理由
ガリオンに捜査権限がどうこう言われるのは面倒なので、子供達や従業員と話がしたいだけで捜査はしないという屁理屈を言うと、簡単に家の中に入る許可が出た。
ルファが『それって捜査になるんじゃ……』と小声で呟いたのは、幸いガリオンの耳には届かなかったようだ。
監禁されていた子供達の事情を聞くために気を失っているスキンヘッド達をどうにかせねばならない。
そこで、家の中にまだ都合よく手足を縛れるものがあるならばそれを使って動きを封じておこうという事になり、リーシュとガリオンは手際よくスキンヘッド達を縛りあげていった。
次々に縛られていくスキンヘッド達を見てルファが感嘆の声をあげる。
「なんだか手際が良いです。リーシュさんは縛り慣れてますね」
「し、縛り慣れてますね? 普段からよく縛ってるみたいに言うな……お前の前で人を縛ったこと無いだろ」
突然の縛り慣れてる発言にリーシュは大いに動揺した。そしてまた人攫いと誤解されるのではと思いガリオンを見る。
案の定ガリオンは厳しい視線をリーシュにぶつけていた。
「ぬうッ! 縛り慣れてるとは貴様等まさか──」
「ほら見ろ。また誤解されてるぞ」
「ご、ごめんなさい! あの、私達は人攫いじゃなくて──」
「そういう趣味があったとは……貴様等が普段どういう夜を過ごしているかは知った事ではないが、その……少女の前であまり堂々と言うことではないのである」
「へ? あの、言ってる意味がよく分かりません……リーシュさんは分かりますか?」
「……縛った奴らは、逃げられないよう念の為家の中に引き摺り込むぞ」
「リーシュさん?」
話を逸らしたリーシュにルファが疑問の目を向ける。
「(なんで今回は人攫いと誤解しないんだアイツ……もしかして馬鹿なのか?)」
そう思いながらもスキンヘッド達を引き摺って家の中に運ぶリーシュであった。
☆
事情を聞く場にはリーシュとルファはもちろんだが、ガリオンとルファに治療された少女も同席した。
治療した少女を家に送らねば保護者が心配するのではとリーシュは考え、ルファにそれを伝えると、どうやら少女もなにやら事情があるらしく心配される事は無いらしい。
少女がイジメられているのは保護者も知っているようだが見て見ぬふりだという。
そちらの事情も後で詳しく聞くことにする。ルファが助けると言った以上は放っておく事は出来ない。
子供達が監禁されていた部屋を覗いたリーシュがまず思ったのは、想像していたより臭くないなということだった。
手足を縛られた状態で複数人が監禁されていたから、排泄物などもそのままにしてあるのではと考えていたのだ。
意外にもスキンヘッド達はきちんとしていたらしい。漏らされでもしたら家の中に匂いが充満する可能性もあるからなのかもしれない。
部屋は殺風景というか、何もないと言ったほうが正しいか。家具等も全く置かれていない。
子供達は計四人で、いずれも男だ。見た感じは年齢はまばらで、それなりに大きい子も居れば、恐らく六歳や七歳程度ではないかという子まで居る。
ガリオンによって拘束は解けているようだが、全員が壁際に座っていて動こうとしない。
「皆もう助かったんだよ? どうしてここから出ないの?」
ルファが真っ先に子供達に声を掛ける。すると子供達の中でも年長の、栗色の髪の少年が代表して答えた。
「僕たちには帰る場所が無いんです」
その答えを聞いたガリオンが口を開く。
「ずっとこの調子である。某が聞いても答えぬのだからアルケディシア教徒に理由を教える訳が無かろう」
「今アルケディシア教は関係無いじゃないですか!」
反論したルファにガリオンはクワッと目を見開いて腕を組み更に言い返す。
「あるのであるッ! どんなに見た目が良かろうと、貴様からは隠しきれぬアルケディシア臭がするのだ。『嘘つきはアルケディシア教の始まり』とまで言われている詐欺師集団とまともに喋ると騙されるかもしれぬからな!」
「アルケディシア臭ってなんですか! それに詐欺師でもないです! この……あるあるオジサンっ!」
