この旅は④


 クレナ村の隣町でリカルドの店を監視していた不審な男を尾行したリーシュ達は、監視の男がカリマ方面に向かうのを確認すると宿屋で旅の準備をして後を追った。

 昼過ぎに町を出て、カリマに着いたのは丁度一日後だった。

 取りあえず宿に荷物を置いて身軽になり、大きめの商会を何軒か回って聞き込みを開始する。

 

 リカルドのような田舎の商人は、仕入れや発注をする際は職人と直接交渉するではなく、大きい商会を介して行う事が多い。

 納品したけどお金がありませんでは話にならないし大きなトラブルに繋がる事があるので、物を作る職人達が取引をするのは信用のある商会相手であることがほとんどなのだ。

 

 だからリカルドの情報が手に入る可能性が高いのは大きめの商会。そしてその予想は大当たりだった。

 

 「ああ、リカルドさんね。つい最近来たよ」

 「最近っていうのは?」

 「一週間くらい前だったかな。まだこの町に居ると思うよ」

 「何故分かるんだ?」

 「噂になっているからねえ……」

 「噂?」

 

 リーシュ達は噂の詳細を商会の従業員から聞いて眉を顰めた。

 リカルドの息子が攫われ法刃隊に助けを求めたが、最近同じような事件が何度もあり、その全てが虚言だった事もあって相手にされなかったらしい。

 

 「そんな……酷いです」

 

 ルファは思わずそう呟いた。家族を失って、それを嘘だと決めつけられて相手にされないなんて、リカルドの気持ちを考えたら胸が痛い。

 呟きを聞いた商会の従業員が言う。

 

 「実際そう思ったリカルドさんの知り合いが何人も法刃隊に話をしにいったそうだよ。リカルドさんの息子さんが居ないのを確認してるって言っても追い返されたらしいよ」

 「酷いです……。法刃隊って皆さんを守るのがお仕事なんですよね?」

 

 ルファの質問に商会の従業員は無言で返し、リーシュは鼻で笑う。

 

 「リーシュさん?」

 「奴等はそんな崇高な連中じゃない」

 

 その後リーシュはルファに何も語ることは無く、商会の従業員に尋ねたかった事をどんどん並べていく。

 リカルドの所在は分からなかったが、隣町で店を監視していた男の特徴を何個か挙げると、それは恐らくリカルドが雇っている人だろうとの答えが返ってきた。

 果物屋の店主も、リカルドは息子と従業員の三人で店をやってると言っていたので恐らくは間違いないだろう。

 

 最後にリカルドの知り合いがどこに居るのかを聞いてから、礼を言って商会を出た。

 商会を出て、リカルドの知り合いが居るという裏町へと向かう。

 裏町はカリマのメインストリートから離れた場所にあり、巡回の兵士も少ないらしい。

 

 そんな場所にルファを連れて行くのには少し心配なので、裏町へと向かう途中だったがリーシュは彼女を宿に帰すことにした。

 

 「お前は宿に戻れ。裏町へは一人で行く」

 「な、何でですか! 私も行きますよ!」

 「駄目だ、戻れ」

 「嫌です! 戻りません!」

 「嫌じゃない、戻れ」

 「ううー! 嫌です……」

 

 リーシュが善意で言ってくれているのは分かるが、ルファにも譲れない事があった。

 

 「巡回さんが少ない場所なんですよね? もし私の知らないところでリーシュさんが危険な目にあったりしたら……そんなの嫌です。絶対嫌です」

 

 そう言いながらリーシュのローブを掴む。ルファの様子を見てリーシュは「ああ……」と納得した。

 彼女は恐らく、目の前で親友が守護者に襲われているのに何も出来なかったというのがトラウマになってしまっているのだ。

 だから危険が潜んでいるかもしれない場所に仲間を一人で行かせたくない。何も出来ずに仲間を失うことを恐れている。

 

 相変わらずの鋭さを発揮するリーシュだが、分かったところで上手く説得出来るかは別である。

 

 「……必ずベルフィディアに連れて行くって言っただろ」

 「えっと……私を残して逝かないとかいなくならないとかそういう意味ですよね、ありがとうございます。でも宿には戻りませんよ? さあ、裏町へ行きましょう!」

 「おい、腕を引っ張るな。まったく……」

 

