第3話 新緑の緑は真実を映す【改稿版2】

「馬車! すごい! 本物じゃない!」

 初めて近くで見た実物に、興奮のあまり私は手を叩いて喜んだ。


 馬にプロテインがぶ飲みさせた感じの大きな二頭が、所々に金箔をあしらっている濃紺の木製の大きな車体を引いていってくれるみたいだ。

 どちらも体の大きさのわりに、目が愛らしくて大人しい。茶色の短い毛並みも艶々つやつやと光っていてとても綺麗だ。

 私はこの子達を、一目見ただけで好きになった。


 建物から出て馬車に乗ること約30分間、ラウールさんとは一言も話さなかった。

 私とは反対側に座って腕を組んだまま、ずっと窓の外を見ている。

 だから私がさっきから、ずーっと話しかけ続けてるのに。

 それなのにただにらむだけで “ 嫌ってます ” オーラをだして拒否きょひ

 私はあまりの鉄壁に腕を組んで、首をかしげてうなってしまった。

(多分中身ホントの私よりもずっと年上だろうに、なんて大人げないんだろう。これでは弟の方がよっぽど良い子じゃない)


 そんなことを考えながらも初めての乗り心地にお尻が痛くなって来た頃、目的地が窓の外に見えはじめる。それに気づいた私は窓枠に手を掛けて身を乗り出すと、外からの風を受け止める。

 そのお城の全貌ぜんぼうが見えた次の瞬間。あまりにもきれいな景色に痛みなんか吹き飛んでいた。



 小高い丘に建つ赤茶色のレンガに似た外見のお城の周りを、森の緑が静かに抱く。

(スゴい……まるで中世のお城みたい!)

 そのお城の中に入って天井を仰いだ私は、あまりの高さにひっくり返りそうになる。


 足を踏み入れたその場所は、天井が高く吹き抜けになっていた。

 目の前にあらわれた大きな階段が途中から左右に分かれて、それぞれ2階へと続いてる。

 廊下には紺色の絨毯じゅうたんが海面のように広がっていく。

(……この人、紺色が好きなのかな?)

 私は隣に並んで立っているラウールさんをちら、と見上げた。

 こんなにも広いホールなんて、なかなかお目にかかれない。私は足がしてしまって、ついつい、くるりと踊りだす。

「うっわぁー!! 広っ! ラウールさん若いのにお城に住んでるの!? なにも」


     ――カシャン――


 振り返ったとたんに黒鉄こくてつの首輪が私を捕らえて、両手も言葉も、笑顔も引っ込む。

 その冷たい表面を軽く爪で引っ掻くと、無機質な音が首に響いた。

 私は顔を上げて、あえて明るく笑って言った。

「……変な趣味ね! 」

 その言葉に彼は気分を害したらしく、益々ますます目付きは冷気を帯びる。

 なんとも憎らしげな表情を浮かべると、私に冷たく言い放った。

「我が城の敷地内より外に出ればその首輪チョーカーがお前を殺す」

 いきなりのその言葉に、私はビックリして目をパチパチとまばたいた。

 ホントにこの人って……。


「アダンテって人が嫌いなんだねぇ」


 私は後先考えずに思わず口走っていた。

 それに気付く暇もなく。

 首に激痛。

 息が……出来ない!


