ね!』と彼に笑いかけた。

「ただ単に、私は自分の思いに正直になっただけだもの」

 

 彼の青い瞳が、澄んでいくのがわかる。

 心のなしか、視線も優しい気がしたわ。

 黙っているだけなのに、この人の目は沢山の事を話しているみたいね。


 それを肯定ととらえて私は改めておじーちゃんズの方をくるっと見て、顔の前で手を合わせて明るく笑う。

「だからさ! もし300年後も私がここにいた時、また考えればいいじゃない! おじーちゃん達も頑張って、それまで長生きしてちょうだいねっ!」

 私は両手をそろえてほほにあて、三人のおじーちゃんズに満面の笑みを投げかける。


 こうして私は、おじーちゃんズのハートと後ろだてをつかむことに成功したのだ。






 陛下は賢者達トールとの会話をしるしていたものを、軽くパタンと閉じた。

 外を見ようと窓に目を移すと、空に光るものが見えはじめていた。


 もうすぐ夜のとばりがおりる。


 それでもこれから、もっと暗い話をしなければならなかった。

 ラウール以外は自分の執務室の中には誰も寄せ付けない様に気を配る。外の廊下さえ入念に人払いをして、精霊でさえ立ち入ることを禁止した。

 この会話は誰にも聞かれてはいけないものだったからだ。


 特に、ユリエに繋がる人間には。



「……では、大精霊はユリエが死亡すれば共にこの世を去ると?」

 その話を聞き終わると、大きな机の前で困惑した顔と声で彼を見下ろした。

 椅子に深く腰掛けて、やや顔色も悪いここの主人がその言葉にうなずきながらも頭をかかえる。

 その姿は今から辛い決断をするときに見せる、いつもの権力者の姿だった。

「そうだ。大精霊アマラ本人から直接聞いたものだ」

 ついこの間、やっと復活したこの国の守護精霊。それが樹木の精霊のアマラだった。


 その大精霊の加護がユリエを深く愛する余りに、この国からまた消えてしまうかもしれない。それはこの国の決定的な弱体化を意味していた。


 それを阻止する為に、今日自分は陛下に呼ばれたのだった。


 暗い部屋で日精霊ひせいれいの灯りを便りに、陛下はラウールを見上げて語り掛けた。

「ユリエは最初の誓約通り、この国に尽くしてくれているな」

 その言葉にラウールは軽く頭を下げる。

「今もなお、私の用事が終わるまではと資料に目を通しているようです」

 用事があるから少し待っているようにと、ここにくる前にユリエに伝えた。その言葉を聞いた彼女は笑って「勉強して待ってるね!」と言っていたのだ。

 その言葉を聞いた自分の胸がほのかに温かくなったことに、自分はもう認めざるを得ないだろう。

 ユリエの事を、愛し始めていることを。




 陛下は苦い想いを抱いて、組んだ両手に額をつけた。そのまま静かに目をつぶり、ユリエのくるくるとよく動く姿を思い出していた。

(何事にも正面からぶつかって行き、自分で気がつかないうちにまわりに変化をうながしてきた。今やそれはかえす波のように大きなうねりを生み出している)

 この国にこんなにも利益を産み出していた事を、本人はきっと知らないだろう。

 それが彼女の人柄の力なのだろう、と下げた顔の下で笑う。

 それに気付かずラウールは語りかけてきた。

「彼女は保育所も作ってしまいましたね。たとえ魔法庁の資金がけずられて困っていても、王宮仕えの女性達は皆ユリエに感謝していますよ」

 ラウールはため息をつきながら訴える。

 モニカなどは今やユリエの良き理解者として、様々さまざまな女性の政策を次々と打ち立てはじめているのだ。

 それの事を言っているのだと気づいた陛下も、彼の思惑の外れた心境を代わりに語る。

「効率良く彼女から魔力を搾取し、簡単に監視下に置くために王宮に招いたはずがよもやここまでまわりの共感を得てしまうとはな」

 自分の言葉に額を手で押さえて含み笑いをする。

「これで、いざというときに簡単には出来なくなったな」

「最初に掛けたあのも、結局は用無しになりそうですね」

 ラウールのその言葉に笑みを漏らして目を伏せた。


 万が一、彼女が悪に寝返った時。

 確実に葬れるようにと、さも当たり前の様に誓いの言葉に隠した悪意は今はもうなんの意味も成さないくさびだ。

(ユリエは今や魔女ではなく、とんだじゃじゃ馬として皆に受け入れられはじめている。……なんとも不思議な娘が来たものだ)

 しかしこれから自分がくだすこの決断は、そんな彼女を裏切る行為だった。

(それでもやらなければいけないこともある)

 陛下は額を押さえていた手を退けて、厳しい目を向け臣下に告げた。





「ラウール。ユリエをこの世界に留めよ。還すことは、まからん。私は国王としてこの国にとって最善の道を辿たどる。……やることは、わかるな?」

 ラウールは自分がつかえるこの国の支配者を真っ直ぐに見る。


 この国を常に一番に想い国の為なら時として、非情な決断もいとわない……伯父の厳しい顔を。


「では、は……」

「闇に葬れ」


 陛下は甥の言葉を切り捨てる。

 この世界にとって、精霊にとって、ラウールにとって、もちろん陛下にとっても、ユリエは欠くことの出来ない存在になっていた。



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