第2話 エンドロールのその先へ【改稿版2】

 言葉の最後が、不安と緊張でひっくり返った。それにつられて周りの人達もいっそう騒がしくなってくる。


 喧騒けんそうが、まわりから私を攻めてくるのだ。


(……落ち着かなくちゃ)

 跳ねまくる心臓を押さえるために、上から胸を押さえつけて目をつぶって深呼吸。

あわてたって、良いことなんてひとつも無い。だってしょせん “ 夢 ” なんだから)

 ただ胸が痛いほど脈打っているのが、押さえた手から伝わってくる。

 それがやけに生々しい。

(たとえ私が『アダンテ』って呼ばれる魔女になっているとしても。今がアダンテの処刑宣告の場面だったとしても! でも、……夢でも死にたくないなぁ)


 の感情にけそうになり、それを追い払おうと目を開ける。そうして映った目の前の人を見つめ返すと、また陛下と呼ばれる人が右手を上げて静けさを呼んだ。

(一瞬で静かになるの!?……どこの世界でも権力ってすごい)

 と、口をポカンと開けてつい感心して見いってしまう。

 そんな私の反応に、陛下が笑って質問を投げ掛けて来た。

 むしろ何だか、面白がっているような気さえする。


「ユリエ。お前が目覚める前に何があったのか、申してみよ」

「目覚める前?? えーと……」

 今思い出さなきゃ、何だかややこしくなりそうな気がする。

 私は無意識に焦りはじめた。

 私はみーちゃんを抱いたまま、その柔らかな毛並みに顔を埋めて、必死で直前の出来事を思い出すために頭の中をぐるぐるとさまよう。


 その瞬間。

 だいだい紫紺しこんの狭間で

 焦っていた記憶が、今の私と結び付いた。






 私は息をきらしながら、風をきって走っていた。


 夕方、と言っても春先はまだまだ日の入りが早く、辺りはもう薄暗くなっていた。そんな中で私は全速力で小学校へと続く葉桜並木を駆け抜けていた。

 スカートがひるがえって、今にも見えそう。それすらもお構いなしで、私は半泣きで先へと急ぐ。

佑樹ゆうきごめぇん!! 」


 今朝出したオール就職の進路希望用紙が「大学へ行くべきだ! 」と先生の熱血スイッチを押したのだ。

(無理矢理話を切り上げたのは良いけれど、きっと明日もこのスイッチは入りっぱなしよねぇ)

 と、職員室に残してきた先生の興奮する姿を思い出しては、走りながらも頭を抱えて、一人苦悶くもんする。


 めんどくさ……い訳じゃなくて、進学に使えるお金は残念ながら家には残って無い。

 何よりも、早く自分で稼げるようにもなりたかった。

 佑樹が寂しがっているのを、我慢してるのを知っていたから。

 少しでも両親に楽をさせてあげたかった。

 自分で選んで決めた未来だから。

 後悔なんて? どこにもない。

 

「なぁーのぉーにぃー!!」


 走りながらも確認のため学生鞄の中からスマホを取り出すと、その時計は 『17:18』を知らせていた。

 私はその画面の数字に、ビックリして目を丸くする。

 学童に佑樹ゆうきを迎えに行く約束の時間をとっっくに18も過ぎてしまっていた!!

