第2話 女子トイレの真実


(結衣どうしたんだろ…。生理痛かな?でも、そんな風じゃなかった気もする。私、結衣になにか気に障ることしたのかな…)


部屋で一人で考え込んでいても、答えが出なかった。そんな状況になってから、数週間、劇的に二人の状況が変わる事態が起こる。



それは、結衣と話すことがなくなってから、3週間が経ったある日のこと。あれ以来、部活などで必要最低限の会話を交わすだけで、結衣が莉緒のことを避けているのは傍目にも明らかだった。


その日、結衣ときちんと話をしよう!と決めていた莉緒は、部活が終わった後に、結衣の後ろを追いかけた。教室が出たところで声をかけようと思っていたのだったが、結衣はそのままトイレに入ってしまった。


しかし、人前で結衣と話すと、言い争いになって、先輩たちに事情を細かく聞かれるんじゃないかと思った。トイレの中で結衣と話そうと思い、結衣を追ってトイレへ入っていった。


「結、あ…」


話しかけようと思ったら、その前に結衣は気付かずに一番奥の個室に入っていた。おそらく、トイレの中に莉緒がいることには気付いていない。


その時、莉緒はあることを思い出していた。それは先週の大掃除の時間のことだった。莉緒のクラスは、西棟3階の非常階段横のトイレも担当場所に含まれている。このトイレ、こないだの先輩の噂で聞いた、おむつが捨てられているトイレだ。


莉緒の他に2人の子と一緒に掃除当番だったのだが、先輩の言葉「ここだけの秘密…」を守るため、自分から個室の掃除を申し出た。


「じゃあ私の個室の汚物箱の掃除するね」


「莉緒ちゃんありがとー」


汚物箱の掃除は汚いものにも触れることがあり、みんなあまりやりたがらない。


莉緒は早速手前の個室から汚物箱を順番に取り出してごみを集めていったが、ほとんど使われることのないトイレのため、ゴミらしいゴミはほとんどなかった。時折ティッシュを丸めたものや、生理用品も出てきたが、ほんの少しだった。


やっぱり先輩の噂話はただの噂だったのか…、そう思って最後の一番奥の個室の汚物入れを手にした瞬間、明らかな違和感を感じた。今までにないくらいの重さだ。普通のトイレの汚物箱でも、おそらくここまでは重くならないだろう。


瞬間、莉緒はおむつだと察した。普段はそのまま広い所に出してゴミ袋に入れてしまうが、莉緒は他の二人にばれないようにそっと汚物入れを個室に戻して、自分も個室の中に入った。


少しドキドキしたが、胸の高鳴りを抑えながら音がしないように汚物入れの蓋をそっと開けた。中を覗いてみると、白くゴワゴワしたものが無理やりに押し込められていた。よく目をこらしてみると、なんだか王冠みたいな絵も描いてある。


(これが、紙オムツなの…?)


妹もいない莉緒にとっては、自分がされていた頃をのぞけば、紙おむつと触れ合う機会などない。お母さん曰く、莉緒自身も3歳になる前にはおむつを卒業していたらしいので、実質今回初めて見たことになる。


重さから考えて、おそらく中は濡れているはずだ。さすがにおむつを出して広げるのは衛生的にも良くないと思い、他の二人に勘付かれないようにそっとゴミ袋に捨てておいた。紙おむつ以外に全くゴミが入ってなかったのを考えると、おそらく前の掃除の日から今日までにこの個室を使ったのは、おむつを使った人間だろうと莉緒は考えた。


その個室に今入っていったのが結衣だった。先輩たちは、このトイレは吹奏楽部しか使わないと言っていたが、実のところ、普段使われないぶん、あまり清掃が行き届いていないため敬遠されがちなのだ。


そのトイレの一番奥に入っていったのが、結衣。莉緒は嫌でも変な想像をせざるを得なかった。結衣がトイレに入ってから3分ほど経過するが、中でなにかやっている様子はない。用を足している感じでもない。なにかごそごそしている感じはするが、何をしているかはわからなかった。


