激動の夜①


 カリマの町のメインストリートに、スキンヘッドとその子分達、それとリカルドの店で働く従業員を縛ったまま引きずっているガリオンの姿があった。

 もう夜になるとはいえ、メインストリートには疎らにではあるがまだ町の人々の姿がある。

 そんな中に手足を縛られた男達を引きずる大男が居れば当然目立つ。

 

 ガリオンの馬鹿力も目立つし、意識を失っていたスキンヘッド達は目を覚まして悲鳴をあげているので、町の人々の視線は自然とそちらに動いて皆苦笑いしていた。

 この町ではガリオンは有名人だ。アルケディシア教が絡むと王国人の悪癖が出るガリオンだが、普段は正義感が強く真面目な武人である為『法刃隊唯一の良心』とまで言われている。

 そのガリオンがこんなに雑に人を運んで(?)いるのだ。余程の悪事を働いた者達なのだろうと皆が思った。

 

 注目を集めているガリオンは内心穏やかでは無かった。

 それは町の人々の視線を意識しての事では無い。裏町で会ったアルケディシア教徒とやたらと腕の立つ剣士が原因でも無い。

 虚言だと思われていた人攫い事件が本当に起こっていた事。その事件に関わっている可能性がある人物の事がガリオンの心をかき乱している。

 

 今のガリオンには人々の視線も、スキンヘッド達の悲鳴も届かない。

 裏町のあの家で監禁されていた少年マルコ。リーシュ達が退室して、部屋に居る大人がガリオンだけになった時、マルコはガリオンを憎々しげに睨みつけた。

 

 いきなり負の感情を向けられ戸惑うガリオンにマルコが言った言葉。その言葉がガリオンの脳内で何度も再生され、冷静な判断力を奪う。

 かつて理不尽な悪に最愛の人を奪われたガリオン。その時に芽生えた悪を憎む感情と燃え上がる正義感は、彼の長所でもあり、致命的な短所でもあるのだ。

 

 「(もしマルコの言が本当ならば某は……!)」

 

 歩く速度が自然と上がり、同時に引きずられている者達の悲鳴も一層大きくメインストリートに響いた。

 

 

 ☆

 

 

 治安部隊である法刃隊の詰所は、当然一日中明かりが灯っている。

 深夜になると少なくなるが、それでも最低五人くらいは兵士が詰めており、カリマの治安を守っているのだ。

 とは言ってもその勤務態度は決して良くはない。机に突っ伏して居眠りしている者も居れば、コインやカードを使って賭け事に興じる者、酒を飲んでいる者まで居る。

 

 町の住人も法刃隊の不真面目さは当然知っている。知っているが表立って文句を言う人は殆ど居ない。

 法刃隊と言えば不真面目、不真面目と言えば法刃隊というのが王国に住む人々の常識なのだ。

 何故法刃隊がそんな部隊になったのか。これには東方アリウォンス王国と星の守護者の歴史が関係している。

 

 ナーカル大陸東の雄、東方アリウォンス王国は広大な国土を持つ大国だ。

 その国の治安を維持すべく創設された法刃隊は当初腕の立つ者も多く、その役割から民からの人気も高かった。

 平穏な日常を守ってくれる部隊なのだ。尊敬されるのは自然の事であった。

 

 しかしこの星エテルノに潜む驚異は、法刃隊が取り締まる犯罪だけでは無い。

 それは犯罪者程度とは比べ物にならない驚異。人類の絶対的な敵『星の守護者』である。

 守護者には話も道理も通じない。ただ破壊を撒き散らし、一通り暴れた後は何事も無かったかのように消えていく災厄だ。

 

 法刃隊ができた当時の東方アリウォンスは、周辺諸国に比べると守護者の被害が極端に少なかった。

 守護者の被害が少なかったのも、王国民のアルケディシア教離れに一役買っているのだがそれはまた別の話だ。

 被害が少ないというのは王国が守護者を討伐しているからでは無く、単純に守護者の出現自体が極端に少なかった。

 

 だからこそ法刃隊が輝いた。知らぬ守護者より、身近に潜む悪人こそが王国民の平穏を乱す存在だったからだ。

 そんな王国民を嘲笑うかのように守護者は突然牙をむいた。始まりは王国西の国境から砂漠を超えた地、ラズバリヨン聖教国領だ。

 現在は東方アリウォンスの属国ラズバリヨン公国となっているが、当時はアルケディシア教を国教とする小さな国で、東方アリウォンスとの仲は良くも悪くも無い国だったという。

 

