第62話 初恋の人の事を諦める
「石田!? い、石田が何で……」
まさか喧嘩中のはずの寿の横に石田が居るとは思っていなかった俺はとても驚いてしまう。
「五十鈴君何よ? まるでお化けを見るような顔をして……私がここに居たらおかしいの?」
石田が少し皮肉っぽい聞き方をしてきたが、俺は何も返事が出来なかった。
そんな俺を気にせずに石田は寿にこう言い、この場から立ち去った。
「久子、分かったわ。あなたは間違ってないから。それじゃぁ、またね……」
『間違ってない』ってどういう意味だ?
俺は石田が寿に言い残した言葉が気にはなったが、おそらく、その辺も含めての寿からの説明が今からあるんだろうと俺は思った。
「それで俺に話って何だい……?」
俺はある程度は予測していたが、とりあえず何も知らないフリをしながら寿に質問をした。
それに対し寿は少し困った表情をして、直ぐには言い出せないでいたが、寿は少し深呼吸をした後に重い口を開くのであった。
「じ……実はね……実は私、山田君に告白されたんだ……」
「えっ? そっ、そうなんだ!?」
俺は全力で驚いた芝居をする。
「そうなの……私、とても驚いちゃって……生まれて初めて男の子に告白されたから……」
寿の今の言葉に俺は『本当』に驚いた。
学年の『マドンナ』『アイドル』である寿が今まで誰からも告白された事が無かった事に……
逆に他の男どもに、『何でお前等、こんな可愛い寿に告白しなかったんだよ!?』と問いかけたいくらいに俺は驚いてしまった。
「寿みたいな美人が初めて告白されたなんて……驚きだな……」
「えーっ!? 私、美人じゃないから!! っていうか、五十鈴君は私の事をそう見てくれていたの?」
俺は自分の返答がミスったのではないかと少し焦ったが……
「えっ? ああ、そうだよ。俺は寿の事はずっと美人だと思っていたよ……」
「へぇ、そうなんだぁ……」
寿は少し頬を赤くしながらそう言った。
しかし、急に真剣な表情になり少しだけ強い口調で俺に再びこう言ってきたのだ。
「私の事を美人と思ってくれていた五十鈴君が……私の気持ちをずっと知っていた五十鈴君が……私の事を一度も振りむいてくれなかった……」
俺は寿の言葉が胸に突き刺さる思いで聞いている。
「ご……ごめん……」
「別に謝る必要は無いわよ……。でも私はやっぱり五十鈴君に告白してもらいたかったなぁ……っていうのは正直な気持ちかな……」
寿は少しうつむき加減でそう言った。
この数年間、その言葉を寿は俺にどれほど言いたかったであろう……
おそらく……いや絶対に寿に好きと言われたら『前の世界』の俺なら泣いて喜び、直ぐに付き合っていたと思う。
でも『この世界』の俺はある意味『別人』だ。
今の俺は『つねちゃん』の事を心から愛している。
だからこそ『この世界』でここまで頑張ってきたのだから……
仮に『前の世界』では初恋の人だと思い込んでいた石田が俺に告白してきたとしても、この気持ちは絶対に変わらない。キスをされたあの時はちょっとヤバかったが……
いや、ヤバくは無い!!
俺は『つねちゃん』一筋だ!!
それに俺が高校生の時にずっと片思いをしていた女子の事を卒業してからも数年くらい忘れられずに思っていた事があったが、仮に今後『この世界』の高校でその子に出会ったとしても……もし、その子から『好き』と告白されたとしても俺の心は絶対に揺るがない……はずだ……たぶん……きっと……
なっ、何なんだ、この俺の中途半端な自信は!?
『前の世界』で大してモテた事の無い俺が、『この世界』では『モテキャラ』になっている事に対して実は喜んでいる自分いるのではないか?
この状況の自分に酔っているのではないか!?
