この旅は⑥
裏町の戦いは一方的な展開となっていた。
数的有利にあったスキンヘッドとその仲間達だったが、戦いが始まると直ぐにその数を減らしてしまう。
ガリオンがスキンヘッドを抑えている隙に、リーシュがその他を瞬く間に無力化してしまったのだ。
ある者は剣の腹で殴られ、ある者は鉄が仕込んであるブーツ蹴られ次々に意識を刈り取られる。
あまりの早業にスキンヘッドだけでなくガリオンまで唖然としてしまったほどだ。
ガリオンとスキンヘッドの戦いも、その後直ぐに決着がついた。
槍を簡単に躱されたガリオンだったが、スキンヘッドの斧を罅割れた盾で弾き返し、がら空きの身体にシールドスラムを叩き込んだ。
超威力の盾を真正面から受けたスキンヘッドの男は呆気なく気を失ってしまう。
よく見ると可哀想なことに前歯が数本折れていた。
「(……やっぱり盾で殴ってた方が強そうだな)」
勝負は呆気なく終わったが、ガリオンの初撃の槍はスキンヘッドにもあっさりと躱されていた。
鍛錬を積んできたと自信満々に言っていたのは一体なんだったのか疑問である。
敵を無力化したリーシュ達だが、スキンヘッドが襲ってきた理由は分からずじまいだ。
スキンヘッド達が意識を取り戻すまでに、理由を調べる為にリーシュが家の中を調べようとしたがガリオンが猛烈に反発した。
「待てい! 貴様には捜査権限が無いのであるッ!」
「だったらアンタが見て来い。リカルド氏が雇ってる従業員がこの家に入ったんだ。何もせずに立ち去るなんてできない」
「某は非番である。が、悪は許さぬ。少し見てくるが貴様にも聞きたいことがあるのだから逃げるでないぞ。その子に余計な真似をするでないぞアルケディシア教徒!」
「話を聞いてたか? リカルド氏が雇ってる従業員が入った以上何もせずに立ち去るなんてできないってついさっき言ったばかりだろ。子供には何もしないからさっさと行け」
「ぐぬぬぬぬ……!」
ガリオンは忌々しげにリーシュを見たあと、ルファと未だに泣いている少女にも目をやり、この場にリーシュ達を残していいものか鬼のような表情で葛藤すると、最後にまた『ぐぬぬぬぬぬぬぬぬッ!』と言い残して家の中に消えていった。
残されたリーシュとルファは同時にため息をつく。
「リーシュさん、ごめんなさい。私のせいで……」
ため息のあと、ルファが謝罪の言葉を口にした。
ガリオンからあれほど疑われたのだ。流石にこうなった理由は分かっているのだろう。
だがリーシュとしては、今回の事はルファには非が無いと思っている。
「いや、俺が悪かった。この国の事、もう少し詳しく教えておくべきだったんだ。お前は子供を助けようとしただけなのに不快な思いをさせた……すまない」
リーシュの謝罪にルファは慌てる。
「そんなっ! 私の認識が甘かったんです。この国では私みたいな存在は良く思われないって聞いていたのに、軽率な行動をしちゃったから……」
「俺が悪かったんだ。お前は何も悪くない」
リーシュが自分を責める様子に、ルファの心は罪悪感で一杯になった。
「(全部、私が悪いのに……)」
旅は始まったばかりだというのに迷惑ばかりかけてる気がするなと、ルファは振り返る。
嫌な予感がするからとカリマの町に行く事を主張した。
従業員の男がカリマに行くのを見たことが決め手になったとはいえ、一旦クレナ村に帰ろうと考えるリーシュを困らせたのは事実だ。
裏町には強引に着いてきた。
宿に戻れと気を遣って言ってくれたのを頑なに拒否して、最終的にはリーシュの腕を引いてここに来た。
着ているローブだってそうだ。
リーシュが困惑しているのは分かっていたが、このローブは変えたくないと駄々をこねた。
そして今。
少女を助けたいと言ったのはいいが、結果的にこんな状況になってしまっている。
軽率に詠唱をしたせいでリーシュはガリオンと戦う羽目になった。一歩間違えれば命を失くしていたかもしれない。
そう考えると身体が震えた。
「(私なんて、何も出来ないくせに……)」
分不相応な思いだったのだ。見てしまったら放ってほけないなんて。
助けるどころか、あの浜辺に流れ着いた時から助けられてばかりなのに。
『目に入ったもの全てに手を差し伸べるつもりか?』
戦いの前に言われたリーシュの問いが脳内をかき乱す。
手を差し伸べるどころか、今の自分はリーシュに手を取ってもらわないと何も出来ない。
迷惑ばかりかける無力な人間だ──
「──言っておくが、ガリオンと戦ったのは俺の意思だ」
知らず知らずの内に下がっていた顔を上げると、いつの間にかリーシュが少女のすぐ側にしゃがんでおり、驚くことに今まで涙を流し続けていた少女は完全に泣き止んでいた。
一体どうやって泣き止ませたのか。意外にも子供の扱いが上手いのだろうか。
「お前がこの子を助けようとしたのを、人攫いと勘違いされたのが気に入らなかった。だからお前が気に病むことは無いんだ」
「……リーシュさんはどうして私を責めないんですか?」
「責める必要がないからだ」
「ありますよ! 私、何も出来ないくせに我儘ばかりで……さっきの戦いだって、私何もしてません。ドラゴンの前で何も出来なかったのを後悔しているくせに、また何も」
「お前、自分を責めすぎだ。我儘ばかり? そんなの全く記憶に無いんだが、俺は記憶を失ってしまったのか」
心底呆れたように言葉を漏らすリーシュ。
「戦いの経験はあるのか?」
「あ、ありません……」
「だろうな」
