怪しい男
「それで俺に何か用か?」
タイミング悪くこの部屋を探し当てたルファに、気恥ずかしい思いをした事への八つ当たりを軽くした後、わざわざ一人で探しに来た理由を訊ねる。
「あ、はい。特に用がある訳じゃ無いんですけど、ただリーシュさんが中々戻って来ないから気になって……それより何かあったんですか?」
「別に何も」
「……本当ですか?」
リーシュと共に過ごして数週間。基本無表情だが、よく見ると意外と感情が分かりやすいというのがルファがリーシュに抱く印象だったが、ここまで顔を赤くしているリーシュを見たのは初めてだった。
何もなかった訳がないのは誰が見ても分かる事だが、この様子だと素直に教える事は無いだろう。
ルファは諦めてアイシャを見る。目が合ったが少女も何も言わない。
何も言わないが心なしか満足げな表情にも見える。
「(リーシュさんの顔は真っ赤。アイシャちゃんは満足そうな顔。そして部屋で二人きりだった……こ、これは──さっぱり分かりません!)」
ルファは考えるのを止めて、マルコ達の様子を報告する事にした。
「マルコ君とガリオンさ──じゃなくてあるあるオジサンはこの後どうするか話し合ってます。もう夜になりますし、マルコ君達をこのままこの家に置いていく事は出来ないでしょうし……あるあるオジサンも意外なことに嫌がってるマルコ君を無理やり連れて行くのも良くないと思ってるみたいです」
「……まあアイツに任せるか。取り敢えずこっちはこっちで話があるんだ」
リーシュはそう言ってアイシャに目をやる。
従業員とアイシャの両親の関係。アイシャが言った従業員と一緒に居た人の正体。
たまたま遭遇したイジメられていた少女の両親が関係者だったとはよく出来た偶然である。
「アイシャ、あの縛られている男の事だが……」
「うん、アイシャ知ってるよ。この前お父さんとお母さんに会いに来てた」
「そうか。さっき言ってた『一緒に居た人』っていうのは?」
「ぐるぐる巻きにされてる悪い人と一緒に居た人だよ。えっと……マルコ君と同じ髪してた」
「同じ髪ってなにが?」
「うーん、同じ髪は同じ髪だよ」
同じ髪というのが髪型を指しているのか髪色を指しているのか、あるいは両方かいまいち分からないが、その男がリカルドである可能性は高いのではないだろうか。
「あの! よく分からないんですけど……どういう話ですか?」
つい先程リーシュ達に合流したルファはいまいちピンときてないようで、首を傾げて疑問符を浮かべる。
そんなルファにリーシュは自身の予想やアイシャの両親も絡んでいるかもしれないという事を説明した。
話を聞いたルファは複雑な表情をリーシュに見せる。
マルコが売られた可能性があるというのも勿論酷い話だが、アイシャの事も心配なのだ。
イジメられていたアイシャをなんとか助けたいと考えているルファにとって、アイシャの両親は是非とも力を貸してほしい存在だった。
イジメられているのを見て見ぬふりする両親でも、子供の事なのだからどうにか説得すれば協力してくれるとルファは思っていたのだが、犯罪に関わっている可能性があるというのは完全に予想外である。
「もしアイシャちゃんのご両親も関わっているとして、アイシャちゃんを家に帰しても大丈夫なんでしょうか。もう夜になりますし帰らないのは不自然かもしれませんけど……」
「関わっているのが確定してないからな。このまま保護したとしても、アイシャの両親が訴えれば俺達が人攫いになる」
「そう……ですよね」
リーシュとルファの会話に、アイシャは少し肩を揺らして瞳を潤ませた。
「お父さんとお母さんは怖いよ」
僅かに震えた声のアイシャにリーシュ達が目を向けた。ルファが優しく問いかける。
「怖いってどういうこと? なにか怖い事されているの?」
「いつもアイシャをイジメる。お家を出ても皆にイジメられるけど、お父さんとお母さんの方が怖いから……せっかく傷を治してくれたのに、お家に帰ったらきっとまた傷だらけになっちゃう。ごめんなさい」
「それって……アイシャちゃんが傷だらけだったのは子供達が原因じゃ無かったの!?」
アイシャと出会った時の状況から、身体の傷はイジメっ子達によってつけられていると勘違いをしていたのはルファだけでなくリーシュもだった。
痕が残るほどに傷つけられているのならば、リーシュもアイシャを家に帰すのは抵抗を覚える。
しかしだからと言って、先程リーシュが言ったようにアイシャを保護したとしても、両親に人攫いだと言われたら理由を説明しても完全に不利になってしまうだろう。
保護なんて言い訳にしか聞こえないだろうし、アイシャの身体にはもう傷が無いので両親が暴力を振るっている証明も出来ない。
次から次へと湧いてくる問題に、リーシュは思わず溜息を吐いた。