誰もがモテたいと思うのは当然の事だし、俺だってそうだ。
でも俺の事を『好き』だと思って欲しいのは『つねちゃん』だけなんだ。
その事が原因で俺は寿を避け、石田からも逃げてしまい結局は二人に辛い思いをさせてきたんだと思う。
『中身は大人』のクセに情けない話だ……
だから俺は今、目の前にいる『この世界』の寿に対して本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
俺が心の中で色々と思っている中、寿は予想外な事を言ってきた。
「あのね、五十鈴君……私ね、山田君に告白されて気付いたの。片思いをずっと続けて待つよりも、自分の事を好きだと思ってくれている人と一緒にいる方が幸せじゃないかって……」
「えっ? ああ、そうかもしれないね……」
俺は一気に恥ずかしくなった。
俺は寿が山田に告白されて困っていて、それをうまく断る為にもこの機会を利用して、あわよくば俺からの告白を無理矢理に促そうしてくるんじゃないかと思っていたからだ。
は……恥ずかしい……
恥ずかし過ぎる……
俺はどれだけうぬぼれていたんだ!?
『前の世界』の自分を思い出してみろ!!
色々とモテる為に努力をしても大してモテなかった俺なのに……
少し心の中で凹んでいる俺に寿は話を続ける。
「だから……だからね、私……山田君と付き合う事に決めたの。五十鈴君の事が好きなのは変わらないけど……でもようやく五十鈴君の事を諦める努力をしようと思えたの。さっきも言ったけど、私は私の事を好きだと思ってくれている人と一緒にいたい。それに山田君は私に生まれて初めて告白してくれた人だし……大事にしたい……」
寿は自分に言い聞かせている様な感じで話している。
「そっか……寿の気持ちはとても良く分かったよ。今まで俺なんかのせいで辛い思いをさせてゴメンね。でも寿の選択は正しいと思うよ。自分の事を好きだと言ってくれている人と一緒にいる方が幸せだと俺も思う。それに山田はさ、めっちゃ良い奴だからきっと二人はうまくいくよ。俺も陰ながら応援させてもらうよ……」
俺はそう言いながら、寿と『つねちゃん』のどちらの方が現段階で俺の事を好きだという思いが強いのだろうとふと考えてしまう。
「あ…有難う……本当は五十鈴君にこんな事を言う必要なんて無いんだけど……でも、やっぱり……小一の頃からずっと好きだった五十鈴君に、私の『初恋』だった五十鈴君にどうしてもこの事を伝えて自分自身に『ケジメ』をつけたかったの。余計な事を色々と聞かせてしまってゴメンね…………」
寿の頬を大粒の涙が流れている。
おそらく寿は凄く悩んだ末、決断し、自分の『本当の気持ち』を押し殺して俺に伝えてくれたのだろう。そんな寿の姿を見て俺は初めて彼女を『愛おしく』思えた。
それと同時に寿に『フラれた』訳では無いのに俺は何故か『フラれた』感覚になってしまっていた。
最後に寿がこう言った。
「五十鈴君……常谷先生とうまくいく事を願ってるね……」
「えっ? あ……有難う……寿も山田とうまくやれよ……」
「うん……お互いにこれから頑張りましょう」
寿は俺に手を差し出し握手を求める。
俺も素直に手を差し出し、お互いに握手をした。
寿の小さく柔らかい、そして少し震えている手を俺は一生忘れる事は無いだろう……
――――――――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
タイトルだけを見れば隆が『つねちゃん』の事を諦めるのか!?
と思われた方もおられたかもですね(笑)
でも諦めたのは寿さんの方でした。
これで一つ、隆の悩みは消えるでしょうが、まだ石田さんとのあまり時間の無い石田さんとの展開が待っています。
それに少し高校時代に好きだった子の話も出ましたが、今後その子との出会いも……
新たな展開の予感(まだ先の話ですが……)
という事で次回もお楽しみに(^_-)-☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます