名前で呼んで


 「──アンタ等、マルコを売ったな?」

 

 リーシュの予想は当たっていたようで、従業員は目にみえて動揺した。

 リーシュを見るなり睨みつけ呪詛の言葉を吐いていたというのに、急に口を閉ざすと目線も合わせなくなったので大変分かりやすい。

 予想が当たっているとして、新たな疑問がいくつか出てくる。

 

 この男は留守中のリカルドの店に何の用があったのか。

 リカルドの店の前でコソコソとリーシュ達を見張っていたのは何故か。後ろめたい事が無ければ堂々と店に入ればよかったのにそうしなかった理由。

 

 そしてマルコの父リカルドの行動。

 これは従業員とリカルドが本当に手を組んでいたかがまだ未確定ではあるが、もし手を組んでいたとすると何故わざわざ法刃隊に訴えたのか。

 今回は法刃隊が動くことは無かったようだが、もしマルコの捜索が始まってしまうとリカルド達の関与まで発覚するリスクが非常に高い。

 

 「(法刃隊が動かないと確信していた? いや、もし確信していたとしてもわざわざ訴える必要は無いな)」

 

 そして次の疑問は売ろうとした理由だ。

 魔力の無いリーシュには分からなかったが、ガリオン曰くこの家で監禁されていた子供達は皆魔力を持っている。

 この星に生きる生物で、個体によって魔力の有無に差があるのは人間種だけだという。

 

 人間種以外の生物は例外無く魔力を持っているというのは常識だ。

 保有量の差はあれど、人間種のように個体によっては魔力を持たない者も居るということは無い。

 アルケディシア教によると、原初の守護者である冥き巨人が現れた時、アルケディシアの遣い──神使に特に熱心に祈っていた者だけに魔力が宿ったという話だが、リーシュとしてはこんな話は全くの嘘だと思っている。

 

 ならば神使が言った『宝玉に力をこめて』の「力」とは一体何なのかという話になるからだ。

 ルファもはっきりと魔力と言っていたし、祈っていた者だけに魔力が宿ったという説は成立しない。

 たまにある事なのだが、魔力の件のように誰にでも分かるような嘘を平然とつくところがアルケディシア教の信用できない部分の一つだろう。

 

 魔力の有無にどういった理由があるのかは分からないが、はっきりと分かることが一つある。

 当然の事だが、魔力のある人間は価値が高い。分かりやすい事実である。

 魔力の無い人間に比べて、ある人間は圧倒的に少ないのだ。

 

 価値が高いということは、よからぬ輩に狙われるリスクも高い。とはいえ人攫いが凄く頻繁に発生しているというほど物騒な世の中でも無い。

 あくまで稀にだが、今回のように魔力を持つ子供が狙われる事はある。

 売り渡す先は聞いてみないと分からないが、魔力を持つ将来性のある子供達だ。さぞかし高く売れることだろう。

 

 売ろうとした理由がなんとなく想像が出来るのだが、疑問に思うのは何故息子であるマルコまで売ってしまおうとしたのかだ。

 いくら価値が高くても自分の息子を売り渡す事などあり得るのだろうか。

 少なくともリーシュは魔力があるからと自分の子供を売った親の話など聞いたことがない。

 

 「(まずはリカルド氏が本当に関与しているのかを明確にしないとな)」

 

 従業員に聞いて全てを素直に話してくれるわけは無いとは思うが、先程のリーシュの言葉に動揺を隠せていない事から大変分かりやすい男ではあるらしい。

 剣でも抜けば案外簡単に喋ってくれるかもしれないなと考えたところでアイシャの事を思い出す。

 従業員に睨みつけられた時に、怯えることがないよう抱き寄せて目を塞ぎ、更に呪詛の言葉が聞こえないよう耳も塞いでいたのだ。

 

 こんな子供の前で剣を使って脅すなんて真似は流石に出来ないので、普通に聞くことにする。

 

 「それで、もう一度聞くがリカルド氏もグルなのか? どうもリカルド氏の名前を出した時のマルコの反応が良くないんだが」

 「…………」

 

 リーシュは尋問などしたことが無いので、脅す以外の手段が思いつかない。

 ルファとガリオンはまだマルコの側に居るようだし、あの幼稚な喧嘩を見た後なだけに期待も出来ない。

 どうしたものかと数分考えて、何も思い浮かばず時だけが過ぎる。

 