結衣には悪いと思ったが、こっそり個室の前まで近づき、耳をそばだてていた。すると聞こえてきたのは、紙がこすれるような音だった。


これを聞いて、莉緒は結衣がおむつの犯人だと確信した。その場で結衣に問いただしても良かったのだが、どうも今の二人の関係を考えていると、なんと声をかけていいかわからなかった。しかも、相手は個室でおむつを当てている可能性が大きい。


莉緒が何もできずに個室の前で立ち尽くしていると、用を終えたらしい結衣が出てきた。用事もないのに結衣が入った個室の前に立っていた莉緒が、どこから見てもおかしいだろう。


「え、莉緒?こんなとこでなにしてるの?」

「あ、その…」


莉緒は返事に困った。本当は前のことを謝りたくて追ってきたが、そこで聞いてはいけないことを聞いてしまったのだから。


「莉緒、もしかして中で私がなにやってたかわかった?」


気付いていた莉緒ではあったが、それをここで結衣に向かって言うことは躊躇われた。結衣を傷つけてしまうと思ったのだ。黙っていた莉緒に、「今日時間ある?」と結衣は聞いた。


「大丈夫だけど…」

「今日、うちに来て欲しいの」


時間があると言った手前、断ることはできない。気まずい雰囲気のまま、二人は結衣の家に向かうことになった。




無言のまま歩く二人だったが、とうとう我慢できなくなった莉緒が口を開いた。


「結衣、病気なの?」


結衣は黙ったまま莉緒の質問には答えない。意を決して莉緒は話し始めた。


「私ね、こないだ掃除当番であのトイレの掃除したの」


結衣は莉緒の方をみることもなく、ただ無言で家に向かって歩いていた。


「嫌だったら返事しなくてもいいよ、落ち着いたら話してね」


結衣を気遣いながら莉緒は話しを続けた。


「その時に、今日結衣が使ってた個室でおむつを見つけたんだ」


おむつという言葉に、結衣がわずかに反応したように見えた。その表情は涙を我慢しているようにも見えた。それでも莉緒は言葉を続けた。


「あの一番奥の個室以外はほとんどゴミがなかったのに、あそこだけに紙おむつがいっぱいに詰まってたんだ。きっと、その子は誰にも見つからないように、こっそりとおむつを替えてたんだと思うの。その子、きっと不安で不安でしょうがなかったんだと思う。だからね、私、そのおむつを誰にも見つからないように、こっそり処理しておいたの」


結衣はうつむいたまま、莉緒が話すのを聞いている。


「変な考えかもしれないけど、その子を助けたいって思ったんだ。もしかしたら、その子は私の親友かもしれないし、逆に私がおむつの立場だったら、みんなに知られるの辛いもん」


莉緒は歩くのを止め、結衣の前に立ちはだかった。結衣はハッとして莉緒の顔も見た。


「結衣、ごめん」


目の前で深々と頭を下げる莉緒を見て、結衣は目を丸くした。


「え、なんで?」


顔を上げた莉緒は真剣な表情で結衣に言った。


「私、無神経だったなって。結衣のこと、その、知らなかったにせよ、先輩の噂話に乗って、苦しんでる結衣のこと、何にも考えてなかった…」


莉緒の顔には涙が浮かんでいた。


「助けるなんて、カッコいいこと言っておきながら、本当は話のネタにしてたんだって思う」


莉緒は目を真っ赤にしながら結衣に語った。結衣も同じように目に涙を浮かべて言った。


「私こそごめん、莉緒にちゃんと言えなくて…。それも、あんなひどいことまで言って。何にも言わなかった私が悪いんだよね。言ったら馬鹿にされるんじゃないかって、不安だった。これって、莉緒のこと信じてなかったんだなって」


「ううん、もういいの。だって、私たち元通りでしょ!」


二人の顔に笑顔が戻った。二人は今までの喧嘩の答え合わせをするように、お互いのことを謝り合った。そして、結衣の家の前に着いた。


「どうして私を家まで呼んだの?」


「莉緒には知っててほしいの、どうせおむつのこと隠しきれないし」


先ほどの涙はどこにいったのか、お茶目に笑って自分の部屋まで莉緒を連れていった。莉緒がベッドに腰をかけると、結衣はおもむろにクローゼットを開けて、奥からビニールのパッケージを出してきた。


