激動の夜②


 法刃隊の詰所は、ガリオンの放つ尋常では無い怒気に空気が支配されていた。

 ガリオンに相対するは五人の兵士。剣の柄に手を置いてはいるが、ガリオンと渡りあえるほどの使い手ではない。

 それどころか田舎の法刃隊らしく剣の腕は並以下の兵士ばかりだ。

 

 兵士達は自分達が落ちこぼれだと理解している。ガリオンには勝てないというのも理解している。

 だからこそこの場は穏便に乗り切りたいところだったが、どうもガリオンは既に昂ぶった戦意を抑える気は無いらしい。

 

 状況を真っ先に理解して隊長を呼ぼうと行動に移していた飲酒兵士は、五人の中では最年長の兵士だ。最年長らしく一番冷静だった。

 この場は自分達だけでは乗り切れないと判断し、ガリオンの怒声に硬直してしまい止めていた足を再び動かす。

 が、その必要は無かった。ガリオンの怒声を聞いて、カリマ法刃隊の隊長ザジュが姿を現したのだ。

 

 法刃隊の標準装備であるシンプルな鉄の鎧に、隊長の証である黒いマント。兜は外しており、とても目つきの悪い壮年の顔を晒している。

 背後には部下を二人引き連れていた。

 

 ザジュはガリオンを見て、ガリオンの背後に転がる縛られた男達を見る。

 状況を理解したのか深いため息をつき、口を開く。

 

 「ガリオン、貴様何をしている」

 「人攫いのアジトを見つけた故、犯人達を捕らえてまいったのです」

 「ほう……それはご苦労だったな。だが私は捜査の指示など出していないはずだが?」

 「偶然出くわしたのです」

 

 ガリオンが人攫い事件を追っていたのは間違いないが、犯人を見つけたのは確かに偶然だ。

 リーシュが吹っ飛んだ先が偶然潜伏場所だったのだ。犯人達からすればそんな偶然あってたまるかと思いたくなるだろう。

 だがそんな偶然が起きてしまった。起きていなければ今頃は静かな夜を迎えていたはずだ。

 

 「偶然だと? まあいい……その男達は私が預かろう」

 「隊長自ら預かると? ここに異動して数年、某は隊長が罪人を預かっているところを見たことがありませぬ」

 「……何が言いたい」

 「はあ……」

 

 ガリオンは呆れたように息を吐く。そして再び口を開いた時、その口調は最早上官に対して使うものでは無かった。

 

 「某が何を言いたいかなど分かっているはず。隊長……いや、ザジュ! 法刃隊にあるまじき所業、絶対に許すことは出来ないのであるッ!」

 「ガリオン、口のきき方に気を付けろ。法刃隊にあるまじき所業? 一体何のことか分からんな」

 「民を守るべき法刃隊が悪事に加担するなど……!」

 「悪事に加担だと?」

 「被害者の少年から聞いたのであるッ──」

 

 

 ☆

 

 

 ──マルコから突然睨みつけられたガリオンは、理由も分からず戸惑い首を傾げるしか無かった。

 リーシュやルファと会話していた時とは別人のような視線。涙を流していたせいか、目は赤く充血している。

 リーシュとアイシャに続き、ルファも退室した途端にこれだ。ガリオンが戸惑うのも無理はない。

 

 少し前までは詰所で預かることを拒否されて、ガリオンが困った様子を見せると申し訳なさそうにしていたというのに、突然の豹変ぶりである。

 戸惑うガリオンをよそに、マルコが苛立ちを隠そうともせず言う。

 

 「なにが、なにが法刃隊だ! お前達なんて最低だ!」

 「確かにお世辞にも真面目な部隊では無いが……い、いったいどうしたのであるか」

 

 マルコの唐突な罵倒に戸惑いはより深まる。言った通り真面目な部隊では無いのは確かだが、こうやって真っ向から罵倒される事など滅多にない。

 他の兵士とは違い、信念を持って志願入隊したガリオンはとにかく真面目に働くし、民とも真摯に向き合う。

 だからこうやって罵倒を受けることが少なかったのだ。

 