 ラズバリヨン聖教国も守護者の出現が少ない国であったが為、軍の規模は小さく練度もそこそこという程度の弱国であった。

 そんなラズバリヨンに突然災厄は現れた。それは狼の姿であったらしい。

 守護者の特徴である漆黒の身体に不気味に輝く紅い瞳を持つ狼は、嘘みたいに巨大な身体を持っていた。

 

 狼がつけたとされる爪痕がラズバリヨンに残っているのだが、その大きさから推測するにおとぎ話のドラゴンと同列の巨体であったと言われている。おとぎ話しか比較対象が無いのだ。

 巨体を揺らして弱国ラズバリヨンに現れた狼は、人類の敵としての力を存分に発揮した。

 狼は小さな村や街には目もくれず、一目散に国名と同じ名を冠する首都ラズバリヨンを攻めた。

 

 突然の守護者襲来にラズバリヨンの都は抗うことすら許されずほぼ無抵抗で陥落。

 狼は勢いづきラズバリヨンを去るとその足で東へと向かった。ラズバリヨンの東といえば勿論東方アリウォンス王国である。

 砂漠の向こうからゆらゆらと現れた巨体に、国境を警備していた部隊はたちまち混乱してしまう。

 

 しかし流石は大国と言うべきか、混乱しながらも情報の伝達はしっかり行われ、狼迎撃の為に軍が派遣された。

 未曾有の国難に法刃隊の精鋭達も派遣され、東方アリウォンスと狼の戦いが始まる。

 討伐隊が派遣された頃には狼に国境を超えられており、複数の街や村が壊滅して多大な犠牲が出てしまっていた。

 

 しかし狼が王国の首都に接近する事は無かった。その多大な犠牲が狼の足止めになっていたのだ。

 王国がとったのは、集落を盾として使い、多くの人々が犠牲になっている隙に国境周辺の部隊を集め足止め部隊を結成し狼にぶつける。

 そして討伐隊の精鋭達が到着するのを待つという作戦と呼べるかも怪しい力押し作戦──後世で通称『人間の盾』と呼ばれる作戦だ。

 

 人間の盾はしっかり成果を出し、到着した討伐隊との大激戦の末、狼は撃退された。

 討伐された訳では無い。王国軍は決して勝利した訳では無いのだ。

 勝利どころか寧ろ討伐隊もほぼ壊滅状態にまで陥ったという。

 

 王国軍の敗北寸前で狼が消えたのだ。何事も無かったかのように忽然と姿を消した。

 星の守護者は突然生まれ、個体差はあるがある程度暴れたら消えてしまう。

 一応討伐も可能なのだが死体は残らない。動物やおとぎ話の魔物の姿をしているが、生物かどうかも怪しい存在。

 

 そんな理不尽な存在の恐怖を王国民は知ってしまった。

 王国民が守護者を恐れるようになると、それに追い打ちをかけるかのように守護者の出現が頻発するようになる。

 守護者といっても強さは様々で、冥き巨人は勿論、ドラゴンや王国を襲った狼──フェンリルと名付けられたそれに迫る強さの物などほぼ生まれないのだがしかし、守護者の恐怖を植え付けられた王国は当然それに対抗する部隊を求めることになる。

 

 そうして結成された部隊は『護国隊』と名付けられ、腕利きの者達は護国隊に集まっていく。

 法刃隊の腕利き達も護国隊へと異動し、護国隊は瞬く間に王国最精鋭の部隊となって人々の尊敬を集めた。

 はじめは守護者との戦いを目的とする護国隊と、治安維持を目的とする法刃隊は上手く共存していたのだが、次第に関係にヒビが入っていく。

 

 法刃隊出身の護国隊士が引退する年齢になって、世代交代が始まった頃に問題が起こりはじめた。

 護国隊が法刃隊を見下しはじめたのだ。

 

 「守護者との戦いで危険を省みず戦う我等と違って、法刃隊はなんと楽な事か」

 「法刃隊は護国隊に入れなかった奴らが集まる部隊だろ」

 「落ちこぼれ共にはお似合いの職務だ」

 「王国を守っているのは法刃隊のような腑抜けでは無く、誇り高き護国隊でしょう」

 

 こんな話が護国隊だけではなく、民の間でも頻繁に流れるようになってしまった。

 当然法刃隊としては面白くない。護国隊に入れなかった者達が集まっているというのも事実だったが、こんな陰口を叩かれたらとても良い感情は持てないだろう。

 法刃隊は決して落ちこぼれの集まりというわけでは無かったが、陰口は次第に真実となっていく。

 

