万を越える妄執とただ一つの願い6





時は少し遡り、トーカ・ロンチーノside。



「妹ちゃん、取り敢えずはヘイトのキャッチボールから始めよう」



「そうですね、私もそれが良いと思います」



ロンチーノの提案を快諾するトーカ。しかし、その口調はどこかぎこちなさが感じられる。



「敬語苦手なの? 別に良いよそんなの」



「え、ホント!? じゃあ遠慮なく!」



途端に口調が軽くなり、目に見えて元気になる。トーカの単純さに少しばかり不安を抱いたロンチーノだったが、気を取り直して分身へと近づいた。



「んじゃ、取り敢えずは俺から」



「……」



分身も接近してくるロンチーノに気づき、そちらに身体を向ける。そしてそのまま突然〈肉腐吹〉を撃ってきた。



「うぉぉお!? 無言かよっ!」



一拍早く戦闘を始めたコロナ達が受けているのを見ていたため、ロンチーノは不意打ち気味の腐肉の奔流を回避することに成功する。


〈肉腐吹〉を躱された分身が回避のため大きく移動した自身へと突進してくるのを見て、ロンチーノはトーカに向けて叫んだ。



「妹ちゃん!」



「了解! 〈ヘイトコール〉! こっちだぞーっ!」



途端、分身は突進を中止しトーカへと向き直る。そしてそのまま突進を開始した。


それを見たロンチーノはあることに気づき、それを実行におこす。



「〈ヘイトコール〉!」



ロンチーノが〈ヘイトコール〉を使用した瞬間、分身が突進をやめてロンチーノに向き直る。そしてまたまたロンチーノに向かって突進を開始した。



「見ろ妹ちゃん、こいつアホだぞ!」



「私以上に単純なんじゃないかな? 〈ヘイトコール〉!」



「もしかしなくてもこれ、ハメ技だよね? 〈ヘイトコール〉!」



「こんな酷いとハメ、初めて見た……〈ヘイトコール〉!」



「これじゃヘイトのキャッチボールというか分身のキャッチボールだね。〈ヘイトコール〉!」



「まぁ、お姉ちゃんの予想が外れてたら何の意味もないハメだけどね! 《ヘイトコール〉!」



「〈ヘイトコール〉!」



「〈ヘイトコール〉!」



「〈ヘイトコール〉!」



「〈ヘイトコール〉!」








それから十数分間、ひたすらキャッチボールを続けた2人だったが、分身に異変が起きる。


突然、分身の身体がその原型を失い、溶けたのだ。



「うおっ! なんだぁ!?」



「分身が溶けた!」



突然の出来事に目を白黒させる2人に、コロナが声をかける。



「2人とも、お疲れ様でした」



「あ、お姉ちゃん」



「あれ、あいつ倒したの?」



ロンチーノが期待半分、疑念半分といった様子でコロナに尋ねた。それに対して、コロナは首を振って答える。



「残念ながらまだですね。おそらく第1段階突破といったところでしょう」



「……多分、これからが、本番。分身が溶けたのも、その一貫だと、思う」



コロナの返答に対し、マイカが言葉を添える。


と、エイブラハムに変化が訪れた。

分身を形作っていた軟泥が、再びエイブラハムの中へと戻っていく。その最後の一滴までもが戻った瞬間、エイブラハムの全身の目が限界まで見開かれた。そのどれもが充血しており、非常に醜悪な絵面となっている。



「ガ、グ、ア……」



「おい、あいつまた固まったぞ」



「うっひゃあ、もっと怖い顔になりましたね!」



「……だから、怖い顔で済むようなものじゃ、ない」



「うわっ、目から血が出てるよ!」



「血涙って化物がとると気持ち悪い行動でもかなり上位だよね」



「はいはい、多分これから第2段階なんですから、騒いでないで構えてください」



6人がそれぞれの感想を口にする間にも、エイブラハムの変貌は進む。


血涙を流していたエイブラハムだったが、次第に出血が増え始め、終いには口や耳、鼻や傷口からも出血し始めた。

しばらくして出血が止まったエイブラハムは、土気色になった肌とともに再び侵入者達へと向き直る。



「さて、と……取り敢えずトーカ、一旦攻撃してみてくれる? 危なそうなら転移で戻ってきてね」



「おっけー、一発でいいの?」



「うん、どんな反応か見たいだけだから」



「了解!」



その言葉とともに、トーカは駆け出す。明らかにステータスよりも速く見えるのは、トーカ自身の身体を操るセンスによるものだろう。



「はっ!」



最短距離を最善の方法で走り抜けたトーカがエイブラハムに刃を突き立てる。が……



キンッ



「っ! あっぶな!」



トーカの振るった刃は弾かれ、その隙を見てエイブラハムの腕がトーカに襲いかかる。間一髪のところでトーカは転移し、なんとか回避に成功した。



「お姉ちゃん、なんか刃が通らない!」



「となると魔法攻撃で攻めた方が良さそうですね……ぺぺさん、前衛全員に魔法付与をお願いします」



「おっけ、ちょっと時間かかるけどいいか?」



「構いません、ダメージが通らない方が問題ですから」



「皆さん、エイブラハムさんが来ましたよ!」



「取り敢えずは俺がヘイトを受け持つよ、ぺぺの準備ができたら攻めに転じよう」



第2ラウンド、開始。






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