 「いいですよもう! どうせ帰る場所なんて無いんです」

 「な、なにを言って──」

 「惚けないで下さい! ミル=ナジェールに行くんでしょう? 連れていけば良いじゃないですか!」

 「待て! 分からぬ……分からないのである。とにかく某は少年を何処へも連れて行かぬ。無理に詰所へ連れて行くつもりも無い」

 「は? 貴方まさか本当に何も知らないんですか……?」

 

 ガリオンの様子に今度はマルコが戸惑う番だった。今のマルコにとって法刃隊は皆、自分を売ろうとしている連中の共犯者という認識なのだ。

 有名人であるガリオンも例外ではない。商売の手伝いをしていれば、人当たりがいい事で有名な商人が裏では客をボロクソに言っているという話を聞くのも珍しくないのだ。

 ガリオンも表向きは真面目かもしれないが、裏の顔があっても不思議ではない。

 

 しかしガリオンは戸惑うばかりでその場を動こうともしない。

 

 「どういう事ですか……」

 「それはこっちのセリフである。突然なんだというのだ」

 「本当に僕達を助けただけなんですか?」

 「見つけたのは偶然だが、監禁されている子供が居れば助けるのは当然である」

 「……僕達は既に目をつけられているんです。今ここで助かっても、どうせ後でまた捕まるに決まってる。だからもういいんです……諦めてますから」

 「話が見えないのである。何かに追われているなら某がなんとかするから説明してほしいのである」

 「なんとか出来るわけが無いじゃないですか」

 「なんとかするのである。王国の子等を守るのも法刃隊の──いや、某の役目。とにかく! 話すだけなら損は無いはずである……さあ!」

 「損は無い……?」

 

 狙って言ったわけじゃないが、ガリオンの言葉はマルコの琴線に触れたらしい。

 まだまだ幼いとはいえ、商売の手伝いをしていたからか損得に敏感なようだ。

 

 「話すだけなら……でも……」

 「でも?」

 「いや、何でもありません。もう諦めましたから」

 「むう?」

 

 数秒時間をおいて、顔を俯かせて語り始める。

 

 「貴方なら分かるはずです。この部屋に監禁されていた僕達全員がそれなりに魔力を持っていることが」

 「うむ、それは気付いているのである」

 「僕達は……僕達はッ! 僕は……!」

 

 悲痛な叫びだった。マルコの瞳から落ちた雫が冷たい床を静かに濡らしていく。

 

 「売られたんです! 家族に! お金と替えられたんです! 商品にされたんですよ!」

 「う、売られた? 一体どこに……いや待て! リカルドは少年の父親なのだろう? 売ったというなら何故法刃隊に来たのだ!?」

 「嘘ですよそんなの! 僕を探してほしいなんて思ってないはずですし、法刃隊が動くこともあり得ないと最初から分かっていたはずです」

 「ど、どういうことであるか」

 「父さんと法刃隊は手を組んでます。法刃隊は僕達がこの家に監禁されていることを最初から知っていたはずです。父さんが法刃隊に僕の捜索を頼んだのは噂作りのためですよ」

 「法刃隊と手を組んでいる? 最初から知っていた? 噂作り?」

 「実際噂になっているんですよね? 父さんが法刃隊に必死になって訴えてたって……それで貴方は父さんが僕を売ったと思いましたか?」

 「思うわけが無いのである」

 「ですよね。僕がそれなりに魔力を持っていることを知っている人はそこそこ居ます。そんな僕を連れて出かけた父さんが僕無しで帰ってきたら……売ったとまでは思われないかもしれませんが、何らかのトラブルに巻き込まれたのではないかと思う人も出てくるでしょう。魔力持ちは価値がありますから」

 「…………」

 「厄介事の匂いがする商人に客は寄つきません。だから、噂を作るんです。動かないと分かっている法刃隊に僕を探してくれと訴えるだけで、僕を売った商人が、僕を攫われて、訴えても聞き入れて貰えなかった可哀想な父親に早変わりです。厄介事の匂いがする商人と可哀想な商人、どちらが商売しやすいか……考えなくても分かりますよね?」

 

 まさかそんな事でリカルドは法刃隊に来たというのか。ガリオンは理解できなかった。

 実の息子を売ったというのも到底信じられることでは無いが、保身の為にそのような行動を取るなど信じられない。

 だが実際効果はあったのだろう。ガリオンが人攫い事件の聞き込みをしている時、町の人はリカルドに同情的だった。

 

