第9話 大絶叫で 子守唄を !【改稿版2】

 何やらさっきから未開班の部屋が騒がしい。ガタガタと音がして、時々悲鳴があがってさえいる。


 大戦以来に見た魔女は、魔力の質や顔つきがアダンテとだいぶ変わっていて、言われなければわからない。

 そもそも、この中でも彼女の姿を間近で見たことがあるものは片手で数えられる。変わっていることさえ、知らない者の方が多い。

 だがたとえ中身は別人だとしても彼女の事だ、信用出来ない。何をしでかすか判ったものじゃないと、他の魔法庁職員は恐れおののき、遠巻きに扉を見つめていた。

「だからっ! それ全部出してほこりを払って下さいねっ!」


    ――バターン!!――


 思いっきり扉が開いて、全職員達の心臓が肩と共に跳ね上がる。

 布の山が現れ、しゃべっているのだ。

 いや、よく見ると人の手が生えていた。

「その次に本棚拭いといてくださいねっ! 全部だよ! ランドウェイさんおっきいんですから!」


 ホコリをかぶったユリエの顔が現れ、うしろの扉の中に呼び掛けるとそのあとを同じような小山を抱えた少女達がついて歩く。

 ユリエはほどけてしまった髪の毛を適当にひっつめ、白いケープもほこりだらけごみだらけになっていた。


 なのに笑顔は生き生きと印象的に輝いて、思わず皆が注目する。


「このカーテン洗濯出来るとこに連れてってよ。パパルナちゃん、ミャーシェンちゃん」

 呼び掛けられた少女二人がほほをピンクに染めて答える。

 2人の少女も彼女の笑顔につられてか、心が弾んでいるのが見てとれた。


 一体何が未開発魔法班に起きたのか……。

さわらぬドラゴンに被害無し』

 他の職員達は見守る事しか出来なかった。

 それは、三日間続く事となる。



 そして三日後の未開発魔法デキソコナイ班の一室。

 綺麗に並んだ本棚は種類別に整理さえ、利便性を向上させていた。

 また机の上は整理され仕事の速度を飛躍的に上げて、埃はすっかり取り払われ、皆の健康的な空間が確保された。

 洗濯済みのカーテンは光による本の劣化を防ぎつつ、綺麗になった窓の光を程よく通していた。


「「「信じらんない……」」」


 と、一同の声。

 皆が夢じゃないか、と言う表情で各々おのおのの机の元へ行く。

 ミャーシェンとパパルナコンビは私に飛び付き「すごいすごい! 」と連呼する。

 私は二人を抱き締め返して、その声に思わず笑みをもらす。

「人は健康第一ですから! 」


 あくまでも、私の最終目的は元の世界に、家族の元に帰ることだ。


 だからと言って、今この世界での生活をどうでもいいとは思わない。

 こういう世界に吹っ飛ばされ(?)なければ、魔法なんて夢の話。

(どうせなら、一分一秒大切に過ごしたい。だって全ての経験が、私を豊かにしてくれるから。恋に仕事に、毎日冒険しまくってやる!)

 その為なら、お掃除なんてでもない。






 そして今、私は赤ちゃんに子守唄を送っていた。赤毛の男の子が自分の存在価値を探す冒険の物語。そのなかに出てくる、世界の為の優しい歌。


 この赤毛の坊やにも素敵な出会いがありますようにと、願いをこめて。


 王宮に四方を囲まれた中央庭園はとっても静かな場所だった。

 赤ちゃんのゆりかごにちょうどいい。

 中央にすすけた巨大な根っこがある以外は、植物課に管理されたあか金色きいろの花や薬草がいたるところに咲き乱れていた。


 私は腕の中のかわいい存在に、胸の中が幸せ一杯に満たされるのを感じていた。

「懐かしいなぁ、赤ちゃんの感触。佑樹ゆうきが生まれた頃は私、立ってだっこできなかったからなあ」

 うとうとしてる赤ちゃんの背中をとんとんと軽く叩いてあげると、小さな口から、ふわぁと無垢むくなあくびがもれた。私は思わず笑みがあふれる。


 何て可愛いんだろう!

 あったかくて、柔らかい。

 優しさと、幸せが、

 小さな体に詰まってる。




「……うるさい」


 さっきから背中に突き刺さっていた視線は、ラウールさんだと気付いていたけど今の私は赤ちゃんのおかげで無敵モードだ。

『ユリエの歌に風精霊がコーラスをつけるのよね』

 クスクスと心の中でイシュルゥナが笑う。

 私も心がくすぐったい。

 けれど私には風の声が聞こえないのがホント残念でしょうがない。


 ドキドキしながら振り返り、赤ちゃんから目線を上げて彼を見る。

「かわいいでしょ? モニカ課長の赤ちゃん預かってたの。生物課の。凄く大変そうだったから」

 けれども私の予想とは違い、どこか虫の居所が悪そうだった。


 目付きの悪い青い瞳が私を写す。

(……しかも、なんか機嫌も悪そう)

 心当たりが浮かばなくて、思わず頭上に『?』を浮かばせ首をかしげる。


 ラウールさんは持っていた資料を秘書さんに渡して彼女を先に帰らせた。そうしてその場で腕を組み、私をにらんで沈黙している。

(そういえば、昏睡状態になった時のお礼がまだだった。……もしかしてそれかなぁ?)

