この旅は③


 果物屋の店主に話を聞いた翌日、リーシュ達は再びリカルドの店を訪れたが、この日も店は開いておらず人の気配もしない。

 リカルドの店の前に立ったまま、カリマの町へ行くべきかクレナ村に戻って事情を説明すべきか、どちらにすべきか迷う。

 リーシュとしては無難にクレナ村へ戻ることを考えていたのだが、ルファは違った。

 

 彼女はカリマの町へ行くべきだと主張したのだ。それがリーシュには意外だった。

 急ぐ旅にしなくても良いと言ったのは彼女であるし、昨日まではリーシュに判断を委ねるような雰囲気を出していたはず。

 これからどうするかは聞かれたが、どうしたいという意見は言っていない。

 

 何故いきなりカリマの町へ行くべきだと思ったのか、気になったリーシュはルファに聞いてみたが返答はどこか要領を得ないものでリーシュを困惑させる。

 

 「えっと、何だか嫌な予感がするんです! 西から変な声が聞こえて……なにかと言われたら説明出来ないんですけどとにかく行かないと!」

 

 果たしてルファの予感をどこまで信用すべきか判断に迷う。

 ルファとは仲間としてこうして共に旅をしているが、まだ予感などという不確かなものを無条件で信じる程の信頼は築けていない。

 まだ出会って一月も経ってないので仕方ないことではある。

 

 ただ一つ気になるのは変な声を聞いたというものだ。この町から西といえばカリマの町だが、まさかカリマの町からの声を聞きとったとでも言うのだろうか。

 

 「その変な声っていうのは何だ」

 「変な声は変な声なんです! なにかの鳴き声のような」

 「鳴き声? 人の声じゃないのか」

 「はい、今はもう聞こえないんですけど……」

 「そうか」

 

 リーシュは考える。仮にルファを信じてカリマの町へ行くとしよう。

 リカルドに関する手掛かりは無く、嫌な予感の正体も分からずじまいでカリマの町へ行くのが無駄足になったとしても、急ぐ旅では無いのだからまた戻ってくれば良い。

 しかし嫌な予感というのが当たっているとしたら、もしかするとリカルドに関係していることかもしれない。

 

 悩むリーシュであったが、その時ふと誰かに見られているような気がして振り返る。

 すると少し離れた場所に居た男と目が合い、その男はリーシュと目が合った瞬間にサッと目を逸らして裏路地に消えていった。

 

 「(今のは……?)」

 

 監視をされるような事など思い当たる節は無い。三年ほどクレナ村に引きこもっていたし、この町に来てからもおかしな行動はしていないはず。

 ルファのほうはもっと有り得ない。まだこの国に来てから二週間ほどで、町についてからはずっとリーシュと共に行動していたし、アルケディシア教だとバレる要素も今のところは無い。

 ならばあの男達は──

 

 「(俺達じゃなくてリカルド氏の店を監視している?)」

 

 リカルドは何らかの事件に巻き込まれているのだろうか。だとしたらルファの感じた嫌な予感はそれに関連する事かとリーシュは思った。

 取りあえず先ほどの男が本当にリカルドの店の監視を目的としているのかを確認したい。

 

 「おい、一旦ここを離れるぞ」

 「リーシュさん?」

 「監視されてる」

 「へ?」

 

 困惑するルファだが、リーシュが既に歩き出しているので慌てて追いかける。

 

 「リーシュさん、監視って……?」

 「俺達が監視されているのか、リカルド氏の店を監視しているのか分からないが見られていた。向こうの出方を窺うぞ」

 「そ、そうだったんですか。全然気付きませんでした」

 「お前の嫌な予感とやらは当たっているみたいだな。監視されるなんてろくでもない事態が起こってないと有り得ない」

 

 そう言って二人はリカルドの店が完全に見えなくなるまで離れた。

 そして物陰に隠れ、少し待って監視の男が追いかけてこないのを確認すると再びリカルドの店へと向かう。

 しかし先ほど男が消えていった裏路地辺りに人の気配は無く、誰も居ないはずのリカルドの店の中から物音が聞こえてきた。 

 

 「店の中に誰か居ますよ」

 

 小声で話すルファに頷くリーシュ。店の入口は強引に開けられたような痕跡は無い。

 中に居るのは監視の男か、リカルドが帰ってきたか。タイミング的には前者の可能性が高い。

 店内に踏み込んで見るべきか様子を見るべきか考える。

 

 もし店内で戦闘になったら得物が大剣のリーシュは不利になるかもしれない。

 一応丸腰でもある程度はやれるが、相手の力量が分からない以上は慎重になるべきかとも思う。

 しかしリカルドの所在が分かる好機でもある。リーシュは心を決めた。

 

 「ここで様子を見る。店内の奴が出てきたら尾行するぞ」

 「は、はい!」

 「奴がカリマの町方面に行くなら、俺達も移動する」

 「宿屋に荷物を置きっぱなしですよ?」

 「ここからカリマまで尾行出来るとは思ってない。町の中ならともかく、隠れる場所がろくに無い街道で尾行に気付かないほど間抜けでも無いだろう。奴がカリマ方面に行くのを見届けたら、俺達も宿に戻って準備してから行く」

 

 リーシュの説明にルファが頷くのを見て、物陰に隠れリカルドの店を監視する。

 何かが起こっているのはほぼ間違いないだろうが、なるべく厄介な事では無いことを祈らずにはいられなかった。

 

 

 ☆

 

 

 カリマの町の大通りを大男が歩いている。

 短く刈り込まれた青髪に、精悍な顔立ち。瞳の色は王国人では珍しく黒い輝きに満ちている。

 周りと比べても一際大きい身体で、その背には鉄の大盾があり、大盾と背中の間には槍が挟まれていた。

 

 男の名はガリオン。治安維持を目的とした部隊、法刃隊の兵士である。

 しかしガリオンは法刃隊の装備を身に着けておらず、今日は全身に青の鎧を纏って町を歩いていた。

 その表情は固く、ガリオンの顔を見た通行人は思わず道を開けてしまうほどだ。

 

 ガリオンの脳裏にはある男の顔が思い浮かんでいた。自分の子供が攫われたんだと言って詰所に現れた男。

 彼の言っていた事が脳内を何度も何度もかき乱す。

 

 『あんた達法刃隊だろうが! 犯罪を取り締まるのが役目のはずだろ!』

 

 その通りだ。あの男が言っていた事は間違っていない。

 ガリオン自身、世に蔓延る悪が許せず、志願して法刃隊に入隊した。

 十七歳の時に入隊し、十七年を法刃隊で過ごした。

 その間、ガリオンの根底にあるものが変わったわけではない。

 

 ガリオンは、名ばかりの貴族の家庭に次男として生まれ、平民と変わらぬ生活を送った。

 

 将来は軍人となって国に仕えろと父に言われたので、言われるがままに剣の腕を鍛え、何の面白味もない毎日を過ごす。

 そんな日々にただ一つだけ、彩りを加える人が居た。町のパン屋の一人娘、ジェシカである。

 ガリオンが十三の時、街を歩いていてパン屋の前を通りすぎる時にふと店内を見ると彼女は居た。

 

 一目惚れだった。プラチナブロンドの綺麗な髪も、抱きしめると折れてしまいそうな細い身体も、客に向けるその笑顔も、彼女の全てがガリオンを魅了した。

 それからガリオンは何かと理由をつけてはパン屋に通い詰める。

 今までの人生で一番必死になった。剣の稽古なんかとは比べものにならない程だ。

 

 なんとか仲良くなりたいと奮闘するガリオンに最初は引き気味だったジェシカも次第に心を開き、一途に猛アプローチするガリオンに惹かれていった。

 一年後、晴れて両想いになった二人は正式に交際を始める。

 二人は幸せだった。互いの家族にも公認の仲となり、将来は絶対に幸せな家庭を築くだろうと誰もが疑っていなかった。

 

 ガリオンが十六の時、そんな二人に悲劇は唐突に訪れる。

 庭で剣を振っていると、屋敷に法刃隊の兵士が駆け込んで来た。

 

 何事かと思い直ぐに追いかけると、兵士は屋敷の執事に信じられない言葉を放つ。

 

 『ガリオン様の婚約者様の店に強盗が入り、店員は皆、殺されました──』

 

 言っている意味が分からなかった。

 こんな平和な場所で強盗が、しかもジェシカの店に入り皆殺されたなど到底信じられない。

 報告を受けていた執事がガリオンに気付き声をかけるが、ガリオンは既に走り出していた。

 何度も何度も通い詰めた馴染みのパン屋へと。

 

 到着したガリオンを待ち受けていたのは、ぐちゃぐちゃになった店内と、血溜まりに倒れる心優しいジェシカの両親。

 それと──

 

 『ジェ、ジェシカ……ジェシカ!』

 

 ガリオンが愛した女性、ジェシカの斬殺死体であった──

 

 ジェシカを失って失意の日々を過ごすガリオンに、事件の犯人が死んだと報告が入ったのは一週間後のことだった。

 犯人はギャンブルに負け全てを失った人生に嫌気がさし、最期に金を奪ってパッと遊んでから死ぬつもりで強盗に入ったらしい。

 ジェシカの店に入ったのはたまたま目に入ったから。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい理由で、ジェシカ達は殺されたのだ。

 

 犯人は言いたい放題した後にナイフで喉をついて自殺したと聞いた。反省も、詫びの言葉も無く。

 

 ガリオンの怒りや悲しみは、ぶつける相手も居ないまま心に渦巻き続けた。

 何故真っ当に生きてきた人間が、理不尽な悪意に屈して命を落とさねばならないのか。

 ガリオンの感情は膨らみ、やがて犯人ではなく全ての悪を憎むようになっていった。

 

 そんなガリオンが法刃隊に入ったのは当然の帰結だったのかもしれない。

 全ての悪意から人を守る盾と、少しでも遠くの人を助けられるようにと持った槍が彼の信念を現している。

 

 世に蔓延る悪は許せない。軍人としては上官の意向を無視も出来ない。

 今日は非番の日だ。ならば法刃隊のガリオンでは無く、ただのガリオンとして動こう。

 息子を攫われたというのが嘘だったのならそれはそれで良い。

 

 ただ本当だったとしたら──

 ガリオンの心に燃える正義の感情が、音をたてて燃え広がった。

 

 

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