この旅は⑤


 夕焼けに染まるカリマの裏町で二人は視線をぶつけ合っていた。

 

 リーシュとルファを人攫いだと疑い槍を構えるガリオン。法刃隊にルファを捕らえられたくないリーシュ。

 両者の戦意が裏町に渦巻いた。

 右手に槍を、左手に大盾を持ち、全身に青い鎧を着込む大男ガリオン。

 

 いくらなんでもあんな重装備の相手に機動力では負けはしないだろうとリーシュは考えた。

 武器のリーチは相手に分がある。槍の間合いで戦うのは勘弁願いたいところだ。

 

 ゆっくりと背の大剣に右手を伸ばす。これは誘いだ。

 瞬発力には多少の自信がある。抜剣はさせまいとガリオンが踏み込んで来れば、それを利用して逆に一気に大剣の間合いまで距離を詰めようとした。

 だが──

 

 「随分余裕だな。俺に武器を抜かせていいのか」

 

 ガリオンは乗ってこない。堂々たる佇まいで構えるばかりで、誘いには見向きもしない。

 

 「構わぬ。戦うならば正面から叩き潰すのみである」

 

 どうやらガリオンは、正々堂々の勝負を好む武人であるらしい。いかにも武人という感じの面構えだが、内面もそのままの男のようだ。

 弁解を聞こうともせず、いきなり槍を向けるような態度は好きになれないが。

 

 「……大した自信だ」

 「当然である。それだけの鍛錬を積んできたのだ」

 

 ガリオンの声を聞きながら抜剣し正眼に構える。二人が武器を向けあった事で、場の緊張感が一気に高まった。

 二人の間に不気味なほどの静寂が訪れる。リーシュは意識して一つ息を深く吐いた。

 機動力や瞬発力なら勝てる自信がある。ならばこちらから動いて一気に槍の間合いを超え距離を詰めよう。

 

 盾が無いガリオンの右手側に一気に踏み込む。静寂を破り風を切るように踏み込むリーシュに、ガリオンは瞠目した。

 大剣という重量のある武器を持っているくせに──

 

 「(ぬう……速い!)」

 

 普段から足場の悪い砂浜で剣を振っていたのだ。舗装されていないとはいえ、普通の地面はリーシュにとってとてもやりやすい環境と言える。

 完璧な速攻だった。槍の穂先を抜け、外側から大剣の距離に潜り込むリーシュ。

 硬そうな鎧を着ているのだ。死にはしないだろうが、鎧を砕き相手の戦意を奪うことくらいは出来る。

  

 ガリオンは為す術も無く大剣の一撃を受ける──はずだった。

 

 咄嗟に槍を手放したかと思うと、リーシュが剣を振るよりも速く裏拳で迎撃する。

 裏拳が鼻先を掠め、思わず足を止めたリーシュ。

 ガリオンは直ぐさまリーシュを正面に捉えると盾を前面に出して体当たりをする。

 

 「(避けれな──)」

 

 ガリオンのシールドチャージを避けれないと判断したリーシュは、直撃の瞬間に思い切り後ろに跳び衝撃を逃がす。

 大男のシールドチャージだ。その威力はかなりのもので、自ら後ろに跳んだというのもあり派手に飛ばされ近くの民家の扉に突っ込んでしまう。

 

 「ぬう……! 手応え無しである」

 

 ダメージを与えた感触をあまり感じなかったガリオンは槍を拾いなおす。

 

 「リ、リーシュさん!?」

  

 ド派手に飛ばされたリーシュを見て思わず悲鳴にも似た声をあげるルファ。

 それに応えるように扉の先から影が飛び出したかと思うと、ガリオンに向かい駆け出した。

 咄嗟に槍を飛び出してきた影──リーシュに突くが簡単に潜り抜けて、懐に入られる。

 

 「こやつ……!」

 

 ガリオンの反応や槍捌きが遅いわけでは無い。それ以上にリーシュが速いのだ。

 何故大剣などを使っているのか理解できないほどに。

 

 そしてリーシュは防がれるのを承知の上で剣を上から振り下ろした。

 ガリオンの盾がリーシュの一撃を受け止める。

 剣を握る手に鈍い衝撃が奔るが、決して剣を手放すことは無い。

 

 リーシュは思い出した。シールドチャージをこの身に受ける事で思い出したのだ。

 

 「三年間、実体の無い相手とばかり戦っていたからすっかり忘れていた」

 「ぬう!?」

 

 ガリオンは信じられぬと目を見開く。盾がどんどん押し込まれているのだ。

 女にも見える細身の男が出せる力とはとても思えなかった。体格も装備の重さもガリオンが上のはずだった。

 

 「アンタに感謝を。取り返しのつかない事態になる前に、実戦を、痛みを思い出させてくれた」

 「バカな……! ありえぬ!」

 

 リーシュの剣を受け止めた盾にヒビが入る。

 

 「(壊されるというのか……! 某の盾が! 信念が!)」

 

 その瞬間、ガリオンは吼えた。全体重を盾に乗せ押し返す。

 このまま押し込めると思っていたリーシュは、突然重くなった感触に眉を顰めた。

 見るとガリオンの瞳は獣のような輝きを放ち、歯はギリギリと音をたてながら食いしばっている。

 

 まさに、鬼の形相──

 

 「オォォオォオォォォ!」

 

 そして再び吼えたかと思うと、勢いよく盾を突いた。

 ゼロ距離からのシールドスラムにリーシュは思わずたたらを踏む。数歩の距離が出来たが、ガリオンはヒビの入った盾を構えて自ら突っ込んだ。

 再びのシールドチャージである。

 

 「(こいつ槍を使わないほうが強いんじゃ……!)」

 

