第4話 魔力と歌と残された熱【改稿版2】

「ユリエ様、復唱なさってください」

 良く晴れた午後のひとときに女官長さんから “ 世界 ” を教わる。


 屋根裏部屋は私の仮住まいの部屋。

 屋根裏といっても楽に立つことが出きる位、伸びやかな空間が広がっていた。

 良く磨かれた焦げ茶色の床は日光を程好ほどよく反射して、木目調の家具と相まって落ち着いた雰囲気ふんいきを放っていた。

 窓の下には備え付けの机まであり、柔らかな日の光のもとで魔法の知識を勉強する毎日。


 これがけっこう、面白い。

「この世界の精霊はだいたい四つの属性に分かれていて、相性により自分が使える魔法の種類が決まります。それと同時に、相性によって魔法の威力も決まります」

 私は机に向かいつつ指折りながら覚えたての、この世界の “ 普通 ” をご披露する。

「え~としかし! 精霊同士にも相性が存在して、ケンカする属性同士を使うことは非常に困難です。だけど、この相性を利用して仲良し同士のレベルを上げる事はとても優しい、です!」

 そう言いきり、私は女官長さんの顔を見上げる。女官長は満足そうにうなずいて、軽やかな足取りで後ろを通りすぎていく。

「まぁ、だいたいよろしゅうございますね」

 その言葉に、弟に尊敬されたくてRPGかじっといて良かったと、私はホッと胸を撫で下ろした。


 そうは言ってもゲームの世界とは違って精霊の種類を簡単に四つに分けているだけらしく、もっともっと沢山いるんだと女官長さんが言っていた。

 私は頬杖をつきながら懐かしい様な親近感を味わっていた。

(不思議……まるで日本の神様みたい)

 魔法学校より取り寄せた教科書(ぜんぜん読めない)を机の上に開いて、にらみ付けながらも話を懸命に飲み込んでいく。覚えるまでずーーっと同じ事を繰り返すので耳タコさんの繁殖力が半端ないの。



 ……帰りたい。

 元の居場所へ帰りたい。

 でもすぐに帰れないのなら、

 私に出来るだけの事を

 一生懸命頑張りたい。


 だから、今は目の前の覚えることに集中するのだ。

「はーい、質問」

 手をあげて発言すると、女官長さんが振り向いて軽くうなずいた。

「自分の魔力を精霊に渡してその代わりに精霊の力を使わしてもらうのが、 “ 契約 ” ですよね? 好相性なら渡した分だけ、悪ければその半分、でしょ?」

 その言葉に女官長さんが再びうなずく。

「ならば、相性の悪い精霊に好相性の精霊の2倍の魔力を渡したら、一緒の威力の魔法を使える事になりません?」

「良い質問でございますね」


 私の疑問を聞いたあと満足そうな顔の女官長が、コップ2つと水差しを私の机の上に置いていく。

 その水差しの方を手に持ち、仕組みを話してくれた。


「我々魔法使いは水差しで、精霊はコップ、魔力は水といたしましょう。使った魔力は時が経つにつれ自然に回復いたしますが、器の限度以上に回復することはございません。そして精霊にも器が存在いたします」

 そう言って、それぞれのコップに1つはぎりぎりに、もう1つは半分まで水を入れてゆく。

「相性が良ければ器いっぱいに水が入り、悪ければその半分までしか入りません。たとえ2倍の魔力を渡したとしても、入らなければ使えないのです」

 そう言うと、女官長は水差しの中の水を半分のコップの方に注ごうとする。

 しかしその水は、全てが空中に浮かんで漂っていた。


「魔法は、万能ではございません」


 ただよい遊ぶ、水が光る。

 そこだけはまるで無重力。

 目の前のじかに見る魔法に、私はため息をつくしかなかった。

「わぁ……」

 それほど、目の前の光景が美しかった。


 女官長さんは今も昔も、魔法使いの一員だと言う。

 私の感嘆のため息に、女官長が笑顔を返して仕組みの続きを解説していく。

「そして使った魔力は自然に回復するとはいえ、空になってしまった水差しは “ 水が入った器 ” としての存在では無くなりますね。そして魔力とは、ヒトの命に直結するものなのです」