「今すぐに首と胴を切り離しても構わない」

 座り込んで苦しむ私を立ったまま、冷たい目で見下ろす彼がいた。

 首輪が当たるところから、絶えず焼かれるような痛みが広がる。

 私は首輪を両手でつかみながら今すぐにどうにかしてほしくて、涙がにじむ目で彼を見上げた。


 深海のブルーが今や仄暗ほのぐらい闇の海。


 目の前が暗くなりはじめた時に私の後ろからかけられた声は、凛としたアルトの響きだった。

「お帰りなさいまし、殿下。お話は王宮より届いております」

 その声で、私は苦痛と窒息から解放される。

 咳き込んだ私の背を撫でながら、彼女は私の手を取り立たせてくれた。

 私の隣に立つその人を見ると、お母さんよりかは年上かな? と思う位の女性が胸を張って立っていた。


 キリッとひとつにまとめた銀髪に、気品漂う口元の笑み。

 目尻のシワさえ、どことなく綺麗に見える。

 そろえて重ねる指先までも、彼女の整った性格を表しているみたい。なめらかなつやが出ている紺色の長いスカートさばきが優雅でとても美しい。


 その婦人に殿下と呼ばれたラウールさんは、もう私の事は目に入らない。

 階段に足を掛けたまま、こちらも見ずに「女官長、後は任せる」とだけ言い、さっさと2階へと消えていった。


(……もう誓う。あの人の前では心の声は口に出さない!!)


 私はその場で立ち尽くしたまま、心の中でグーを握った。

 あんな苦しみ、もう2度とごめんだわ。

 すると後ろから女官長、と呼ばれた人の声が聞こえた。

「何とお呼びすればよろしいですか?」

 私はその声に振り返ると、口元にかすかな笑みを浮かべた女官長さんがこちらを見ていた。

「あ、百合恵ゆりえと言います。お世話になります。よろしくお願いします」

 私は彼女に頭を下げると、ラウールさんが登っていった階段へと手を差し出してうながされた。

 少しだけ、迷ったように女官長さんの顔を見る。けれども素直にあとに従うことにした。

 ……だって女官長さんが優しく笑ってくれたから。


 彼女の後に続いて、私も階段を登っていく。

 まだ焼けるような余韻よいんを残す首もとを、さすりながら足を動かす。

 やっぱり痛いものは痛かった。

(夢なのに痛いって固定観念崩れるわね。もう夢だって自信も無くなるし、それにすごく、疲れたし)

 

 夢の中なのに眠いってどういう事なんだろうと、重くなっていく頭と体を必死に動かして考えた。







 閉じてるはずの目の前がまぶしく感じた。


(そろそろ起きる時間かな? でも、アラーム鳴ってないしなぁ……)

 まだまだ眠たい意識を起こさないように引き忘れたカーテンを閉めようと、目をつむりながら布団から横に転がりでる。


「いたっ!」

 落ちた。

 ベッドから?


 痛むお尻をさすりつつ、私は周りをきょときょと見渡した。

 自分の部屋ではない、見覚えのない景色に動く手も固まる。

 ドスンという音を合図としていたかのように、女官長さんが見知らぬ女性たちを引き連れて現れた。

 洋服をいくつか持って、私が泊まった屋根裏部屋へと来てくれたようだ。


“ 屋根裏 ” と言ってもうちの市営住宅よりも広いし、天井も余裕で高い。

 それを1人で好きに使えるなんて思ってもみなかった。

 昨夜は一人部屋をもらった気分で幸せゼータク気分いっぱいだった。

 そうしたらいつの間にか眠っていたのだ。

(目覚めても目覚めてない……)

 まだ夢の続きかと、私はがっかりと肩をおとしてベッドに座り直した。すると、女官長さんに付いて来た若いメイドさん達が青い顔をして近付いてくる。震える手で私の事を着替えさせようとしてくれるようだった。

 私はその対応に、ギョッとして顔の前で両手を振った。

「あの、大丈夫。私1人で出来るから」

 慌てて彼女達の動きを押さえようと手をのばすと、ひっ! と息を飲んで若いメイドさんが固まってしまう。 

 触れた一瞬、彼女達の震えがはっきりと伝わって来て、まじまじと自分の手を見下ろした。


(……スゴく、リアル。私の事が、怖いの、かな?)