 こんな状況を打ち破ったのは意外な人物だった。

 従業員の口を割らせる方法を考えている間、知らず知らずの内にリーシュの手は緩み、アイシャの身体は自由になっていた。

 リーシュの拘束は解かれたというのに腰元に引っ付いたまま、従業員を見てそして悩むリーシュを見る。

 

 リーシュが何を悩んでいるのかアイシャには当然分からないが、少女は気付いた事を素直に口に出す。

 

 「アイシャ、この人知ってるよ」

 

 リーシュは腰元から突然聞こえた声に少し驚き目線を下げると、アイシャが上目遣いでリーシュを見上げていた。

 

 「……知ってるって?」

 

 驚きつつも普段よりも優しい声音でアイシャに尋ねると、少女は表情一つ変えずに答える。

 

 「アイシャのお父さんとお母さんの友だち」

 「……!」

 

 アイシャの言葉に大きく反応したのはリーシュではなく従業員のほうだった。

 目を見開いてアイシャの顔を見て何かに気付く。

 

 「こ、このガキまさか──」

 「一緒に居た人も悪い人だったの?」

 

 アイシャの純粋な疑問に従業員の顔色は青くなる。明らかに普通ではない反応だ。

 

 「アイシャのお父さんとお母さんも悪い人?」

 「し、知らねえよ!」

 

 従業員が声を荒げたのでアイシャは少し身体を震わせて、より強くリーシュに引っ付いた。

 リーシュはそんなアイシャの小さな背中を数度優しく叩いて、少女を抱きあげリビングを出る。

 そしてルファ達が居る部屋でもなく、適当な部屋に入って椅子の上にアイシャを座らせ、リーシュは目線を合わせるように目の前にしゃがんだ。

 

 「少し聞きたいことがあるんだが」

 「いいよ」

 

 こうして改めてアイシャを見るとあまり表情の変わらない子だと気付く。

 最初に見た時は大泣きしていたのでいまいち分からなかったが、顔立ちも少し大人びていてよくできた人形のような愛らしさと美しさがある。

 リーシュも基本的にあまり表情は変わらないタイプだし、顔立ちも整っているので歳の離れた兄妹のようにも見える。

 それくらい二人の雰囲気は似ていた。

 

 「お前が見──」

 「アイシャ」

 「……えー、見たのはあの男──」

 「お前じゃなくて、アイシャだよ」

 「…………」

 「アイシャだよ?」

 

 リーシュは、名前を呼ぶまでは話を進ませる気は無いという意思をアイシャから感じ取り無言になってしまう。

 無礼なことに基本的には目の前の相手の名前を呼ぶ事が無く役職名や『お前』や『アンタ』で済ませてきたのがリーシュだ。

 例外的に呼ぶのは相手の名前を聞いて褒める時だけ。

 

 『──リーシュ坊っちゃんに褒められたら機嫌も直るだろうぜ。例えばそうだな……まあ名前を褒められて悪い気がする奴なんかあんまり居ねえから、取り敢えず適当に褒めときゃ良いんだよ。褒めとけ褒めとけ』

 

 昔の仲間であるミオがどうしようもない程機嫌が悪く暴れ狂っている時に、どうすれば良いかダジャに相談するとこのような答えが返ってきたので、それ以来女性に名前を聞くと取り敢えず褒めるようにしているのだ。

 後々名前だけでなく容姿や性格も褒めるようになって、リーシュの顔の良さも相まって数々の女性が心を奪われた挙げ句、本人にその気が無いので放置される事になってしまうのはまた別の話だ。

 ルファと初めて会話した時も名前をサラッと褒めたが、別にリーシュが女慣れしているわけでもないし、口説きなれている訳でもない。

 

 何故リーシュが相手の名前を呼ばないのか。これは別に大した理由はない。

 ただなんとなく呼ばなかった内に、相手の名前を呼ぼうとすると気恥ずかしくなってしまうようになっただけだ。

 まさに今、もう大の大人であるリーシュが、たかだか七、八歳位の子供相手に気恥ずかしくなってしまい名前を呼べないという大変情けない事態になってしまっている。

 

