第10話 愛も恋も止まらない【改稿版2】

 ラウールは、不機嫌を隠さなかった。

 風精霊シルフィードが中央庭園に集まり、大合唱団を創りあげているのをの当たりにする。


 耳にしたこともない、天上の美しい音楽。


 その中心にいるのは、やはり彼女だった。

 本人には風精霊シルフィードとの相性が無いせいか、聞こえていないから気付かなくとも仕方のない事かも知れないが。


 ラウールは中央庭園の入り口に立ち、風精霊に囲まれて歌っているユリエを見ていた。腕に赤ん坊を抱えていて、時々笑いかけているのが確認出来た。

 後ろに立つ秘書が怪訝けげんな視線を向けているのがわかったが、聞こえてくる大合唱に納得のうなずきを見せていた。

(無防備過ぎる。誰も彼もが彼女を見つめ、その歌声に心を許す)

 ここから確認できうる庭園に面する窓という窓から、人の顔がのぞいている。どの顔も、穏やかな表情をのぞかせていた。

 ラウールは眉根を寄せて、その顔を次々とにらんでゆく。

(イライラする。とても、不愉快だ)

 腕の中の赤ん坊に向ける笑顔でさえ

 居城きょじょうでは全てを独占出来たのにと、今更ながら自分が恵まれていたことを思い知る。



「……うるさい」

 ユリエにまとわりつく全ての視線がうっとうしい。

(振り返った瞳の中に写すのは、自分一人だけでいいはずだ。自分が預かった娘なのだから)

 その幸福を独占する為に、わざわざ秘書を下がらせた。

 腕を組んでその幸福を噛み締めていると、首をかしげて悩んでいたユリエの顔に、パッと明るく花が咲く。


 表情がくるくると変わり見ていて飽きない。

 つまり。

 ずっと見ていられると言うことだ。


「私が死にかけてた時、助けてくれて、ありがとね!」

 満開の笑顔を向けられて、思わず息が詰まりかけた。

 白い肌が余計に透き通り、頬があかく染まっている。その空間は切り取られた絵画のようで。色とりどりの花に囲まれて、赤ん坊を抱くユリエは聖母だった。


 その瞬間によみがえ

 あの日に触れたユリエの体温ぬくもり

 柔らかく寄り添う感触に、

 自制心を総動員させてやっと答える。


「助けるのは、義務だ」

 熱でかすれる声をやっとの思いで口にだすとなるべく冷静に見つめ返した。気持ちの揺らぎを悟られぬように。

 その言葉でユリエが目を見張り、緑の瞳が光を抱え込み揺れている。


  ――そうだ。傷付くがいい。――


 自分の心の中に何かどす黒いモノを見た。その黒いモノが必死になって叫んでいるのを、不思議な感覚と共に受け入れていた。


 歌声を、万人ばんにんの心に聞かせるな! 

 その笑顔も、他人の目に触れさせるのは許さない!!

(そうだ……これは “ 嫉妬 ” だな)

 ユリエに気づかれないようにため息を飲み込むため、目を固く閉じてうつむいた。正直、これ以上ユリエの瞳を見てはいられなかったのだ。


 彼女が自分の手元から勝手に離れて行ってしまうのが、どうしても許せなかった。利用する為に生かされているだけの命だと、解っていてもだ。

(なんて汚く、みにくい欲望)

 こんなモノが自分の中にあるなどと、考えたことも無かったのだ。


 だがユリエの放った答えは想像の斜めうえの、その先を行くもので、あっけにとられたわたしはまじまじと顔に見いってしまった。

「ちょっとその言葉、ひどくない?」

 怒りに目をキラキラさせて自分に食いかかってくる。


 彼女の瞳は怒ると青が深くなる。

 深い森の、ビリジアン


「義務って何よ! 確かに私は陛下と約束したけどさ! アダンテの体が大事なのはわかってるけど! 義務って言うのはひどくない!?」

 今は興奮で赤く染まったほほが、彼女の生命力エネルギーの強さを表している。

(なんという魅力。求心力)

 思えば最高権力の国王陛下にさえ、遠慮も何もなく話しかけていたユリエだ。

(自分など上司である認識もないのかも知れないが)

