異世界転生させるトラック運転手の話

キャロルイス

異世界転生させるトラック運転手の話

5秒前。








「いやぁ、今日の練習もきつかったなぁ…」








3秒前。








「ん? あれって…っ!」








0秒前。








ドンッ








猫を助けようと道に飛び出した青年、神田啓介の視界はそこで真っ暗になった。












・・・












「うっわ、こりゃひでぇな。やったの俺だけど」




トラックに轢かれぐちゃぐちゃになった頭を見下ろしながら、俺は呟く。亡骸の名前は神田啓介、異世界「グレイシアス」を救うべく身勝手な神々に転生させられた哀れな青年だ。その亡骸を前に黙祷をする。神々に加担しいている人間に冥福を祈られたくなんかないかもしれないが、これは俺が自分で決めたルールだ。直接殺した人間として、死者には敬意を払うべきだろう。




「ふむ、相変わらず律儀な男だな」




神田啓介の亡骸に抱かれた猫が俺を見ていった。猫は腕の中から抜け出すと、次の瞬間すれ違えば誰もが振り返るような銀髪の美少女へと姿を変えた。




「お前も黙祷くらいしろよ、これから世界を一つ救ってもらう相手なんだから」




「そして相変わらず不敬な男だな、神を前にしてその態度とは」




ジトっとした目で俺を見た彼女だったが、やがて目をつぶり黙祷をした。黙祷を終えた彼女はもう一度俺のほうに向きなおすと、再び俺をにらんでくる。




「で、この女神イリスティアに対する不敬を詫びる気は?」




「今更だろ?」




「…はあ、そうであったな。貴様には敬意なぞ望むだけ無駄であった」




呆れたようにため息を吐いた彼女は門を開く。どうやらご帰還されるようだ。




「次の仕事、憶えてるだろうな?」




「人の命を扱う仕事だ、忘れるわけないだろ?」




俺の言葉に肩をすくめることで返答した彼女は、そのまま門を通って神界へと姿を消した。










・・・








「トラックで人を轢いて異世界転生させる仕事」






俺がこんな仕事を始めたのは数年前の話だ。当時、仕事先が倒産して路頭に迷っていた俺はいい仕事があるといって近づいてきたイリスティアを無視することができなかった。あいつは顔だけはいいからな、それにつられてしまったのもちょっとあったかもしれない。神は人間に直接手を下すことができないため、人間に俺に頼みたかったそうだ。ともかく、俺はあの日この仕事を受けてしまった。




初めて人を轢いた日、盛大に吐いて5日寝込んだ。




5回目に人を轢いた日、やっぱり吐いた。




15回目に人を轢いた日、吐き気を感じたが吐くことはなかった。




30回目に人を轢いた日、何も感じることは無くなった。




多分俺は、人として大事な何かを喪くしてしまったのだろう。仕事後の黙祷は、卑しくも人間らしさに縋ろうとする俺の最後の足搔きだ。だがこれをやめてしまった時、俺は人間ではないもの…身勝手な神共と同類になってしまうのだろう。まぁ、神にもイリスティアのように人間に黙祷をしてくれるやつはいるが。




「…っと、こんなことしてる場合じゃねぇな。サツが来る前に撤収しねぇと。<虚ろな被害者>」




ぼーっと思考を巡らせるのをやめ、トラックの運転席に死体を召喚して現場を離れる。因みにこの能力は神に渡されたものであり、死体は今創られたものだ。そして、これから使う能力も神に渡されたものである。




「<限定転移>」




次の仕事先、もしくは自宅まで転移する能力だ。どうやら次の現場は学校らしい。ポケットを探り、くしゃくしゃになった指示書を取り出す。




「えー、なになに…はぁ、またこのタイプの仕事か」




トラックで轢かず、別の方法で転生させる仕事。最近増え始めたタイプの仕事だ。一度別の方法にした理由を聞いてみたところ、天使が「最高神様が同じ手法ばかりで飽きられたからだ」という返事を寄越してきた。まったく、神共は自分を何様だと思ってるんだ? …神様か。




「さて、それじゃあ教室を爆破しにいきますかね」




しかも一人だけ殺さないように爆破するなんて、無茶振りしやがって。






















仕事を終えた俺は、学校を撤収する。そのまま帰宅した俺は夕飯を食って風呂にはいる。一日のうち、この時間だけが癒しだ。幾ら慣れたとはいえ、同族を殺す行為には心的疲労が付きまとう。そういう意味では俺はまだ人間なのかもしれない。




風呂を上がった俺は改めて今日の被害者の冥福を祷り、寝る。


明日もまた起きて殺して寝ることになるのだろう。明後日も、その次の日も。




神共の蛮行が止まることはないのだろう。










































最近のヤツの蛮行は目に余る。あれをこのまま放置しておくわけにいかない。ヤツには敬意というものが存在しないがゆえに、あのような行動がとれるのだろう。




「さて、どうしたものか…」




暫く考えてみたものの、どうも私一柱ではどうにもなりそうにない。やはりあいつの協力を得るしかないのだろう。他の神が協力するとも思えない。




「そうなると、もう少し権能を渡す必要があるな」




そして共にヤツを討つのだ、灰人よ。




「首を洗って待っていろ、最高神狂神」




命への敬意を忘れた神に、鉄槌を。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生させるトラック運転手の話 キャロルイス @carrollewis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