第13話 確かに聞いた声【改稿版2】

 それはすすけた巨木きょぼくの根。

 私は確かに、この子の声を聞いたんだ。


 シトシトと、雨が降り続く日が続いた。

 その日は久しぶりに、薄曇りの中から太陽の光が見え隠れしている日だった。



「誰か泣いてない?」

 私は不意に聞こえてきた、そのか細い声を追って辺りを見渡した。

 王宮の屋上で雨を降らせた時にブレスレットを外してからは、私は色んな声を聞くようになっていた。


 精霊だったり、草花だったり。

 びっくりするところで、動物とか。

 それで、今更ながら気づいた事がある。

(私、皆が何語をしゃべっているのかわからない)

 口の動きが日本語じゃない。

 でも、意味はちゃんと通じてる。

 そして私の言葉は、ようだった。


 未開班の皆にも協力してもらって、何度も何度も確かめた。それはもう、ほぼ間違いないけど今のところは何の問題も起きていない。

 不思議なもので、“ 意味 ” が頭に直接飛び込んでくる、みたいな感覚なのだ。

 だから正直何語を話していても、“ 伝えたい ”という思いがあればありがたいことに相手には伝わる。

(きっとこの言葉のことも、ここの資料に加わるんだろうな。すごく不思議な感覚ね。日本語が、別の世界に記録されるなんて)

 私は手に持っていた資料を返した、目の前に並ぶ本棚をぐるりと見渡す。


 そんな中で、私はその声を聞いたのだ。


 今日もいつもの書類整理をしながら、ふとその疑問を隣で座ったまま作業しているシェーリーンさんに話しかけた。

 モチロン、爪を磨く作業である。

「あぁ、この音? 今ね、中央庭園の焼けた木の根っこあるでしょ? あれを掘り出してんのよ」

 彼女は長い指を目の前にかざして、フッと息を吹き掛けた。ちら、と私の顔をみるが直ぐに手元に視線を戻す。

「国の鎮守の大聖樹だいせいじゅで大精霊もいたらしいけど、アダンテが丸ごと燃やしちゃったのよねぇ」

 その言葉を聞いたとたん、私は爪を磨いてたシェーリーンを吹っ飛ばして言い終わる前に外に走って出て行った。





 その木の根っこは庭の中央に静かに横たわっていた。とても大きく、両手を広げた私が三人ぶん以上必要なほど太い。


 その黒い塊に、人が群がっているのが遠くからも見えた。


 今なら見える。

 耳も鼻も、口も大きい年齢不詳の小さいみたいな精霊が、一生懸命土を掘っていた。

 その精霊たちが大きな目を見開いて、一様いちようにビックリしてこっちを見ている。

「ちょっと待ったあぁぁ!!」

 驚いて振り返る人だかりに、私はスピードを落とさずに突っ込んでいく。一番前にいたラウールさんが、おさるさんにつんのめる私を抱き止めてくれた。

「危ない。邪魔するな」

 息をきらして腕にしがみつく私を見下ろして、ものすごく、めんどくさげに話しかけてくる。まるで厄介者が来た、みたいな。

 私はそのウロンな視線に、むすっと唇を尖らせて抗議をした。

(……失礼ね!)

 植物課の課長含めて数人がかりで、根っこにかかる土を浮かせている途中だったみたいだ。みんなも一様いちように、驚いた表情で私を見る。


 彼らの魔法は私の突進で一時的に止まっているけれど、もう半分ほど根っこの先が掘り起こされてしまっていた。

 私はあせる気持ちを押さえつけて、声の主を助けるために聞いた事実を彼に伝えた。

「ねぇやめて。この子生きてるよ」

 私はラウールさんの顔を見上げて、ローブをつかんで訴えた。


(ここに来たからはっきり聞こえる。

 痛くて、辛くて、悲しくて。

『誰か助けて』とささやく声)



 私の懇願に振り返った植物課の課長が、忌々いまいましげに私をにらみ付けてきた。

「我々植物課が200年以上、再生に力を注いできても芽吹き一つも付けることがなかったのに?」

 意地悪そうな嫌な目付きと、不快に聞こえるバリトンハスキーが、私を容赦なく責めたてる。

 私も思わず嫌な気持ちが顔に出てしまい、ラウールさんを盾にする。

(この人は少し、いや結構苦手。いつも私を嫌な目で見るから)

