第1話 深海に光る 青【改稿版2】

 目の前にせまる青白い光があまりにもまぶしくて、私は驚いて目を開けた。

「!?」

 その瞬間、視界が一気にゆがんで回って胃がでんぐり返しを始めてしまう。

 全身から一気に冷や汗が吹き出した。私は歯を食い縛りながら、きつく目をつぶってえる。


 目を開けようとすれば、

 世界がメリーゴーランドだった。


 耳の奥で響く爆音が、どうやら自分の心臓の音がこだましているだけらしい。驚いて気になり出すと、ますます音が大きく聞こえた。

 全身がものすごく寒くて、体もあちこち痛くてしんどい。しびれているのか手足や体の感覚もどことなく、ニブイ。


 私は目を閉じたまま静かに頭を下げ続け、メリーゴーランドが止まるのを待った。

(……何が起きたの? 私、どうした?)

 そんな質問がぐるぐると頭のなかを巡る。いきなりの体調不良に狼狽うろたえながらも、それが過ぎくまでえる。

 すると、ひざまづいているらしい私の太もも辺りに、ふさ、ふさと、優しく何かが触れるのに気づいた。

 おそるおそる目を開けると暗い中で何かがふわ、と揺れている。

 だんだんと視界も落ち着いてきたみたいで、それと同時に吐き気も収まってくる事に安堵あんどの胸をで下ろす。

(もうずっと息を止めていたみたいね。ホント、死ななくてよかったわ)

 私は知らないうちに、全身に入れていた力を抜いていった。


 目の前に静かに座って私をじっと見上げていたのは、白くて綺麗な “ 猫 ” だった。

 昔近所で飼われていた可愛いあのこにそっくりな、猫。


「……みーちゃん?」


 “みーちゃん” と呼ばれた猫は、琥珀色アンバーの目を細めてにゃーんと嬉しそうに鳴く。ゴロゴロと喉を鳴らしながらも、髪の毛に全身を使ってじゃれ始めた。


 それを見て思わず私は口をぱくぱく、息を吸うのも忘れてしまう。

「な……? わた……! かみっ……!? 」

(パニック!!)

 私の視線の先の方には肩までしかなかったはずの黒髪が、のびのびで、くるくるで! クリームチーズっぽい色をしていた。

(もひとつパニック!!)

 首をひねって見上げた先の両手首にはめられていたのは、どうやら緑色っぽい柿の種、みたいな宝石が付いたブレスレット? 

 バンザイのカッコウのまま、自分が鎖に吊るされていた。

 無理矢理引っ張ってもびくともせず、むなしくじゃらじゃらと鎖の音が辺りに響いているだけ。

(ついでにパニック!!)

 ……私のおっぱいがデカイ……。

(肩こりそう。重いって結構大変だなぁ)

 と冷静に判断する私。


(……じゃなくてっ!)

 私はふるふると頭を振った。

 ここの暗闇に目が慣れてくる頃には、そこはもう混乱祭り状態だった。


 測ったように綺麗にそろった、四角い石が均等に並ぶ壁と床。灰色の世界しかないその部屋の中で、唯一の明かりは刑事ものみたいな……鉄格子てつごうし? にある蛍の光の様な……RPGでいう魔方陣?

 それがすごくキレイに目に映る。


 まわりを見回しても、それ以外の情報は見当たらなかった。鉄格子の先にも石の壁が続いているような感じがする。

 私は最後に自分の姿を見下ろして、一番大切な事に気付いてしまった。

「お尻が冷たい……。お腹えるじゃん!」

 私は慌てて、正座をしてお尻を守る。

(女性に冷えは、大敵なのにっ! 誰よ! ここに閉じ込めた人っ!!)

 私は石の床にじかに座ってる上、肌触りも何だかごわごわの、薄い七分丈しちぶたけのワンピースしか着ていなかった。


(……あれ?)

 私は目線だけ上を向いて首をかしげた。


(……私今まで何着てたっけ? パジャマ?  制服? ……あれ??)

 さぁ、と血の気が引いていくのが頭の中から聞こえるようだった。

(私の服、脱がせたの、誰?)


 でもその前に、自分ではない自分がいる。

 あまりにも常識からかけ離れすぎて、自分の意識がおいてけぼりをくらっている。

 (一体、……何が起きてるの??)


 ぐるぐると、疑問と不安だけが頭のなかを駆け巡る。

 人って、理解が出来ないことが起きると、考えるのを止めるようだ。

 私も例外無く、頭が真っ白になっていった。

「……夢か、白昼夢か、数学の授業中かのどれかでしょ!」

 と明るく声に出して必死で自分を納得させるが、ますます心臓が痛いほどに脈打っていた。

(深呼吸! あれ!? ひっひっふーだっけ!?)

