第11話 苦いキスと夢の人【改稿版2】

 現在の未開発魔法班は皆が一致団結して手分けをしながら、資料を引っき回していた。


 夏も過ぎ、今は雨季うき……のはずなのに、全く雨が降る気配がない。

 そのせいか夏の暑さがまだ室内に残っていて、少し動くだけでも汗が出ていた。

「本来雨は、風精霊の力の干渉かんしょうが元になって降ると、言われているんですよ。温度の違う空気を混ぜることによって雲を産み、そこに生まれた水滴を風精霊が地上に送る、とね」

 資料探しに疲れた私に、この世界の仕組みの一部を教えてくれたのは意外と博識はくしきのダグラス班長だった。

「ほーん?」

(ヤバいさっぱり解らないわ)

 せっかくの班長の好意が全く耳に入って来ない。

 私は額に浮いた汗をぬぐいながらも、読み終わった資料を片付けていく。



 今年の始めにやっと決着がついた、魔女アダンテとの大戦。その犠牲者は目に見える者だけでは無く、沢山の精霊達もこの世に別れを告げていた。


とわの契約で、風精霊の守護を得ていた魔法使いも、大勢亡くなってしまいましたし。あっ!!……ユリエ君のせいではないですからねっ!?」

 私の困った顔を見て、ダグラス班長は大慌てで顔の前で両手を振って否定してくる。そんな班長に、私も気にしないでとひらひらと手を振った。

(うーん……異常気象これもアダンテの置き土産、だったのね)

 もう、ため息しか出てこない。

 アダンテが起こした事件なのに、可哀想な班長がラウールさんに無理難題を押し付けられて。

 また薄くなっていくのに……どこかは、あえて指摘しないけど。

あと3日で何とか解決法を見つけなくては……」

 溜め息を吐いて腰をトントンと叩き、背筋を伸ばすダグラス班長。

 その言葉を側で聞いていたパパルナちゃんが、おそるおそる手を止めて聞いてくる。

「3日過ぎたらどうなるんですか?」

 その言葉に班長は暗い顔で彼女を見つめ返すと、パパルナもその顔の暗さにつられて青くなる。

「雨が降るまで、枯れた井戸との追いかけっこですよ」

 絶望的な声音で、班長はつぶやいた。



 後3日デッドライン

 町に散らばる、井戸水の限界。

水班ウンディーネの方々に井戸をいっぱいにしてもらったら?」

 私はふと思い立って、帰りの馬車の中で隣に座る長官に聞く。


 私の首輪は、今も健在。

 今の所、サイネル城の敷地内、王宮内、ラウールさんの目が届く範囲だけが、私の行動限界だ。

『曲がり角とか後ろも見えるの?』って前に聞いたら『試してみろ』って返された。ムスッと口を尖らせていたら、軽く鼻で笑われたし。


 だから行きも帰りも、いつも一緒。


(これはこれで嬉しいんだけど、もうちょっと自由が欲しいなぁ)

