第103話 初恋の人が文化祭に来たら

 『前の世界』の俺もこの『ゲルニカ』を描くにあたり、リーダー的な存在の一人ではあったが、あくまでも真のリーダーの補助的なものであった。


 当時のリーダーは大塚がやっていた。


 俺は大塚からの指示内容を自分の担当パーツのグループ員に説明をしながら描いていただけだったんだ。


 それなのに『この世界』では最初から俺がリーダーになるような方向で話し合いが進められていたのだ。


 元はと言えば同じ中学だった新見がクラスの奴等に『五十鈴君は昔から絵を描くのが上手なのよ』と言いふらしたのが原因だが、それを聞いた大塚が俺に『黒板に校長先生の似顔絵を描いてどっちが上手か勝負しましょう』と何やら訳の分からない勝負を挑んで来て、あっさり俺の方が上手だという結果が出てしまった。


 そして『文化祭』でのクラスの出し物が『ゲルニカ』を描く事が確定し、責任者を決める段階になったところで大塚が不敵な笑みをこぼしながら俺を推薦したのだ。


 クラスの女子達のリーダー的存在の大塚がそう言えば誰も文句など言うはずも無く、俺は拒んだが、水井が目を輝かせながら『五十鈴君が責任者なら安心だし、私も全力でサポートするから』と言ってきたので、俺としてはこれ以上拒めないと思い、渋々承諾してしまったのだ。


「おーい、五十鈴? ここの色は濃い黒か薄い黒かどっちだぁぁ?」


「えっ? ああ、そこは濃い目の黒色を塗ってくれないか?」


「ちょっと上野君、それくらい五十鈴君に聞かなくても目の前に見本があるんだから自分で考えて塗りなさいよ!! 五十鈴君、忙しいんだから!!」


「あっ、ご、ごめ~ん……水井、コワッ……」


 俺は心の中で水井に対し、雰囲気が悪くなるから、そういうサポートは止めてくれと叫んでいたのは言うまでもない……


「そう言えば羽田君と南川君がいないようなんだけど……二人がどこに行ったか五十鈴君、知ってる?」


 水井が少し頬を膨らませながら俺に聞いてくる。


「ああ……アイツらは『軽音部』の練習に行っているんじゃないかな? 今度の『文化祭』がデビュー戦だって言ってたし……」


「えーっ!? 『軽音部』も大事だけど、これも大事なのに……それに他の人だってそれぞれ『部活』があるけど時間を作って描いてくれているじゃない?」


 水井は不満そうな顔で俺に強い口調で言ってくる。


 それを見ていた大塚が水井に何か言おうとしたが、恐らく自分が口を出すと更に水井の機嫌を損ね、余計に雰囲気が悪くなると思ったのだろう。大塚は口を閉じ俺の顔をすがる様な表情で見ている。


 まぁ、俺が責任者なんだから、水井が理解できるような『言葉』をかけなくちゃいけないよなと思い、俺は水井に優しく話しかける。


「あのさぁ、俺は羽田や南川が『軽音部』の練習中心でいいと思ってるんだ。だってそうだろ? あの二人に限らず他の『文化部』の人達はこないだの『体育祭』で使う応援旗や横断幕などの作成を率先してやってくれてたじゃないか。逆に『運動部』の人達はグラウンドの準備などに忙しくてクラスの事はあまり出来なかっただろ?」


「う、うん……」


「だから持ちつ持たれつだと思うんだよなぁ。どの行事にも協力的じゃなかったらさすがに俺も怒るかもしれないけど、それぞれみんな出来る事を頑張ってくれているんだから、それでいいと思うんだ。それに『文化祭』には他の学校の人達や保護者も来る訳だし……俺の妹も来るらしいし……だから俺は来校した人達に羽田達のカッコイイところを見せてやりたいだ。アイツ等のデビュー戦、成功させてやりたいんだよ……」


