この旅は②
翌日の昼過ぎ、預けていたローブを受け取ったリーシュ達は再びリカルドの店を訪ねてみたが、まだ留守にしていたのでその日は馬や荷馬車が売ってないかと町を見回っていた。
サイズを直してもらったローブを着たルファはご機嫌な様子である。
手の先まですっぽりと隠していたブカブカな袖も、彼女の腕の長さに合ったサイズになって戻ってきた。
「安い荷馬車があれば良いですね」
「そうだな。荷物を背負って旅をするのはキツイが……お前が昨日言っていたように、時間がかかっても平気だと言うのなら無理して探さなくてもいいかもな」
歩きながらリーシュは続ける。
「ナジェール河を渡るときに、馬や荷馬車を持って渡れない可能性も考えておかないと……」
「じゃあここで買っても無駄遣いになっちゃうかもって事ですね」
「そういうことだ。一応見るだけは見ておくが」
といってもあまり大きな町ではないので、ここでは需要が無さそうな荷馬車などが売ってる可能性は低そうだ。
しかし、リカルドの帰還を待つ間何もしないのは勿体ないのでこうして探しているというわけだ。
ついでにリカルドの情報があれば仕入れておきたい。
二人が並んで歩いていると、露店で果物を売っていた中年男性に声をかけられた。
「そこの可愛いご夫婦! 甘くて瑞々しい果物は要らんかね! 安くするよ」
「ご、ご夫婦!? あ、果物美味しそうですねー!」
そう言って目を輝かせるルファを見てリーシュはお金を取り出す。
「一つ貰おう。ついでに聞きたいことがある」
「毎度あり! 答えられることなら何でも答えるぜ」
露店の店主から受け取った果物を、目も合わさず黙ってルファに渡すと店主と会話を続ける。
ルファは慌てたように受け取ってからお礼を言って、『あの、リーシュさんの分は?』と聞くが無視されてしまった。
「知り合いから手紙を預かっていてな、リカルドという商人宛なんだが……どうやら一週間ほど留守にしているらしい。服屋からはこんなに留守にしているのは初めてと聞いたが何か知らないか?」
「リカルドさんといえば雑貨屋の店主か。確かにそこまで留守にする事は無かったな」
聞かれた店主は顎を手で擦りながら考える。
暫く考えた後「関係あるかは知らねえが」と前置きをして答えた。
「リカルドさんは十二歳くらいの息子と従業員の男一人の計三人で店をやってるんだが、仕入れや発注をしに息子さんと従業員が二人でカリマの町に行くことがあるのさ」
「カリマというとここの隣町か」
「そう、西に真っ直ぐ行くとある町さ。その仕入れにリカルドさんも着いていくことがたまにあるみたいだぜ」
「三人でカリマの町に行くときに店を閉めてるというわけか」
「ああ、けど一週間ともなると分かんねえな」
「いや、助かった」
リーシュは礼を言って果物屋を後にする。ルファは慌ててその背を追いかけた。
「リーシュさんどうしますか? カリマの町に行ったほうが良いんでしょうか」
「ここからカリマの町まで伸びてる道は一つだけだ。この町を出ても道中ですれ違う可能性はあるか」
「じゃあ……」
「とりあえず明日までは待つぞ。明日留守だったら考える」
「はい! あの、リーシュさん……」
ルファは力強く返事をした後、もじもじしながらリーシュの様子を窺った。
その様子を見てリーシュは眉を顰める。
「どうした?」
「果物、半分こにしませんか!? 一緒に食べましょう」
そう言って差し出された果物を、内心では『要らないんだが』と思いながらも、断るとルファは遠慮しながら食べそうだなと思い素直に受け取るのだった。
☆
カリマの町の
目は赤く充血し、握りしめた拳は爪が食い込み血の色が見える。
男は鉄の鎧を纏った兵士に鬼の様な形相で詰め寄っている。只事では無い様子なのは火を見るより明らかだ。
「俺の息子が攫われちまってるんだぞ!? あんた達法刃隊だろうが! 犯罪を取り締まるのが役目のはずだろ! 何で動かねえんだよ!? 隊長なら率先して動きやがれ!」
「息子が攫われたところを目撃した者はお前以外に居ないのか? 虚言では無いだろうな」
男の叫びにも隊長と呼ばれた男は直立不動を崩さない。隊長の表情はフルフェイスの兜で見えないが、その声色は呆れているように聞こえる。
その声を聞き男は更に激昂してしまう。
「人攫いが耳目を集める場所で堂々と攫うものかよ!」
「ならばお前も見ていないということか」
「俺の息子は迷子になるなんざあり得ないほど何回もこの町に来てる! 目撃情報も裏通りを境に無くなっちまってる! 人攫い以外ありえねえんだ!」
それを聞いて隊長は更に呆れた。最早男の言うことなど何一つとして信じていない様子だ。
しかしそれには理由があった。
「最近お前のような奴が何人も来ている。子供が攫われたと訴えてきた奴等がな。はじめは我々法刃隊も奴等の言を信じ捜査していた……がしかし、奴等は例外なく途中から言っていることが有耶無耶になり姿をくらます」
「俺が……俺がそいつ等と一緒って言いてえのか!」
隊長は「そうだ」と頷いた。虚言であると確信している様子だ。
「ふっざけんな! 俺は商人だぞ!? 息子が攫われたと嘘を吐いて得があるのかよ! 噂が流れたら俺は嘘つきの商人だって言われて信用を無くすだけだろうが!」
「お前は隣町の商人だろう?」
「隣町でも噂なんてすぐに流れんだよ! とにかく息子を捜索してくれ! 頼む!」
そう言って男は深々と頭を下げるが隊長は深くため息を吐くばかりで応じるつもりは無さそうだ。
それどころか、周囲で様子を見ていた兵士に声をかける。
「おい、こいつを追い出せ」
周囲の兵士はそれに頷くと喚き叫ぶ男を強引に詰所の外に連れて行くのであった。
そんな兵士達に混ざらず、唯一この場に残った兵士が隊長に声をかける。
その兵士は他の兵士達と違い、背中に存在感のある大盾を背負っていた。
「隊長、よろしいのですか?」
「なんだガリオン、貴様はあの男の言を信じるか?」
「ぬう……」
ガリオンと呼ばれた男は隊長の返答に思わず言葉を詰まらせる。
確かに最近は同じような事が何回も起きており、ガリオン自身、今回の男も虚言ではないかと薄っすらと思っていたからである。
しかしこのガリオンという男、カリマの町の法刃隊では真面目な性格で知られている。
今回の男の言うことが本当だったらと思うととても放ってはおけない。
だが上官は動く様子はない。虚言だろうという考えもとてもよく分かる。
真面目な軍人であるガリオンにとって上官の意向とはとても無視などできないものである。
「(某はどうすれば……)」
悩むガリオンを尻目に隊長は、
「それにしても名演技だったな」
と先ほどまで目の前で怒鳴っていた男を思い浮かべてポツリと呟くのだった。
☆
カリマの町のどこか、薄暗い地下に蝋燭の明かりが揺れる。
数人の男が蝋燭が置かれた卓を囲んでいた。
その内、一番体格の良い男が低い声を地下に響かせる。どうやら男達のリーダー的存在らしい。
「おい、迎えはまだ来ないのか」
リーダーの少し苛立った声に子分たちが震えながら答える。
「そ、それが、どうやらナジェール河付近で守護者が出ているらしく……」
「馬車を動かすのは危険ってことでまだ──」
「バカ野郎!」
子分達の言葉を最後まで聞くことなくリーダーが卓に拳を叩きつけ叫ぶ。
衝撃で蝋燭が倒れたので子分が慌てて元に戻した。
「こっちは計画通り進めちまってるんだぞ! いつまでガキ共を置いておく気だ!」
リーダーの叫びに子分達はダラダラと冷や汗を流す。しかし子分達もリーダーと同じ気持ちだった。
計画通りこの町で目をつけた子供を手に入れたというのに、自分達の脱出と子供の移送を兼ねた馬車が来ないのだ。
今頃、子供の父親が法刃隊の詰所へ捜索を訴えかけているところだろう。
法刃隊が動くことは無いと思うが、それでも悪事に手を染めている自覚はあるので気が気じゃない。
リーダーの機嫌も悪くなっていくばかりだ。
必死にリーダーを宥めながら、一刻も早く迎えが来ることを願う子分達であった。
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