武士、異世界へ渡る。〜仁と義の黒鉄〜
風来坊セブン
第1幕「武士、異世界へ渡る」
さて、時は八代将軍徳川吉宗が治めし頃の江戸の時代。1700年代の頃でございました。江戸の町は越南(ベトナム)より送られた象により大変な盛り上がりを見せていたのであります。
ある曇り空の昼頃のことでございます。二人の男が昼間から酒屋で安い
一人は身なりは質素ではありますが、どこか気品を感じさせる細身の男。名を小川奏太朗光仲(おがわそうたろうみつなか)。齢(よわい)は30歳。もう一人は大柄で、奏太朗よりも一回りは大きな体躯であります。名を齋藤重兵衛影竜(さいとうじゅうべえかげたつ)。同じく30歳。
この二人、昼間から酒を呑んではいますが、腕利きとはまさにこの者達を表すようなものでありました。
奏太朗は天山流居合切りの免許皆伝の腕前であり、その腕を見込まれ幕府要人の用心棒を務めております。その居合の速さは飛ぶ鳥を斬り落とし、抜き身を見せぬほどの神業であり「風切りの奏太朗」と呼ばれておりました。
重兵衛は江戸随一の剛腕の持ち主で、火付盗賊改方頭の
そんな二人の出会いは奇妙なものでございましたが、それは後にお話させて頂くとして、今現在二人の心持ちは穏やかではございませんでした。必ずや使命を全うすべしと心身燃えておりました。
その理由としましては、奏太朗と重兵衛の二人は幕府からの命で火付け盗賊集団である”
この盗賊らはまさに下衆の極みと申しましょうか。現れるのは日ノ本いたるところ。盗みに入るのは決まって繁盛している店屋や旗本であり、そこへ押し入れば金品を巻き上げる前に女を犯し、老若男女赤子に至るまで皆殺し、そして家屋に火をつけるという賊でございました。
何分神出鬼没の盗賊達でございまして、江戸の火付け盗賊改方であっても中々尻尾を掴めずにいたのですが、つい二日前の霧のかかる朝方、江戸に不知火と思われる顔を隠した八人の怪しい者達が入り込むのを見たという物見の報告が上がったのでございました。
おそらくこの”象見物”に賑わいを見せる江戸の店を狙い現れたのであろうと考え、これを機に一網打尽にする大一番の捕り物でございました。江戸中の岡っ引き、同心、火付け盗賊改方は皆気を張っていたのでございます。
不知火が襲う時刻は決まって人々が寝静まる深夜。そして月の出ない暗い夜であり、まさに今夜が盗みには絶好の機会でございます。二人は江戸の真ん中にある宿に泊まり込み、夜を待ったのであります。
そして丑と寅の間の頃、見回りを初めてすでに幾時か流れた頃でございます。
「重兵衛、今宵ははずしたかのう。儲けが出た店は随分あるようだが、どこも静かだ。」
「わからぬ。油断するなよ奏太朗。彼奴はこれまで幾度も逃げ延びた選りすぐりの盗賊。こうして話している間にも……」
その刹那でございました。二人の目と鼻の先にある菓子屋の
「「しまった!」」
二人は駆け出し、店の厚い戸を重兵衛が蹴り破り中へ入るとそこは地獄と化していた。すでに屋内の者達は殺され、無残な死を遂げているようでございます。二人は怒りに燃え、重兵衛が声を荒げた。
「火付盗賊改方である!盗賊不知火!大鉞の獄蔵!潔く姿を現せい!」
重兵衛に向かって矢が3本放たれたのでありましたが、瞬時に奏太朗が斬り落としたのでございます。奥から白狐の面を被った八人の者達が姿を現しました。その中で弓を構え、女物の着物を着た者が前に出て悠々と話した。
「あら、やるわねえ。あたしの好み~」
声は男であり、女装しているものでした。
「男色のケはない。潔く縛につけい!斬ることも許されておる!」
中央にいた大鉞を持った大男が笑い声をあげた。
「はっはっは!ずいぶんと威勢の良い者達じゃ!わしが直々に相手してやろう。皆は下がれ」
「大鉞の獄蔵か。拙者達の相手にとって不足はない!」
「下衆外道共めが!この俺の剛力で捻りつぶして仏様に会わせてくれる!」
その大きな鉞と奏太朗と重兵衛の刀がぶつかり合った途端、店は光と爆発に包まれたのでございます。おそらく不知火の誰かが仕掛けた爆薬に手違いがあったのでしょうか。とんだ間抜けな者がいたものでございます。
二人は瞬時のことで何が起きたのか分からなかった。宙に浮いているような、水に沈んでいくような、身体が消えていくような感覚がしばらく続き「あぁ、死とはこんな摩訶不思議なものなのだな」などと考えているうちに目が覚めましたのでございました。
目が覚めると二人は位置の高い布団の上に寝かされておりました。手当もされており、どうやら生き延びたのだと察しました。
「う…む。重兵衛、生きておるか」
「あぁ。節々が痛むがな。」
しかし、このあと二人は「やはり死んだのだ」と思いなおしたのです。
「あ、目が覚めました?三日も寝込んでたので、お腹がすいたでしょう?」
そこにいたのは白い翼を背から生やす、純金の髪と瞳を持つ端正な顔立ちの少女でした。手には盆に乗せられた汁物二つが見えております。
「重兵衛、やはり死んだようだな。あの世の天女がおる。」
「奏太朗と共に死ぬとは。色気もへったくれもない死に様だったな。」
「「はっはっはっはっは!」」
「あのぉ。生きてますよ?お二人は三日前に突然街の広場に現れたのです。酷い怪我をしていたので、治癒魔法が得意な私が預かったのです。」
「ちゆまほう?しかしその異様な出立ち、どう見てもあの世の使いであろう。昔海の向こうからきた絵画で見たことがある。」
「そう言われましても生きているのは生きているんです。」
「奏太朗、まずはこの少女に礼であろう。」
「おお、そうだな。」
二人は深々と頭を下げ、少女に礼を申し上げました。少女は頬をうっすらと赤らめ笑顔を見せました。
「ふふ、助かってよかったです。申し遅れました。私はこの街で治癒術師をしております、ハーフエルフのカナデと申します。あの、お二人はどこから来たのですか?」
「拙者は小川奏太朗光仲。どこ、と言われてもなぁ。拙者達は江戸で賊の捕り物をしていたはずだが」
「俺は齋藤重兵衛影竜。間違いなく江戸で不知火と戦っていた。」
「エド?聞かない名ですね。シラヌイ…まさか…。」
「すまないが江戸でなければここはどこなのだ?」
「ここは水と森の都、サディネアです」
「さ、さでねいあ?」
「聞かぬ土地名だ。」
「そこに窓があるので外をご覧ください。そうすればそのエドという場所ではないことがわかるかと」
二人は窓から外を見ると、その絶景に唖然としました。街は煉瓦で作られ大きく、美しい水が巨大な水路として通り、木々が景観を壊すことなく美しく大きく存在しているのでございます。そして街の中を人ではない種族達が闊歩しているのでございました。
カナデのような白い翼を持った者だけでなく黒い翼を持った者、蜥蜴のような者、空には荷を運ぶ伝説に聞く竜、筋骨隆々の緑の鬼、目の前を手のひらほどの羽の生えた少女達が華やかな香りを漂わせて飛んでいく。
「「ここは、この世界はなんなのだ!?」」
二人の武士は異なる世界。異世界へと来てしてしまったのでございます。
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