そこにはピンク色で、真中に6、7歳くらいの女の子たちの顔がプリントされた大きなパックがあった。


「それが結衣が履いてるおむつ?」


「そう、私が履いてるのと同じやつ」


そう言うと、結衣は制服のスカートを脱いだ。スカートの下にはハーフパンツを履いており、よく見てみると、少し膨らんでいるようにも見える。結衣は顔を赤らめながら、ハーフパンツにも手をかけた。


目の前に現れたのは、サクランボ柄のゴワゴワした紙おむつだった。間違いなく以前莉緒がトイレの汚物入れで見たものと同じだった。


結衣は恥ずかしそうにまたハーフパンツを履くと、自分の過去を話し始めた。


「私ね、このクセのせいで今まで修学旅行とかも行ったことないの。昔からおねしょが治らなくて、昼間でも気を抜くとおもらししちゃうことがあって…。小学生の時は毎日おむつだったんだけど、中学生になってからは長時間トイレ行けない時とか、トイレが近くなる冬場はおむつしてるんだ」


「そっか、だから合同練習の時に…」


思い返せば、先輩から噂話を聞いた日も結衣は怪しかった。トイレに何度も行ってるし、あの日は合同練習で長時間トイレには行きにくい状況だった。


「うん、あの日から合同練習の日は毎回おむつしてるよ」


「そうなんだ…」


結衣も黙ってしまったので、莉緒は話を変えるつもりで、おむつ自体のことを結衣に聞いてみた。


「ねぇ結衣、紙おむつって結衣でも履けるくらい大きいのがあるの?」


結衣はパッケージを見ながら答えた。


「私には十分大きいサイズだと思うけど…、えっと、パッケージには35キロまでって書いてあるよ」


「そうなんだ、じゃあ私でもギリギリ履けるかも」


莉緒は身長も160近いし、体重は40前後とスレンダーだった。莉緒は冗談で言ったつもりだったのだが、結衣には冗談に聞こえなかったらしい。


「え、本当に?莉緒細いから絶対いけるよ~」


結衣は仲間できた感覚で、大喜びでおむつをパッケージから出して準備しだした。こんなに喜んでいる結衣を見てしまっては、断るに断れない。元来の好奇心も手伝い、莉緒はおむつを履く決心をした。


「わかった、履くよ!」


そういうと、莉緒は自分でスカートもパンツも脱いだ。さすがにパンツを脱ぐときは恥ずかしかったので、後ろ向きで脱いだ。


「じゃあおむつ履くからちょうだい」


後ろを向いたまま手を差し出すと、結衣に言われた。


「履かせてあげるよ!」


莉緒は驚いて反論した。


「いや、いいよ、自分でやるから!」


「うちではおむつは履かせてもらうって決まってるの!私だって毎日お母さんに履かせてもらってるんだから!」


「本当に?」


少々の疑いを持ちつつも、結衣が恥ずかしながらお母さんにおむつを履かせてもらっている姿は可愛いだろうなぁと、変な想像をしてしまうのだった。逃れられないと思った莉緒は、腹をくくって結衣におむつを履かせてもらうことにした。


結衣はしゃがんでおむつを広げ、莉緒は結衣の肩につかまって、右足、左足と順番に通していった。慣れない感覚に、莉緒の顔は真っ赤だ。


おむつを履いて、スカートも履き終わった莉緒は結衣に感想を聞かれた。


「う~ん、なんかゴワゴワして変な感じ。お尻のふくらみが気になるよ」


こうして、二人は結衣のお母さんに注意されるまで、おむつをしたまま、おむつについて語り合ったのだ。二人の絆に入ったヒビは、おむつという共通の秘密によって埋められたのかもしれない。



(完結)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女子トイレの噂 はおらーん @Go2_asuza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