 口では抵抗するが、腕を引くルファの手を強引に振り払うことは出来ないままに二人は裏町へと入っていくのであった。

 

 

 ☆

 

 

 裏町の雰囲気はどこか陰鬱だった。建物はメインストリート近辺に比べると老朽化が進んでおり状態は良くない。

 もう夕方に差し掛かっているところなので、手っ取り早く聞き込みを終わらせたい二人は自然と早足になっていた。

 商会の従業員から聞いた情報を頼りにリカルドの知り合いを探す。といっても時間も時間なので出歩く人はほとんど居らず、諦めて出直そうかと二人で相談していた時、脇道から子供が数人飛び出してきた。

 

 先頭を走る少女は泣きじゃくり、それを追いかける数人は誂うような笑みを浮かべていて、とても仲良く遊んでいるようには見えない。

 少女の視界は涙で滲んで悪かったのか、地面に少しだけ顔を出していた石に躓き派手に転んでしまう。

 それでも少女以外の子供は笑っているので、イジメられているのかと思いリーシュが声を掛けようとするよりも早くルファが動いた。

 

 「大丈夫!?」

 

 ルファは少女に駆け寄ると、少女が転けた様を笑っていた周囲の子供に言う。

 

 「どうして笑ってるの?」

 「面白いからに決まってるじゃん」

 

 子供の返答にルファの頬が引きつった。悪びれる事なく堂々と言うかと思わず呆れてしまいそうになる。

 しかし相手は子供だ。七、八歳くらいだろうか。

 子供は残酷なことを平気でやってしまえる事があるのだ。それを呆れずに正すことが年長者の役目である。

 

 「こういう時は笑わないで──」

 「うるせえババア」

 「ババッ……!?」

 

 さっき以上に頬が引きつっているルファを見て、リーシュは深くため息をつくと少し低い声で子供に声を掛ける。

 

 「こいつがババアなら俺はクソジジイか。喧嘩売ってるなら買おうか」

 

 これに反応した子供が反射的に言い返そうとしたが、リーシュの背にある大剣を見て怯んでしまい、次の瞬間には全員逃げてしまった。

 ルファは半笑いでリーシュを見た。

 

 「……大人げないですよ」

 「自覚はある。手っ取り早く追い払いたかっただけだ。それよりそいつの怪我は?」

 「自覚はあるんですか……転けた時に出来た傷と、その他にも見える場所だけでも痣が数カ所あります」

 

 少女は未だボロボロと涙を流しており、とても喋れる状態では無さそうだ。

 イジメっ子達を追い払ったからといって、少女がイジメから解放される事は無いだろうがせめて治療くらいはしてあげたいというのが二人の思いだった。

 ルファとしては完全に解決してあげたいという思いもある。

 

 だが今はリカルドの件があって、子供のイジメ問題にまで首を突っ込んでる場合では無いだろう。

 しかし涙を流す少女を見てルファの気持ちは揺れ動く。とにかくリーシュに相談してみようと口を開いた。

 あまり素直じゃないが優しい彼ならば分かってくれるはずだ。

 

 「リーシュさん、この子の──」

 「お前、そうやって目に入ったもの全てに手を差し伸べるつもりか?」

 「…………」

 

 ルファの考えを見透かしたかのように、リーシュが言葉を遮る。

 

 「俺だって可哀想だとは思う……でも旅の目的地は遠い聖地だ。言い方は悪いが、こんな些細なことにまで手を出してたらキリがない」

 「でも、こうやって見てしまったら放っておけないじゃないですか!」

 「どうしても?」

 「どうしてもです」

 「……取りあえずそいつを治療して泣き止ませないと話も出来ない。もう暗くなるし家にも送ってやらないとな」

 

 リーシュの声音が優しくなったのに気付き、ルファはパッと顔を明るくした。

 『話も出来ない』ということは少女の事情を聞く気があって、問題解決に協力してくれるということなのだろう。

 都合の良い解釈かもしれないが、ルファには何故か確信があった。

 

 「リーシュさん、ありがとうございます」

 「……いいから治療するぞ」

 「ふふっ、そうですね! 治療なら私におまかせください」

 「あ、ああ。任せるのは良いがやけに自信満々だな」

 「微々たるものですけど、癒やしの術が使えますから」

 

 リーシュはその言葉に驚いたが、次の瞬間には納得した。

 癒やしの術を使える人などそう居ない。怪我を治すくらいの術だが、守護者との戦いが各地で起こっているこの星ではそれが使えるというだけでかなり重宝する存在である。

 ただでさえ少ない使い手もほとんどが国や教会が囲っているため、癒やしの術は一般人では滅多にお目にかかれない代物だ。

 

 そんな術だが聖女を目指して修行していたルファが使えるというのは別に不自然では無いだろう。

 流石教会から才を見込まれて引き取られただけはあると素直に感心していた。

 その詠唱を聞くまでは──

 

 「『偉大なる紅き星アルケディシアよ──』」

 「やめろ!」

 

 リーシュに詠唱遮られたルファは困惑する。その様子に無理も無いかと思いつつリーシュは周囲を見渡す。

 聞くだけでアルケディシア教だと分かる詠唱ならば、裏町とはいえこんな町中でさせるべきでは無かった。

 この国がアルケディシア教を良く思ってないのはルファも知っているはずだが、彼女はまだ話を聞いただけで今のところ実感は無いだろう。

 

 別にアルケディシア教だからといっていきなり殺されたりはしない。

 だが厄介な連中に目をつけられやすいのだ。アルケディシア教徒に常に疑いの目を向け、無実の罪を着せても何も思わない連中がこの町にも居る。

 

 「おい」

 

 リーシュの背後から低い声が聞こえた。振り向くとそこには青い髪を短く刈り込んだ、黒い瞳を持つ大男。

 右手に槍を構え、左手には大盾を持ちこちらに厳しい視線を送っている。

 

 「穏やかじゃないな。初対面の相手に槍を向けるなんて」

 「某はカリマ法刃隊所属、ガリオンである。アルケディシア教が王国の子に何をしている」

 

 最悪だ。リーシュは思わず眉を寄せ内心で呟いた。

 なにしろ法刃隊こそが厄介な連中の筆頭だからだ。リーシュは自身の迂闊さを呪った。

 アルケディシア教だとバレそうな言動は慎めと、少し強くルファに言い聞かせておくべきだったのだ。

 

 彼女はその優しさから怪我をした少女を助けようとしただけ。非は自分にある。

 後悔するリーシュにガリオンは鋭い眼差しで言う。

 

 「この町では最近、人攫いが潜伏しているらしくてな」

 

 どうやらガリオンはリーシュ達を人攫いの犯人ではないかと疑っているらしい。

 大剣を背中に吊り下げた男が一人に、泣きわめく少女の側にはアルケディシア教徒。

 なるほど、勘違いされてもおかしくない状況である。

 

 「俺達がそうだと? 槍を下ろしてこちらの話を聞けば勘違いだと分かる」

 「その証明は後でしてもらう。一緒に来てもらおうか」

 

 法刃隊の詰所に連れて行く気かとリーシュは焦った。詰所に行けばルファとは引き離されるだろう。

 アルケディシア教だとバレてしまっている彼女の言を法刃隊の連中が信じるだろうか。

 詰所に連れて行かれるのは有り得ない。あってはならない。

 

 「聞こえなかったか。何がなんでも一緒に来てもらう。これは決定事項だ」

 

 法刃隊は気に入らない。人を見ようともせず、アルケディシア教というだけで高圧的な態度を向ける馬鹿な連中だ。

 問答無用で槍を向けられている事も気に入らない。槍を向ければ従うとでも思っているのだろうか。

 そして何よりルファの善意を、遠回しにでも人攫いだろうと言っているのが気に入らない。

 

 ガリオンは、純粋に少女を助けようとしたルファの心を踏みにじったのだ。

 

 「嫌だと言ったら?」

 

 気がつけば、リーシュの口からは相手を挑発するような言葉が漏れていた。

 

 「力ずくでも連れていく」

 「やってみろ」

 

 二人の間に渦巻く戦意が、大きく膨れ上がった。

 

 

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