激動の夜③


 ガリオンは驚愕した。その原因はガリオンの前に立つ二人の少女だ。

 ポニーテールの少女ルカナ。外見に無頓着なのか、ボサボサな髪の少女ンカナ。

 双子なのだろうか、漆黒の髪に褐色の肌、恐ろしく整った顔は瓜二つで、何より特徴的なのは瞳の色だった。

 

 その瞳の色を見たガリオンは自分の人生を振り返る。

 今まで出会った人の中であんな瞳の色は見たことが無い。もし出会っていたら忘れはしないだろう。

 双子の瞳は紅いのだ。まるで守護者の瞳のように。

 

 「貴様ら、その瞳の色はまるで──」

 「守護者みたいだって言うんでしょ? 分かる! 分かるよオジサン!」

 

 ガリオンの言葉をルカナが笑顔で引き継ぐ。

 

 「同じやり取り何度もあった。マジでダルい」

 

 ンカナが気怠げに言う。ンカナが言うように、何度も何度も言われてきたのだろう。

 その色が生来のものだったとしたら、この双子は今までどういう人生を送ってきたのだろうか。

 恐らく、人の群れに馴染むことは難しいのではないかとガリオンは思った。

 

 守護者の瞳の色は人類に本能的な恐怖を与えるのだ。戦う意志が無ければ、普通の人は簡単に心が折れてしまう。

 

 「私達のことはいいからさ、遊ぼうよオジサン」

 「無駄な抵抗はするな。本当に無駄だから」

 

 次の瞬間、双子から尋常では無い魔力を感じた。ガリオンは目を剥く。

 

 「魔力を隠していた!? 一体どうやって──」

 

 疑問の言葉は最後まで紡がれることは無く、ガリオンの身体はいつの間にか弾き飛ばされていた。

 兵士達がカードゲームをしたり、酒を飲んだりと思い思いの時間を過ごしていたテーブルが、ガリオンの身体により壊される。

 

 「──ッ!」

 

 声にならない悲鳴がガリオンから漏れる。何が起こったのかさっぱり分からなかった。

 

 「あー! ンカナ、抜け駆け禁止だよ!」

 「ルカナうるさい。黙れバカ姉。喋るなアホ。ボケ女」

 「言い過ぎじゃない!?」

 

 双子が何やら言い合っている間にガリオンは起き上がる。腹部がズキズキと痛む。

 見ると信じられないことに、鎧にヒビが入っていた。しかし双子は武器らしき物を持っていない。

 

 「な、何が起こったのだ」

 

 ガリオンが起き上がったのに気付く双子。ガリオンが腹部を気にしているのを見てンカナが言う。

 

 「何って別にただ殴っただけ。見えなかったの? 雑魚すぎ」

 「顔を殴られなくて良かったねオジサン!」

 「殴っただけだと? とんでもない馬鹿力である」

 

 そう言ってガリオンは左手に盾を、右手に槍を構える。素手でこの場を制圧するつもりだったのだが、双子達の未知の力を目の当たりにしてそうもいかなくなった。

 間違いなく強敵。しかも相手は二人だ。

 

 リーシュによって壊されかけた盾を見て双子が首を傾げる。

 

 「オジサンの盾、ヒビだらけじゃん! 貧乏なの?」

 「そんなので勝てると思ってる? 頭おかしい」

 「勝てるかどうかなど関係ない。貴様らがいかに強敵であろうと、悪が相手ならば戦うのみであるッ!」

 

 ルカナは笑い、ンカナは無表情でガリオンを見る。そんな双子にガリオンは槍を向け吼えた。

 

 「うおおおおおおおお!」

 

 槍と盾を前面に押し出しての突撃。標的は先程ガリオンを攻撃したンカナだ。

 槍の間合いに入ると肩を目掛けて素早く突く。関節部分にある鎧の隙間を狙うためだ。

 

 「遅すぎ」

 

 しかしガリオンの槍をンカナは最小限の動きで躱す。最小限すぎて一歩間違えれば槍の一撃を受けていただろう。

 だがンカナには自信があるのだ。絶対に当たらない自信が。

 空振った槍を素早く引き、もう一度突く。ンカナはまた最小限の動きで躱すと、今度は拳が届く距離に踏み込んだ。

 