 でも今は、そんな嫌な感情を振り切って叫ぶ。

「それでも聞こえるんだよ!!『誰か助けて』って!!」

 私の必死の形相にラウールさんと植物課の課長は、困惑したように顔を見合わせた。


 2人の間に戸惑いと、苛つきが漂うのがわかって私は少し怖じ気付く。

 それを遠巻きに眺める他の人々も、私に呆れた表情を向けていた。

(今は、私の事を考えてる場合じゃない。それでも、やらなくちゃいけないこともある)

 この声が聞こえない人には、私のわがままととらえられてもしょうがないかも知れないだろう。


 でも助けを求める声を無視することは、私にはどうしても出来なかった。


 私はラウールさんの襟元を握りしめたまま、必死になって訴えた。

「お願い、やめて。もう一度、ちゃんと話を聞いてあげて」

「大精霊の気配も、もう何年も感知することは出来ていない。国王陛下でさえ。それなのに……お前は一体を聞いたんだ?」

 不信がる目付きで私を見下ろすラウールさんは私の手を払い除けると、腕を組んで私を静かに糾弾してくる。

 まわりからも、刺さるような視線が私に集まる。

 その視線を全身で受け止めて、私はうつむいて目をつむった。

(それでも、私は見捨てられない!)

 ホントに信じてもらえるかはわからなかったが、ありのままに話すことにした。

 半分以上掘り出されて『痛い、痛い』と泣く巨木の方を、指をさして私は答えた。

「……この根っこ。アダンテが燃やしたって聞いたよ。なら私にも責任があると思う。だから、1日だけでもいいから時間を頂戴!」

 私は必死に両手を合わせてお願いする。

 まわりからため息混じりの私を避難する声が聞こえて、ぎゅっと目を閉じてうつむく。


(だって確かに。

 私は確かに。

 この子の声を聞いたんだ……!!)


 ぐ近くから、投げ槍な声が降ってきた。

「最近、お前の我儘わがままが過ぎる」

 ラウールさんが冷たく私に言い放っていたからだ。私は彼を、精一杯の抵抗としてにらむ。

 しかし彼のその目は、何かを探るような色をしていた。

「……明日の朝、完全に撤去する」






 ラウールはユリエの中に、何か引っ掛かるものを感じていた。

 雨降らしの一件で、ユリエは魔法庁の中でも特別視されている。

 陛下の魔力をじかを見られていたせいでもあるが、混合彼女のみが使える魔法を不特定多数に見せつけたことで、更に地位を確保していたからだ。

(この後誰が他の職員が持つ不満の後始末をすると思っているのだろうか……)

 皆が引き払ったあとのすすけた木の根元の前に座り込む彼女に、こう言った文句の一つも言ってやりたくもなるものだ。

 そう思えからこそ、彼女の後ろ姿を苛立いらだたしげに軽くにらんだ。


(もしユリエが大聖樹を復活させれば、植物課の課長の長年の努力を水に流す事になるのだから)

 そう思うと、泥を塗られた彼の立場が無い。

 自分の足音が聞こえたのだろう。彼女が身じろぎをして、少しだけ後ろを見た。

「……似てたんだもの」

 課長のその後を考えているはずもなく。

 じっと木の根元を見つめ続けて、彼女がつぶやく。

「弟の声に、そっくりだったよ」

 その珍しくも弱々しく寂しそうな声にひかれて隣にひざまずいた。

 ユリエの顔をのぞき込んだとき、以外にも鋭く見つめる視線を見て思わず狼狽うろたえる自分がいた。


(自分達は……ここまで本気で動植物に注意を払っていたのだろうか?)