旅立ちの際に頼まれて二つ返事で受け取った手紙が、多少自ら首を突っ込んでいる部分もあるが、まさか人攫い問題やイジメ問題に化けるとは夢にも思わなかったのだ。
村長の奥さんは、自分の子供を売るような男相手に一体何の用があって手紙を書いたのか。
こうなったら中身を見てみようかと思ったが、散々世話になった人の手紙を勝手に見るのは流石に不義理だなと踏みとどまった。
取り敢えず今はアイシャをどうするのか考えなくてはならない。
「話は聞かせて貰ったのである!」
考えようとしたところで、タイミングが良いのか悪いのかガリオンが無駄に大きな声を発しながら扉を開けた。
ガリオンを見てルファは露骨に嫌な顔をする。どうやらすっかりガリオンのことが苦手になったらしい。
「話は聞かせて貰ったのである!」
ガリオンの登場に誰も返事をしないでいると、再度同じ台詞を言う。
「話は聞かせて──」
「うるさいです」
「ぬうッ!」
三度目の台詞はルファによって遮られた。ガリオンは一瞬ルファに対して鬼の様な表情を浮かべたが、一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
そして真面目な顔でリーシュを見る。ガリオンの様子にリーシュは首を傾げた。
「話は聞かせて貰ったのである」
「何回言う気だ」
「そこの少女のことや、監禁されていた少年達をどうするか……提案があるのである」
どうやらかなり真剣な話のようなので、リーシュは横から小さく聞こえてきた『またあるあるオジサンです……』という呟きは無視して続きを促した。
「今日はもう夜になる。そこの少女も含め、子供達はなにやら事情があって帰りたくない様子。仕方がないので今日だけはここに置いていくのである。そこで大剣使いよ、貴様も用心棒としてここに泊まれ」
「本気で言っているのか?」
ガリオンの提案は意外すぎるものだった。筋金入りのアルケディシア嫌いのガリオンが、まさか子供達と共にここに泊まるよう言ってくるとは驚きである。
「某はスキンヘッド共を連れて法刃隊の詰所に行くのである。本当ならば子供達も連れていきたいが……監禁されてただでさえ精神的に参っておるのだ。嫌だと言っておるからには無理強いは出来ぬ。少女の両親についても、本当ならば無理に帰すべきでは無いのである」
「だがここで子供達と共に残る役目を何故俺に任せる? 俺はアルケディシア教徒では無いが、アンタの嫌いなアルケディシア教徒の仲間だぞ。しかもアンタと戦ったばかりの相手だ」
「アルケディシア教は信用できないのである。しかし貴様と戦ったのは……某の早とちりである」
そう言ってガリオンは頭を下げる。これにはリーシュもルファも目を丸くした。
「おい、アンタおかしいぞ。さっきまでの態度とは大違いだ。一体何を考えている」
「アルケディシア教は信用できないが、貴様等の少女に対する態度や貴様の剣の腕だけは、ほんの僅かに……本ッ当にほんのごく僅かに……大きさで言うと米粒以下の大きさ──いや、砂粒程度には信用しているのである」
「それを世間では信用してないって言うんだが」
「今はもう、これ以上に語る言葉は無いのである。では任せた!」
「おい待て!」
無理やり話を終わらせたガリオンは、リーシュの返事も聞かずに駆け出して行った。
あまりの慌ただしさに一瞬呆けてしまったが、我に返り慌ててガリオンを追う。
しかし既に家にはガリオンの姿は無く、縛っていた男達の姿も無い。
玄関を出て外に出ると、地面には何かを引きずった跡が残っていた。
「(ま、まさかアイツこの一瞬であの人数を引きずって行ったのか……馬鹿力め)」
引きずられているスキンヘッド達は詰所に着く頃には擦り傷だらけになっているのではなかろうか。
後を追おうかとも考えたが、子供達を残してここを離れるのは得策では無いだろうと思い諦めた。
用心棒として残るのは良いがそれならばわざわざこの家じゃなくて、子供達を適当な宿に移してそこにリーシュ達も滞在する方が安全だとは思うが、いつガリオンが戻ってくるか分からない以上下手に動けない。
「(それにしても一体何だったんだアイツ……)」
提案と言いつつ、かなり強引に話を進めて慌ただしく去っていったガリオン。どう見ても怪しさ全開である。
だが人攫いの事件を単独で調べている事から、法刃隊の中では真面目で正義感の強い人間なのだろう。
「(取り敢えず今はアイツの言ったとおりにしておくか)」
ガリオンの正義感を少しだけ信用してルファ達の元に戻るリーシュ。
しかしそのガリオンの正義感が新たな厄介事となって降りかかってくることを、リーシュはまだ知らない。
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