 だが踏み込んだ先は盾の目の前。普通ならガリオンの大盾を前に素手ではどうすることも出来ない。

 しかしンカナは普通じゃないのだ。それはガリオンの鎧が証明している。

 

 ガリオンが盾に全神経を傾け防御姿勢をとる。しかし──

 

 「無駄な抵抗はするなって言ったじゃん」

 「──ぐッ!」

 

 ンカナの拳が炸裂した。防御姿勢をとった時に少し盾を動かした影響か、盾の中心部から随分と離れた場所にンカナの拳は着弾したがその衝撃は凄まじく、盾を持つ左手が痺れる。

 ガリオンが思わず後退りして盾を見ると、なんと盾の一部が欠けていた。

 

 「某の盾を素手で……普通じゃないのである」

 

 ガリオンの呟きに、ルカナが自慢げに答える。

 

 「オジサンみたいに少なーい魔力だと分からないかもね! ただの馬鹿力じゃないんだよ! あのねぇ──」

 「ルカナ、余計な事を言うな。黙れバカ姉。金輪際口を開くな」

 「えー? でも立派なレディなのに馬鹿力と思われるのは複雑じゃない?」

 「敵にヒントを与えてどうすんの。マジでアホすぎ。どうかしてる。救いようがないバカ」

 「だーかーらー! 言い過ぎだと思うなあ!」

 

 再び起こった双子の言い争いに、遠巻きに見ていたザジュが口を挟む。

 

 「何をやっている……早く終わらせろ」

 

 すると言い争っていた双子が同時にザジュを見る。その表情は感情を読み取れないほどの無であった。

 

 「隊長サン、私達が何でも言うことを聞くと思ったら大間違いだよ?」

 「目障り。あまり調子に乗るな」

 

 双子の言葉にザジュは舌打ちをして「……好きにしろ」と言うと黙り込んだ。

 ルカナは満足げに、ンカナは気怠くガリオンに向き直る。見ていたガリオンが疑問を口にした。

 

 「ザジュとは一体どういう関係だ。貴様らなど、この詰所で見たことがないのである」

 「オジサンが知らないのは当然だよー? 仲間外れにされてたんだからさ! 可哀想なオジサン……可哀想だから私が遊んであげるね?」

 「ルカナは引っ込んでろ。もう終わらせる」

 「あ! ズルいよンカナ!」

 

 言葉通り、ンカナは一瞬でガリオンに近づくと再び盾に拳を叩きつける。元々ひび割れていた盾に更に亀裂が走った。

 拳の勢いが死んでも、ンカナは何故か盾に拳をくっつけたまま離れない。

 その隙にガリオンはンカナを押し返し距離を取ると、勢いをつけて突っ込む。

 

 リーシュを吹き飛ばした技、シールドチャージである。リーシュは衝撃を逃がす為に自ら後ろに跳んで、シールドチャージの威力を落とすことに成功していた。

 しかし何故か動きを止めていたンカナはそれを真正面から受けた。

 

 完璧に決まったというのにガリオンの顔が歪んだ。

 

 「重すぎるのであるッ……!」

 

 シールドチャージを受けたンカナは、その場を一歩も動かなかった。逆にガリオンが弾かれてしまう。

 

 「……ダルい。力加減が分からない」

 

 ンカナが呟く。ダメージは全く無さそうだ。

 

 「抵抗するなって言ってるじゃん。手加減するのも面倒くさいんだけど……」

 「私が変わるってば!」

 「却下」

 

 ルカナの要求を即答で却下したンカナは拳を握り、三度ガリオンに迫った。

 ガリオンはボロボロの盾を構える。盾で受けきれるとは思えないが、そうするしかないのだ。

 

 しかしンカナの拳がガリオンに届くことは無かった。ンカナの背後からまさかの攻撃。

 無防備な背中を蹴られたンカナは派手に転んだ。ガリオンはあ然とする。

 ンカナの背中を蹴ったのはルカナだった。

 

 転がったンカナを見てルカナはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 

 「ごめんねー! 足が滑っちゃってえ……ルカナちゃんって可愛いドジっ子だからさ? わざとじゃないんだよ? わざとじゃ……ぷぷっ」

 「なにがルカナちゃんだ……この……!」

 「ぷぷっ……あははははは! 何その転げ方! ちょっと背中を蹴られただけでコロコローって! 面白すぎ!」

 

