第2話 夏希

 夏希とは付き合ってから、もう六年になる。高校に入ってすぐに仲良くなった。お互い、医者の両親を持って、自然と医学部を目指していた。そんな境遇に愚痴を漏らし、時に励まし合っているうちに、なんとなくそんな関係になっていた。

 俺も夏希も東北大の医学部を目指していたから、大学にはいってからもこんな関係が続くのだろう、と思っていた。――俺が志望大全てに落ち、夏希が東京の難関私立に受かるまでは。

 東北大の合格発表の日だった。お互い、前期も後期も落ち、「また一年、一緒に頑張ろう」なんて意気込む俺に、東京の私大に行く、と夏希が申し訳なさそうに打ち明けてきたのだ。

 夏希がそこの大学を受けていることも知らなかった俺は、ただ唖然とした。「おめでとう」の一言も出てこなかった。裏切られたような気さえしていた。

 もちろん、祝福しようと努力し、俺は東京へ発つ夏希を笑顔で見送った。

 でも、それから、物理的にも、精神的にも、仙台と東京という距離は確かに俺たちの間に存在し、俺たちを引き離した。

 自然と連絡は減っていき、大学の休みに夏希から誘いが来ても、受験に集中したい、と言い訳に近い理由をつけて俺は断り続けた。

 そして、去年の夏。夏希は仙台まで半ば押しかけるように会いに来た。

 大学の夏休みの終わりかけ。サークルの友人と海外旅行に出かけていた夏希が、お土産を渡しに行きたい、と帰国早々電話してきたのだ。

 夏は忙しい、と断ろうとしても、「青森の実家に帰る途中に寄るだけ」、「ほんの数分でいいから」と夏希は食い下がった。

 そこまでして渡したい土産なんて、どんなものなのか、と思えば、ただの人形だった。手のひらほどの小さな人形――といっても、二つの赤い毛玉が雪だるまのようにつながって、胡麻粒のような目が二つついているだけなのだが。

 旅行先の島国で手にいれたものらしく、現地のシャーマンが力を込めた『願いが叶う人形』だとか。

 裏返すと、そこには、白い糸でアツシと縫われていた。まるで小学生の刺繍かと思ってしまうほど拙く、俺の名前を知らない奴が見れば、『アシシ』と読むに違いない。夏希が縫ったものだと、俺には一目で分かった。料理とか、裁縫とか、家庭的なことはことごとく苦手な奴だから……。

 こうやって持ち主の名前を入れると、効果が上がるんだって――と、自信たっぷりに言う夏希に、俺は愛想笑いしかできなかった。

 自分の名前が入った『願いが叶う人形』なんて、どこの男がありがたがって持ち歩く? 

 人形を受け取ったあとも、旅行の思い出話をさんざん聞かされて、うんざりした覚えがある。何もかもが、自慢話に聞こえてしまった。夏希の話を聞けば聞くほど、焦りが募って……そんな自分が情けなかった。

 結局、その冬の受験も失敗し、俺は三浪目に突入した。人形の奇跡は起きなかった。夏希の土産話にはろくに耳を貸さず、もらったお守りにも水を差した。

 この人形ね、願いが叶うんだって――そう言う夏希の希望に満ちた声を思い出すのが嫌で、俺は人形を隠すように机の引き出しの奥にしまった。

 夏希とは、その夏以来、会っていない。会わないようにしてきた。

 会いたくない――いや、違う。会わせたくないんだと思う。こんなみっともない自分と会わせたくないんだ。

 そう、見栄だ。

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