 それを見て、うつむいたままの私に女官長が静かに話し掛けてきた。

「ユリエ様のお世話はわたくしを初め、侍女メイド達がさせていただきます。その様に殿下から申し付けられておりますのでどうぞお任せくださいますよう」

「お世話? いえいえ。私、自分でお世話できるのでおきになさらず」


 両手を顔の前で降って狼狽うろたえるけれど、震えて縮こまる侍女メイド達を気にも止めずに、さっさと指示を出す女官長さん。

 殿下と聞き、私はまた首輪チョーカーの痛みを思い出して思わず首を撫でていた。

 あんな痛み、ホントにもう二度と経験したくない。


 でも……。

 そんな考えもどこかへ行ってしまう程、この世界の洋服は “ いい感じ ” だった。


 艶々つやつやした凄く肌触りの良い水色のブラウスはフリル付。

 なかなか可愛らしい、と私も口元がゆるんでしまう。

 ボタンは貝殻かいがらを加工していて、よく見るとひとつひとつ形が違う。

 淡いみどりのスカートは、巻きスカートみたいな形になって腰辺りのちょうちょ結びが愛らしい。

 くるぶしの長さまでの物が一般的らしいけれど、はいてみると以外と足が自由だし、とても軽くて動きやすい。

 「ふふっ……悪く無いかも! 」

 クルンと一回転して、風をはらんだスカートのすその広がりを楽しんでみる。


 普段は動きやすさ重視だったから、女子らしい普段着なんて弟が生まれる前ぶりだった。髪の毛だって、邪魔に思えていつも短く切っていたのだもの。

 私は “ 女の子 ” らしい仕上がりに、とっても満足していた。

(オシャレも、悪くないかもしれない)


 ……これさえ無ければ!


 私は顔を真っ赤にして歯を食い縛り、締まり来るウエストに横隔膜おうかくまくで反撃する。

「いたたたた苦しい苦しい朝ごはんどこに入るのこれあだだだだだ!!」

 そんな私の悲鳴にももろともせずに女官長さんは涼しい顔をして、なめらかで柔らかな布を重ねいした、コルセットの後ろのリボンをぎっちぎちに締め上げ続ける。

 柱につかまってうめく私はさっきから悲鳴をあげてると言うのに、いっこうに手加減してはくれない。

「何をおっしゃいます。細い腰を更に細く見せるのは、若い女性のたしなみでございますよ」

「たしなみはどっかにすてたからいたたたた女官長さんごむたいーー!!」


 私の断末魔ひめい侍女メイドさん達が顔を背けて、笑いを噛み殺しはじめた。

 それを横目に見ながらも、きっちり締め上げられてしまった私はぐったりと柱にしがみついた。そのまま、ずるずると座り込む。

 息が出来ずに、肩を大きく動かしていた。

「この世界の女性は、みな勇者……。でもやだなぁ。この人の胸がおっきくて、すごく肩がこるんだよ」

 私はコルセットの上に乗ってしまった胸を触る。たった1日の体験なのに、何だか肩がパンパンしている。

 それだけじゃなく、と私は自分の頭のてっぺんを手で押さえつつ、ため息をついた。

「背も少しだけ高くてね、床が遠くに感じるから足元が不安定なんだよね」

(そう。余りにも自分の体と違いすぎる)

 髪の毛も肌の色もだけど、一番困るのは体のサイズ感だった。


 油断してると頭をぶつけるし、下を見ると違和感だらけで、足を出すのが結構怖い。

 まるでき慣れない厚底の靴をいているみたいだ。

 もちろん腕の長さだって。

 窓を開けようとしていたら、突き指した。

 それにこの胸もその一つ。

 私は何とかへこませようと胸をコルセットに押し込んでいると、後ろを向いて洋服を片付けていた女官長さんが振り返ってってたずねてくる。

「ユリエ様は今、おいくつでいらっしゃいますか?」

 私は後ろの結び目が思いのほか頑丈なのを、触って確かめてながら答える。

「んー、16才です。……中身はね」

 その言葉に洋服を侍女メイドさん達に任せながら、女官長さんが何かを考えながら指であごを撫でている。

 私はその姿を見て、この人はどこまで知ってるんだろうと少し不安を感じた。


(私の事をいまだにアダンテだと思ってるのかな? でも、夢ならあえて否定しなくても、それはそれでいいのかも……?)

