第5話 青葉の森で 会えたなら【改稿版2】
私の朝は、女官長のごむたいから始まる。
最初は恐がっていた彼女達もコルセットごときにこてんぱんにやられる私を見て、
『これが
と、おのおの疑い始めたらしい。
(小さな事も一歩からね。この機会を逃す手はないわ!)
私は彼女達の色んな仕事を手伝う事で、徐々に仲良くなっていく作戦を立てた。
だって、どうせなら楽しく過ごしたいものね。
(中身はほぼ同年代だし。きっと大丈夫な気がするのよね)
ちなみに彼女たちのお気に入りのBGMは、星野源さんシリーズだったりする。
午前中は彼女達とお城の仕事を片付けるために忙しく動き回る。
元の世界と生活様式がすごく似ているからか、私は即戦力でこき使われるけどすっかり打ち解けられることが出来た。
ただひとつだけ違うのは、窓の
「すごいキレイ……」
水差しでそそぐたびに光を反射して、いつまでも見ていたい。
そして常に彼女達は、おしゃべりの話題に欠くことはない。
「えっと……本当にユリエ様のいらっしゃるところでは、精霊は存在しないのですか?」
「しないねえ~。占いくらいかなあ? 似たようなものって」
「占い! 恋占いとかもあるのですか?!」
「とか、いろいろね」
その言葉に花が咲くのはやっぱりどこの世界でも変わらないみたい。
町の事、アダンテの事。誰々が恋仲だとか、どこの夫婦喧嘩で爆発が起きたとか、噂話しが好きなようだ。
午後は女官長さんとの魔法のレッスン。
これがまた、……なかなか大変だった。
お城の庭は青々とした芝生が豊かに生えているけれど、私のせいで所々に水溜まりが出来ていた。
私は持ち上げた両手を軽くコップのように曲げてみせ、そこに水が入っている姿を想像する。
目を閉じて、自分の呼吸の音を聞く。
「この世にめぐる命の水よ。私の手のな」
ざば―――――――!!
思いっきりの滝修行はもう慣れっこになっていた。
ポタポタと、長い前髪が水につられて顔面をおおう。女官長さんが目頭を押さえて、深い溜め息をつくのがその髪の隙間から見えた。
「魔法を使うには方向性……使う性質を決めるための
「つまり注文段階でお断りされてる系ですか!」
その言葉に私は女官長さんの方を向いて叫んだ。
何も言わずに目を伏せる女官長さんのその態度で私の言葉が真実だと知り、再びがっくりと首を折る。
「もしかして……この
私は
(確かこのブレスレットが魔力を押さえていたはず。これが原因であって欲しいっ!)
私の手をとってまじまじと見つめる女官長さんだけど、きっぱりと私の方を見て申し訳なさそうに口を開いた。
「そうですね。悪い方向に暴走致しますでしょう。これには安定させる作用もございます」
その言葉にシュンとする私を前に、目の前の彼女は
「これを外して暴走した場合はユリエ様が持つ本来の力ならば、この首都の半分を水没させてしまうでしょうから」
「はっ!? 半分もっ!」
私は女官長さんの軽い言い方に思わず声もすっ飛んでいく。
(……恐ろしい。内緒で外さなくて良かったけど……こいつらのせいでもなかったのね)
と、みたびガックリ頭を下げずにはいられなかった。
そんな私を目の前に、女官長さんが申し訳なさそうに小さく指を振った。
次の瞬間には私を濡らしていた水は、女官長さんの指先に集まってひと塊になって浮いていた。
それとは反対に私は全身すっかり乾いている事に気が付き、あしもとのスカートを揺らした。
「申し訳ありません。わたくしの教え方が悪い様ですわね」
「いや、女官長さんのせいでは……へっくしゅん!!」
思わず出たくしゃみに、ここまでにいたしましょうと女官長さんが私をさすりながら笑って言った。
練習用の服装から、別の服装に着替える。
「ねえ女官長さん。乾いたのだからいいんじゃないですか? 着替えなくても……」
「……早く後ろを向いて下さい」
どうやら女官長さんは私に色々と着せたいらしく、なにか都合をつけては私に着替えを
そういう訳で、もう一度ごむたいを経験したあと女官長さんが今度は
一歩、足を踏み入れると私はその部屋の暖かな空気に、目を見開いて声をあげた。
「うわぁー!」
(成る程! 火を使うせいか暖かいのね!)
冷えていた私の体も、これならあっという間にポカポカしてくる。
そこの支配人のコック長は体の大きな40代位の男の人だった。黒々とした肌と髪が印象的。きっとどんな堅いクルミの殻も指でかちわれそうな人。
2人の助手さん達と3人体制で、毎日このお城で働く人達全員のご飯を3食用意してくれている。
私はこの3人とは今日が初対面だ。
私の姿に怖じ気付いて部屋の端で縮こまる助手さんに頭を下げると、興味津々であたりを見回した。
広い机の上には色んな果物が山積みされていた。それらは見た事も無い色鮮やかな南国的フルーツで、壁には沢山の大小様々なフライパンのような、鍋のようなものがつり下がっている。
おたまやフライ返しは木でできてるみたいで、年期の入った色がいかにも美味しい料理を作れそうだ。
香辛料っぽい良い香りが辺りに漂っていて、匂いだけでもうお腹ぺこぺこ!
(沢山の食べ物が有るってことは、このお城が豊かな証拠なのかな?)
