女子トイレの噂
はおらーん
第1話 女子トイレの噂
「結衣!早く部活行くよ!今日は合同練習だから、遅れるとヤバいって!」
「わかってるよ~、ちょっとトイレくらい行かせてよ」
莉緒は結衣を急かせながらも、ちゃんとトイレの前で待っていた。
「遅いよ結衣!トイレで何やってたの?」
「今日アレの日だから…」
思春期の女の子に少々恥ずかしいことを聞いてしまった莉緒は顔を赤らめて結衣に謝った。どうも、中学2年生くらいだと、こういう話題はタブーだと思っている節がある。二人は急いで吹奏楽部の合同練習の部屋までたどり着いた。部屋にはまだ先輩が数人来ているだけで、かたまっておしゃべりをしていた。
「お疲れ様です!」
二人が元気にあいさつすると、各々の先輩が愛想良くあいさつを返してくれた。すると、後輩にもざっくばらんな先輩が話しかけてきた。
「ねぇねぇ莉緒ちゃん、女子トイレの噂って知ってる?」
2年間通っている中学校だが、莉緒にはそういう類のものを聞いた覚えはない。
「いえ、聞いたことないですけど…。結衣はある?」
結衣に話を振った莉緒だったが、結衣も知らないようだった。
「噂って何ですか?」
莉緒が聞くと、先輩はニヤッと笑って、「聞きたい?」と発破をかけてきた。
「怖いのでなければ…」
莉緒は怖いのが苦手だ。小学生の頃は、兄の悪ふざけで家のトイレにはお化けがいると信じ込まされ、夜に一人でトイレに行けなくなったことがある。
「全然そんなんじゃないよ!」
好奇心の強い莉緒は、早速先輩の噂話に加わったのだった。
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「私の友達が、この前アレの日だったらしいんだけど…」
ちょうどさっきそのことで恥をかいた莉緒は、ちょっと複雑な気持ちになった。先輩はそんなことは無視して、話しを続けた。
「ナプ交換して汚物入れに入れようとしたら、なんか見つけたんだって」
先輩の噂話を聞いている他の人たちは、えぇ~とか、何?と怪訝そうな表情で続きを催促している。その時、莉緒には、それが何か全く想像もできなかった。
「最初は、白くてゴワゴワしたものだったから、前の人が捨てたナプだと思ったらしいんだけど、どうやら大きさがナプじゃなくて、なんか可愛いイラストが入ってたんだって」
周りの人もまだそれが何か気付かないようだ。莉緒は思いつきで、「汚れたパンツとか?」と言った。
先輩はちょっと驚いた表情で、「ブ~、でも良い線いってるよ!かなり近いかも」と含みを持たせて言った。
「実はね…、それはね…」
先輩は勿体をつけて、なかなかブツの正体を明かそうとしてくれない。他の人たちも、「早く言ってよ~」と、聞きたくてしょうがない様子だった。
「分かった、言うよ!それはね、紙オムツだったんだって!」
莉緒を含めた、先輩の話を聞いていた数人が一斉に、なんのことかわからないような顔をした。
「紙オムツだよ!ほら、たまにCMでやってるじゃん、赤ちゃんが履くやつ!」
周りもようやく理解したようで、「えぇ~」とか、「あり得ないよね」とお互いに言いあっていた。莉緒自身、そんなことってあるんだって、他人事のように思っていた。先輩の話にはまだ続きがある。
「それでね、一回だけならまだしも、何度かトイレでおむつを見たことがあるんだって。しかも全部同じトイレの同じ個室で。これってさ、もしかして校内に赤ちゃんの幽霊がいて、夜な夜なおむつ交換してるんじゃないかなって思うの」
そこまで言うと、周りの子たちも笑いだした。
「そんなわけないじゃん!普通に考えたら、誰か生徒でおむつ使ってる子がいるってことでしょ!何百人もいるんだから、一人くらいそんな子もいるんじゃない?」
他の子たちもその意見に同意らしく、うんうんと頷いている。
「じゃあさ、これはどう説明する…?」
まだ続くのかといった表情を見せたところで、吹奏楽部の顧問が部屋に入ってきた。莉緒たちは話に夢中で気付いてなかったが、他の生徒もほとんど揃っており、合同練習の準備ができていた。
先輩は私にウィンクをして、小さな声で「続きはまた後でね」と言って、自分のパートのところへ走っていった。今気付いたことだが、結衣は全くといっていいほど、先輩たちの噂話に加わっていなかった。それどころか、自分の楽器の準備に集中はしていたものの、少し調子が悪いようにも見えた。
