長嶺誠治の林間学校 その5

担任特製の豚汁と、半蔵たちも手伝って作ったという塩おにぎり(中には塩を絡めすぎてしょっぱすぎるおにぎりも。おそらく半蔵が握った奴)を食べて、これから林間学校のカリキュラムである地元民家への訪問に出かける。


やはり食べた後は眠くなるという怠惰な性格をしている俺にはなかなかに足取りが重い。食後30分の運動は体に良くないのに……と心の中で愚痴を零す。


俺たちが通う高校は渋谷という日本最大級の都会ということもあり、こういったTHE・田舎という風景を見るととても和やかな気分になる。

都会の喧騒を忘れて、のんびり時間が流れている気がする。

まあ多分、一日で飽きてしまうのだが……これが都会に染められた人間の末路か……。


「それぞれの班で訪問させて頂くお宅をくじ引きで決める。さあ、お前らクジを引けい」


担任がお手製のくじ引きの入った箱を持ってきた。

やはり高校生であろうとも、席替えの時などに行われるクジ引き大会は盛り上がる。俺を除いてな。

今まで関わりのなかったクラスメイトと隣になることで、友達になったり、はたまた恋人関係になるかもしれない。そんな人生におけるアトラクション的なイベントなだけに、皆から好まれているのだろう。

俺からしたら苦手な人物が隣にきたらどうしよう! っていう危険しかないデンジャラスイベントなんだけどな。


まあ今回は班があらかじめ決まっているので、かなめとなるのは訪問先の民家だ。

噂によると、これも林間学校における重要イベントの一つらしく、訪問する家によっては近くのショッピングモールに連れて行ってもらえたり、すき焼きパーティを開催してくれたり、悪い例だと畑仕事を夕方まで手伝わされるという運ゲーらしいが。


てか訪問させてもらうのにくじ引きで決めるなよ……。


畑仕事、嫌いじゃないけど好きでもない。

できればおばあちゃんのお話をお茶でも飲みながらひたすらと聞き続けるだけがいい。

……いや、それはそれでなかなかに大変か。


班長である半蔵は順番が来たのでクジを引きに行った。

頼むぞ班蔵……!


***


「よくぞ来られましたね。ささ、どうぞ中へ」


「「「「「「……」」」」」」


担任に渡された住所に、俺、半蔵、吉崎、田所、萩谷、飯島の六人で行ったのだが……。


「せ、誠治殿。郊外ではこういった風習が当たり前なのでござろうか……」


「なわけねえだろ……」


聞こえないよう小声でつぶやく半蔵。

あの何者にも果敢に挑んでいく半蔵ですら、たじろいでしまっている始末だ。


それもそのはず。

俺たちが向かった民家……というか、洋館から出てきたのは、如何にも怪しそうなローブをきたおばあさんだったからだ。

この地域の地主らしく、大きな山をいくつか所有しているらしい。

しかしこれほどまでに田舎風景に溶け込めていない家は見たことがない。

地主といえば日本家屋というイメージだが、やはり人それぞれだな。


「いやあ〜流石にこれは予想してなかったな〜……」


吉崎さんが苦い顔をしながら言う。

うん、俺も流石に予想してなかった。


畑仕事は嫌だなーと思いながら来てみたものの、おばあさんの格好を見るあたり変な宗教だの儀式だの怪しいことをやらされるのではないかと憶測してしまう。


「ささ、中で飲み物を用意しているので。早くお入りなさい」


俺たちがなかなか屋敷に入ってこないのを見兼ねたのか、再びおばあさんが声をかけてきた。

心なしか少し苛立ち気に見えるが……。


「飲み物って……動物の生き血で作った呪術的なモンじゃねえよな……」


「この屋敷入って本当に大丈夫なのか? 入った瞬間領域展開されてるんじゃ……」


萩谷君たちもオタッキーに狼狽えている。


大体みんな不気味そうに眺める中、田所さんは興味津々に屋敷を眺めていた。


「なんか、結構面白そうなお家だね……」


「決してつまらなくはないだろうな……」


「ちょっと怖そうっていうのはあるけれど、それだけで判断するのは失礼かなって」


「確かに。見た目だけで判断するのはよくないよな」


田所さんは人を見た目で判断しない人なんだろう。

食わず嫌いをせずに、ちゃんと理解しようとする人格の持ち主だ。

俺も見習うべきだな。




***


「わ! この紅茶、すごく美味しいですね!」


「ほっほっほ、それはよかった。オレンジブロッサムが私は好きでねぇ」


屋敷の中に入ると、やはりかなり広かった。

しかし、物が多く所々散らかし放題になっている部屋もあった。


現在は客間でお茶を頂いているところだ。

客間も洋風で広く、映画で見るような縦長の大きいテーブルがある。

田所さんと、この屋敷の主である内藤さんは紅茶の趣味の話で盛り上がっていた。


「これだけ広いと掃除が大変そうでござるな……」


「それな? 業者雇うレベルだなこりゃ……」


この屋敷の主である内藤さんによると、なんでも、掃除を手伝ってもらいたいらしい。

職業柄世界中から物を取り揃えることが多いらしく、家が物だらけになってしまったようだ。


「職業柄こんだけ物を買いまくるって、ユーチューバーかなんかか?」


「あのご婦人が投稿したらかなりバズるでござるよ」


「お前の口からバズるって言葉が聞けるとは思わなかったよ半蔵」


残念ながら近くのショッピングモールに連れてってもらえるなどの夢見たいなイベントは儚く散った。

これだけの荷物を整理するとなると、ひょっとしたら畑仕事の方がまだ楽だったのではないだろうか?

あれ? これって林間学校だよね?

引っ越しのバイトにきた気分なんだが?


「ん〜もしかすると、もしかするなあ〜」


「ん? どうしたの吉崎さん」


「いや、なんでも! 掃除が終わったら多分わかると思うよ♪」


「あ、そう」


吉崎さんは何か勘づいているらしいが、なんだろうか。


まあとりあえずこの物だらけの屋敷をどうにかしなきゃな……。


俺たちの林間学校生活は、大掃除から始まった。(解せぬ)




















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