 一人寂しく机に向かって宿題をする佑樹ゆうきの姿が目に浮かんで、私の心は一気に締め付けられる。


 弟を悲しませるのは嫌だった。

 私も悲しくなってしまうし、悲しい顔を見るのは何よりもつらい。


 ――と、手に持つスマホが光るのに気付く。

 慌てて立ち止まり、急ぎその着信に出た。

「ん!? 非通知! 誰よもうっ! もしもし? もしもーっし!!」


 そこでいきなり百合恵ゆりえの意識が突然プツンと、本当に突然に途切れたのだった。





 そうしていきなり目の前が光って……。

 気づいたら、ここにいたのだ。


 そこまで思い出した出来事を、身振り手振りで説明していく。

「私は百合恵ゆりえで、アダンテって人では無いんです! ゆめユメ、これは夢なんです! だってあり得ないんだもん!」

 私はみーちゃんを腕に抱えて、陛下に訴えかけた。

「陛下は、夢から覚める方法とか、知らないですか?」

 私の小首をかしげた答えに周りがご立腹。特に貴族様? のわめき声は不協和音をたて始めた。


 私が肩をすくめて顔をしかめていると、おじーちゃんズの一人が曲がった背中をそのままに、ゆっくりとした足取りで陛下の元に歩み寄る。

 皆が、そのおじーちゃんの言葉に耳を傾けた。

「国王陛下、これは吉兆ですぞ。清らかなる魂が宿やどった今、この者を正しき導きの元に置けば、我が国にとって素晴らしい福徳ふくとくをもたらす事でしょう」

 にこにこと話すおじーちゃんの言葉に陛下はうなずく。それから周りを見渡して皆に聞こえるようにゆっくりと話し出した。

とラウールで確かにアダンテを討ち取った。だが次の瞬間にアダンテは息を吹き返した。こうして今、この者がここにいるのだ」

 静かに話すこの人の言葉は、まわりの人達を妙に納得させてしまう。

「……ラウール」

 そんな人に話し掛けられた青い目の青年が、うつむいたまま返事をする。それを聞いた陛下はにっこりと笑って爆弾発言を投下したのだった。


「この者をお前に預けよう」


 その言葉に思わず私とラウールと呼ばれた青年は振り返り一瞬、見つめ合う。

 が。

「陛下、すぐに処刑すべきです。魂は違えども肉体はアダンテそのもの。国民の不安をあおる事になりましょう」


 その言葉を筆頭に次々と反対意見を口にして、陛下に詰め寄っていく人々。その人々の慌てように、よっぽどこの人凄いことしたんだろうなぁと他人事ひとごとの様に私はその場に座ったまま、のほほんと考える。

「しかし、余はこのザマだ」

 ある程度まわりの言葉を受け止めたあと、苦笑を浮かべて陛下が右目を指で押さえるのが見えた。

 それを見た他の人々も、一様に落ち込んで元の位置に戻っていった。

 陛下の右目には、真新まあたらしい眼帯があった。

 その片方だけの瞳に見つめられて私は息をのんだ。


 すごく綺麗な青い目なのに。

 片方隠れていることが、

 より一層に、もう片方を光らせている。


 静かになった頃、陛下は私を見てから周りの人々を見渡して言う。

「彼女は封魔石ふうませきのブレスレット2個もってしても押さえきれぬ程の魔力をそのまま持っている」

 ブレスレット、と言う言葉に私は自分の腕を見下ろした。石って事はこの緑の柿の種の事だろうか。

(私、というかこの女のアダンテって人は魔法使いかなんかなのかな。こんな場面じゃなかったら、面白そうな夢なのに……)

 少し、しょんぼりとして口をとがらせた。


 私は再び視線を陛下に戻すと、陛下もうなずいて話を続ける。

「簡単に処刑するよりも彼女の力を有効活用した方がこの国のためにはなるだろう。現在、アダンテとの大戦により国力はずいぶん落ち込んでもいる。……ユリエ」


 陛下は真剣な眼差しで私を見て問い、

 私はたたずまいを直して答えた。


「余はお前を信じよう。これが夢というのなら覚めるように最善を尽くそう。そのかわり、それまではアダンテの魔力を我が国の為に使い、力を尽くすと誓ってくれまいか?」


 私はその言葉に目を見開いて、答えに詰まってうつむいた。


 どうやら……アダンテって人はゲームでいう “ ラスボス ” にあたる人らしい。

(ならばここは、エンディングの後の世界ってこと?)

 ――エンドロールの先の、未知の物語――


 私の迷いに気がついたのか、みーちゃんが私の鼻先にスンスンと鼻をつけてきた。まるで心配するなというように。

 私は目を閉じて、その温かい体を抱き締めた。


(そうだよね。

 今は戻る方法もわからないんだから。

 悩んでいたって仕方がない。

 夢の中でも、死ぬのは、イヤだし)


「お引き受けします!! 」

 私はキッと顔を上げて皆に聞こえるように、ゆっくりとその言葉を口にした。

 近くでラウールさんが小さくため息をついたのが聞こえる。そのため息を聞いたとたんに、思わずムッとして唇をとがらせる。

 何でだろ。この人のやることなすこといちいち気になる。


 私の答えに陛下だけは満足そうに笑い、他の臣下達の意見に答えていた。



「ではさっそく頼むとしよう、サフィーナ。

 ……サフィーナ? ……みーちゃん??」

 陛下の呼び掛けにみーちゃんは背伸びをしながら『にゃふー』とアクビをしたのだった。

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