 腹を抱えて笑うルカナを忌々しげに睨むンカナ。睨まれてもルカナはニヤニヤと笑うばかりだ。

 背中を蹴ったことを悪いとは全く思っていないようだ。

 

 「あはははははは! はあ……笑った笑った。ンカナが譲ってくれないのが悪いんだよ?」

 「ふざけるなバカ。クソっ! 野蛮人キックのせいで背中がズキズキする」

 「何が野蛮人キックよ! はあ……もう良いよ! このオジサンはンカナに譲ってあげる。私、面白そうなの見つけちゃった!」

 

 そう言ってルカナはガリオンが引きずってきた男たちに目を向けた。

 

 「その道のプロである私が見たら分かっちゃうんだけどさー」

 

 ルカナは男たち近づくと、縛っている縄をツンツンと突く。

 

 「縛り方が違う人が居るなーって思ったんだよねえ。これオジサン一人で捕まえたの?」

 「当然である」

 「あはははははは! はい! 嘘ですよねー!」

 

 食い気味に言ってルカナは無邪気に笑った。無邪気に笑うのが逆に恐ろしさを醸し出している。

 

 「オジサン甘いなー! あまあまだよ?」

 「あまあまでは無いのである!」

 「あまあまであるよ!」

 

 ルカナは腰に手を当て、胸を張ってガリオンに張り合った。ンカナが苛立ちを隠さず言う。

 

 「ルカナ、言いたいことがあるなら早く言え」

 

 ルカナが大きくため息をついた。半目でンカナを睨む。

 

 「せっかちだなー! 分かった分かった!」

 

 スキンヘッドの頭をペチペチと叩きながらルカナは得意気に語る。

 

 「このハゲた人と、その他の人……どうも別の人が倒してるみたいなんだよねえ。ルカナちゃん、その道のプロだから傷の付き方とか見たら分かっちゃうんだよ? いやいや、超絶有能美少女でゴメンね?」

 「馬鹿なことを……傷なんぞで分かるはずがないのである」

 「だーかーらー! 分かっちゃうんだってば! オジサンと一緒に戦った人どこに居るのかなあ?」

 「そんな人は居ないのである」

 「居るんだよねえ……? 大丈夫大丈夫! どこに居るのかなあとは言ったけど分かってるからさ! 裏町のあの家なんでしょ?」

 「…………」

 

 無言のガリオンを見てルカナは明るく言う。

 

 「オジサンはンカナと遊んでていいよ? 譲ってくれそうにないからさ! 私は──」

 「行かせぬッ!」

 

 ガリオンが槍をルカナに向けて投げるが、当然当たるわけもない。ガリオンはすぐ様ルカナにシールドチャージをかける。だが──

 

 「──ンカナ!」

 「うるさい」

 

 ンカナがガリオンを蹴った。蹴られたガリオンは数歩たたらを踏み舌打ちをする。

 しかし諦めず再びルカナを狙うが──

 

 「諦めろバカ」

 「ぬうッ!」

 

 ンカナが進路に立ち塞がる。ンカナの背後ではルカナが無邪気に手を振っていた。

 

 「じゃあねーオジサン! 私、オジサンのお仲間で遊んでくるからここでごゆっくり!」

 

 そう言い残してルカナは詰所を去った。

 

 「(くそっ! 大剣使い……! 子供たちを頼む!)」

 

 リーシュに子供たちを守る義理は無いだろう。強引に話をつけてあの家を飛び出したが、冷静に考えたらリーシュがあの家に残るという保証は無いのだ。

 だがガリオンは祈るしか出来ない。自分の力不足で怪物を一人向かわせてしまったのは承知している。

 リーシュに尻拭いをさせてしまう形になってしまう事を心の内で詫びた。

 

 「チッ! ルカナのバカ、負けちまえ」

 

 今はこの目の前の少女になんとか打ち勝たねばならない。

 盾を握る左手に力をこめる。ガリオンの戦意溢れる視線と、ンカナの気怠げな視線が静かにぶつかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る