第111話 初恋の人と俺を好きな人

【とある日曜日】


 今日はバイトの日である。

 しかし朝から雨が降っており、お客さんは少ない。


 ただ俺の担当している『エキサイト・エキスプレス』は屋根があるので、他の『アトラクション』よりはお客さんは来ている方だ。


 まぁ、俺としては暇な方が有り難いのだが仕方がない……


「今日はうちの乗り物だけお客さんが来るわね?」


 乗り物が運転中に大塚が俺に話しかけてきた。


「そうだね。今日はのんびりできるかと少し期待してたんだけどなぁ……何でうちのアトラクションには屋根があるんだろうな?」


 俺がそう言うと大塚は笑いながら


「このアトラクションは音楽をガンガン鳴らすのも特徴の一つだからじゃないかな? だって屋根がある方が音が響くじゃない?」


「なるほど!! そういうことかぁ……だったら仕方ないよなぁ……このアトラクション、音楽が無ければただ前後に回転するだけの乗り物だもんなぁ……」


「ハハハ!! その言い方は『エキサイト・エキスプレス』に失礼よ。ハハハ……」


「いやでも、大塚もそう思うから笑っているんだろ?」


「フフフ、まあね……」


 そろそろ乗り物が止まるので俺は大塚から離れて『安全ロック』を解除する準備をする。


 実は今日、佐々木は風邪を引きバイトを休んでいる。

 昨日の『つねちゃん』の家での『勉強会』でも調子が悪く、途中で帰ったのだ。


 そういうことで今日は久しぶりに大塚とよく話をしている。


 元々は大塚が俺にここのバイトを誘ってくれたし、一年の頃からウマが合いよく会話はしていた。だが最近はクラスも違うし、佐々木と会話する機会が増えていたため大塚と話をすることがめっきり減っていた。


 今日は休憩時間も大塚と一緒になり事務所で大笑いをしながら会話を楽しんでいる。


「ところで五十鈴君はバイトはこのまま続けるの?」


 突然、大塚がそんなことを聞いてくるので驚いたが、俺はバイトに対しての思いを大塚に正直に話した。


「多分、俺は高校を卒業するまでは辞めないと思うよ。俺さ、結構ここのバイト気に入ってるんだよ。だから大塚には感謝してるんだぜ……」


「感謝だなんて止めてよぉ!! 恥ずかしいじゃない。でも良かったわ……ここ時給がめちゃくちゃ安いのに無理矢理、五十鈴君をバイトに誘って申し訳ないなぁってずっと思っていたから……」


 そうなんだ。

 大塚はずっとそんな事を気にしていたのか……


「俺は時給はどうでもいいんだよ。それよりも楽しくバイトができることが大事だったからさ……」


「そうね。五十鈴君はバイト中、生き生きしているものね? それにマーコと親しくなってからますます楽しそうにバイトをしているように見えるわ」


 俺は大塚の言葉にドキッとしてしまい、顔も赤くなった気がする。


「そっ……そうかな?」


「そうよ、そう見えるわよ。マーコも楽しそうにしているから良いんだけどね。あの子の性格なら直ぐにバイト辞めると思っていたし……それに最近は勉強も頑張ってるみたいだし……これも五十鈴君のお陰だと私は思っているのよ。あの子、中学の時はあまり素行がよくなくてさ、友達もあまりいなかったし……」


「い……いや、俺は何もしてないよ。佐々木が自分から頑張ってるだけだよ」


「頑張るキッカケを作ってくれたのは五十鈴君だよ。私には分かる……マーコは五十鈴君のことが大好きなんだよ」


 大好き……


 本当にそうなら『前の世界』の俺なら嬉しくて舞い上がっているだろう。

 しかし『この世界』の俺はそうなることを非常に恐れている。


「いやいや、マーコが俺のことを好きだなんて、それは無いだろう!?」


「はぁ……五十鈴君は鈍感なの? それともそう思わないようにあえてそんなキャラを演じているの?」


 答えは後者だと大塚に言えるはずもない俺は笑って誤魔化すしかなかった。


「でも五十鈴君は『女の子の気持ち』に対しては鈍感だと思うわ」


「えーっ!? 俺ってそんなに女子に対しては鈍感かなぁ……?」


「鈍感よぉぉ!! それじゃ何故、私が五十鈴君にここのアルバイトを誘ったのか分かる?」


 そういえば、そうだよな!!


 『前の世界』では大塚は羽田のことが好きで、そのために少しでも一緒の時間を作りたいが為に羽田にアルバイトを誘ってきたんだ。まぁ、俺なんかはついでみたいなものだった。


 それなのに『この世界』の大塚は俺だけにバイトを誘ってきた。

 そして俺が誘う男子は高山でも全然問題無かったし……


 何故だろう……?


「うーん……」


 俺が考えていると大塚は再びため息をつき、そしてニコッと笑いながらこう言った。


「五十鈴君? 別に私の気持ちなんて考えなくていいから。逆にもう考えない方が良いと思うしさ……もう吹っ切れたから……」


「えっ、どういう意味?」


 俺は大塚の言っていることが理解できないでいたが、大塚は続けてこう言った。


「私……今月いっぱいでバイト辞めるから……」


「えーっ!? うっ、嘘だろ!?」


「あっ、そろそろ休憩時間終わりだよ。早く戻りましょ?」





 俺は大塚がバイトを辞めると言ってきたことがかなりショックだった。

 『この世界』の大塚は俺と同じで高校卒業まで一緒にバイトをずるものと決めつけていたからだ。


 何故だ? 大塚は何故、バイトを辞める必要があるのだろうか?

 後でもう一度本人に……いや、北川あたりに聞いてみようか……


 俺がそんなことを考えていると三田さんが悲しそうな声で話しかけてくる。


「五十鈴く~ん、マーコは大丈夫なのかなぁ? 俺、心配だよぉぉ」


「えっ? まぁ大丈夫だと思いますよ……」


 俺はこの場面を知っている。

 それも『前の世界』で……


「今日はマーコがいないから寂しくて全然仕事に気合いが入らないよぉぉ!!」


「そ……そうなんですか?」


「ああ、そうだよ。ところでさ、五十鈴君はマーコと付き合っているのかい?」


「い……いえ、付き合っていませんが……」


「ふーん、そうなんだぁぁ……二人仲良しだから、てっきり付き合っているのかと思ったよ。でもそっかぁぁ……二人は付き合っていないのかぁ……それで今後はどうなの? 付き合う気はあるの?」


 どうする?

 俺は三田さんにどう答える!?


 っていうか俺には『つねちゃん』という心から愛している人がいるのに、何故、三田さんの言葉に躊躇する必要があるんだ!?


 マーコのことも……


 いや、マーコも好きだけど……でも『前の世界』の時のような感覚では無い……と思う。


 数秒後、


 俺は『前の世界』の時と同じ台詞を言った。


「そ……それは……無いと……思います……」


 俺がぞう答えると三田さんは少し考え込む表情をしたが、直ぐに満面の笑顔になりこう言った。


「そっかぁぁ……ぞれじゃ俺がマーコと付き合っても五十鈴君には何も問題は無いんだよね?」



――――――――――――――――――


お読み頂き有難うございました。


大塚の思いが分からない『鈍感』な隆

そしてバイトを辞めると言ってきた大塚

また三田からは『前の世界』と同じ衝撃なことを言われる隆


まだまだ隆には様々なことが起こるようです。


どうぞ次回もお楽しみに。

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