 だから不機嫌だったのかと、赤ちゃんを揺らしながら思い付く。


 沢山たくさんの花ばなの中、

 私とラウールさんと、

 幸せそうな赤ちゃんの3人だけ。

 勇気をふりしぼって、私は伝える。


「私が死にかけてた時、助けてくれてありがとね!」

 私は多分顔が真っ赤なんだろうな。風がやけに涼しいから。

 口移しなんて家族でも簡単には出来ない事をしてくれた。そのおかげで今の私はここにいる。

(もしかしたらって、期待するのは……私だけ?)

 ラウールさんの顔が直視できなくて、目の置き所に迷って視線が漂う。

「……お前は王宮からの預かりものだ。助けるのは、義務だった」

 乾いた声。冷たい目。

 期待を裏切る彼の言葉が、私の耳に届いたのだ。


 ……義務。

 義務ですと?

 彼の放った言葉に、

 私の中の何かが頭を持ち上げる。

 そして―――。



「だぁから! 大型の馬クム・ラム(プロテイン馬)の方だってば。もう少し繁殖させるよう通達しとけっていったじゃない!!」

 小柄な体からその一帯に響く大声は、休みの間に溜まった仕事を片付けるための指示を飛ばしまくっている。部下達もバタバタと、動き回って声に従う。

「あー! ユリエ。助かったよ!」

 小さな体から発っせられる大声と、その声に真っ青になって動く生物課の職員に気圧けおされて呆然ぼうぜんと立ち尽くしていると、扉の前にモニカ課長がやって来る。

 赤ちゃんと同じくせっ毛の赤毛の人懐っこい満面の笑み。ぽっちゃりとした小さな体で本の山を飛び越えてくる。


 明るく元気なソプラノが、当たりを跳ね回っていた。



 午後の休憩のあと薄黄色うすきいろさわやかなお茶を飲んでいたら、いきなり未開班の部屋にやってきたのがこの人だ。ユリエをまじまじと見つめると、ぷっくりした唇をへの字に曲げて考えたあげく『よろしく!!』とウインクひとつ、赤ちゃんを預けて行ったのだ。


「モニカさん!! 保育園つくんない!?」

 私は赤ちゃんを抱きながら、近付いてきたモニカ課長の手を握る。

 ビックリして固まるモニカさんは、唇をまたヘの字にして私を見上げて立っていた。それに構わず私はまくし立てていく。

「保育には子守唄つきものだよね! つくったあかつきには子守唄を自由に好きなときに思いっっきり歌っていいよね! 耳元で! 大声で!! 歌ってやる! もー超ムカつくんですけどっ!!」

 私はコーフンして自分でも何を言ってるのか分からなかったが、モニカ課長はユリエを見て唇をへの字に曲げ続けて、説明を聞き続けてくれた。

 ぷくっとした指にアゴをのせる。

「……なぁるほど。そんなベンリ機関があるのね。ならば是非ともつくって欲しいわ。モチロン予算は国家持ちで♪」

 お母さんの意見と共に、私とモニカ課長は見つめ合って山賊の秘密会議の如く、悪い事では無いのだけれども、悪い顔をして笑い合うのだった。



 私は元の世界で聞きかじっていた知識をまとめて、モニカ課長の意見と一緒に陛下の元に駆けて行く。

 思い立ったら吉日で、情熱が冷めないうちに突撃あるのみ!!

 それが、私の信条でもある。







「……成る程な。面白い考えだな」

 眼鏡をかけて私のつたない文字が並んだ書類に目を通した陛下は、さらさらと何かを書き足すと、机の隣に控える顔色の悪い宰相さいしょうさんに手渡した。

「良かろう。この件に予算を付けて、進めていこう」

 私は机の前に立ってハラハラして見ていたが、その言葉に手を打って喜んだ。

「ホント!? ありがとー! 陛下っ!」

 陛下もそんな私を見て、かすかに笑って椅子の背に体を預けた。


 陛下の執務室に突然押し掛けてしまったにも関わらず、私の事を優先してくれたのだ。

 誰かと違ってやっぱり優しい。

「お前には不思議な魅力があるな。ユリエ」

「へ?」

 唐突な発言にきょとんとして陛下を見る。そんな私を陛下は目を細めて見返してきた。

「お前の歌は聞いていて心地良い。人の魂に暖かいものを宿す様だ。だからこそ、精霊達はユリエを愛するのだろうな。……それに、お前と話をしていると、新鮮で飽きないよ」

 見上げる優しい眼差しが私を包む。


 素直に嬉しくて、思わず私も照れ笑いを返していた。

 この人の言葉を素直に受け取ることが出来るのは、この人の自然な優しさがあふれているからだろう。

(いつか私も、こういう大人になりたいな)

「ありがと。陛下」

 ほっぺたが熱をもつのがわかり、私のささくれ立っていた心も癒されていく。

 私は両手でほほを包んで、にやけて崩れる顔を押さえた。


 陛下は眼鏡を外して目頭をおさえながら、ため息をついて申し訳無さそうに話し出す。

「ラウールは少し無器用だから、大目に見てやってくれないか。あやつも悪気があったわけではないのだから。……あと」

 ちら、と宰相さいしょうさんが出ていった扉の方を見た。

「出来れば静かに扉を開けてくれ。心臓に悪い」

(宰相さんが青くなってたのは、私のせいだったのね……)

 私は宰相さいしょうさんが出ていった扉の方を見て、しまったというように肩をすくめた。

「……努力するね」

 唇をとがらせて、うなずく。

(それが出来るかどうかは、別だもの)







 












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