第5話 夕日

「上野まで! 一番、早いやつ、お願いします」


 びしょぬれのまま、窓口に駆け込み、上野駅行の切符を買った。出発まであと十分ですが、と心配そうに確認する窓口の職員を無視し、改札へと走った。

 長い浪人生活。ろくに運動もしていなかった。こんなに必死に走ったのは、中学んときの持久走以来かもしれない。駅までの道のりですでに足に限界が来ていた。ちょっとの段差に足を取られて転びそうになる。呼吸をするだけで喉が風邪をひいたように傷む。

 そんな俺に周りの目は冷ややかで、嘲笑のようなものまで聞こえた。

 それでも、走った。

 ホームまでの階段を死に物狂いで駆け上がり、待っていた新幹線に飛び乗った。


「んなわけあるか。んなわけあるか」


 デッキでしゃがみこみ、息を整えながらも、俺はそう何度も繰り返していた。

 足の震えが止まらない。いきなり、全力疾走なんかしたせいか。それとも……。

 新幹線が動き出しても、俺はデッキに座り込んでいた。

 なにやってんだよ、と頭の中で嘲る自分の声はちゃんと聞こえているのに、早く早く、と心は焦る。

 タイムスリップなんてあるわけがない。そうは頭で分かっていても、あの男の言葉を疑うことができなかった。あれは、自分の成れの果てだ、と確信している自分がいる。

 呼吸をなんとか落ち着かせ、夏希に連絡を取ろうとしたが、電話は留守電になり、ラインはいつまでも既読になることはなかった。きっと、俺からの連絡を避けているのだろう、とそんな気がした。いつも、俺は夏希の誘いを言い訳ばかりして断っていたから。そうやって、俺は最期まで、夏希を一人にさせたのだろう。

 窓の外へと視線を向けると、仙台のそれとは違い、窓の外で流れていく空は雲一つなく、夕日に赤々と染まっていた。なんでもない、ただの夕焼けなのに。こんなにも不吉だと思ったことはなかった。

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