 と、パニックながらも息を吸いかけたその時。

 すぐ近くで金属で出来た様な重い扉の開く音がして、思わずびくっと体が硬直した。反響してわかりにくいけれど、足音からして数人がこっちに来るみたいだった。

 心臓が、跳ねまくるのが止まらない。

 とめどない不安が、また私を支配する。

 私はそちらの方角に目をすがめて、注意と警戒を持って見つめる。



 けれども全ての不安は、一瞬にして吹き飛んでいった。

 目に入った瞬間に、全ての時刻ときが止まったような錯覚さっかくに落とされる。

 息が詰まりそうな、不思議な感覚。

 その人だけ、輪郭りんかくがはっきりと見えた気がして私は大きく目を見開いていた。


 静かな深海に漂う様な印象で、笑みの一つもない裁判官みたいな黒いマントを着たその青年。その人の、目付きの悪い瞳に私は一瞬でとらわれてしまった。


(なんて、何て綺麗なあお)


 深い海を想わせるラピスラズリ

 暗くても、その瞳に宿る光が私を射抜いて息が出来ない。

 青に近い黒髪が、束ねられた背中で獣の尾のようにたなびく。誇り高いウルフのようでそれでいて、どこか優雅で詩的な雰囲気ふんいき

 呆然とその目の美しさに見とれていると、その人が私に話しかけてきた。


「×××××××××? ×××××××」


「………?」

 私は彼がはっしたその音に、眉根を寄せて首をかしげてみせた。


 耳に入ってきたのは異国の言葉?

(何とも都合の悪い夢ね。だけどこの人の声、凄く心地が良い低音テノール

 でもこの人は私の戸惑いなんかお構いなしで、さも興味なさげに私から視線を外す。

 蛍の光を指でなぞると彼の指先が優雅に動いて、光は消えて鉄格子の鍵までも開いた音が辺りに小さく響いていた。

(なにそれ! そこだけご都合主義なの!?)

 私は口をポカンと開けて、ビックリして固まった。そんな私を彼の後ろにひかえていた、固そうな服? を着た兵士の様な人達が、私を吊るしていた鎖を外した。青い目の青年を先頭に私を乱暴に引っ張って、どこかへ連れていくらしい。


「あのー、……どこ行くの?」

 ますます不安要素しか感じない展開に、思わず前を歩く青年の背中に話しかける。しかしその青年は振り向きもせず、不機嫌な声が何かを返してくるのが聞こえた。

(今のは雰囲気でわかった気がする。きっと『話しかけるな』ね)

 私はなんだかムッとする。また、あの綺麗な目が見れると思ったのに。


 両手が自由にならないから、思いっきり背中に頭突きしようとふんぞりかえったら、後ろから両手を押さえていた兵士に思いっきり引っ張り返されて、にらまれちゃった。

 私はシュンと首を引っ込めて、大人しく付いていくしかなかった。




 私がいたのは地下室らしく、階段を上がった矢先に鋭い光が目を襲う。

 思わず目を細めて立ち止まっていると、時間の経過と共に、だんだんと目も光に慣れてくる。


 私は目を一杯に見開いて、辺りをぐるりと見渡した。

 そこには、別世界が広がっていたから。


「うわぁ……!」

 自分の頬が感動に、ぽかぽかしてくるのを感じた。

 それ以上の言葉は、この景色には不要ね。


 窓枠には色とりどりの咲き乱れている花。

 ガラスは入ってないみたいで、見たこともないカラフルな鳥達が、自由気ままに私の頭の上を飛んでいく。とても気持ちが良さそうだ。

 廊下に敷かれていたのはフカフカの緑の絨毯じゅうたんかと思ったら、なんと本物の芝生が生えてる。 

 歩き始めて気づいたけれど、私は裸足はだしだったのね。足の裏の感触が、気持ちがよくてクセになりそうだった。

 所々に見たことも無い動物も寝そべっている。犬と猫を足した感じで、ふわふわの毛長で可愛い。

 (こんな豪華で素敵な廊下、見たことも聞いたことも無い! まるでお伽噺とぎばなしの中に入ったみたい!)

 私はこんな状態だけども、何だか楽しくなってしまう。にこにこと笑いながら、草の感触を足裏で存分に楽しみながら進んでいった。




 その長い長い廊下を歩いて、やっとたどり着いた先は、大広間。


 ただ、ここの窓には薄いがあって、揺れるたびに光も動く。

 その不思議な光を目で追って高い天井をあおぎ見ると、その水面に反射した太陽の光がキラキラと舞っているのが見えた。

 思わず本音がほろりともれた。

「すごい……ここに住みたい」


 青い目の青年が一人、前に進み出て、ひときわ立派な中央の椅子に座るおじさんの前で片膝をつき頭を垂れる。

(ナイスミドル、という言葉はこういう人に使うのかなぁ)