「あ、ああああるあるオジサン……!? なんという暴言! 流石はアルケディシア教徒である!」
「あー! 今また『ある』って言いました! やっぱりあるあるオジサンです!」
「ぐぬぬぬぬ! 人の語尾をバカにするとは……恥を知れアルケディシア教徒めッ!」
「また『ある』って言いました! 語尾だけじゃなくてアルケディシア教のアルも含まれてるんですよ!」
二人のやり取りを虚無の心で見ていたリーシュの元に、ルファの側に居た少女が近付いてくる。
黒い髪が印象的な少女は、傷や痣がすっかり無くなっており、本来の年相応に綺麗な肌を取り戻していた。
少女が不毛な言い争いをするルファとガリオンを交互に見て、その後首を傾げてリーシュを見る。
「……どうした?」
「ケンカ?」
「ただの喧嘩じゃない、酷く幼稚な喧嘩だ。お前はあんな大人になるなよ」
「あんな大人ってどっちのこと?」
「両方だ」
そんなやり取りをしていると、不毛な言い争いの最中、少女がリーシュの側に行っていることに気付いたルファが何か閃いたのか明るい顔を見せた。
ガリオンとの争いを中断して『リーシュさん!』と呼ぶ。
リーシュは二人の酷く幼稚な喧嘩に巻き込む気かと警戒したがどうやら違ったらしい。リーシュにとっては全くもって意味不明な事を言われたが。
「リーシュさんなら理由を聞き出せるんじゃないですか!? その娘──アイシャちゃんをいつの間にか手懐けてましたし、その力を今こそ是非!」
「は?」
「さっきいつの間にかアイシャちゃんの頬で遊んでいたじゃないですか。あの手懐け力を使えば──」
「そんな力は無い。それにお前の声は子供達に丸聞こえだ。馬鹿が移ったのか?」
ルファはさっきまで落ち込んでいたというのに、ガリオンの勢いにあてられたのか元気になっているようだ。
さっきの酷く幼稚な喧嘩を見るに、もしかするとルファはこの国でも意外と逞しく生きていけるのかもしれないとも思った。
少しおかしなテンションになっているだけの気もするが。
「リーシュさんに馬鹿って言われるのはちょっと傷つきます……あるあるオジサンに言われる分には全ッ然気にならないんですけど」
「き、貴様また……!」
「……頼むから俺を巻き込むなよ」
リーシュは深く溜息をつくと、先ほどルファの言葉に代表して答えていた栗色の髪の少年に歩み寄る。
アイシャもルファ達の側には居たくないようで、リーシュの後ろに着いてきてローブの袖をそっと握った。
「あー、その……聞こえてたと思うが、帰る場所が無いって理由を教えてくれないか」
「言いたくありません」
当然ルファ達の声はこの少年にも聞こえていたのだろう。少し喰い気味でリーシュに答える。
帰る場所が無いと言うくらいだから、何か良くない事情があるのは間違いないだろうが、何故この少年がそれを頑なに言わないのかがリーシュには気になった。
「それはどうして?」
「言いたくないからです」
「……そうか」
こうやって口を閉ざされていては、事態を把握出来ない。だからリーシュは、ある名前を出すことで少し強引に話を聞き出すことにした。
四人の子供達を見た時にこの栗色の髪の少年が当たりだと感付いていたのだ。
「リカルドって名前に聞き覚えは?」
「ど、どうして父さんの名前を……」
「簡単な話だ。リカルド氏の息子が攫われたって噂になってるし、お前が一番リカルド氏の息子の年齢に近そうだから名前を出した」
「噂になってる……?」
「ああ、法刃隊に息子を探してくれと必死になって頼んでいたらしい。息子が行方不明だから当然の──」
「嘘ですよ、そんなの」
リーシュの言葉を少年が震える声で遮った。遮るのはいいが、嘘とはどういう事なのか。
しかし待ってみても、少年が続けて話すことは無かった。
するといつの間に喧嘩を止めたルファがリーシュの隣に立って少年に訊ねる。
「ねえ、お名前は?」
「……マルコです」
「マルコ君、どうして嘘って言い切れるの?」
マルコは俯いて口を閉ざす。ガリオンも流石に空気を読んで黙って見守っているので、部屋が沈黙に包まれた。
