長嶺誠治の林間学校 その6
「やはりものすごい量でござるな……」
「こんなどデカい鏡とか、よくわからん民族的な楽器とかなんに使うんだ?」
男子は重たい物を屋敷の中の物置部屋に運び、女子は清掃をする。
やはり力仕事は男がやると相場が決まっているな……。
今回はたまたま俺以外の男子は剣道部ということもあり、難なく作業が進んでいる。俺を除いて。
確かに中学まで空手や柔道などをやってはいたが、高校生になってからというもの体育以外の運動をロクにしていないということもあり、少々息が切れてしまう。
体力の衰えってやっぱ怖いわ。
「半蔵、悪いけどちょっとトイレ行ってきていいか?」
「構わぬでござるよ。しかし、サボりではあるまいな?」
「サボりたいのは山々だが、あいにくさっさとこの作業終わらせたいんでな。用を足したらちょっぱや帰ってくる所存でござるよ」
「拙者の口調をばかにしてるでござるか!?」
作業を開始して1時間ほど経ってはいるが、まだまだ終わりが見えない。
一応林間学校のスケジュールとしては夕方までここに滞在することになっているのだが、果たしてそれまでに終わるのだろうか?
タダ働きにしては限度があると思うのだが……あ、でも内藤さんがちゃんとご褒美は用意してあるとか言ってたな。
吉崎さんは何か勘づいていて雰囲気だったけれど、果たしてなんなのだろうか。
そんなことを考えながら、トイレを済まし、俺はなるべく早く半蔵たちのところへ向かおうとした。
しかし
「きゃあ!」
近くで女子の悲鳴が聞こえたので、急いで駆け寄ってみる。
この屋敷は広いせいか、よく声が響く。
悲鳴の聞こえた先に向かってみると、そこには田所さん涙を浮かべながら立っていた。
「田所さん? どうした?」
「な、長嶺くん。さっき掃き掃除してたらね……おっきいネズミがいたの……」
「ネズミ?」
「すっごくおっきいネズミだった。渋谷の路地裏にいるネズミよりも……」
「渋谷にいるネズミでもかなり肥やしてる方だと思うんだが、それよりも大きいとはかなりのもんだな」
いやマジでね、朝方の渋谷とかセンター街らへんとかネズミうろちょろいて凄いんですよ。
大体飲食店のゴミに狙いを定めてるから、ぶくぶくと成長しているネズミさんたちが多い。
俺はセンター街をある種ネズミーランドとも思っている。
『ハハ! 勘の良いガキは嫌いだよっ!』
おっと、某夢の国の王が叱責している声が脳内再生されてしまった。いかんいかん。
「はぁ……でも長嶺くんが来てくれて安心したぁ。ありがとうね!」
「いや、気になったから来ただけだよ。半蔵の叫び声なら無視してる」
「なにそれひどい! 半蔵くんがかわいそうだよ」
「あいつなら大丈夫だという信頼から起きる行動だ」
「叫んでるなら大丈夫じゃないと思うんだけど……」
……ん?
なんかこんな感じの会話、いつかしたことがあるな……。
そうだ、花蓮ともこんな話をしたな。
あの時の花蓮とはどんなくだらない話でも笑いあえた。
やはり恋愛でも何事でも、一番最初は楽しくて、徐々にその熱は冷めていく物なのだろう。人間の悲しい性なんだろうな。
「……? どうしたの長嶺くん?」
「……え? あれ、ごめん、考え事してた」
「そっかそっか。長嶺くんって、たまに心ここに在らずって顔するよね」
「まじ? 自分じゃ気づかないな」
「うん、ちょこちょこそんな顔してるの見るよ。この間のカラオケの時とかも」
「あー……まあ、気にしないでくれ。話を聞いてないわけじゃないから」
「大丈夫! 私も悩んでる時そうなっちゃうし、気持ちもわかるから……」
「そうなのか?」
人間誰しも悩みや不安を抱えない者などいないだろう。
出会ってまだ数日しか経っていない田所さんのことはまだよくわからないが、彼女も彼女なりに何か悩みを抱えているに違いない。
「あっれぇ〜? 長嶺くんじゃん! それに田所ちゃんも。こんなところで密会とは……密かに逢引きするとはお二人ともやるねぇ〜」
「げっ! 吉崎さんいつの間に」
近所の噂好きのおばさんのような口調で現れたのは吉崎さんだった。
「げっ! とか、女の子に対して失礼じゃない?」
「それは失敬」
「で? お二人さんはこんなとこでなにしてるの?」
「わ、私がこの辺の掃き掃除してたら、おっきいネズミが出てきて驚いちゃったの。そしたら長嶺くんが来てくれて……」
「わお! 長嶺くんヒーローじゃん! ちゃんとネズミは退治できた?」
「いや、そそくさとどっか逃げたみたいだから姿形すら見てない」
「なにそれウケる!」
「いやウケねえから……」
「まあそんな怖がりな田所ちゃんを一人にさせておくわけにはいきませんなぁ〜。ここは吉崎綾女が助太刀いたそう!」
「い、いや! 大丈夫! この辺は私一人でやるから!」
「ええ? いいのぉ? 一人でやるのつまんないんだよね〜」
「それに、みんな分担してやったほうが効率もいいだろうし! ね?」
「そっかそっかぁ〜まあじゃあ私は違うところやろっかなぁ〜」
「バイバーイ」と気だるそうに手を振りながら、吉崎さんは去っていった。
「……やべ、俺もそろそろ半蔵たちのところ戻んないと」
「あ、ごめんね引き止めちゃって! ありがとう!」
「全然! でも一人でほんとに大丈夫か? 吉崎さんと二人でやってもよかったんじゃ?」
「う、うん……まあそうなんだけど。あの……あんまり言いづらいんだけどね?」
「うん?」
「私……吉崎さんが苦手なの。正直なにを考えているかわからないっていうか……」
「そう、なのか……」
それは俺も感じた。
吉崎さんとはちょこちょこ絡むことがあるが、なにを考えているかわからない。
悪寒を感じたことさえある。
普段はへらへらとしていて、陽気な彼女であるが、どこか言い知れぬ闇を感じなくもない。
杞憂であるといいのだが……。
「こ、このことは秘密ね! 悪口みたいになっちゃって本当に申し訳ないんだけど……」
「ああ、別に誰に言ったってメリットないからな。まぁ人間誰がなにを考えているかわからないもんだろ」
「そうだよね……それじゃあ、またあとでね長嶺くん。残りの時間も頑張ろうね」
「おう! それじゃあまた」
俺は田所さんと別れたあと、急いで半蔵たちの元へ戻った。
「長いトイレであったでござるな?」と睨まれた。
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