 それに黒幕がわざわざ法刃隊へ自らの罪を暴露しに来るなんて思わない。

 法刃隊が動かないと分かっていたからこそだろうが、無駄に度胸のある男だ。

 法刃隊は法刃隊で、元々信用などされていない部隊なので、リカルドを追い返して悪評が広まろうが痛くも痒くも無い。

 

 「取り敢えずリカルドの行動理由は分かった。分かったことにしておく。それで、その……法刃隊と手を組んでいるとはどういうことであるか」

 「分からないんですか? 今回の件、法刃隊主導で行われているんですよ。ザジュと呼ばれている男が、この家に堂々と現れていました。法刃隊の隊長の名前ですよね」

 「隊長が……!」

 「僕達をミル=ナジェールに運ぶ。そこでサビュロイ様の役に立てと言われました」

 「さびゅろい?」

 「僕も知りません。ただ、法刃隊はその人の指示を受けて動いているみたいです」

 「隊長以外もであるか」

 「部下らしき人を連れていましたよ」

 

 妙ではあったのだ。いくら虚言が続いていたからと言ってリカルドを問答無用で追い返すなど。

 ガリオン以外の兵士達は黙ってザジュの指示に従い、強引にリカルドを追い出した。

 それに少し引っかかったガリオンはザジュにこれで良かったのかと聞いたが、他の兵士は疑問も挟まず、その後詰所内でリカルドの話題が出ることも無かった。

 

 「(なんということだ……民を守るべき法刃隊が、まさかこんな……!)」

 

 拳を固く握りしめるガリオン。気付けば足が動いていた。

 リーシュ達の声を頼りに家の中を探すと、アイシャが自らの境遇を話しているところだった。

 それを聞いてガリオンは、アイシャやマルコをリーシュに守らせて自分はザジュと話をしに行こうと決める。

 

 アルケディシア教徒を信用するのは不安が残るが、今は法刃隊に対する不信感の方が圧倒的に強かった。

 強引に話をつけて、リーシュに何か言われる前に直ぐ家を出る。

 

 『なにが、なにが法刃隊だ! お前達なんて最低だ!』

 

 道中、マルコの言葉が脳内で何度も再生される。そしてそれはガリオンから冷静さを奪っていく。

 

 「(ジェシカ……某は絶対に許せないのである。人の命を蔑ろにする理不尽な悪意を絶対に許せないのである。故に──)」

 

  ──例え法刃隊全てを敵に回そうとも、正義を貫いてみせる!

 

 そしてガリオンは覚悟を決めてザジュの前に立つ。自らの罪を償わせる為に。

 

 

 ☆

 

 

 ガリオンがマルコから聞いた話をザジュに言うと、ザジュは嗤った。すると、ザジュの背後に控えていた二人の兵士が前に出る。

 兜のせいで顔が見えないが、兵士としては随分と小柄に見える。ガリオンは警戒するが、兵士二人は隙だらけだ。

 

 「隊長サン? こいつ始末しちゃう?」

 「隊長さん。兜、息苦しいんだけど」

 

 随分と高い声だった。兵士二人はザジュの方をちらりと見る。

 

 「始末はするな。こいつを人攫い事件の真犯人として使わせてもらう……まあ、多少痛めつけるくらいは構わん」

 「やったね! ねえオジサン……すぐに壊れないで私達と遊んでね?」

 「面倒だから早く終わらせる」


 そう言って兵士二人は兜を取る。ガリオンは驚いた。

 兵士はルファより少し若く見える少女で、瓜二つの顔をしていた。

 一方は髪をポニーテールにしており、もう一人は適当に伸ばしているのかボサボサの髪だった。

 

 二人とも漆黒の髪色で、肌も褐色だ。

 恐ろしさを感じるほど整っている顔も目立つが、何より目を引くところが一つある。

 

 「ンカナ、面倒とか言わないで遊ぼうよぅ!」

 「ルカナ、私は遊ぶのが嫌いだ。早く寝たい」

 

 そう言ってガリオンと向き合う二人の瞳は、不気味な程に輝いていた。

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