数十秒経っただろうか。俯いたままのマルコが消え入りそうな声で呟いた。
「言いたく……無いんです」
また数秒の沈黙。それを破ってリーシュが口を開く。
「言葉にするのが怖いのか?」
「……っ!」
リーシュの質問にマルコが目を見開いて顔を上げる。
「知ってるんですか……?」
「お前の事ならリカルド氏の息子というくらいしか知らないな。ただ、昔の俺がそうだったからなんとなく言ってみただけだ。いや、つい最近までの俺だな」
「どういう事ですか」
「昔の仲間が守護者と戦って居なくなった……俺は情けない事に色々あって現場には居なかったが、状況的には助かってはいないだろう。でも助かっていないだろうと言葉にするのは怖かった。現実を認めたくなかったからだ。言葉にするのを避ける事で、自分の心を守ってたんだ……今でも──」
──死んだとは言いたくない。
最後の言葉はリーシュの口から出ること無く、心の内に留めた。
『助かっていないだろう』と『死んだ』では、意味は同じかもしれないが生々しさが違う気がしてまだ言葉に出来ない。
リーシュとしては本当になんとなく過去の自分と重ねただけなのだが、マルコは見事に図星をつかれたらしい。再び俯いてしまった。
何せまだ十二歳くらいの子供だ。言葉にしたくないほどに辛い事があったら塞ぎ込んでしまうのは当然だろう。
マルコは諦めて他の少年達を見るが全員目を逸らしたり俯いてしまったりしている。
こうなってしまっては無理に聞き出すのも酷かもしれない。リーシュはどうしたものかと頭を掻くがそれで妙案が浮かぶわけも無い。
するとガリオンが口を開く。
「今日はもう暗くなる故、子供達は取り敢えず法刃隊の詰所で預かる。縛った男達も連れて行く」
「僕は嫌ですよ!」
ガリオンの提案にマルコが大きく拒絶した。
「何故だ。事情は無理に聞くことはせぬから──」
「そういう事では無いんです」
「ぬう? さっぱり分からないのである……」
困った様子のガリオンに対して、マルコは少し申し訳なさそうにするが法刃隊に行くのは絶対に避けたいようだ。
「……父さんは法刃隊に僕の事を探してほしいって言ったんですよね?」
「うむ、間違いなく言っていた。某もその場に居たのである」
「それで法刃隊が動いたんですか?」
「……隊長は必死の訴えを名演技と言って跳ね除けた。残念ながら某が個人的に動いてるだけである」
「ですよね。当然です」
マルコの言う当然の意味がルファとガリオンには分からなかった。
そんな中リーシュは確証は無いが事態を掴めた気がした。
「だって父さんと法刃隊は──」
最後まで口には出来ず、マルコは静かに涙を流した。
『父さんと法刃隊は──』の意味。帰る場所が無い理由。
店の従業員が人攫いと共にいた訳。現実を認めたくない、言葉にするのが怖い事。
「(マルコ、こいつまさか……いや、わざわざリカルド氏が法刃隊に訴えた理由が説明出来ないな)」
取り敢えずマルコが泣き止むまではそっとしておこうと思い、リーシュは部屋を出てリビングに入る。
何故かアイシャも袖を握ったまま着いてきた。
リビングには手足をぐるぐると縛られたスキンヘッド達と店の従業員。
スキンヘッド達は気を失っているが、店の従業員はリーシュを睨みつけていた。
アイシャの目に入らないようにローブの中にアイシャを隠し、更にアイシャの耳を両手で塞いだ。
従業員はリーシュに呪詛の言葉を吐く。
「あと少しだったのに……お前達さえ居なければ! 迎えが早く来ていれば今頃はッ!」
「……今頃は大金でも手に入っていたのか?」
「お前達のせいで!」
「アンタとリカルド氏はグルなのか」
「うるさい黙れ!」
リーシュは内心溜息をついた。恐らく予想が当たっているからだ。
リカルドが法刃隊に訴えた理由は説明出来ないままだが──
「──アンタ等、マルコを売ったな?」
村長の奥さんから預かった手紙は、どうやらリーシュを人生で一番胸糞悪い事件に巡り会わせてしまったらしい。
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