 色々考えがぽんぽん出てきて、私はどうしようかと悩む。

(一応、命は助かったんだし。そもそもなんて説明すればいいのか……)

 私もまとまらない考えにうなり声をあげていると、女官長さんに両手を引かれて、奥に仕舞ってあった鏡の前に立たされた。


 私は目をパチパチさせて、表面が波打つ鏡をのぞいた。

 そこには。

 見たこともない人が映っていた。


 クリームチーズ色の髪は、緩やかなウェーブをえがいて腰の下辺りまで流れ、肌は白に近い色。

 その目は見慣れた黒ではなく、少しつり目気味の新緑のエメラルド

 何より、顔の造りが見たこともない大人の女性。

(これで16才は……サギだよね)

 鏡の中の見知らぬ女性を色んな角度から見つめ続ける私を見て、後ろにひかえる女官長は静かに告げる。


「かつて、アダンテと呼ばれた魔法使いがおりました。その女性は、このレアルータ王国の玉座を奪おうと、現国王ガイベルグ陛下に長期に渡り戦を仕掛けて参りました」

 私は驚いて女官長さんを振り返ると、鏡の中の自分を指さす。

「戦争? って、この人が?」

 その言葉にうなずいて、女官長さんは先を続ける。

「そして213年の大戦の末、陛下と殿下は魔女と呼ばれたアダンテを討ち取り、我が国に平和の時代をもたらしたのでございます。それがつい先日の事でございました」


 私は、あっと手を口元に運ぶ。

「だから、あんなに人から罵倒ばとうされてたのね」

 今更ながら、昨日の人々の態度に納得がいく。

 そんなラスボスがのほほんとしていれば、怒らずにはいられない。


 女官長さんは真正面から私の目を見て、真実を告げた。

「ユリエ様が宿るお体はその女性の肉体でございます。残念ながら、夢ではございませんよ」

 その言葉に私は息を吸い、大きく目を見開いた。


「わたくし達は、確かに生きてこの場におります」



 侍女メイドさん達のリアルな手の震え。

 首の痛みに、いきなりサイズが変わった体の違和感。

 窓から射し込む暖かな日の光。

 風が優しくスカートのすそを撫でていく。

 私の知らない世界で起こった、

 私の知らないお伽噺とぎばなし


 この全てが、なんて。


「……ウソでしょ?」

 自分の唇が、震えるのがわかる。


 彼女達の現実世界。

 この世界の真実の歴史。

 私が見ている夢ではなくて、

 私自身が生きてる世界。


 私は頭から血の気が引いて足元がふらつき、女官長さんにしがみついた。

「ユリエ様。昨日さくじつ陛下と御誓約ごせいやくされたこと、大変善い判断でございましたね。あの方は出来ない事を簡単に御誓約なさる方ではございません」

 女官長さんはそんな私を安心させるように、優しく話しかけてくれる。

 その声を聞きながら、私は女官長さんの顔を見た。

「それまでは、この城にて多くの事を学んでいただく事になるでしょう」

「学ぶって……何を?」

 私は小さな声でつぶやいた。


 あの時はそれしか道は無かったと思う。

 こんな私に一体何が出来るというの?

 中身はただの、高校生なのに?


「わたくしがお教えいたします」

 女官長さんが私の不安を受け止めて、力強く笑いかけてくれた。

「王宮より通達が参りました。貴女あなたを王国の管理下に置き安全に我が国に恩恵を与えられるよう、ユリエ様を魔法庁の一職員として採用出来るように、手取り足取り教育させていただきます」

「……はい?」


 マホウチョウノイチショクイン??


 新しい単語に思わずポカンとしてしまう。

 そんな私を見て女官長さんは高らかに宣言する。

「ユリエ様を魔法使いに就職させるのです」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る