第123話 初恋の人のヒーロー
俺はどれくらい意識を失っていたのだろうか?
山本に殴られて吹っ飛び、そして後頭部を思いっきりぶつけてしまい、そして『つねちゃん』の俺を呼んでいる声が聞こえているところまでは覚えている。
俺は『つねちゃん』を助けることができたのだろうか?
『つねちゃん』を守ることができたのだろうか……
今、目を覚まして……俺の目に映る光景が『前の世界』の頃の俺の部屋だったらどうしよう……今までの出来事が全て夢……俺の妄想だったらどうしよう……
俺はそんな事を思いながらソッと目を開けた。
すると俺の目の前には心配そうに顔を覗き込んでいる奏の顔が……
中学生の奏……大粒の涙を流している奏の姿を見て、俺は安堵し、そして思わずこう言った。
「ただいま、奏……」
「おっ、おっ、お兄ちゃん……お帰りなさい……」
奏は小さい声でそう言うと今度は大きな声で母さん達に叫び出す。
「お母さん、お父さん、博!! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが目を覚ましたよーっ!! うわぁぁああんっ!! ほんと、良かったよーっ!!」
「何だって!? 隆が目を覚ましただと!?」 「ほっ、本当なの、奏!?」
両親も弟も俺に駆け寄り、そして抱き着きみんな大泣きしながら俺の『生還』を喜んでくれた。
しばらくすると『つねちゃん』も来てくれた。
そして俺に抱き着きながら何度も何度も謝っている。
「うっ……私のせいで隆君にこんな思いをさせてしまって本当にごめんなさい……うっ……」
「つねちゃんは何も悪く無いよ……悪いのはあの山本なんだから……だから気にしないでよ……それよりも俺が退院したら、もう佐々木はいないけど……俺に勉強を教えてくれないかい……?」
「隆君……あなたにこんな酷い仕打ちをしてしまった先生なんかに会ってくれるの?」
「つねちゃん、そんな言い方は止めてくれよ。俺はつねちゃんのことをそんな風には全然、思っていないから……でも逆につねちゃんが俺の事が嫌いって言うなら仕方ないけどさ……」
『つねちゃん』が少し頬を赤くし、拗ねた表情をしながら小さな声で言う。
「バカ……嫌いになるはず無いじゃない……」
俺はそんな『つねちゃん』が可愛らしくてたまらなかった。
そして俺はこう聞いた。
「つねちゃん……? 俺、つねちゃんのことをちゃんと守れたのかな……?」
「うん……隆君は先生をしっかり守ってくれたよ。とってもカッコ良かったよ。隆君は先生にとって『ヒーロー』みたいな存在だよ。本当に有難う……」
「ハハハ、ヒーローかぁ……殴られて吹っ飛んで、気を失ってしまった、とても弱いヒーローだなぁ……なんだか恥ずかしいよ……」
「弱く無いよ。隆君は全然、弱くない。とても心が強くて『大人の私よりも、ずっと大人』の男の子だよ。だから、私のヒーローさん……今はゆっくり静養してね……」
俺は一週間も目覚めなかったらしい。
精密検査を何度もしたが脳に異常は無く、命に別状も無いという診断であったが、全然、目を覚まさなかった俺に対して家族も周りの人達も不安が取れないでいたらしい。
その間、『つねちゃん』は毎日、病院に足を運び、必死に俺の世話をしてくれたそうだ。間で『つねちゃん』のご両親や昇さん夫婦もお見舞いに来てくれたそうだが、その時に『つねちゃん』のお父さんは眠っている俺の前で土下座をして謝っていたらしい。
俺としてはめちゃくちゃ恐縮してしまう事だが、『つねちゃん』のお父さんからすれば、自分がお見合い話を持って帰り、そして娘に『会うだけでいいから』とお願いをしてしまった結果がこうなってしまったものだから、きっと心苦しかっただろう……
俺は早く退院をして『つねちゃん』のお父さんに元気な姿を見せて安心させてあげたいという気持ちでいっぱいになった。
俺が目を覚ましてから間もなく、レストランの責任者を始めホテルの総責任者の人までお見舞いに来てくれた。
俺と山本が揉めているのを止める事が出来ず、最終的に俺が大怪我をしてしまったことへの責任を感じてのことみたいだが……
でも俺としては早い段階で止められてしまうと、その日で決着がつかず、問題が先延ばしになるだけだったと思うので、レストラン側の対応に文句を言うつもりはない。
逆に俺はホテルの総責任者の人に『ある事』をお願いしてみた。
すると総責任者の人は快く引き受けてくれた。俺はそれだけで満足だった。