 獣じみた突進を繰り出すガリオンを見てそう思う。

 槍で攻撃されたほうが反撃のしようがある。このシールドチャージは下手に受けようとすれば吹き飛ばされるのがオチだ。

 

 「チッ……!」

 

 舌打ちを一つ。そして反撃など考えずとにかく横に跳ぶ。

 シールドチャージは避けることが出来たが、反撃出来る姿勢では無い。

 一旦距離をとって仕切り直す。ガリオンも空振りに終わったシールドチャージを止め、ゆっくりと振り返った。

 

 仕切り直しで再び静寂が訪れる。今度はどう攻めようかとリーシュが考えていると──

 

 「い、いったい何が……」

 

 先ほどリーシュが吹き飛ばされた先の民家から、一人の男が顔を出した。

 リーシュはその顔に見覚えがあった。ルファも同様だ。

 

 「お前は……」

 「あの人ってリカルドさんの!」

 「ぬう……? リカルドだと?」

 

 隣町でリカルドの店に居た男。商会の人の話によれば、リカルドの店で働く従業員である男がそこに居た。

 従業員の男は困惑の表情でリーシュ達を見る。そしてガリオンを見て露骨に狼狽え、

 

 「ガ、ガリオン!? なぜ法刃隊が!」

 

 そう言い残して従業員の男は家の中に姿を隠した。

 男の登場によって戦闘の緊張感は霧散し、言葉には表せないような微妙な空気が場に漂った。

 その空気をガリオンが破る。

 

 「貴様ら、今リカルドと言ったな。一体どういう関係なのだ。さっき男は何なのだ」

 「さっきのはリカルド氏の店で働いている男らしい。俺達はリカルド氏に用があってここに来た」

 「用だと?」

 「リカルド氏に宛てた手紙を預かっている。世話になった人からの頼みでな。それで行方を追っているうちにアンタに絡まれた」

 「ぬう……その子供は──」

 「イジメられてたところに出くわしただけだ」

 

 薄々、己の勘違いだったと察した様子のガリオンだが、まだ完全に警戒は解いていない。

 それも当然かと、リーシュは背後のルファ見る。アルケディシア教というだけで疑いの目を向けられる。

 

 彼らの先祖もかつては星の病を癒やす為にと、アルケディシア教に協力していたのだ。

 しかし何十年、何百年経とうが守護者は変わらず出現し人々を蹂躙する。

   

 星の病はいつになったら癒えるのか。

 この星は本当に病に侵されているのか。

 守護者とは本当に星が生み出しているのか。

 アルケディシア教の目的は、他にあるのではないか。

 

 一つ疑問を持つと、次から次へと新たな疑問が浮かんでくる。特に現東方アリウォンス王国領に暮らす人々は、星が病に侵されているという実感が無かった。

 王国領は自然豊かで美しい。守護者の出現も少ない。

 

 疑問を持つ人々は集まり、アルケディシア教から離れた。そして当時の有力者を王として国を造る。

 星は病んでなどいない。アルケディシア教に頼らず、己等の力だけで生きていくのだと。

 王国民は代々そうやって生きてきた。もちろん今もそうだ。

 

 彼らがアルケディシア教を疑うのは遠い先祖代々より続く伝統なのだ。

 王国民はアルケディシア教徒を信仰に狂っていると馬鹿にするが、リーシュからすると王国民はアルケディシア教嫌いを拗らせた厄介者の集まりである。

 もちろん目の前の男、ガリオンも例外ではない。

 

 「嘘はついておらぬだろうな。アルケディシア教は信用できないのである」

 「嘘をつく理由は無いね」

 「ぐぬぬぬぬ」

 

 リーシュがあまりにも淡々と答えるので、ガリオンは己の失敗を悟った。

 アルケディシア教徒とはいえ罪も無い人に槍を向けてしまったのだ。

 

 「(こ、これではジェシカを殺めた強盗と変わらないのである)」

 

 後悔がガリオンの心を埋め尽くす。そんな様子をずっと見守っていたルファが恐る恐る言った。

 

 「あの……とにかくこの子の治療をしますね。怪我をしたままでは可哀想です」

 

 するとその言葉にガリオンが敏感に反応する。

 

 「治療といって良からぬことをするつもりではあるまいな! アルケディシア教徒めッ!」

 「え、ええっ!?」

 

 その変り身の早さに思わずリーシュは呟いた。

 

 「……もはや病気だな」

 

 その呟きはガリオンに届きはしなかったが、変わりに先ほどの家の中から返事が返ってきた。

 

 「病気なら早く楽にしてやらねえとな。たった三人とは舐められたもんだな」

 

 家から出てきたのはガリオンと同じくらい体格の良いスキンヘッドの男。斧を担ぎ不敵な笑みを浮かべて現れた。

 その背後には四人の男がそれぞれに剣を持って同じように不敵な笑みを浮かべている。

 状況を理解できないリーシュ達にスキンヘッドの男が言う。

 

 「ここが見つかっちまったからには生かして帰すわけにはいかねえんだ。死んでもらうぜえ」

 「あ?」

 「ぬ?」

 「ほへ?」

 

 リーシュ達の間抜けな反応を気にすることなくスキンヘッドの男は斧を構えた。

 見つかっちまったとは何のことか、さっきの従業員の事かとは思ったがいまいち掴めず訳もわからぬままに武器を向けられるリーシュ達。

 訳はわからないがとにかく敵であることは確からしい。

 

 「……なんなんだこいつ等」

 「間違いなく悪のお出ましである」

 「あの、この子の治療を……」

 

 リーシュは大剣を、ガリオンは槍と盾を構え、ルファの言葉は流される。

 夕焼けのカリマの裏町で、また新たな戦いが始まろうとしていた。

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