 なかば諦めの心境であるが、おそらくそれは当たっているだろう。


 そんな姿すら、愛しいと思ってしまう自分もなかなか厄介な存在だった。


「私だって自由に生きる権利くらい有るんだから!! その為なら歌う事だってかまわないでしょ!? もー知らない!! ラウールさんのイジワルッッ!!」

 そう言い捨てて、赤ん坊を抱えて去っていく。

 追い掛けたい自分を必死に押さえて、去っていくユリエの背中を見守り続けた。

(彼女は愛の塊だ。彼女の気持ちがわかっている以上、制御のは、精神的に大人である自分の役目だ)

 そう、自分の心に言い訳をして。






「最近、未開班が目覚ましいっすね」

 副官がボソリとつぶやいた。

 自分の机で書類の山に目を通していた長官ラウールは、つい目の前で別の書類に書き込んでいる副官をにらんでしまう。


 あの後ユリエはモニカ課長の協力を得て、未開班と陛下をも巻き込み、“ 保育園 ”を王宮に配置する手はずを自ら整えたのだった。


 それは魔法庁職員だけではなく、最初は『魔女』との噂に恐れをなしていた女官や下働きの下女達に熱烈な歓迎を受ける事となる。


“ 未開班のユリエ ” として、まわりに認められつつあると言うことだ。


「今やアダンテの後継者は死語っすね」

 軽い口調で意見を言うこの副官も、書類審査の融通ゆうずうなど、裏ではユリエの味方をしていることを暗に周りにほのめかしていた。

 ラウールは手にした書類を机に投げ出し、目頭をおさえてため息を吐く。


 もうユリエは自分だけのモノではないと、自覚せざるを得なかった。








 いつもの帰りの馬車の中。

 私はその空間に、もう我慢できなくなっていた。

「もーー! やめませんかね!」

 隣に座り、そっぽを向くラウールさんにくってかかるけれど一瞥いちべつさえしてくれない。

 その姿に私は怖じ気付くけれど、話しかけることはやめなかった。

(無視無視むしムシ!!)

 あの庭園での喧嘩の後からラウールさんは私の事を、ずーっと無視!

 必要最低限の言葉すらない。

(そんなこと、もう耐えられない!)

 私のそんないきなりの爆発に面倒くさそうな顔をして、やっと私の事を見てくれたラウールさんを目一杯ににらみ返す。


 二人の間に走るのは、緊張の糸だ。

 でも引き延ばす事は、したくはなかった。

 言いたいことは今、全て伝えると覚悟を決めて私はラウールさんと向き合った。


「あの時は生意気言ってゴメンね! 好きなんていって、困ってるのも知ってる。けどちゃんとは果たすから。一生懸命この国の為に頑張るから! だからさ、無視しないでよ! 」

 無視に呼び起こされたのは、私の中の悲しい記憶だった。 


 小さい頃、佑樹さえ産まれてもいない頃。

 私はちゃんとここにいるのに、赤ちゃんが来ないと悲しむ両親を見て、私じゃ二人を幸せにできないと、打ちのめされた事を思い出す。


(私の側にいるのは、ラウールさんにとってはだから。

 ならば、義務でもいいから側にいたい)

 全く表情を変えずに、黙って聞いてくれる彼。私は身を乗り出して、指をしてうったえた。

「ラウールさんには迷惑かけないから。……だから、無視はしない事! 」

 悲しい記憶を思い出して、息があがって思わず大きな声になってしまった。

(両親も、ラウールさんも。みんな私じゃダメだったから。いくら頑張っても、ダメなものはダメだから)

「お願いだから無視はしないで。私はちゃんと、ここにいるんだから。しっかり生きて、存在しているんだから」


 拒否されるのは、泣くほど辛いよ。

 でも好きになっちゃったから。

 それはしょうがないじゃない。


 じっと見てくる目が、かっこいいなとか。

 大きな手が、心地いいなとか。

 泣くなと言う声が落ち着くとか。

 こうやってする、キスが好きだとか。


 全部全部、彼のなかへ。

 想いも、吐息も、何もかも。

 全てそのまま伝わればいいのに。


「ずるいじゃん。私の気持ち知ってるのに」

「いきなり泣くお前が悪い」

 さも心外だと言う顔をして、ラウールさんは目を見開いた。

 よっぽと経験があるのか知らないけど、何だか手のひらで転がされてる気分で、私はムッと口を尖らせる。

(まぁいっか。義務でも何でも、こうして受け入れてくれるのだから)

 わたしは安心に目を閉じて、そのまま彼の体温を感じていた。





 

 














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る