その時に知ったのだが、俺達が揉めていた時に俺の知り合いらしき男女二人がレストランの責任者に詰め寄り、早く二人を止めろと言ってくれたそうだ。
責任者いわく、その二人の名前は男性が『おお…なんとか』で、女性が『かわ…なんとか』だったそうだが、その『かわ…なんとか』が警察にも早く連絡してと言ってくれたお陰で、俺が気を失って数分後には警察官が駆け付け、山本は傷害の罪で現行犯逮捕になったみたいだ。
大石、川田、ありがとな……
何でお前達二人が一緒に『エキサイトホテル』のレストランに来ていたのかなんて野暮な事は絶対に聞かないから早く病院に顔をだしてくれないかなぁと思う俺であった。
頭を強く打っているという事も有り、俺は一ヶ月近く入院となってしまった。
なので夏休みのほとんどが入院生活となり、楽しみにしていた夏のアルバイトも出来なかった。
きっと水井なんかは一度も自分が働いている姿を俺に見てもらう事が出来なくてイライラしているかもな……二学期になったら文句を言われそうだよなぁ……
ある日、高山が見舞いに来てくれた。
そして高山から驚きの情報を得てしまった。
実は俺がバイトを休んだ日に新しくバイトに加わったのは水井だけでは無かったらしい。もう一人、求人広告を見て面接を行いバイトとして働く様になった人……
なんと稲田だそうだ。
これには俺も驚いた。まさか稲田が……
帰り際に高山が一言、ニヤッとしながら俺に言う。
「隆、お前が退院してバイト復活したら、また色々と大変だよなぁ……ご愁傷様です……プププ……」
高山の言っている意味は分からないが……いや、分かりたくないというのが本当のところだが……でもとりあえず俺は一日も早く退院をして元の生活に戻りたい……『つねちゃん』と普通に会いたいという気持ちが強かった。
月日が流れ、夏休みは入院と共にあっという間に終わり、二学期から俺は学校に通いだした。しかし体育だけは見学という形になり少し残念ではあったけど……
それと並行して毎週土曜日『つねちゃん』に勉強を教えてもらう事を再開させる。
俺からすれば週に一度の癒しの日となる。
ただ、アルバイトは医者からも両親からも急に体調がどうなるかも分からないから年明けからにした方が良いと言われたので俺は素直に聞き入れた。まぁ、お陰で高山が言っていた様なご愁傷様的な事は回避されて俺としてはそれで良かったのかもしれないが……
あくる年……
医者から『もう大丈夫でしょう』と言ってもらい、一月の半ばから約半年ぶりにアルバイトに復帰した。
職場の人達からは拍手喝采で出迎えて貰い、また水井や稲田なんかは涙を流して喜んでくれたので、少しこっぱずかしさはあったが幸せな気持ちでもあった。
三田さんからは佐々木と付き合いたいやら、付き合っているというのは実は嘘だったという事を告げられ、そして謝られた。
薄々、俺もそうじゃないかとは思っていたが、逆に三田さんに嫌な役をやらせてしまい申し訳ない気持ちになってしまう。だから俺は、
「三田さん、俺の方こそすみません……俺が中途半端な男だったばっかりに……色んな人を傷つけてしまって……」
「いや、五十鈴君は悪く無いよ。俺が勝手に仕組んだことだし……それに五十鈴君にマーコ以外に『好きな人』がいたのを知らなかったからさ……ホント、辛い思いをさせてしまってゴメンよ……」
「三田さん、もう気にしないでくださいよ。それよりもあと一年、どうぞ宜しくお願い致します!!」
「ハハハ、そうだね。よろしくね!! でもアレだよ。別に高校を卒業してからもここで働いてくれたっていいんだよ」
「いえ、それはお断りします」
「えーっ? 何だよ、それ~っ!? 五十鈴君、冷たい奴だなぁぁ……」
「 「ハッハッハッハ!!」 」
二月に入り、俺は『スキー合宿』という名の『修学旅行』も無事に行く事ができ、学期末試験もなんとか欠点を取らずに三年生に進級できる事が決まった。
そして四月……
遂に俺は三年生になった。
俺が『つねちゃん』と結婚する為の『最終章』が幕を開ける。
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
こ回で「高校二年・誘惑と嫉妬編」は終了です。
無事に意識を取り戻した隆
その後の経過も順調ではあったがアルバイトだけは年明けということになる。
そして月日が流れ隆は高校三年生に!!
遂に最終章が始まる……
どうぞ次回もお楽しみに。
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