 俺が話終わると、周りがシーンとなっていた。


 その光景を見て俺は少ししゃべり過ぎたかな? と戸惑ってしまったが、うつむきながら俺の話を聞いていた水井が小さい声で話だす。


「ご、ゴメンね……? 五十鈴君の言う通りだね。私の考えが小さ過ぎるというか、とても『子供』みたいで恥ずかしいわ……本当にごめんなさい……」


 水井の目からは今にも涙が流れそうな感じになっていたので俺は慌ててフォローの言葉をかける。


「謝る必要なんて全然無いから。水井だってクラス全員で、この『ゲルニカ』を完成させたいっていう気持ちが強いから羽田達にああいった感情になったんだろうし、それに俺の事を全力でサポートしようとしてくれての事だろうから……だから水井は全然、悪くないから……逆に色々と気を遣ってくれてありがとな……」


 水井は溜まっていた涙をハンカチで拭き取り、俺にニコッと笑顔を見せてくれた。


 そして水井は俺にこう言った。


「ほんと五十鈴君って、前から思っていたけど人間が『大人』よね? 高校生らしくないというか……でもその『大人の言葉』で私、救われたような気がするし……こちらこそ有難う。これからは余計な事を考えずに頑張るね? ややこしい事や難しい事は全て五十鈴君の判断にお任せするわ……」


「えーっ!? ややこしい事や難しい事はご勘弁なんだけどなぁぁ……」


「 「 「ハッハッハッハ!!」 」 」


 シーンとしていたいた周りが俺の言葉で元に戻り、そして今まで以上にクラスが一つになった瞬間であったと思う。


 


 教室に活気が戻り、みんな笑顔で『ゲルニカ』を作成していく。

 俺も担当の下書きを描いている。


 すると大塚が俺に近づいて来て俺の横にしゃがみ込み、俺の耳元でこうささやいた。


「さすがね、五十鈴君……さっきはカッコよかったよ……」


 大塚はそう言うと、立ち上がり顔を真っ赤にしながら違うグループのところに行くのであった。


 俺はまさか大塚に『カッコよかった』と言われるとは思っていなかったので動揺してしまったのか、下書きの絵が上手く描けないでいるのだった。




 その日の夜、珍しく『つねちゃん』から電話がかかってきた。


「もしもし、こんばんは。つねちゃんから電話だなんて珍しいね?」


「フフフ……そうね。本当は先生の方からも隆君に電話をしたいのだけど、やっぱり個人的な電話はしづらいというか……ご両親に変な風に思われてもいけないかなって思うと……」


 まぁ、立場上、『元教え子』に頻繁に電話はしづらいかもな。

 それに俺から電話するのは嫌じゃないというか、もう慣れたしな……


 あと数年すれば『携帯電話』が普及されるし、それまでの辛抱というか……

 

 でもアレだな。

 俺が『つねちゃん』と結婚すれば毎日顔を見ながら話ができるんだけどな。

 


「それで今日はどんな用で電話してくれたんだい?」


「それがね、前に隆君が言ってた『文化祭』に先生も顔を出せそうなの!!」


「えっ、ホントに!? そ、それは嬉しいなぁ……」


「うん、先生も嬉しいわ。アレでしょ? 隆君が描いた『ゲルニカ』の絵が展示されるんでしょ?」


「いっ、いや、俺だけが描いているわけじゃないから。みんなで描いているからさ……」


「でも楽しみだわぁぁ。先生も高校時代を思い出しちゃうわ。それに佐々木さんにも会えるかもしれないし……あの子ともゆっくりお話ができるといいなぁ……」


「ハハハ……そ、そうだね……ハハハ……」


 嬉しさのあまり、すっかり忘れていたぞ……


 『つねちゃん』が『文化祭』に来るということは再び佐々木と接触するという事じゃないか……


 それに、『つねちゃん』の顔をクラスのみんなに知られてしまうだろうなぁ……


 そういった状況を俺は上手く対処できるのか……?

 正直言って自信は無い……


 今なら『つねちゃん』に『文化祭』に来ないようにお願いはできるが……

 どうする、俺……?




――――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございました。


文化祭の準備を進める隆達

水井の不満を『大人』の隆が対応したが、またしてもその『大人の対応』が新たな火種を作るのか?


そして文化祭にはつねちゃんも来れるということに

今なら断れる

悩む隆


隆は一体どうするのか!?


どうぞ次回もお楽しみに。


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