 この本気が自分達に欠けていたから、彼女は我々が見逃したものを拾っただけなのだろうか。彼女の真剣な眼差まなざしに、自分には無い感覚が備わっていることを知る。


 そんな動揺を押し込めてラウールはユリエの肩に手を置き、なるべく静かに話しかけた

「無理はするな。樹木の専門家でさえ、どうにもならない事だった。お前が倒れたら、悲しむ人間が大勢いる」

 自分の思いを他人に被せてひた隠しにし、当たり障りの無い言葉をかける。

 心配していることが伝わったのだろう。自分を見上げて笑うユリエの瞳が、明るい若葉の色に光った。

「ありがとう」

 ユリエの笑った顔が、白く輝いたような気がした。

 なんとも不思議な吸い込まれるような重力が働く。

 その瞳が隠されたのが、とても残念に感じていた。








 夜になっても木の根っここのこの側にいたかった。


 私は、はぁーっと自分の手のひらに息を当ててこすり会わせて暖をとった。見上げると星座なんかはわからないけど、とにかく星が満天に輝いていた。


 陛下が客室を貸してくれたけど、掛け布だけもらって側にいることにしたのだ。段々空気が冷えてくる。秋の入り口へ入っているのがじわじわと肌でわかる。

(ダメね、私って)

 いまだに動悸どうきが激しくて、思わずきつく目を閉じた。離ればなれになった弟の姿がまぶたの裏に浮かんできては、重なる。

(……ホントに弟かと思ってしまった)

 今も聞こえてくる幼い泣き声に、胸が締め付けられてしまう。

 座った場所から手を伸ばせば、すぐに触れられる位置にはあった。

「ごめんね。アダンテが燃やしたんだよね。……熱かったねぇ」

 煤けた根っこは触っても、もう熱くは無かったけど。

 折れてささくれだっている部分が何だかとても痛そうで、私はずっと撫で続けてあげている。

「ここに、いるよ。……大丈夫よ」

 誰かを呼んでる泣き声に、

 私は歌で想いを返す。


 ポツン。ポツンと黒い根っこに光が灯る。


 その光の中には、柔らかな新芽が輝いていた。

 夜空の星が落ちてきたのかと思った私は、そっと、若葉に触れてみた。

 静かに、鼓動が脈を打つ。

「……そっか。そうだったんだね……」

 私は光って息づいたその巨木にほほを寄せてつぶやいた。





 朝日を浴びて輪郭りんかくが光って見える頃には、そこには緑豊かな巨木に抱かれて、ユリエが眠り姫のごとく日だまりに包まれていた。

「一体……」

 早朝の異変の報告を受け、陛下がその場に駆け付ける。

 陛下は、言葉を失う他は無かった。


 そこにあったのは記憶に懐かしい緑の大聖樹だいせいじゅ。幼い頃から、在ることが常だった思い出の木。再び緑溢れる美しい姿を見ることがかなわないだろうと、忘れることすら諦めていた木。


 その大樹に眠るユリエは、大口を開けて幸せそうに眠っていた。

 そっと歩みより、顔にかかった前髪を避けてやる。

(なんとも気持ちが良さそうだな)

 思わず笑みがこぼれたその時、ユリエが目を開けこちらを見た。

「……陛下。アマラが助けてくれた。眠っていただけ、なんだって」

 柔らかく笑って、2人で一緒に助けたと、それだけ言ってまた眠ってしまう。


 その姿に一瞬で心を奪われる。


 なんとも無垢むくで、あどけない姿。

(一体……ユリエは何をした?)

 陛下は髪の毛を払った手を、引っ込めることもできずにその場で固まってユリエを見た。

『久しぶりね。ガイベルグ』

 次の瞬間、ユリエをいだくように現れるその女性に陛下は思わず目を見開いて、手を引いた。


 人より少し大きい体を持つ彼女。

 緑豊かな巻き髪がおし気もなく見事な裸体に流れてゆく。体の先端に向かっていく程、肌に緑が混じっていく。


 その姿は昔と何一つ変わって無かった。

 その笑顔も変わることは無かったようだ。

 そんな精霊に、陛下は懐かしい表情を向ける。

「……久しいな。大精霊アマラ」

 目だけで陛下に笑いかける精霊は、ユリエを優しく見つめて抱きしめる。

『ユリエの歌がわらわをこの世界に繋ぎ止めた。ユリエの愛が、我がしろの願いを聞き届けてくれたのよ』

 魔力をほとんど使い果たし幸せそうに眠りこけるユリエに、彼女は愛しさをもって誓約キスをする。


『ユリエ。貴女あなたわらわの奇跡。妾のあい

 ユリエが死の世界へ旅立つ時は、妾も共に旅路へと向かうでしょう』


 最高位の大聖樹ノームが、ユリエに勝手にとわの契約を捧げる瞬間だった。











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