 からになった水差しを私の目の前にかかげると、女官長さんは真剣な顔を作り私の目を見返してくる。

「多かれ少なかれ、生きているものは魔力を必ず持っています。体内に流れる全ての魔力を消費すれば “ 生命としての存在 ” から離れると言うこと、つまり “ 肉体が死ぬ ” と言う事でございます」

 大切な事でございますよと、女官長さんは人差し指を口の前にスッと立てて、怖い顔で念を押してくる。

 その目に浮かぶ真剣さがすごく伝わってきて、私は思わず背筋を伸ばしてコクコクとうなずいた。

(ゲームならばそんくらいの事じゃ死なないのに。これが現実ってやつかしら?)

 私はそんな事を少しだけ考えて、ふと、引っ掛かった事を聞いてみる。

「じゃあマスタークラス! 究極レベルの魔法を使える人はどうしてそんなに強いの?」


 私が就職を目指している魔法庁の長官であるラウールさんは、火と風の師範代ダブルマスターで300年の魔法経験(あの人何歳なんだろう?)がある賢者。

 陛下なんか大地以外の超人トリプルマスターで、幻獣と契約している大賢者、らしい。


 幻獣ってなんだろうって思ったけど、今の私はもう頭がパンク寸前だ。頭を振って、その疑問を胸の中から追い出した。

(仕組みだけでも、耳タコさんが大繁殖しちゃう!)

 それはともかく魔法庁に勤める方々は、そのマスタークラスがゴロゴロいるらしい。


 女官長はまだ水差しを持ちながら私の質問を聞くとアゴを指で撫でて、ああ、と気付いたように話を続ける。

「まずは相性の問題でもありますが、水差しの大きさが桁違いでございますね。そして契約する精霊の器の大きさも。この国で最強を誇る国王陛下は湖や海レベルの器の持ち主でございますよ」

 空に漂う水玉を、指先で器用に水差しへ戻していく女官長さん。

 それを見ながら私は机に頬杖をついて目をまん丸くしていたら、あっという間に本音がこぼれていた。

「つまり底なしの生命力? わぁ~。陛下ってバケモノレベルなのね」

 思わずつぶやいた言葉で、女官長さんが苦笑したのは言うまでもない。





 私はどうやら、水との相性が抜群ばつぐんみたいだった。

 両手に着けてる魔力封じのブレスレットのおかげで、ならい始めの新米魔法使いと出来ることは一緒だと言う。女官長さんがやっていた水を浮かべる位は、私にも出来るらしい。

 と、なるとやってみたくなるじゃない!

 私はさっそく、その日の夜中に抜け出した。



 このお城の夜はとても静かだ。

 何の種類かもわからない虫が、鳴いているのがはっきり聞こえる。

 夜になっても、そんなに気温差もなくて過ごしやすい。私の姿はアダンテラスボスでもあったから、一応見つからない様に気を使ってそっと外に出ていった。

(だって私と鉢合わせると、誰彼構わず悲鳴をあげて逃げるンだもの。それって、結構傷つくんだよなぁ……)

 私はこれまでの反応を思い出してそっとため息をついた。


 草を踏む小さな音さえ、耳に心地よく響いてくる。

 元の世界に居た時は、こういう音が耳に届くことはなかった気がする。

 むしろ、こういう音に注意さえ払わなかった。

(世界はこんなにも、たくさんの音であふれかえっていたのね)