色んな事を考えつつ、食材が置いてあるところを私は勝手に
振り返るとそんな私を女官長さんは、優しく見守ってくれていた。それからカマドに向かってしゃがんで作業しているコック長さんの近くに進み出て、少し上半身を
「ユリエ様がお風邪を召さない様、何か温かいものを作っていただけますか?」
無口なコック長は女官長さんの顔を見て、私の方を首を伸ばしてじぃっと見てから、のそりと作業に取りかかる。
心の中を見透かしそうなその視線に、私も何だか緊張しながらコック長の動きに注目する。
ふと入り口の方を見ると、助手の二人はいまだに遠巻きに私を見ていた。
(まだ私が恐いのね)
と、肩を落としてそっと苦笑する。
メイドのララやミーナとは、一緒におしゃべり出来るくらいに打ち解けられて来たと言うのに。たまに女官長さんに怒られるほどに。
(思ったよりも打ち解けるのも大変だわね)
私は近くのテーブルをリズミカルに指の腹で叩いていく。
(彼女達もここで、みんなでご飯を食べるのね。こんなに広いなんてうらやましい。うちは台所狭かったしなぁ)
私は広いテーブルが並んだ台所をもう一度見渡した。
すると、以外と元の世界との共通点がそこかしこにあるのが見えてきた。
私は思わずその場にしゃがんで、その共通点を手に取って見る。
「これってニンニク? じゃがいもまで!」
それは確かに白っぽいコロンとした根っこに、コロコロとしたくぼみがある薄茶の根菜だった。
私は口元が緩むのを感じて、慌てて笑顔をひき止める。
知っているものを見つけられればほっとするし、嬉しくもなる。
ふと、弟の
(そういえば台所に立つ時はいつも歌と一緒だった。今、何をしてるんだろう?)
良い匂いに包まれて、自然とメロディを口ずさむ。
ここにはないけれど、鮮やかな赤と黄色が特徴の、弟が大好きなあの歌を。
コック長の手が止まり、女官長が固まる。
互いに顔を見合わせてから、彼女の方を振りかえった。
それから彼女達は目を見開いて、口をつぐんだ。
ユリエには見えていない。聞こえていない。
彼女はテーブルに体を預けて、笑って窓の外を見ていた。
彼女の周りには、
そこに流れるのは、
美しい
魔力の弱い助手達さえ見えなくともこのメロディが耳に届く。きょろきょろと辺りを見渡すその助手の手から皿が
唐突に終わってしまった夢の様な時間。
その時、女官長は確信する。
――別の世界から舞い降りた彼女には、別の何かが働いている――
割れたお皿を一緒に片付けながら固まっている助手に
もしかしたら自分の手にあまる生徒かも知れないと、
「何をした?」
不機嫌な声が、私の背中に突き刺さった。
ラウールさんがお仕事から帰ってきたあと、私室に
お城で初めて会ったときに着ていた黒いローブを脱ぎながら、疑いの目を向けられるんだけど私には心当たりが全くない。
私は軽く肩をあげて、振り返りながら答えた。
「別になんも? ただ歌っただけよ」
そんな私を疑いながらも、近くにある椅子に深く腰をおろすラウールさん。
それを横目で見ながらも、彼の近くにあるコップに持ってきた
昼間の厨房の事を思い出すと、確かにそよ風はふいていた気がする。
私は
「いいなぁ。私、風精霊の声は聞こえなかったんだよね。相性無いのかな?」
しゅんとして瓶を抱えラウールさんの方をちら、と見た。
この城の
ラウールは、彼女を見上げて疑っていた。
女官長が言うには、彼女の歌に風精霊が答えていた。
ただそれだけらしいがその時確かに、彼女と精霊の間で魔力の交換が為されて風が舞っていたと言う事実がある。
(アダンテは我らを長きに渡って苦しめたやつだ。ならば彼女の肉体が嘘をついている、と言う可能性だって充分とある)
それを思い出してラウールは
「アダンテは風精霊のマスタークラスだったからな。いくら中身が違うからと、簡単にお前を信じることは出来まい」
それだけ、ラウールにとってはアダンテは疑わずにはいられない対象だったのだ。
(そんな言い方、無いじゃない!)
横を向いてそんな事を冷たく言い放つラウールさんを見返して、私も自分の胸を指差して抗議した。
「だーかーらー!! 私は
(このとんちんかん!)
と、心の中で毒づいとく。
だって首痛いの勘弁だし。
でもふと、一つの思いに
「もしかして……ラウールさんってアダンテの事好きだったの?」
その言葉がさらっと出てしまい、二人は同時に固まる。
私はサァ、と血の気が引くのがわかった。
(……ヤバイ。心の声が外に出た。ヤバイヤバイ、ヤバイ!)
あとのまつりってこう言う時に使うのね!
不穏な空気をまとわりつかせて、ラウールさんが、ユラリと私の前に立つ。
冷たく光る青い瞳が、
怒りの炎をこめていた。
「だったら、どうする」
冷たい声に、一歩も動けなくなる。
蛇に睨まれると、こうなる。
私は唾をのみこみ、ひきつる口もとに無理やり笑顔を戻そうとする。
「いや……どうするも……」
「代わりにお前が抱かれるか」
「!!」
ラウールさんと目が合った。
「や……」
「アダンテは、魔力を得る為に誰にでも体を売っていたぞ」
(……だから、あんな風にキスされただけで、ドキドキしてしまったの?)
(……こうして、噛みつくようなキスでも、ドキドキしてしまうの?)
「~~~っっ!」
でもこの人は、
私なんか見ていない。
そう思った瞬間、渾身の力でラウールさんを突き飛ばしたら彼が大きく後ろによろめいていた。
「あれっ!? ごめん! 大丈夫?」
両手で押し返した姿のまま固まってる私を見て、ラウールさんも固まっていた。
二人とも、息が粗い。
沈黙に耐えられなくて私はその体制のまま、真っ赤になって叫んでいた。
「……と、ともかく私は
そう。知らないはずなのに。
私はこの人のキスを知っている。
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