万を越える妄執とただ一つの願い7

時たま行う謎の更新連弾。







転移したトーカを探していたエイブラハムはこちらに気づき、身体をグッと反らしました。



「〈肉腐吹・開花〉」



「っ! 全員大きめに回避を!」



瞬間、爆発的に膨張した腐肉がエイブラハムの胸部から扇状に溢れ出します。その速度は先程の倍以上、範囲も直線だった先程までと違い広範囲です。

幸い私の指示は届いていたようで大きく回避した私も他メンバーも難を逃れていますが、不意を突かれると怪しいですね。



「ラピスとぺぺさんは射程限界から援護を。トーカはロンチーノさんとツーマンセルを組んで。転移での緊急離脱を優先ね。ロンチーノさんもトーカから離れないようにして下さい。マイカは自分で何とかして! それから、暫くは大きめの回避を心掛けて下さい、スキル内容がそれぞれ変わってる可能性が高いですっ」



「了解ですっ!」



「言われなくても近づかねぇよ!」



「OK、頼んだよ妹ちゃん」



「おまかせあれ!」



「……私だけ、雑」



当たり前でしょう、何のための高ステータスだと思ってるんですか。



「お姉ちゃんはどうするの?」



「思考加速を使う」



「……マジで? バグらない?」



「だといいなと思ってる。」



百音式並列思考術四十八番の八「思考加速」。読んで字の如く「思考」を「加速」する技術です。具体的には並列思考毎に思考を役割分担させた上で、それぞれの繋がりを強くします。



「〈膿旋病旋・樹林〉」



と、エイブラハムが旋回し、周囲を薙ぎ払いながら腐液を撒き散らします。気になるのは腐液に混じって飛んでくる軟泥の飛沫ですが……取り敢えずは高めのジャンプで様子を見ましょう。


トーカ、マイカ、ロンチーノさんも同じく高めのジャンプで回避しています。ラピス、ぺぺさんはそもそも射程外です。


飛散した軟泥は重力に従い、そこいら中の床に落下します。それらはモゾモゾと動くと槍のように変形し、上に向けて急激に伸長してきました。

他の3人は反応が遅れています。思考加速を使えば庇えるでしょうが───



「信じてましたよ、マジックラフト! ……ぐへぇっ!」



流石はマジックラフト社、バグのバの字すら感じさせない快適度です。

庇った私は十数本の槍に貫かれてデスします。



「サンキュー、コロナ!」



「お姉ちゃん、ナイスカバー!」



「……安らかに、眠れ」



キルされたことにより視界が暗転、直後に蘇生されたことで明転しました。分身が倒された分のSIZは回復しましたが、これで蘇生回数は残り11回です。



「マイカ、謝意が感じられない」



「……」



スルーですか、もう2度と庇いません。



「ラピス、蘇生ありがと。ぺぺさん、魔法付与の方は」



「さっきのをもう一回やるだけのMPを残すなら、今準備できてる2回分で終わりだな」



「それじゃあ……ロンチーノさんとマイカにお願いします。トーカは緊急離脱に専念させるつもりですし、私は元から付与されてるので」



「りょーかいっ」



さぁて、初陣ですよ叢雲君!

対ダンゴムシ君戦はスルーです、スルー。



「今度は私がメインアタッカーをするので、マイカとロンチーノさんは茶々入れをお願いします。トーカは2人の緊急離脱に専念してね」



「……全力で、茶化す」



「マイカさん、その言い方やめない?転移は後7回が限度だから2人とも気をつけてね」



「了解したけど、コロナはアイツとやりあえるの?」



「うん? 思考加速を舐めるなよ?」



おっと、テンションが上がっているのか臭い台詞が。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「なぁラピス、アイツの思考加速ってどれくらいすごいものなんだ?」



マイカとロンチーノの武器に魔法属性を付与し、とある強化魔法を準備しながらぺぺはラピスに尋ねる。

ラピスは少し考えた後こう答えた。



「うーん、、見た方が早いと思いますよ?」



ラピスはそう言ってエイブラハムへと近づくコロナを指差す。


VRというジャンルの特性上、プロゲーマーとして武術を齧っているぺぺから見て、コロナの立ち振る舞いは非常に無防備に見えた。それはエイブラハムも同じだったのか、スキルすら使わずその腕を振り上げる。


と……



ズパンッ



「……!?」



「うぉぉおお!?」



エイブラハムが腕を振り下ろそうとした瞬間、その腕が肩から斬り落とされた。

エイブラハムはその醜悪な顔をさらに醜く歪ませ、ぺぺは驚愕の声を上げる。



「先輩の思考加速はありとあらゆる可能性を全てシミュレートし、最善手を打ち続けます。先輩の取る行動の全てが最短、最速、最大、最高の結果を出すんです。あれに対抗するには同じことをするしかありませんよ。」



ラピスが説明する間にもコロナはエイブラハムを攻め立て続けている。


肉腐吹を叢雲が斬り裂き、その道を走り抜けた分身がエイブラハムを殴りつける。


別の分身はどこからか取り出した拳銃で軟泥の槍を全て撃ち落とす。


地中から現れた蜘蛛を避け、床が溶けて渦を巻く前にエイブラハムに飛びかかる。



「……なんで最初から使わなかったんだ? あとお前、なんか理知的になってない?」



「頭を回しすぎてお腹が減るし、肌も荒れるからだそうです。口調が落ち着いてるのは先輩について話してるからですね」



「あぁ、オタク特有の早口みたいなもんか」とやけにしっくりくる納得を得たぺぺはもう一度コロナを見る。


思考加速を使い始めて以降、コロナの被弾は0。相手の攻撃を後の先で潰して、自身の攻撃を先の先で全て当てている。



「やっばいな、アレ……」



「どうです、先輩はすごいでしょう!」



「やっぱアイツ人間じゃねぇな」



ぺぺは遠い目をしながら、ラピスはキラキラした目をしながらコロナとエイブラハムの戦いを見守った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る