 そんな私の心の中とは裏腹に、足を組み換えたラウールさんは少しイライラとして答えを返す。

「その井戸が一体いくつあると思っている。たとえ満たしたとしても周りの土中に水が染みだし、直ぐに枯れてしまうだろう。第一水気の無いところに、水精霊は存在しない」

「いないの? 井戸なのに?」 

「枯れていれば、そこはただの穴でしかない」

 私が驚いてラウールさんを見返していると、心の中でイシュルゥナが『私の川からは数百個の井戸へ水を送っているのよ』と言っているのが聞こえる。



 この世界は水道がない代わりに、自治区に2~3個ずつ共同井戸があるらしい。貴族のお屋敷にも必ず一つはあるようで、それが人々の生活を支えていた。

 安全な飲み水を作るためのお水の浄化草じょうかそうが魔法植物だから、魔法庁が井戸の数を把握はあくしているらしい。

 首都の東を大河が、西をイシュルゥナのサイル川が挟む形で、発展してきた都市だから、水の恵みが充分だったのだ。



 ラウールさん話を聞いて、ダグラス班長の言っていた事に納得する。

「だから追いかけっこなのね。でも雨ならば風班シルフの人達の方が得意なんじゃない?」

 私はうーん、と首をかしげた。

 ラウールさんはどんなに素朴な疑問を投げ掛けても、それもちゃんと答えてくれる。


 彼は頭を手でおさえつつ、言葉を選びながらも私がわかりやすいように説明してくれた。

「通常はそうだ。風班シルフが大魔法を発動させれば済む話だ。しかし風精霊の絶対数が少ない今それは不可能。だから未開発魔法班で解決出来る方法を探させてる」

「そっか。別の方法で良いのが無いかって私達が探してる訳ね」

 ラウールさんはあの日の約束を守ってくれている。私は噛み砕いて説明してくれたラウールさんを横からみながら、心の中が温まるのを感じていた。

 それだけで嬉しくなっちゃうんだから、私も充分甘いんだよね。



 次の日は私とラウールさんはお休みの日になっていた。行動範囲が限られているため、休日も一緒にとる形になる。


 朝起きてからのいつもの女官長のごむたいの後、イシュルゥナのサイル川を見に来てみた。確かに水位が足のくるぶし位まで減っているようで、水底の石が青く光っていて綺麗だ。

 よく見てみようと水面に体を乗り出していたら、体が縮んだサイル川の精霊イシュルゥナが隣に立ち私に話し掛けてきた。

『今まで、こんなに減ったことは無かったのよ。私のからだを分けた井戸達も枯れてしまっているものも出始めてるの。人にとっては死活問題なのでしょう? 困ったわね』

 豊かな体そのままに、ほほに手をあてて困った表情でため息をつく。

 それを横目に私もほほに手をあてて、イシュルゥナと同じ格好で聞き返した。

「アダンテって人はホントに凄い人だったんだね。っていうか何でそんなに小さいの?」

『自分の依り代が小さくなれば、自分だって小さくなって当たり前じゃない?』

 キョトンとするイシュルゥナは、多分3歳児位の大きさしかない。

( ……それが精霊達の普通なのね)

 私は小さくて余計に幼児体型が愛らしい、川の精霊イシュルゥナを微笑みながら見つめていた。


(……もしアダンテが、本来正しい道を歩んでいたら……?)


 私はそこまで考えて、頭を振ってその疑問を追い出した。

 もしそうならば私はここには来なかった事になるから。ラウールさんにも会えなかった。

(今は、そっちの方が考えられない)

「かくなる上は、あの人の本でも借りるかなぁ」

 私は空を仰ぎ見て、両手を組んで上に伸ばしながらつぶやいた。




 ラウールさんの私室があるのは見晴らしの良い、スゴく広ーーい2階の部屋。

 午後の日光はまだまだ暑さを運んでくるけど、彼は風精霊の助けを得て部屋の気温を下げていた。

(これぞ天然クーラー。魔法ってすごい!)

 ここの主人はラフな格好で中央のソファに足を投げ出し、本を読んでいた。いつも縛っている髪の毛も今日は滝の様に背中に流れている。

(足ながっ。メンズモデルみたい)

 私はお盆に酒瓶を乗せたまま、その人を盗み見る。

 北側の壁一面が本棚で飾り立てられていて、本の虫の為の部屋は少し図書館のような匂いがする。


 呼び出されてお酒タハールを持ってくるのもこれで3回目になっていた。

(飲みすぎてあきれちゃう。持ってくるこっちの身にもなって欲しいわ)

 私は彼の側に立って、わざと聞こえるように嫌みをなげた。

「お酒飲みながら読んでて良く内容が頭に入るよね」

「飲んだうちに入らん。げ」

 本に夢中になりすぎて私の方を見もしなければ、嫌みも届いてないみたい。空の瓶が足元に二本、転がっているのをあきれた思いで回収していく。


 本の虫でもあり、酒豪ザルでもある。

 強いお酒をがぶ飲みする姿につい、心の声をポロっとしてしまう。

「あんまし飲むと毒だよ。本来何かで割って飲むんでしょ? コレ」

 瓶を拾い集めながら達筆なラベルを見た。今ではもう、簡単な文章なら別の字体でも何とか読める。そこに書いてあるおすすめは『3対1で、果実水等の中に本商品を割りいれて下さい』なんだけど、原液のまま飲むラウールさんには全く見えてはいないようだ。

