第29話





そこにいたのは、生物としてあまりに歪なナニカ。


全体的な形状としては「アラクネ」と言えるだろう。


しかし、それはアラクネなどとはくらぶべくもない程に冒涜的であった。


蜘蛛部分を構成するのは人間の死体だ。


脚部は人間の腕でできており、関節部には人間の頭部がついている。


頭部にあるのは3つの人間の頭だ。


胴体を形作っているあれは人間の内臓だろうか?


吐き気を催す悪臭を放つソレは明らかに生気を喪っているというのに、不規則に脈打っている。


しかも、それぞれの頭がうわ言のように何事かを呟いているのだ!


死の体現のような下半身に対し、上半身の人間部分は健康体の男性そのものだ。


血色の良い肌、引き締まった腕。


しかし、ただ1つ眼球だけは濁りきっている。


死の概念の具現化したような蜘蛛の下半身、生気に満ち溢れた人間の上半身、澱んだ眼球。


濃密な生と死の壊乱が、その強烈なコントラストがコロナの精神を抉りとった。


絶句するコロナに対し、化け物は全身の口で嘲るような呻き声をあげる。


「ゲレ、ゲ、ゲレレレレレレレ……」


「マ、マザ、マジャリモノ……」


「バケモノメッ! バケモノメッ!」


「デテイケ、デテ、イ、ケ……」


「バイカイシャバイカイシャバイカイシャ」


そんな中、人間部分の男性の声がやけに響いた。


「ワタ、ワタシノノ研究ノ、邪魔ヲ、ス、スルナァ!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


背後から現れた不浄の怪物。

突然の出来事に絶句しつつも、その裏では別の思考が状況把握に動きます。


まず、発狂は……しなかったようですね。SANチェックに成功したのでしょう。


次に怪物の登場とともに現れたシステムメッセージ。



『リンカーネーションモンスター:暴聖のエイブラハムに遭遇しました』



『リンカーネーションシナリオ「我が願いは千と一度を越える」を開始します』



どうやら無事にリンカーネーションシナリオを発生させられたようで何よりです。


最後に瑠璃……ラピスがやられたという取り巻きについて。

背中に作った目も使い周囲を見回しますが、それらしき影は見当たりません。

「何故?」と疑問を抱いた私でしたが、答えはすぐ目の前に現れました。


蜘蛛部分の頭部についた3つの頭が突然口を開くと、ネバついた泥のようなものを吐き出します。それはしばらく蠢いた後、人型を取り始めました。


どこから現れたのか貫頭衣のようなものを着たそれに、私は見覚えがあります。それも、見たのはつい先程です。



「ガラス筒の少女……?」



振り返らずに背後を確認すると、先程見たときは気に留めませんでしたが、ガラス筒の少女も同じ貫頭衣を着ています。顔を確認すると、やはり目の前の人型はこの少女で間違いなさそうです。



「イケ、マガイモノドモヨ」



男性…エイブラハムがそう言うと、軟泥少女達は私に襲いかかってきました。



「少女の形をしていると攻撃しづらいのですが……」



何時ものように右腕を肥大化させ、3人まとめて殴りつけます。

軟泥少女達は避けるそぶりすら見せず、そのまま命中。元の軟泥に戻ると周囲に飛び散りました。

しかし、



「やはり再生しますか……」



まぁ、落し子がそうだった時点で覚悟はしていましたが。

ならばと私は《手足の萎縮》の詠唱を開始します。


その間に完全に少女の形に戻った軟泥少女達は、再び私に襲いかかってきました。


1人目の少女が私の真似をしてか肥大化させた右腕を振り下ろしてくるのをサイドステップで回避、その先で待つ2人目の少女に勢いそのまま蹴りを食らわし……



「なっ!?」



少女に向けて振り抜いた私の右脚が、軟泥化した少女のお腹にゆっくりと飲み込まれていきます。全力で抵抗するも、飲み込まれた手足は全く動きません。

そこへ1人目、3人目の少女が飛びかかってくると、同じように軟泥化したお腹で反対の脚と右腕を飲み込み始めます。



「HPバーが減って……消化ですか!」



かなりマズイ状況ですね、抵抗できません。


と、ここで詠唱が終わります。



「「「「「「《手足の萎縮》!」」」」」」



少女達の脚が不可視の力によって押し潰されます。が、潰れた脚は一瞬軟泥に戻った後再び脚へと姿を変えました。

ダメ元ではありましたが、ここまで効かないとなると中々堪えますね。


最早根元まで飲み込まれ、胴体に達しつつある消化。

もとよりソロ討伐できるなんて思い上がっていたつもりはありませんが、まさかこれ程とは。すこし驕っていたかもしれません。


やがでゆっくりと視界が軟泥に閉ざされ、かれこれ3度目となる脱力感が全身を襲います。


また10時間デスペナかぁ……。





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