 簡単に相手を褒める事は出来るくせに、ただ名前を呼ぶだけとなるとこのザマである。

 

 「……お前は俺の名──」

 「知ってる。リーシュさん」

 「……そうか」

 「名前。アイシャは、アイシャだよ?」

 「…………」

 

 無機質にも見えるアイシャの瞳がリーシュを捉えて離さない。リーシュは癖で目を逸らした。

 しかしずっとこうしていても話は進まないし、アイシャがリーシュを逃がすことは無いだろう。

 

 「……ア、アイ……ぐうっ」

 「アイグゥ?」

 「シャ……」

 「シャ?」

 「くっ……アイシャ……」

 「うん。アイシャだよ」

 

 やっとの思いで名前を呼んで、アイシャの両親や従業員の事を聞こうとした矢先、部屋の外から軽い足音が聞こえてきたと思うとドアが開いた。

 そこから顔を出したのはルファだ。彼女はリーシュを見るなり首を傾げた。

 

 「リーシュさん探しましたよ。えっと、何でそんなに顔が真っ赤なんですか?」

 「う、うるさい」

 「ほへ?」

 

 顔が真っ赤な理由が分からないまま、何故かリーシュに力ない罵倒をされたルファであった。

 

 

 ☆

 

 

 ナジェール河の近くには、付近で一番巨大な都市がある。

 都市の名は『ミル=ナジェール』という。この都市の側にある草原を抜けるとナジェール河だ。

 ミル=ナジェールの中心に建つ塔の上層から見る付近の景色はとても美しいものであり、風景画を得意とする画家達が集まりこぞって絵を描いているそうだ。

 

 そんな都市のとある建物で、二人の人物が何やらあまり親しげとはいえない会話をしていた。

 一人は焦げ茶色の髪を無造作に伸ばし、細身で眼鏡をかけている中年男性。

 もう一人は銀色の長髪に黒のメッシュが入っているのが特徴的な若そうな女性。いやその髪以上に特徴的なのは右目が頭に巻いている黒い布で隠れていることか。

 何となく気が強そうな印象を受ける。

 

 「はあ……せっかくミル=ナジェールの近くで守護者が出たらしいのに何も出来ないなんて悲しいよ」

 

 男の嘆きに、女はあからさまに嫌な顔をする。男はそれを見て唇を怪しく歪めた。

 

 「なんだいなんだい。何やら不服そうじゃないか」

 「不服というより不快なんだ。特にその声が気に障る」

 「酷いなまったく。君には理解出来ないのさ、僕の悲しみが。すぐ近くに僕の夢が! 希望が! 居るというのに!」

 「お前なんか理解したくもない」

 

 女の愛想ない態度に男はわざとらしく肩を落とす。

 

 「お前じゃなくて名前で呼んでよ……まあ、良いさ。君は対守護者用に雇ったわけじゃない。取り敢えずここを出る手筈は整えたから可哀想な子供達を迎えに行ってあげてよ。まったく可哀想だよね、少し魔力があるからって怖がられ迫害され……本当に可哀想だよまったく」

 「ふん、言われるまでもない」

 

 そう言って女は軽く舌打ちすると男の前から立ち去った。残った男は軽く肩を竦めて下手な鼻歌を歌い出す。

 暫く歌ったあと、女が子供達を迎えに行くために向かった大陸東端方向を見る。

 窓から見えるのは平和な街並み。それも最近は守護者騒ぎのせいで多少騒がしいが。

 

 「あーあ、誰か僕の為に守護者と戦ってくれないかなあ」

 

 傭兵を雇うにしてもそれなりのお金がかかる。守護者相手ともなれば尚更だ。

 近々大きな出費が控えているのであまり余裕は無い。それでも男は上機嫌だった。

 

 「はあ、早く試してみたいよ。ワクワクするなあ」

 

 男は送り出したばかりの女が帰還するのが楽しみで仕方なかった。

 この男はここミル=ナジェールを治める一族でありながら、その異常性から日陰に生きる事を余儀なくされた男。

 守護者に興味を持ち、守護者を調べ、守護者を想い、守護者を愛し、守護者に狂った男。

 

 男の名はサビュロイ。

 彼を知る者は嫌悪と侮蔑の感情をこめて『守護信者サビュロイ』と呼ぶ──

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