莉緒は合同練習中の合間に、結衣に尋ねた。
「ねぇ結衣、今日はどしたの?なんか調子でも悪い?さっきの先輩たちとの輪にも加わってこなかったしさ」
「ううん、ちょっとね…、ま、アレの日ってのもあるかも」
少し顔を背けるような仕草をして結衣は答えた。それを言われると莉緒は深く突っ込めななかった。3時間にもわたる厳しい練習を終えた後、莉緒と結衣の二人は帰りの準備をしていた。
「それにしても今日も疲れたね~」
「うん、まぁ定期演奏会も近いしね」
そんな他愛もない会話をしながら楽器の片づけをしていると、結衣がトイレに行きたいと言い出した。
「またトイレ?最近結衣トイレ近いんじゃない?」
「そうかな…?ちょっと練習前にお茶飲みすぎたのかも」
結衣は何かを誤魔化すように、そそくさとトイレに向かって行った。結衣を待っていた莉緒だったのだが、莉緒が戻ってくる前に先ほどの噂話の続きをしようと、先輩たちがやって来た。
「ねぇ莉緒ちゃん、さっきの続きなんだけどね…」
何を言い出すのか不安だったが、トイレにあった紙おむつの行方も気になったので、そのまま会話に加わった。そして先輩は話の続きを始めたのだった。
「その紙おむつが捨ててあったトイレっていうのが… 3階西棟の非常階段横のトイレなんだって!」
一斉に「え~」という声が上がった。それもそのはず、その3階西棟の非常階段横のトイレというのは、吹奏楽部が今練習を終えた音楽室の真横のトイレだからだ。
「すぐソコじゃん!」
「それがミソなんだよ。この西棟の3階って特別教室以外の教室がないでしょ?だから、普段あのトイレをを使うのは、十中八九部活でこの音楽室を使う吹奏楽部なわけ。ということは…」
「ということは…?」
周りの先輩たちも続きを促す。
「ということは、そのおむつを使ってるのは、吹奏楽部の部員の誰かってこと!」
先輩がそう言うと、周りの先輩たちはお互いに顔を見合わせた。その中の一人が、みんなに向かって言った。
「でもさぁ、うちの部活って30人もいない小規模の部活じゃん。探せばすぐわかるんじゃないの?」
「わかんないままでいいんじゃない。きっとそのおむつしてる子は見つからないか毎日ドキドキしてるだろうし、私たちが見つけたのが原因でイジメとかになったら嫌じゃん」
噂好きなところ以外は真面目らしい。
「そうだね、それが良いよ。これはここだけの秘密ってことで」
「ね、莉緒もそれでいいよね?」
「はい、大丈夫です!」
「でも、莉緒ちゃんなら、可愛いからおむつ似合うかもね~、なんちって」
そう言われた莉緒は、なんだか恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「何言ってるんですか、先輩!」
「あ~、でも莉緒ちゃん顔赤くなってるよ!本当におむつしてたりして~」
先輩はふざけて莉緒のお尻をスカートの上から触った。
「もぅ、やめてください!おむつなんてしてません!」
「ごめんごめん、冗談だって」
先輩は笑いながら莉緒に謝った。女の子が多い部活では、どこもこんなノリなのかもしれない。そんなこんなで先輩たちと騒いでいたら、トイレから戻って来た結衣に呼ばれた。かばんを持って立ち上がり教室の入り口まで行くと、結衣と二人で「お疲れ様でした!」と元気にあいさつして教室を後にした。
帰り道、莉緒は今日先輩から聞いた話を結衣にしていた。
「…でね、トイレにおむつ…」
話していて気付いたが、どうも結衣の様子がおかしい。たしかに今日はアレの日だとは言っていたが、それにしても表情が暗い。
「結衣!どうしたの?さっきから暗いよ!」
「いや、別に…」
ここまでくると、暗いというよりは、機嫌が悪いというか、怒っているようにも見える。
「ねぇ結衣、私なんか悪いこと言った?」
「そんなんじゃないけど…」
ぶっきらぼうに結衣は答えた。
「なんかあったの?」
心配するように言った莉緒だったが、返ってきた返事はそんな莉緒の気持ちに沿うものではなかった。
「もういいよ、莉緒にはわかんないと思うから!」
無表情にそう言い放った結衣は、「今日は先に帰るから」とだけ言い残し、とっとと行ってしまった。何が起こったのかさえわからない莉緒は結衣の背中を見送るしかできなかった。
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