 私もその人に目を向けた。


 その人は落ち着いた灰色の髪の毛を後ろに撫で付け威風堂々いふうどうどう、その青年の敬意を笑顔で受け入れていた。

 立派な椅子に負けないくらいの、立派な衣装がよく似合う。

 組んで座る足の上の、組んだ指には繊細な指輪が光っていた。


 華やかで、優雅で上品。

 その言葉が、このおじさんにはぴったりだった。


 視線を青い目の青年に戻すと、彼は何かを言っていた。

 見えるのは広い背中だけだけど、彼の姿は映画でよく観る西洋式の忠誠のポーズ。

 ただ違うのは、両手も床にそろえてついている所。

(……生で見ると結構カッコいいかも)

 私はその姿に惹かれて上半身を、彼の正面が見えないかな? と前に傾けた。

 そのとたん、視界が一気に床一面の緑になっていた。

「うぇっ」


 目の前では、初めて見る光景ばかりが広がっている。それをポカンと見ていたら、後ろの兵士におもいっきり頭を床に押さえつけられ、おでこを打っていたからだ。


(……ん? 今痛くなかった? 夢なのに??)


 その体制のまま、私はそんなことを考えていた。

 横目で辺りを見ると、みーちゃんの足がトコトコ横切って隣にちょこんと座ってくれるのが見える。

 尻尾がパシパシと優しく、後頭部を打つ。


「サフィーナ? ××××××」

(あ、誰だろ? 結構良い声してるなぁ)

 床しか見えない中、深みのある柔らかなバリトンが空気を伝って耳に届く。

 言葉はわかんないけど、責められているような色は無い。


 次にはパッと、頭を押さえていた手が離れるのを感じる。私はおそるおそる顔を上げて、辺りを見渡す事にした。


 私の左右に立ち並ぶ人達はなんだか皆して怖い顔して、一様にこっちをにらんでいた。

 豪華な見た目の人達は唾を飛ばして怒鳴ってるし、軍人みたいな感じの人は腕を組んで無言の圧。その中で小さいおじーちゃんズ3人はニコニコして座りながら私を見てる。実はそれが一番恐い。

(でもなんで責められてるんだろう? 言っている事がわからないから、答えようもないけれど)

 私は首をかしげて、困った表情を作ってみせた。

 すると、じっと聞いていたおじさんが右手を上げてまわりに合図を送る。


 静けさが、一瞬でおとずれる。


 私は期待をもってその人を見つめるけれど、出てきたのは裏切りの音だった。


「×××××××? ××××××」

「だから、言葉がわからないんだってば!」


 この場の空気から、早く離れてどこかへ行きたい!

 そんな気持ちからか思い切ってそう言ってみると、周りがにわかに騒ぎ出す。王様っぽい人も片眉上げておや? って顔を返してくる。

 どうやら私の言葉も向こうに伝わって無いみたいだった。

 ほっとするやら、落胆するやら。

 しかしそこで、ふと心に引っ掛かるものを感じた。

(……あれ? でもさっき、目の前の男の人には……)

 私はその違和感をたどるため、その人の後ろ姿をじっと見ている。すると隣にちょこんと座っていたみーちゃんが、膝に乗っかり体を伸ばして口にチュー。

 一瞬だけみーちゃんの目が光ったような気がしたけれど、口へのチューで私の不安が溶けていく方に気を取られてしまった。

 私はみーちゃんの額に、自分の額をこすり付けて笑った。


「みーちゃんだけだよー。私の味方」

「貴様の味方なぞ誰一人らぬわ!! 」


 豪華な洋服のおじさんの一人がそう叫ぶ。叫んでから、通じることに私と共にビックリしてる。

「通じてる……よねっ!?」

(静かなうちがチャンスかも!!)

 みーちゃんを抱っこしながら、早速さっそくおじさんに向かって話しかけてみる。

 いつまで通じる状態が続くのかもわからないんだもの、善は急げだ!


「ごめんなさい! 何て言ったのか全然わかんないので、もう一回お願いします!!」


 その言葉に私の前でひざまずく青い目の青年が、肩越しに物凄くにらんでくる。訳もわからず負けずににらみかえすと、目の前のおじさんが、面白がる様な声で語りかけてきた。


。これからお前を処刑する。よいな?」

 そんな不穏な言葉を前に、私は肩を弾ませビックリする。

「処刑っ!? よくない! 私はッ……」

 暗い響きに、思わず言葉が詰まってしまう。

 目の前にゆったりと座り右手で頬杖を付いて、笑みを浮かべるおじさんを見上げた。

 右目を黒い眼帯でおおうその人の左目は、優しさの青に満ちていた。


 この人は、信用出来る。

 私の直感がそう告げる。


 私は緊張で声がかすれないように、つばを飲み込み、目を閉じる。

(出来ることからコツコツと!)

 私は意を決して目を開けるとおじさんを真っ正面からとらえて、声を張り上げ、宣言していた。


「アダンテじゃない! 百合恵です! 西村にしむら百合恵ゆりえ。16才、高2です! 弟の元に、帰りたいんですけど!」






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