(いくら強くても病気になりそうな飲み方だもの。心配するのは当たり前じゃない)

 ラウールさんはそんな私をちらと見ると口のはしを少し上げ皮肉たっぷりに、ゆっくり言い聞かせてくれた。

「毒殺されかけたお前に言われたくはない」

(……カワイクナイ)

 ムスーっとした顔を見られたくなくて、ぷいっとそっぽを向いてつぶやく。

「何か言ったか」

 めざとく聞き付けたラウールさんの目だけが私を鋭くにらんでくる。

「ナンでもナイですー」

 そう言ってそっぽを向いた先を見て、私はここに来た本来の目的を思い出した。


 私は彼の視線はほっといて本棚にへばりつくと、本の背表紙をよくながめようと背をのばす。

「ねぇ。本見せてくれる?」

 すると「お前に文字が読めるのか」と後ろから、からかう声が飛んでくる。

「ホンットにカワイクナイわね!!」

 私はほほを膨らませて、振り返りながら怒ってみせた。


 酔っ払っているせいか、いつもより数倍毒舌。

 私だって日々勉強しているのに! と強く首を振って本の背表紙に注視した。


 ラウールさんが何か言っているのが聞こえたが、構わずに本のタイトルを目で追っていく。目当ての本があるといいなぁと思いながら指で背表紙をなぞっていく。

「雨についてのヒントか何かあればと思ったんだけどなぁ。……アダンテ程の人なら何か知ってたかなぁ」


 少しだけ、私はアダンテが羨ましかった。

 アダンテの知識が私にあれば少しは違っていたかもしれないと、なぞっていた指がぴたりと止まる。

(いやいや、そんなこと考えてもしょうがない! 私は出来る事をすればいい!)

 と、気を取り直して両手をにぎって気合いを入れる。

 私はまた本を見つつ頭を整理しながら考えてみた。



(風……風の大魔法。

 雨を降らせる為の、魔法。

 足りない……風精霊が足りてない

 だから、必要なのは――)



 その時突然耳元で、彼の声が響いたことで私はビックリして肩をすぼませる。

「お前は……ユリエか」


 すぐ近くで、さらさらと髪が流れる音。

 振り返ると、触れるほど近くに彼の顔。

 青い目が、私をとらえて離さない。


(吐く息が、お酒臭っ! あれだけガンガン飲んでたら当たり前だと思うけど……)

 私は思わず彼の胸元を押し返すけど、全くびくともしなかった。

 本棚とラウールさんに捕まって。

(なんだか、熊に襲われる気分だわ)

「ちょっと……やだっ……」

 私はすっかり慌てふためいて、顔を見たり触ってくる手をおさえたりしてすり寄ってくるラウールさんを、必死な思いで押し戻していた。

何故なぜ、アダンテの名を呼ぶ?」

 彼の目から、自分を隠そうとするけれど。

 体の熱はあおられて。

 私の頭の中はもうパニックしかない。

「お前はわたしが、好きなのだろう?」

「や……待って……!」

 抵抗の言葉さえ、彼の唇の中へ。

「お前はわたしの生活をき回すのか。それを見て楽しみたいのか。なぜ、わたしを混乱させる? なぜ……」

 ラウールさんの言葉に私の頭の中で、何かが引っ掛かる音がした。


 それはほんの小さな針。


 苦しくて。切なくて。

 重なり合う胸と胸が、

 同じ速さの鼓動が共鳴。

 自分の声が恥ずかしい。


 こんな幸せが待ってたなんて。

 いきなり気付く事ってある。

 いつも見ていたあの夢の中の人は、

 目の前にいるラウールさんだった。




















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