 私は目を閉じて、胸一杯に草の青さを吸い込んだ。

 見上げて目を開くと空には大きな白い月? と、いびつな形の2つ目の月。

 その明かりだけを便たよりに、お城の敷地内ぎりぎりを流れる川へと進む。私はその川岸ギリギリの所へ座り川の中をのぞき込んだ。


「水がある所に行ってみれば、何か見えるかと思ったのになぁ」

 川の水面みなもにはアダンテだった私の顔が、ゆらゆらとただよって浮いていた。

 指先で払ったら私の顔が出てくるんじゃないかと思って、思わず水面みなもをなぞってみたけど、水は冷たく流れにそって私の体温を奪うだけ。


 私には精霊が見えない。

 存在も感じない。

 それが何だか、さみしく感じた。

「会ってみたいな……」



 誰かに呼ばれた気がしてふと見上げると、対岸には一輪の白い花が咲いていた。

 手を伸ばしても届かない。

 月の光がポツンと咲いてる彼女を照らす。

 百合恵ゆりえの唇から流れるのは月光花。



(会いたい。触れたい)


            ……ダレニ?


 こたえたその声に閉じていた目を開ければ、そこは一面のアクアに満たされていた。

(でも苦しくもなんともない)

 不思議なことは、結構体験したからあまり驚くことはないと思っていた。

 たとえ自分の目の前に、豊かな体に青く澄んだ髪がたゆたう女性がいたとしても。

 その女性が悲しそうな目で、私の中に語りかけて来たとしても。


         ……タリナイノ、マダ。


 ビックリしてる私をよそにその女性が優しく微笑ほほえみ、潤んだその手でぎゅっと私をいだく。


(何て優しいソプラノだろう。スゴく心地が良いのはどうしてかしら?) 


 いつまでも聞いていたいほど、優しく触れて通りすぎる。

 うっとりと彼女の胸に耳を当てると、サラサラと優しい音が流れてくる。


     ……ノ、コトバ……シテ……ニ。


(何? 何て言ったの?)


 私は顔を上げて彼女をじっと見つめるけれど、だんだんぼやけて見えなくなっていく。


(私は何を探せばいいの……)






 突然、腕を引っ張り上げられると大きく息を吸い込んだ。

 気付いたら、私は川の中に立っていた。


 一面の水の中にいたはずなのに、その川の水位は腰の下までしかない。

 で川の中に立ち尽くしていると、前髪からポタポタと雫がたれてくる。

「……あれ? 」

 目の前の人物をポカンと見ていると、息を切らしたラウールさんがさっきから私の腕をつかんで離さないのに気づく。

 なんだか怒っているように見えた。

(そっか、彼が引っ張り揚げたのか)

 私は目をパチパチさせて、彼を見上げた。

(でも黙って出てきたのに、何で彼がいるんだろう?)

 そんなことを考えてると彼の瞳が月の光を飲み込み冷たく光る。

 心なしか、ものすごく厳しい顔をしているのがわかる。


「さっき、女の人が……」

「黙れ。何故なぜ自ら死のうとした」


 有無を言わさぬその剣幕が、余りにも激しくて言葉に詰まってしまった。捕まれた腕に指がくい込んで思わず痛みに顔をしかめる。


 次にはもう抱きすくめられていて。

 完全に彼の唇に塞がれて、息が出来ない。彼の怒りが、絡みつく舌から伝わって来る。


「お前は誰にでも、脚を開いた」


 驚いて見開いた目には、空に浮かぶ月が見えた。

 柔らかくしなって、彼の形に沿わされる体。それが答えだった。

「ちが……っ」


 違うのに、伝わらない。

 苦しくて、かなわない。

 それなのに、胸のなかが熱くなるのはどうして?

 泣きたくなる程、懐かしいのはナゼ?

 呼吸いきができなくて、立っていられなくなった頃。


「お前を殺すのは、わたしだけだ」

 そう言い残し、彼は私を突き放して去っていく。

 私はその場に呆然と立ち尽くして、思わず温もりを追いかける手を自分でつかんで引っ込めた。そのまま、自分の胸に重ねる。


 私の中に残された熱が、悲しかった。

 離れて行ってしまった彼の名前を、

 呼びたかった。

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