リーシュからの質問の意図がいまいち理解できず、表情から意図を探ろうとするが、何故かリーシュは無表情で少女の頬を摘んで遊んでいた。
少女はされるがままだ。謎の少女手懐け力である。
「経験の無いお前がいきなり俺とガリオンの戦いに手を出せるわけないだろ」
「それは……そうかもしれませんけど」
「ガリオンに絡まれたのもタイミングが悪かっただけで、お前に非は無い」
「…………」
「お前は、お前が出来る事をすればいいし、やりたい事があったら言えばいい。お前に出来ない事は俺が助けるし、俺が出来ない事は助けてくれ。俺にもお前にも出来ない事は……二人で協力すれば何とかなるかもしれない」
「リーシュさん……」
「目に入ったものは放っておけない──そういうのは……そうだな……嫌いじゃない。この旅の主役はお前だ。だから主役は主役らしく、これからも貫けよ。俺の力はお前の力だ、何も出来ないくせになんて言うな」
「……はい」
ルファの心は完全に晴れたわけではないが、リーシュの言葉が嬉しかった。
「(私に出来ること……)」
ふとリーシュに頬を捏ね回されて遊ばれている少女を見る。
泣き止んではいるが傷だらけの身体はそのままだ。しかしこれは癒やしの術を使えば治る程度の傷。
ガリオンが居ない間に治そうかと思ったが、余計な真似をするなと言われている。
「(戻ってきたら頼んでみようかな)」
今出来るのは、少女の傷を治す術を使うとガリオンに説明して理解してもらうことだ。
☆
「本当に治療をするだけであろうな!」
「ほ、本当ですよ!」
家の中から戻ってきたガリオンに、傷を治すために術を使うと説明すると案の定ルファに疑いの目を向ける。
ガリオンが鬼のような形相で凄むのでルファはすっかり萎縮していたが、傷だらけの少女をチラリと見ると気持ちを入れ直した。
「アルケディシア教徒は信用できないのである!」
「何か企んでいるなら貴方が居ない間にやってますっ!」
「ぐ、ぐぬぬぬ」
一歩も退かないルファの態度に押されて何も言えなくなってしまうガリオン。
家の中を調べる前もそうだったが、言葉に詰まると直ぐに呻るし舌戦があまりにも弱すぎる。
今回もまた歯軋りしながら『ぐぬぬぬぬ』と呻った後、少女の傷を見て渋々許可を出した。
「(しかし……律儀なやつだな)」
ルファがガリオンを待って術を使うのがリーシュには意外だった。なんとなくだが少女の傷を最優先に考えて治療するかと思っていたのだ。
もう既に一番厄介な法刃隊に聞かれているので、仮に少女の治療を始めようが詠唱を止めるつもりは無かったが、律儀にガリオンの帰還を待つとは思わなかった。
少女の治療はルファに任せるとして、家の中はどうだったかを聞かねばならない。
ルファに言い負かされたガリオンを見る。リーシュの視線に気付いたガリオンが怪訝な顔をした。
「なにを見ておる」
「家の中はどうだったんだ? 誰か居たのか?」
するとガリオンは腕を組み、難しい顔で呻る。
「先ほど人の顔を見るなり家の中に引っ込んだ男が居たのである。襲ってきた奴等の仲間だと判断して、都合よく縛るものがあったので捕らえておる」
「都合よくあるのか」
「都合よくとは言ったが、縛るものがある納得の理由も発見したのである」
なら初めからそれを言えとリーシュは思うが、言葉にするのは我慢して続きを待った。
「……子供が数人、手足を縛られた状態で監禁されていたのである」
「リカルド氏が雇ってる従業員も絡んでいるのか」
「貴様等も絡んでいるのではあるまいな……と言いたいところだが」
そう言ってガリオンはチラリとルファを見た。いつの間にかルファは少女の傷を治してなにやら話し込んでいる。
「……どうやら傷を治すだけというのは本当だったようである。それに某だけでなく貴様等も襲われておった……」
「分かってもらえたか。もうアルケディシア教というだけで人を疑うのは止めた方が良い」
「今回の事件、アルケディシア教が怪しいのは変わりないのであるッ!」
「……はあ?」
また病気が始まったかと呆れるが、ガリオンはそれに構わず熱弁する。
「某も微量ながら魔力があるから分かるのである。監禁されていた子供は皆、魔力を持っておった。アルケディシア教国が優秀な術士を多数抱え込んでいるのは有名な話である!」
「それがどうした」
「何故多くの優秀な術士を育てられるのか! 答えは簡単である!」
「アンタ、王国で流れている噂が真実だって言いたいのか?」
王国で有名な噂話。アルケディシア教は教会の勢力圏外の各地で魔力のある子を攫い我が物にしているという噂だ。
もし本当だとしてもこんな王国の奥深くで、ベルフィディアから遙か遠くのこの地で攫ってどうするというのか。
攫った子供を連れて大陸を横断するつもりだろうか。そんな事はありえない。
「一番怪しいのは確かである!」
「…………はあ」
リーシュは呆れてなにも言えなかった。
「もう何を言っても無駄だろうから勝手に疑っていろ。それより監禁されていた子供は?」
「それが……監禁は解いたが何故か動こうとしないのである」
「は?」
「『帰れない、帰る場所がない』の一点張りで某にはどうしようもないのである」
帰る場所がないとはどういう事なのか。ただ攫われたということでは無いのだろうか。
リカルドの店の従業員は何故人攫い達と一緒に居たのか。
どうやらこの事件、ややこしい事になりそうだとリーシュはそっと息を吐くのであった。
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