 法刃隊を落ちこぼれと見ている人間が軍部の上に立つことにより、本当に問題のある兵士や勤務態度の悪い兵士を法刃隊へ異動させまくった。

 それは悪しき伝統だがしっかりと王国に残ってしまい、現代でも法刃隊は落ちこぼれや問題児の集まりとなってしまっている。

 そんな法刃隊でも最低限の仕事はしているし、護国隊も居るので王国の治安は決して悪くない。

 

 しかしすっかり腐ってしまった落ちこぼれ達が陰口を叩く民達に寄り添うわけもなく、すっかり不真面目部隊として定着してしまっている。

 特にカリマのような辺境の法刃隊など左遷先として最上級の場所。落ちこぼれの中の落ちこぼれや、問題児の中でも問題児が集う魔境である。

 そんな魔境に一体何故ガリオンが籍を置いているかというと、あまり上等とはいえない剣と槍の腕に、上司から煙たがられるレベルの正義感のせいで左遷されたのだ。

 

 リーシュと戦った時のように盾で戦えばかなり強いのだが、残念ながら軍人に求められるのは剣や槍や弓の腕であって、盾の腕を見せる機会など全然無い。

 ガリオンと同じように、剣や槍はろくに使えないが別の武器ならそこそこ強いという法刃隊士は稀に居る。

 腕前を認められず腐ってしまう人が多いそうだが。

 

 そんな不真面目部隊の詰所にスキンヘッド達を引きずってガリオンが現れた時、詰所に居た兵士は皆一様に嫌な顔をした。

 出来れば仕事をしたくないというのに、非番なはずのガリオンが面倒くさそうな連中を連れてやって来たのだ。

 しかしその引きずられている男達の顔を見て数人の顔色が変わる。

 

 見覚えがあるのだ。決してここに来ていい連中じゃない。

 普通なら罪に問われるべき連中だ。それも人を攫って売るなどかなり悪質な犯罪である。

 詰所で思い思いの時間を過ごしていた五人の兵士の内の一人、酒を飲んですっかりデキあがっていた兵士の顔からすっかり酔いが抜け、素早く立ち上がって隊長室へと駆けだそうとした。

 

 「止まるのであるッ!」

 

 しかしその兵士の背中を雷の如き怒声が襲い硬直する。怒声を発したのはもちろんガリオンだ。

 あまりの迫力に残り四人の兵士も震え上がった。正義感に燃えるガリオンは見た事があるが、ここまで怒っているのは記憶に無い。

 

 ──下手に動いたら殺される!

 

 兵士達は皆そう思って冷や汗を流す。

 そんな兵士達一人ひとりの様子を舐め回す様に眺めたガリオンは、先程の怒声が嘘のような落ち着いた声音で言葉を発した。

 

 「この男達のことは某が直接隊長へ報告する。が、その前にお前たちにも聞きたい事がある」

 

 静かな声音に隠しきれない怒りの感情が見える。ガリオンは本気で怒ると逆に静かになるタイプのようだ。

 兵士は思わず生唾を飲み込んだ。

 ガリオンの聞きたいことが何となく想像出来るから。そしてそれに正直に答えた時、自分達がどうなるかも想像出来るからだ。

 

 動揺を隠しきれないままに、カードゲームをしていた兵士が口を開いた。

 

 「な、なんだよガリオン。なんでそんなに怒ってんだ?」

 

 ガリオンは鼻で笑って答える。

 

 「何故そんなに動揺しておる。まあ、いい……しらばっくれても無駄である。既に証言は取れておるから正直に答える事だな」

 

 そう言ってガリオンは引きずっていた男達を離した。

 槍も盾も構えていないが、ガリオンが戦闘態勢であることを悟った兵士達は震えながら剣の柄に手を置く。ガリオンの言うことが本当ならば言い逃れ出来ない。

 

 「おやおや、後ろめたい事が無ければ抜剣準備などせずともよかろうに」

 「おいおい……ガリオンが殺る気に見えるからこうしてるんだぜ。何をそんなにイキりたってるんだよ」

 

 精一杯の軽口を叩く兵士に、ガリオンは不快な表情を隠さず告げた。

 

 「お前たちにはこの無様に縛られている者共の共犯者である疑いが……いや、お前たちだけでは無い──カリマの法刃隊には人攫いの容疑がかけられているのである。先程言ったとおり、もう証言は取れておる」

 「な、なにを言ってんだガリオン」

 「しらばっくれても無駄である」

 「も、もし、もしもだぜ? もしも関わっているとしたらどうする気なんだよ」

 

 兵士の質問にガリオンは静かに笑った。

 

 「無論──正義を執行するのである」

 

 ──激動の夜が、始まる。

 

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