第4話 顔
全くもって、状況が掴めなかった。男の言動に脈絡が無さすぎる。このまま話していたら、こちらの頭がおかしくなっていきそうだ。もう警察でも呼んであとは任せよう、と立ち上がろうとしたとき。男は真剣な眼差しを俺に向け、捲したてるように言った。
「もうここで死ぬんだ、と思った。だから、祈ったんだ。あの日に戻って、やり直したいって……。最期くらい、夏希のそばにいてやりたかった、て」
「は……?」
夏希――て、言ったか?
「六年前の七月二十五日――『今日』、午後七時〇四分。ミサイルが東京に落ちたんだ。一瞬で、東京は消えた。俺は、そのとき、仙台にいた。夏希は……スカイツリーで、俺のこと待っててくれた。雨で行けそうにない、て連絡したのに……。最期に、夏希からラインがきたんだ――待ってる、て」
「いや、何、言ってんの」はは、と乾いた笑いが溢れていた。「分かった。さては、金井だな。手の込んだイタズラ……」
すると、男は無言でごそごそと胸ポケットから何かを取り出し、それを俺の手のひらにぐっと押し込んできた。
さあっと血の気が引くのを感じた。男に握らされたそれは、懐かしい感触がした。
俺はぎゅっと唇を引き結び、そうっと視線を落とした。震える拳をゆっくりと開くと、そこには人形が横たわっていた。赤い毛糸が二つ連なった雪だるまのような人形。
心臓は焼けるように熱いのに、凍えそうなほどに寒気がした。
そんなわけあるか、と怖気づく自分を鼓舞し、俺はそうっと人形を裏返す。そして――俺は目を見開き、愕然とした。そこには、『アツシ』と縫われていた。一目で夏希が縫ったと分かる刺繍。真似なんてできるはずもない、この世でたった一つの拙い刺繍だ。
「本物だったんだ」と男は俺を真っ直ぐに見据え、噛み締めるように言った。「本当に、願いが叶ったんだ」
頭の中が真っ白になった。人形が手から滑り落ち、雨に濡れたアスファルトに転がった。
「まだ、間に合う」男が懇願するように言う。「今を、無駄にしないでくれ」
瘦せこけ、肌は黒ずみ、顔半分をケロイドに覆われて……それでも、その目元には見覚えがあった。何年も、毎朝、鏡で見てきた――。
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