万を越える妄執とただ一つの願い8




思考加速開始から30分。



「〈肉腐吹・開花〉」



「よっ!」



「〈肉腐吹・開花〉」



「はっ!」



「〈肉腐吹・開花〉」



「そぉいっ!!」



正面から放たれた肉の奔流を跳躍でよけ、着地狩りに再び放たれた腐肉を身体を捻って無理矢理回避。その隙を見逃すまいとさらに放たれる肉腐吹をShufflerを犠牲になんとか凌ぎます。



「くっ、ついにShufflerまで使わされてしまいましたか……!」



思考加速を使い始めた頃は攻撃が面白いように当たっていたエイブラハムですが、弱るどころか段々と強くなっている気がします。その証拠に、今では防戦一方です。



「〈蟻獄陣・渦潮〉」



「あっ……ぶないっ!」



地面を突き破って現れた蜘蛛の群れを叢雲で斬りはらいつつ前に……っ!? これ払った先でも溶解するんですか!!

咄嗟に前進をキャンセル、踏み込んでいた右足だけで力任せに跳躍します。



「っ! どうです、見ましたか今の咄嗟の対応!」



「〈肉腐吹・開花〉」



「辛口判定ぃ!」



このままではジリ貧、非常にマズイです。



「〈肉腐吹・開花〉〈膿旋病旋・樹林〉」



「同時発動とか聞いてないんですが!? がふっ!」



腐肉の波濤を避けた私を、超速の薙ぎ払いが打ち据えます。


暗転、明転。目の前には敵を倒し、一度スキルの使用を停止したエイブラハムの姿が。

ラピスがいなかったらと思うとゾッとしますね……。


これでSIZは回復しましたし、Shufflerも再使用可能になりましたが……このままじゃ埒が飽きませんね


打開策が思いつかず困り果てた私をエイブラハムが再視認します。



「〈肉腐吹・開花〉〈蟻獄陣・渦潮〉」



「あぁもう! どうしろってんですか!!!」



というかせめて私だけ狙うのやめてぇー、ヘイトの概念はどこいったんですかぁー。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『あれに対抗するには、同じことをするしかない』


それをそのまま実行しコロナに対抗するにはエイブラハムに一同は驚きを隠せないでいた。




「やっばいな、アレ……」



奇しくもぺぺの口から出たのは思考加速したコロナをに対する言葉と同じものだった。もっとも、今回は向けられる相手が違うが。



「……やっばい、けど、どうにかしないと、流石のコロナでも、死ぬ」



「だよねぇ……」



「いくらお姉ちゃんでも流石にねぇ」



コロナが転がる雪玉のように強大化していくエイブラハム相手に苦戦を強いられてる間、他のメンバーは戦闘に参加せず、コロナの様子を見守っていた。


否、参加できず、見守るしかなかったのだ。始めのうちは茶々入れをしていたマイカとロンチーノも、緊急離脱のため付近に待機していたトーカもエイブラハムの強化についていけず、それぞれ一度ずつキルされて戦線離脱していた。



「どうしますか、後7回しか蘇生できません!!」



「……考えるしか、ない」



「つっても強くなるカラクリが分からなきゃどうしようもねぇんだよな」



「多分軟泥を取り込んだのが関係してるんだろうけどね」



「……」



他の4人が揃って頭を悩ませている中、トーカはBYV抑制剤のことを思い出していた。



(そういえば、今回はまだ抑制剤使ってこないけど……軟泥を倒すのが条件ってお姉ちゃんは言ってたと思うんだけどなぁ)



姉のピンチに、妹の思考は加速する。



(お姉ちゃんが読み間違えた? いや、多分それは今日地球が滅ぶよりありえない)



「トーカ先輩、聞いてますか!」



(だとしたらなんで……いや、取り込んだ軟泥はまだ身体の中だからだ。その証拠にグルって回るときに指に空いた穴から軟泥を発射してる)



「おーい、妹ちゃんやーい」



(ならなんで軟泥を倒してからじゃないと抑制剤を使わないのか、それはきっと何か不都合があるからだ)



「おい、こいつどっか遠いとこ見てる目ェしてるぞ」



「……こういう時のトーカは、コロナに似てる。いきなり名案出すから、期待して、待機」



ひと通り考えのまとまったトーカは続いてエイブラハムの方を見る。



(うわっ、お姉ちゃん今のよく避けたな……いや、そうじゃなくてきっとエイブラハムは抑制剤を今もどこかに持ってるはず……)



「……あった! 腰のところ!」



「うおっ、びっくりしたぁ!」



「……あれは、抑制剤?」



マイカの言葉にトーカは力強く頷く。



「きっとエイブラハムがあれを使わないのは、軟泥がいるときに使うとマズイからだと思う。そうじゃなきゃ軟泥と併用しない理由がないから」



「なるほど、たしかにそうですね!」



「つまり、ここにいるは誰かがアレを破裂させればいいわけだ」



ロンチーノの言葉にトーカは再び頷く。そして、ぺぺに向けてこう言った。



「ぺぺさん、FPS日本チャンピオンの腕前の発揮しどころです」



「わかってらぁ、あと俺にも敬語はいらねぇよ」



「おっけー!」



敬語を使わなくていいとわかると、とことん軽いトーカであった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「〈焼焦腐蝕(ショウショウフショク)〉」



「ちっ、ここに来て新技ですか!」



……何も起きてな、いえエイブラハムの喉の奥でゴボゴボと汚い音が聞こえてきます。ふむふむ、顔を後ろに傾けて? 頰を膨らませて?


あ、嫌な予感。



ブゥゥゥゥ!!!!



「ほわっちゃぁぁ!!?!?」



エイブラハムが頭を前に振ると同時、口から黄色い液体を霧のようにして吹きました。全力で後方に跳躍する事で私自身は回避に成功しましたが……



「よくも私の服を溶かしてくれましたね……」



確認してみると夜宴礼装の耐久はミリ残り。仕方なくインベントリにしまいます。これで懐かしの痴女スタイルですね。


初使用のスキルだったことによる温情か、はたまた単にタメと隙が長いのか、おそらく前者でしょうがエイブラハムからの追撃はありませんでした。



「コロナ!」



「なんですか、見ての通り今忙しいんですが!」



と、後ろからぺぺさんの声が飛んできます。エイブラハムから目を話すわけにもいかないので見向きはせずに返答です。



「ぶっ!? お前なんて格好して……いや、今はそれどころじゃねぇ。さっき使ってた拳銃、あれグロック17だろ? どこでどこで手に入れたのか知らんが俺に一丁貸してくれ!」



あー、アレですか。正確にはグロックじゃないんですが……まぁそこは今関係ありませんね。


即座に注文の品を作り、ぺぺさんに投げ渡します。



「はいどうぞ。それからこの銃は私の身体で作った模造品ですよ」



「せんきゅ、ってはぁ!? だから俺から壊れたグロック借りたのか!」



ぺぺさんが驚愕の表情で叫びました。いや、人間の身体すら模倣できるんですから銃程度模倣できて当然でしょうに。

ちなみに弾も私の身体でできており、火薬の代わりに高STRで無理矢理撃ち出します。



「ええ、それより何が始まるんです?」



「まぁ見てろ、上手く言ったら妹ちゃんに感謝しな! あと吐き気注意な!」



吐き気……え、マジですか? あれ結構キツイから選択肢から排除してたんですが。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る